翌週。俺は試合開始十分前にクリークの建物に入ると、掲示板に目を向ける。
ローガン先輩の列と俺の行がぶつかるところには、×印が書かれていた。
柱に頭をぶつけた俺は、脳震盪を起こしたのか気絶してそのまま先輩ごと落下してしまったらしい。だが、先輩は上手く体勢を変え、俺を抱えて着地してくれたようで、俺は頭のたんこぶ以外の怪我を負うことはなかった。そして、そのたんこぶも、俺が目を覚ます前にリンネ先輩が『ヒール』で治療してくれた。
当然、試合結果は俺の負けと判定された。勝てそうな作戦を実行しようとした矢先の負けだっただけに、かなり悔しかった。
俺は他の試合の結果も確認する。
第二試合、キャサリン先輩対リンネ先輩は、キャサリン先輩の勝利。
第三試合、アーチェン先輩対ダイモン先輩は、アーチェン先輩の勝利。
第四試合、ジョン先輩対シャーロット先輩は、ジョン先輩の勝利。
第五試合、エリック先輩対カンネ先輩は、エリック先輩の勝利。
以上より、暫定順位はエリック先輩が五勝で首位。アーチェン先輩が四勝一敗で二位。そして、俺、ジョン先輩、ローガン先輩、カンネ先輩がともに三勝二敗で三位タイ。キャサリン先輩、シャーロット先輩が二勝三敗で七位タイ。最後にダイモン先輩とリンネ先輩が五敗で九位タイだった。
上位と下位がかなりバラけてきたが、中位はまだ団子状態である。
今回の俺の相手はキャサリン先輩だ。会員戦への参加資格をゲットしたテストの相手である。
正直、先輩には勝てる気がしない。あのテストだって、本気で相手をしてくれているようには見えなかったもん。
一応、ローガン先輩と同じく、ある程度キャサリン先輩の戦闘スタイルは知っている。
おそらく火系統の魔法と、火の王級精霊・ガーネとの連携攻撃がメインだろう。
俺は練習場に入る。すると、ちょうど練習場の中央で、先輩が腕を組んで仏頂面のまま仁王立ちしていた。
「来たわね、フォル」
「こ、こんにちは」
すると、先輩はビシッと俺を指差した。
「いい⁉︎ 現在の順位はあんたの方が上だけど、あたしに勝てるなんて思わないことね! 全力でぶつかってきなさいよ。正面から叩き潰してあげるから」
めちゃくちゃ力強い宣言だ。勝てそうにないな……とは思っていたけど、ここまで煽られると、俺の中の闘志が燃え盛っていくのがわかった。
「わかりました、ぜんりょくでいきます」
「ふん!」
観客席を見ると、今回はダイモン先輩とリンネ先輩だけだ。シャーロット先輩は、九回戦でキャサリン先輩と戦うことになっているので、俺たちの試合を観戦できないのだ。
「フォルちゃ~ん、キャサリンちゃ〜ん、頑張れ~!」
「べ、別に応援されなくても勝つわよ!」
「がんばります!」
キャサリン先輩、全然素直じゃないな……。マジでツンデレだ。
そして、俺たちにジェラルド先生が声をかける。
「んじゃ、時間になったことだし、試合を始めようと思うが」
「いつでもいいわよ」
「わたしもです」
俺たちは数メートル空けて、向かい合って立った。
一瞬の静寂の後、先生が声を張り上げる。
「それでは、第六回戦第一試合、キャサリン・ジザール対フォルゼリーナ・エル・フローズウェイを始める!」
次の瞬間、ゴーン! と鐘の重低音が響き、試合が始まったのだった。
※
試合開始直後、俺を大量の火球が襲う。
「うわぁぁああ!」
俺は身体強化魔法を発動して、即刻その場から逃げる。だが、猛攻撃は収まるところを知らず、俺の周囲に次々と着弾する。
これはヤバい! 実質、手練を二人同時に相手しているようなものだ。
俺は浮遊魔法を発動して勢いよく浮上する。相変わらず火球は次々に飛んでくるが、少しは回避しやすくなっただろう……。
「ぃいっ……!」
次の瞬間、背中に熱さと衝撃。
しまった、逃げるのに夢中で魔力視を発動していなかった! きっと俺の後ろに回りこんだガーネの仕業だろう。
俺は体勢を立て直そうとするが、今度は先輩の方から攻撃を受ける。
