一月後。
俺はシャルと一緒に、ダインさんの店のドアを開ける。
「いらっしゃいませ、お待ちしておりましたぞ」
ダインさんは、エプロン姿で、毛箒で店の棚をパタパタと掃除をしていた。
そして、俺たちを見るや否や、掃除をする手を止めて、こちらへ飛んできた。
「できましたか?」
「勿論で! 自信作ですぞ」
ダインさんはそう言いながら、店の奥へと通じるドアへと消えていく。
数分後、ドアの向こうから現れた彼の手には、鞘に納められた日本刀そのものがあった。
「おおお‼」
俺は思わず興奮する。この異世界で刀を見る機会があるなんて!
しかも、これが俺のだなんて! 心がウキウキパラダイスだ。
「かなり重いですが、大丈夫で?」
「うん、だいじょうぶ」
俺は身体強化魔法を発動すると、刀を受け取る。魔法を発動していても、かなり重いことが伝わってくる。
「さやからぬいてもいい?」
「勿論ですぞ! お確かめください」
俺は、鞘から本体をゆっくりと引き抜く。
まず目に入ってきたのは、うっすらと赤く、そして揺らいでいるように見える刀身だ。
ヒヒイロカネってこういう金属なのか……。じーっと見つめていると眩暈がしてきそうだ。
完全に刀身が本体から抜けると、その全貌が目に入る。
俺にぴったりの大きさの鋭い刀。
刃は鋭く、柄との色や形のコントラストがうまい具合に調和している。
刃紋と呼ばれる、刀身の側面の模様も美しい。
贔屓目も入っているが、これまで見た中で、最もいい刀だと感じた。
「どうです? お気に召しましたか?」
「とても!」
「それはなによりで!」
俺は鞘に刀をしまうと、早速付属していたベルトで、背中へ斜めに固定する。
実戦に赴くときは、こうやって持ち運ぶことになるだろう。まあ、真剣を抜く機会なんてそうそうないと思うけどね。
「使用したら、定期的に手入れをしに来てくださいませ」
「うん。ありがとう」
「いえいえ、またのご来店をお待ちしております!」
俺たちは深々と頭を下げるダインさんを背に、店を後にしたのだった。
※
「ただいま〜」
「ただいま」
家に帰ってリビングに入ると、珍しいことにバルトがソファーに座っていた。
いつもなら、この時間は仕事で家にはいないはずだが……。何やら難しい顔をして悩んでいる。
「おお、フォルとシャルか……」
「珍しいね、こんな時間に家にいるなんて」
「ああ。ちょうどよかった、お前たちに頼みたいことがあってだな」
「たのみ?」
珍しい。一体何だろう?
「実はな……奴がまた出たんだ」
「……やつって?」
「クォーツアントだ」
その名前を聞いて、俺は嫌な気持ちを思い出す。
クォーツアント。確か約一年前にも洞窟に発生して、魔水晶の補給や採集を妨害してきた魔物だ。そのせいで、王都へ向かうときに、俺たちは馬車を使わざるを得なくなり、俺は大森林の悪路で車酔いしてしまった。思い出しただけでも吐き気がしてくる。
そういうわけで、俺はその見たこともない魔物に対して、恨みを持っていた。
そして、バルトの今までの言葉から察するに……。
「もしかして、またどうくつに?」
「ああ。どうやら根絶できていなかったらしい」
「ヤバいじゃん! 状況はどうなの?」
「幸いにもまだ前回ほどの数は確認されてはいないが……。あそこは良質な魔水晶が取れる場所だから、放っておくと手がつけられないくらいにまで増える可能性がある」
そこでだ、とバルトは言葉を続ける。
「二人にも、クォーツアントの討伐に協力してもらいたいんだ」
「……わたしはいいけど、フォルも参加して欲しいってこと?」
「そうだ」
なんというタイミング! 刀が完成したその日に、刀を振るう機会が得られるとは!
しかし、すぐに横から反対の声が飛んできた。
「ダメよ、お父さん! フォルを連れて行くなんて、危なすぎるわ! この子はまだ四歳なのよ!」
少し残念な気持ちにはなるが、ルーナの言うことはもっともだ。俺はまだ年端もいかない子供。
そんな俺を魔物との戦いの場に連れて行くなんて、ルーナからしてみればあり得ない話だろう。
「勿論、それはわかっている。だから、フォルには今回、後方支援を頼みたいんだ」
「こうほうしえん?」
「ああ。確か、フォルは聖系統の魔法を使えたよな?」
「うん。『魔法の使い方』にのっているせいけいとうのまほうは、だいたいできる」
「だったら話は早い。前線ではなく、集団の後ろで、負傷した者を治療してほしいんだ」
……つまり、実際にクォーツアントと戦う機会はないってこと?
「わたしは?」
「シャルは前線で戦ってほしい」
「わかった」
シャルは特に驚く様子もなく頷いた。実際、剣術の免許皆伝を持っているし、それが飾りではないことは、最近何度も戦っている俺がよく知っている。
俺はルーナを見る。
「……ママ」
「……そもそも、フォルである必要はあるの? 確かにフォルの魔法はすごいけれども」
「今回の戦いは、根絶させるために、確実に一匹残らず仕留めることが重要だ。大人数で行くから、魔法を使える人をできるだけ連れて行きたい。とりわけ、フォルほど魔力量があって、魔法が使える人は、そうそういない」
まさに、猫の手も借りたい……この場合は俺の手も借りたい状況なわけか。
「……本当に、大丈夫なんでしょうね?」
「大丈夫だ。他にも数名、回復魔法が使える魔法使いも参加するし、護衛もつける」
ルーナは、はぁ、と一息つくと、俺の方を向いた。
「……フォルはどうしたい?」
「……みんなのやくにたてるのなら、いく」
俺はぎゅっと拳を握りしめた。
俺の魔法が必要とされているのなら、俺の魔法でこの街の窮状が救えるのなら、行くしかないじゃん。
それに、個人的なクォーツアントへの恨みもある。残念ながら、今回直接は報復できないけど。
「……作戦の決行は五日後だ。二人とも、頼んだぞ」
というわけで、俺はクォーツアントの根絶作戦に加わることになったのだった。