パーティーから三日が経った。しかし、俺たちはすぐに帰るのではなく、まだ王都の屋敷に残っていた。
大人たちにはパーティーが終わっても、まだいろいろと用事があるようで、毎日のように外に出かけていた。まあ、普段地方にいるわけだし、一度に顔を合わせる機会もなかなかないだろうから、短期間に大量のイベントが詰め込まれていてもおかしくはない。パーティーで処理しきれなかった話もあるだろうし。
しかし、王都に別れを告げる時は、刻々と迫ってきていた。
先に、王都を出発したのは、俺たちではなく、ジンクさんたちラサマサ組だった。
「バルトさん、いろいろとお世話になりました」
「いやいや、こちらこそ世話になった。ラサマサでも、引き続き頑張ってくれ」
「はい! もちろんっす」
昼前。ジンクさん、アリーシャさん、そしてルークは、身支度を整えて、屋敷の前の大通りに出ていた。俺、シャル、バルトが屋敷の門のところに立って、彼らを見送ろうとする。
そういえば、ジンクさんたちが乗る馬車がどこにも見当たらないな……。どこかまで歩いて、馬車に乗るのだろうか?
「ばしゃがない……」
「いや、俺たちは馬車では帰らないよ」
「え? じゃあ、どうやってかえるんですか?」
まさか歩きなわけないよな……。王都からラドゥルフまででも推定六百キロメートルほど離れているのに、そのさらに西側に位置するラサマサまでなんて、千キロを超えてもおかしくはない。いずれにせよ、もし徒歩で帰るならば、途方もない時間がかかってしまうだろう。
だが、ジンクさんの答えは、思わぬものだった。
「転移魔法陣さ。それを使えば、ラサマサまで一瞬で着いちまうぞ!」
バルトが説明を挟む。
「実は、二日前にようやくラドゥルフの転移魔法陣が復活したんだ。行きの時はラドゥルフからの転移魔法陣が使えなかったから、ジンク君たちはラサマサからラドゥルフまでしか転移できず、そこから俺たちと合流して馬車で行くことになった。だが、転移魔法陣が復活したから、帰りは王都からラドゥルフを経由して、ラサマサまで転移魔法陣で移動できるようになった、というわけだ」
「ということは、わたしたちも、てんいまほうじんでかえるってこと?」
「察しがいいな。その通りだ。だから、今日中にママに会えるぞ」
「やったー!」
もう馬車に乗らなくて済む! あの悪路の大森林を馬車で通り抜ける心配もしなくていいんだ! 心が軽い〜!
「ま、というわけで、ここから徒歩で転移魔法陣のあるところまで向かうってわけだ」
「なるほど」
じゃあ、俺たちも後からそこに向かうことになるのね。
「もし時間があれば、遊びに来てくれよ。せっかく転移魔法陣が回復したんだからな」
「もちろんっす! バルトさんたちこそ、ラサマサに遊びに来てくださいね! あと、ルーナちゃんにもよろしくとお伝えください」
「ああ、では、またな」
そして、ジンクさんたちは、王城のある方向へ歩き出した。
俺たちは大通りに出て、小さくなっていく三つの背中を見送る。
と、そのうちの一番小さな一つが、突然こちらに振り向いた。そして、ダッシュでこちらに向かってくる。忘れ物でもしたのだろうか?
「フォル!」
ルークが俺の名前を叫ぶ。どうやら違うようだ。俺に何か用だったのか?