「くらいなさい、『ボム』!」
「うあぁぁあっ!」
次の瞬間、俺の目の前で爆発が起こった。
目の前がチカチカする。多少の火傷も負ってしまったようだ。
『『ヒール』しましゅ!』
シンが『ヒール』で応急処置をしてくれた。
俺は地面に降りる。飛んで避けるのは困難だと判断したからだ。
もし空中で爆撃を避けるには、常に先輩とガーネの二者を視界に収めて魔力視を発動しておく必要がある。
だが、二者を同時に視界に収めるのは非常に難しい。そもそも二人は、同時に俺の視界に収まらないように振る舞っている。目が後ろについていたり、視覚に頼らずに魔力を感知する方法があればできるかもしれないが……。
とにかく飛んで避けるのはダメだ。別の方法で防ごう。
「『アイスウォール』!」
地面に降りた俺が次に発動したのは、水系統の中級魔法、『アイスウォール』だった。これは任意の場所に、任意の大きさの氷の壁を作る魔法である。
俺はイアの協力のもと、俺を中心に半径一メートルほどを完全に囲むように氷の壁を発生させ、上部で合体させて氷のドームを作る。前世で北極周辺の先住民が作る、イグルーのようなものだ。それよりかは多少脆いかもしれないが。
これで多少は時間稼ぎができるはず……。
と思った次の瞬間、バキバキ! ドゴーン! という音とともに、巨大な穴が空いた。
そこからは、十メートルほど先で、先輩がこちらに向かって歩いているのが見えた。
穴が空いた箇所からは、シューシューと湯気が上がっている。どうやら高温の炎と爆発の威力のコンボで破壊&蒸発してしまったらしい。
どんだけ火力強いんだよ……! 全然時間稼ぎにもならなかったぞ!
次だ次!
「『ロックウォール』!」
次に、俺はリンの力を借りて、地面から岩を生やす。俺を中心にして同心円状に、壊れた氷のドームの外側に、一回り大きい岩石のドームを形成する。それを二重にして、今度こそ時間稼ぎをリベンジする。
だが次の瞬間、今度はドームの内側、俺の隣で爆発が起こった。
「がはっ……!」
無様に吹っ飛ばされて、残った氷のドームの壁面に叩きつけられる。
慌てて爆発した方向を見ると、スーっと巨大な魔力の塊が、氷のドームの壁の中に吸い込まれるようにして消えていくのが見えた。
そ、そうか……! 精霊は物理的な制約を受けないから……!
つまり、いくらドームを作って閉じこもろうが、無駄ってことじゃん! 精霊に透過されて攻撃されるのだから。
となると、俺が勝つ条件はずばりただ一つ。
先輩をKOするしかない。
リン! イア! ドームの解体をお願い。
『りょ〜〜かい〜〜』
『かしこまりました』
氷のドームと岩のドームが消え、視界が晴れる。
偶然にも、俺たちはちょうど最初の立ち位置に戻った。
すると、仏頂面な先輩が質問してきた。
「フォル、魔法の六系統のうち、最も強い系統って、何だと思う?」
「……なんですか?」
俺はエルに、自分の周りに『エアウォール』を厚めに張ってもらう。
「教えてあげるわ。それは火系統よ。使い手の技量にもよるけど、攻撃力は最も高いと、あたしは信じてる」
「……『ロックパイル』」
次の瞬間、先輩めがけて、ドドドド! と大きな岩の杭が飛び出す。
先輩の姿が、たちまち白い煙に覆われた。
しかし、魔力視の反応は消えていない。
「無駄よ。なぜなら、火系統は、最強の魔法だから」
次の瞬間、白い煙の向こうから先輩の姿が現れた。
先輩を吹き飛ばすはずだった岩の塊は、先輩を避けるように、地面にベッタリと張り付いていた。
「どうして……」
「知ってる? 火系統を極めると、熱の制御もできるようになるのよ。だから、岩での攻撃なんて、ガーネが全部融かして固めちゃうから、意味ないわよ」
おそらく、岩が蒸発した際に出るとんでもない熱も、ガーネがコントロールすることで、先輩は火傷を負っていないのだろう。
