「おせわになりました、ハルクさん、シャルゼリーナさん」
「ありがとうございました」
夏休みも残り数日となり、俺とジュリーはついに王都に帰ることになった。
久しぶりにシャルやハルクさんに会えたし、それにリルちゃんにも初めて会えた。また、普段は入らないような軍事基地まで見学でき、模擬戦までやってもらって、とてもいい経験ができた。
「二人とも、気をつけて帰るんだよ」
「フォル、また手紙書くからね。ほら、リルちゃん、バイバイして」
「あい!」
シャルの腕に抱えられたリルちゃんは俺に手を振る。あー、可愛い……。
俺たちは三人に見送られ、目の前の通りに停まっている馬車に乗り込んだ。
「じゃあね~!」
馬車が出発して、三人の姿が後ろへ流れていく。俺は窓を開けて身を乗り出し、その姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
※
「おまたせ」
テクラスの転移施設から王都へ転移し、俺は先行していたジュリーと待合室で合流する。
すると、彼女は周りを不思議そうに見渡して言った。
「……なんか、へん」
「え? どこが?」
「人、少なくない?」
「……たしかに」
いつもなら待合室は転移待ちの人でいっぱいで、長椅子に座るのに苦労するくらいなのだが、今日はガラガラだ。
何かイベントがあって、そっちに人が行っているのだろうか?
「まあいいじゃん。とりあえず学校へ帰ろう」
「うん」
俺はジュリーと外に出る。
だが、待合室の中で気づいた小さな違和感は、転移施設の前の馬車乗り場を見て、さらに大きくなった。
「……ぜんぜん馬車いない」
「えー……なんでだろう?」
普段ならいっぱいに停まっている辻馬車が、今日に限って全然いない。転移施設に来る人が少ないのもあるのだろうが、それにしてもこの少なさは異常だ。
俺たちはその少ない辻馬車のうちの一つに乗り込んだ。
「王立学園の正門まで、おねがいします」
「はいよ!」
馬車がゆっくり走り出す。
やはり、窓の外を歩く人は少ない。何ならテクラスよりも少なかった。
どうしてだろう? 今日は特段、何かを忌んで家から出ないようにする日ではなかったと思うんだけど。
不思議に思っているうちに、馬車は学園に到着した。俺は料金を払い、ジュリーと降車して寮へ向かう。
王立学園の中は、特段変わった様子はない。俺たちは寮の建物に入ると、三階で別れる。
「テクラスにつれてってくれてありがとう、フォル。楽しかった」
「それはよかった。いいりょこうだったね」
「うん。じゃあまた、学校で」
「ばいばい」
ジュリーは三階の廊下を進み、自分の部屋へ。俺はさらに階段を上って五階の自分の部屋を目指す。
そして、五〇九号室に到着すると、ドアを開けた。
「ただいま」
重かった荷物を下ろすと、ドタドタとリビングの方から足音が近づいてきて、レイ先輩が姿を現した。
「おかえりー、フォル!」
「ただいま、レイ先ぱい」
「ね、大丈夫だった⁉」
「え、何がですか?」
すると、レイ先ぱいは興奮しているような、心配しているような口調で俺に問いかける。
「流行り病だよ! テクラスでは大丈夫だった?」
「びょうき……ですか?」
「そうそう!」
「とくに何もはやってなかったと思いますが」
「そっかー、ならよかった!」
「……王都では何かあったんですか?」
「そうなんだよー! こっち来て!」
俺は自室に一旦荷物を置くと、レイ先輩についていきリビングに入る。
「お帰りなさい、フォルゼリーナ」
「ただいま、フローリー先ぱい」
リビングのソファーにはフローリー先輩が座っていて、優雅に紅茶を飲んでいた。
その目の前にあるテーブルには、一枚の紙が置いてあった。レイ先輩はそれを手に取ると、俺に見せる。
「実はね、フォルがテクラスに行っている間に、王都で流行り病が広まったんだよ!」
「そうだったんですか……」
ようやく、俺の中の違和感が解消した。王都の人通りが妙に少なかったのは、流行り病で人々が家に閉じこもっていたせいだったのか。
「あまりにも感染が広がったため、つい先日、学園は新年度の授業を延期し、休校することを決めたのです」
紙に目を落とすと、確かにフローリー先輩の言う通りのことが書かれていた。
『王都における感染症の流行拡大を鑑み、生徒や教師が密集する学園内での感染症流行を予防すべく、新年度からの授業は無期限延期とし、然るべき時期まで休校とする』か……。
そして、俺はその下の文章を読んでビックリした。
「え、このりょうもしまるんですか⁉」
「寮で流行り病が広まったら目も当てられない状況になるので、当然のことでしょう」
「幸い、猶予は一ヶ月くらいあるけどねー」
それまでの間に、避難先を決めろってことか。
戻ってきたばかりだが、またシャルのところにお世話になるか? いや、そこまで迷惑はかけられないな……。
だったら、選択肢は一つか……。
「フォルは実家に帰るの?」
「そうしようと思います」
ラドゥルフの実家だ。長らく帰っていないし、顔を出すいい機会だ。
「ところで、先ぱいたちはどこにひなんするんですか? レイ先ぱいはごじっかが王都でしたよね?」
「そーだけど、あたしは帰らないよ」
「じゃあどこに?」
「実は、避難が難しい生徒のために、希望者は遠くにある学園の実習施設へ避難できるんだ。実家に帰っても狭くなるだけだし、あたしはそっちに行くよ」
「……フローリー先ぱいもですか?」
「ええ。いつ再開するのかわからないのに、国に帰るわけにはいきませんから」
二人は一緒に実習施設へ行くようだ。
俺も、ラドゥルフへの避難が無理だったら、二人についていくことにしよう。
そうと決まれば、早速手紙を出そう。
俺はレターセットを買いに、再び外出するのだった。
※
「フォル」
「ジュリー、どうしたの?」
翌々日、手紙を書き終えてポストに投函しようと寮から出たところで、ジュリーに遭遇した。
彼女はどこか元気がないように見えた。何か悪いニュースでもあったのかな?
「じつはね、りょうがしまるから、じっかに帰ろうと思ったんだけど、ことわられちゃった」
「え⁉ なんで⁉」
「お父さまとか、しつじやメイドがびょうきにかかっているから、だって」
「なるほどね……」
ジュリーに病気をうつさないようにするための措置か。すぐ近くに実家があるのに戻れないなんて、さぞかしもどかしい気分だろう。
「……じゃあ、ジュリーはじっしゅうしせつに行くの?」
「うん、そうなる。ほかに行くとこないし」
それを聞いて、俺の頭に一つの案が浮上した。
「……あのさ、もしよかったら、わたしといっしょにラドゥルフに来ない?」
「え……そんな、わるいよ」
「えんりょしなくていいよ。わたしが入学しけんをうけるときにとめてくれたんだし、そのおかえしだよ。かぞくもかんげいしてくれると思うし、何より……」
俺は少し恥ずかしくて言いよどんでしまう。
「ジュリーはわたしの親友だから」
「……ありがとう、フォル。じゃあ、おねがいしてもいい?」
「うん!」
ということで、俺はジュリーと一緒に行っていいか手紙に書き足すために、彼女と一緒に寮へ戻ったのだった。