思い当たる節がなく、キョトンとしていると、ルークは俺の目の前で止まった。そして、右手に握りしめたものを、俺に差し出した。
「これ、あげる」
そう言って、俺に押し付けるように渡してきたのは、緑色の綺麗な石が埋め込まれたペンダントだった。
「あ、ありがと……」
「じゃあ、バイバイ」
俺がお礼を言うと同時に、ルークは踵を返して走り去り、ジンクたちに追いついて、歩いて行ってしまった。
「何貰ったの、フォル?」
「……ペンダント?」
俺は紐の部分を持って、シャルとバルトに見せる。
「ほう、これは魔水晶だな……。フォルが親指につけている指輪と同じものだ」
バルトが石をじっくり観察して言う。
「ということは、まりょくりょうをふやすこうかもある?」
「少なからずあるだろうな」
綺麗な上に実用的な、思わぬプレゼントだった。
それに、何より初めての男の子からのプレゼント。どうしてだろう、こんなにドキドキするのは。やっぱり、パーティーの時に助けてもらったからだろうか……。
「フォル、大事にしなよ」
「うん」
「……よし、そろそろ昼飯にするか。食べたらすぐに帰るから、準備をしておけよ」
「はーい!」
「うん!」
そして、俺たちは食事のため、一旦屋敷へ戻ったのだった。
※
昼食を食べた後、しばらく準備をしてから、俺たちも屋敷を出発した。
メイドたちの一礼を背に、俺たちは屋敷の門を潜る。
振り返ると、俺たちがここ十日間を過ごした屋敷が見える。最初の印象は最悪だったが、今は立派なお屋敷にしか見えない。むしろ、愛着すら湧いてくいた。
次にここに来るのはいつになることやら……。もしかしたら、王立学園に通うことになったときかもしれない。あるいは、それより先になるかもしれないな……。
「フォル〜! 行くよ〜!」
「うん!」
俺は最後に屋敷の姿を目に焼き付けると、急いでバルトとシャルのところへ向かった。
今日の王都の空は、どんよりと曇っている。もしかしたら雨が降るかも、とことなので、準備をかなり急いで、予定より早めに出てきたのだ。
「そういえば、てんいまほうじんってどこにあるの?」
「王城の前の広場のすぐそばだぞ。転移魔法陣が設置されている建物がある」
「てんいするときって、どんなかんじ?」
「別に痛くもなんともないさ。ちょっと宙に浮いたとおもったら、いつの間にか到着しているぞ」
「そうなんだ」
なんだかドキドキするな。前世には、早い乗り物こそあれど、『転移』は存在しなかったからな。
しばらく歩くと、王城の前の広場に到着する。今日も人がたくさんいるが、俺たちは観光スポットをスルーして、広場の脇にある立派な建物の中に入った。
綺麗な石造りの建物だ。中はものが整然と並んでいて、なんだかお役所的な雰囲気を感じる。いや、都市間を瞬時に移動できる『究極の交通機関』だから、実際に国が管理しているのかもしれない。
「そこに座って待っててくれ」
バルトは入り口のホールにある長椅子を示すと、受付らしきカウンターの方へ向かっていった。俺とシャルは長椅子に座って待機する。
外の広場の混雑ぶりとは対照的に、ホールはガラガラだった、俺たち三人の他には、数人しかいない。こんなに便利なのに、あまり使われていないようだ。コストの問題だろうか?
しばらく待機していると、名前を呼ばれる。
「エル・フローズウェイ伯爵家の皆様、準備ができました」
「よし、行くぞ」
「うーん! 帰れる!」
シャルが伸びをして、バルトの後ろへ続く。俺はそのシャルを追った。
俺たちは職員の先導で、建物の奥へ奥へと廊下を一列で進んでいく。
最終的に辿り着いたのは、廊下の突き当たりにある厳重そうな扉の前だった。扉の表面には警告色の模様の塗装がなされている。
「それでは、お一人ずつどうぞ」
「誰から行く?」
「……じゃあ、わたしから」
職員が扉を開けて、まずはシャルを通す。後ろから覗き見ると、部屋の中は真っ暗だった。おそらく、部屋のどこかに転移魔法陣が設置されているのだろう。
シャルが中に入ると、『部屋の中で動かないでくださいね』と言って、扉を閉めた。ズズン、と重そうな音が響く。
そして十秒ほどが経過した。職員が横の窓をチラリと見た後、俺たちの方を向く。