先輩は一歩一歩、こちらに歩いてくる。長い赤髪が揺れ、右手の人差し指の先からは、魔法を発動しているのかチラチラと炎が吹き出している。
「フォル、降参しなさい。これ以上、あんたの打つ手はないわ」
今の先輩は、まるで何かのゲームに出てくるラスボスのような雰囲気を纏っていた。
確かに、先輩の言う通り、熱を操れるのであればほとんどの遠距離攻撃は無意味になる。
一方、近接攻撃という手もある。もしそうするのなら、ガーネや本人の攻撃を潜り抜けなければならない。
しかし、残念ながら、今の俺の技術や力では、二者の反応速度や意識の外まで自分の動きを持っていくことは不可能だ。先輩の知覚を騙す手段も、先輩の知覚を超える手段も、俺は持ち合わせていない。
それでも、俺は先輩の言うことに従って降参するのは、絶対に嫌だった。
「『ワールウィンド』!」
俺は風系統中級魔法『ワールウィンド』を発動する。これにより、先輩に向かって暴風が吹き荒れる。
しかし、先輩は自分の前面に、指向性のある小規模な爆発を多重に発動する。それにより、暴風を形作る空気の流れを打ち消して、何事もないかのようにこちらに歩みを進める。
『ワールウィンド』の効果が切れ、風が収まるなり、先輩は少しイラついたように叫んだ。
「無駄よ! 次に魔法を発動したら、爆発魔法を放つわよ!」
だが、俺の心は、先輩がそう脅しをかける前から、すでに決まっていた。
俺はそれを聞いた直後、迷いなく詠唱した。
「『バースト』!」
次の瞬間、先輩は爆発に包み込まれた。
火系統上級魔法、『バースト』。三歳の時、ゴブリン数十匹を爆殺した魔法だ。威力はかなり小さめにしておいたが、それでも十分人を殺傷できる能力を持つ。
会員戦は殺し合いではない。先生のその言葉に従い、俺は今まで、『レーザー』や『バースト』など、殺傷性の高い魔法は意図的に封印してきた。
だが、半ばヤケクソになった俺に残された攻撃手段は、もうそれくらいしか残っていなかった。
その一方で、俺は確信もしていた。
この攻撃は、先輩を殺すどころか、怪我一つさせないだろう、と。
そして、爆発の砂塵が晴れた直後、向こうから般若が現れた。
「あんたねぇ……どうなっても知らないわよ!」
そして、赤い魔力の光が瞬く。
咄嗟に『エアウォール』の防壁を最大限に厚くし、『ロックウォール』を発動した直後、凄まじい衝撃と熱さにより、俺は意識を失ってしまった。
※
「あ、う……」
目が覚めると、知らない天井が見えた。
俺はゆっくりと体を起こす。どうやら俺はベッドで寝ていたようだ。
ベッドの周りには、片側を塞ぐようにカーテンが広がっていて、もう片方の、カーテンが閉まっていない側からは、複数のベッドが綺麗に並んでいるのが見えた。
どうやらここは保健室のようだ。でも、シャーロット先輩と戦った後に目覚めたところではない。別の保健室だ。
すると、俺が動いた音を聞いたのか、カーテンの外から誰かの足音がする。それから俺の前に姿を見せたのは、意外な人物だった。
「気がついたんですね、フォルゼリーナさん。よかった」
「……オリアーナ先生」
そこにいたのは、俺のクラスの担任である、オリアーナ先生だった。
「ここは……」
「学校の保健室です。体調はどうですか? 変なところはありますか?」
「あ、はい……とくには」
俺は自分の体の様子を確かめるが、特に異常はない。だが、次の瞬間俺の腹からぐぅぅ~と強烈な音が響いた。
それを聞いた直後、猛烈な空腹感が俺を襲う。
「左の机に果物があるので、食べてもいいですよ」
先生に言われて左を見ると、左の机の上にはカゴがあった。そして、その中にはいくつかのフルーツが入っている。どれも手軽に皮ごと食べられるやつだ。
俺はその中の一つ、小さなリンゴのような果物を手に取ると、かじりつく。口内に甘味と少しの酸味が広がった。
ふとかごの下を見ると、小さなメモが挟まっていた。
『元気になって戻るのを待っています』という言葉とともに、フローリー先輩とレイ先輩の名前が書いてある。