「次の人、どうぞ」
え、もう転移が終わったのか⁉︎
驚く俺をよそに、バルトが俺の肩を掴んだ。
「よし、次はフォルだ」
「え、わたし?」
「ああ。なーに、じっとしていればすぐに終わるさ」
「ジージといっしょにてんいできないの?」
「それはできないな……。でも大丈夫だ、向こうにはシャルがいるし、こっちには俺がいるから」
そう言ってポンポンと頭を撫でてくれた。それまで不安だったが、それが少し和らいだような気がした。
「では、どうぞ」
俺は職員に促されるまま、扉の向こうに入る。
当たり前だが、部屋の中にシャルはいなかった。部屋の中は真っ暗で、明かりは背後の廊下から差し込んでくる照明だけ。雰囲気も相まって、かなり不安になる。
「この辺で、動かずに立っていてくださいね。すぐに終わりますから。転移が終わったら、すぐに扉が開きますよ」
「うん」
俺が頷くと、職員の人は扉を閉めた。真っ暗闇に一人取り残される俺。あまりにも暗すぎて、立っているはずなのに、まるで真っ暗な宇宙に浮いているような感覚だった。
次の瞬間、部屋全体が発光し始める。床も、壁も、天井も。よく見たら、めちゃくちゃ細かい模様となっていた。
驚いていると、動く暇もなく、突然俺の視界がブレた。その瞬間、ふわっと体が宙に取り残される感覚。
本物の無重力か⁉︎ と思って瞬きした次の瞬間、今度は目の前が真っ暗になった。いつの間にか足は地面についている。
何が何だかわからず混乱していると、目の前からズズズズという音がして、光が差し込んできた。そして、逆光の中、大きな人影がこちらに話しかけてくる。
「転移が終わりました。こちらへどうぞ」
「う、うん」
ここで、ようやく俺は、王都から転移を終えたことを飲み込んだ。
意外と呆気なかったな……。そんなことを考えながら、職員に言われた通りに廊下を進むと、ホールのような場所に出た。そして、その長椅子に座っていたシャルがこっちを見て顔を輝かせる。
「フォル〜!」
「わふっ」
「良かった〜、無事に転移できたんだね〜!」
めっちゃ強く抱きしめられて苦しい……。シャルってば、大袈裟だなぁ……。転移ってそんな成功率の低いものなのか? ルールを守れば、誰でも転移できるんじゃないの?
抱擁から解放されると、ちょうどバルトも到着したみたいだった。
「偉いぞ、フォル。ちゃんと言うことを聞いたんだな」
「うん」
それにしても、転移に成功したらしいとはいえ、実感が湧かない。さっき通ってきた廊下も、今いるホールも、転移前の王都の施設とほとんど同じ見た目だ。
もしかして、転移した先は同じ施設の別の部屋で、また同じホールに案内されているんじゃ? と疑ってしまう。
「ねえねえ、はやくそとにでようよ!」
「そうだな」
俺は外に通じる扉を開ける。すると、目の前に広がっていたのは……。
「帰ってきたー!」
「一月ぶりだな」
王都とは全く違う景色だった。大きな広場があるのは同じだが、見える建物が全然違う。王城がないことからも、一目瞭然だった。
空を見上げると、雲一つない晴天。たった数分で、雨が降りそうなほどの曇天からカラカラの晴天になるなど考えられない。ようやく、王都から転移してきたんだ、という実感が湧いた。
「さて、もう家はすぐそこだ」
俺たちは、バルトの先導で、広場から真っ直ぐ東の方向へ進む。どうやら、さっきまで俺たちがいたところは、俺がまだ行ったことのないラドゥルフの中心だったようだ。
少し歩くと、道の右側が高級な一軒家の列になる。すると、遠くに何だか見覚えのある門が現れた。
門の脇には門番。その背後には前庭があり、二階建ての木造の家が建っている。屋敷よりもかなり小さいが、その構造は見慣れたものだ。
敬礼する門番の間を通り抜け、俺たちは前庭の小道を進む。そして、バルトが玄関のドアを開けた。
ドアが開くと、待ちきれなくなった俺は、バルトを抜かしてすぐに家の中に入る。そして、廊下を駆けていき、リビングに入った。
その音に反応したのか、こちらに背を向けていたルーナが振り向く。一瞬の驚いたような表情の後、それはすぐに満面の笑みに変わった。
「あら、おかえりなさい、フォル」
「ただいま‼︎」