これを見て、俺の中にある疑念が浮かんだ。
「それにしても、本当に目が覚めてよかったですよ」
「先生」
「どうしましたか?」
「わたしがここに来てから、どのくらいたちますか?」
「そうですね……丸一日と、ちょうど半日くらいでしょうか」
やはり相当の時間が経っていたようだ。
つまり今は、試合の翌日の深夜ということか。
「……先生は、お見舞いに来てくれたんですか?」
「それもありますが、フォルゼリーナさんの治療に当たっていた、と言った方が正しいでしょうね」
「……先生って、ほけんしつの先生でしたっけ?」
「いいえ、違いますよ。けれど、先生は医師の資格を持っているんです」
そうだったのか。それならここにいるのも納得だ。
「では、ジェラルド先生を呼んでくるので、少し待っていてくださいね」
「あ、はい」
そう言うと、オリアーナ先生は俺の視界から外れ、ガラガラとドアを開けて出ていってしまった。
俺は部屋でひとりぼっちになる。
ぼんやりとする頭の中に、キャサリン先輩との試合の記憶がよみがえってきた。
試合結果は、戦闘不能による俺の負けだろう。
先輩は、やっぱりとても強く、今の俺が勝てるような相手ではなかった。
もっと鍛えないとなぁ……。
そんなことを考えていると、ドアが開く音。そして、複数人が入ってくる足音。
「おぅ、気がついたか」
「……ジェラルド先生、と、キャサリン先ぱい」
驚くべきことに、先生の隣にはキャサリン先輩も立っていた。ギュッと口を噤んで、俯いている。
「…………ごめん」
そして、その口から漏れたのは、まったくキャサリン先輩らしくない言葉だった。
「……どうしたんですか、あたまでもうったんですか?」
「打ってないわよ! あたしは至って正常だから!」
「おい、保健室だ。静かにしろ」
先生に言われて、先輩は黙った。それからしばらくして、ボソボソと話し出した。
「……その、あんたが『バースト』を使ってきたから……その、ついカッとなっちゃって……それで、大火傷を負わせちゃって……申し訳なかった、わよ」
「え、わたし、大やけどしてたんですか?」
「オリアーナ先生から聞いてないのか? オレが割って入ったとき、だいぶ酷い状態だったぞ。まぁ、オリアーナ先生の処置のおかげで、傷はほとんど残ってないだろうが……」
そんな酷い状態だったのかよ! 今はどこも全然痛くも痒くもないんだけどな……。
「残念ながら、髪は少し短くなってしまったようだがな」
「……ほんとだ」
俺が頭の後ろを触ると、まあまあ長かったはずの髪が、肩ぐらいまでの長さになっていた。おそらく先っぽは燃えてチリチリになってしまったのだろう。
……髪を切る手間が省けてラッキーと思うことにしよう。
「……とにかく、キャサリンの最後の攻撃はやりすぎだったということだ」
「な、なるほど」
「それと、だ」
すると、先生は俺の頭を軽くバシンと叩いた。
「あう」
「お前もやりすぎだ。キャサリンの技能が優れていたからなんとかなったが、相手によっては十分死ぬレベルの魔法だ。ミーティングで言ったよな? やりすぎは厳禁だ、と」
「う……すみません」
「とにかく、これから『バースト』は会員戦で使うな。あれは威力が強すぎる。いいな?」
「はい……」
俺は先輩の方を向くと、頭を下げた。
「先ぱい、すみませんでした」
「…………別に、いいわよ」
先輩は俺の方を見ないでそう言った。
そして、先生はため息をつく。
「とりあえず、フォルゼリーナは今日ここに泊まっていけ。必要なら明日学校を休んでいい。少なくとも、今日いっぱいは安静にしてろよ」
「わかりました」
そして、二人が去り、再び部屋の中は静かになった。
そういえば最近ずっと、平日は学校で休日は会員戦と、休みらしい休みがなかったな……。
……少しくらい、ズル休みしてもバチは当たらないよね。
俺はそのままベッドに身を委ねると、掛け布団を頭まで被ったのだった。