フランスの学生運動
フランスでは2018年に留学生の学費値上げが発表され、それに対して大きな反対運動が巻き起こりました。留学生の学費値上げ問題にどう対抗するか、私たちが考える参照点としてフランスの2018年からの学生運動について紹介します。
フランスでは2018年に留学生の学費値上げが発表され、それに対して大きな反対運動が巻き起こりました。留学生の学費値上げ問題にどう対抗するか、私たちが考える参照点としてフランスの2018年からの学生運動について紹介します。
フランスの運動について、学生が翻訳をおこないました。学生たちが実際になにを訴え、どのように行動したのか。現場の雰囲気が分かると思います。
Le monde [2018年12月6日]
「留学生の学費が上がったら、私たちは終わりだ」
12月6日木曜日、留学生の大学の授業料値上げに反対して、パリで約2000人がデモを行った。
par Alice Rayboud
2018年12月6日20時48分公開、2018年12月6日20時48分修正
(写真)※ちなみに横断幕の文字はnon aux frais d'inscription / non à la discrimination(学費にNon/差別にNon)
12月6日木曜日、非EU圏の学生への授業料値上げに対して抗議するために、2000人の学生がCampus France(フランス政府留学局)の敷地前に集まった。
参加者の幾人かは首の周りにガーランドをつけ、「マクロン、我々はお前のサンタクロースにはならない」と書かれたマスクをしていた。12月6日、パリでEU圏以外の外国人学生への授業料値上げに反対のデモを行うために、約2000人の学生が集まっていた。
2019年の新学期から、非EU圏の学生たちは学士課程で年間2770ユーロ、修士課程で3770ユーロを支払わなくてはならないが、それに対して、EU圏の若者たちに対しては学士課程の講義に年間170ユーロ、修士課程では243ユーロだ[1][2]。決定は、大学の財源の拡大と魅力の向上の方策として、政府によって発表された。
当初は10区にある国際交流推進機関Campus France(フランス政府留学局)の前で動かずにいることになっていた集会は、午後3時半ごろにデモ行進へと変化した。即席のデモ隊はヴァルミー通りをレピュブリック広場へ向かい、その後バスティーユ広場へ向かって平穏に[3]練り歩いた。
「卒業証書なしで大学を去らざるを得ない」
「国境なき大学を!」と、パリ第13大学、パリ第1大学パンテオン・ソルボンヌ、パリディドロ大学の学生たちが叫んだ。フランスに来て2年になるアルジェリア人学生のZaraもそのなかにいた。パリ第1大学で経済社会経営学(administration économique et sociale)の学士を取得するために勉強を再開したのだ。
この措置が適用された場合、彼女も他の多くの仲間たちと同じように「卒業証書なしで大学を去る」以外の選択肢はないだろう。「このような発表は、フランスの主義、つまり人権やすべての人への教育の保証に完全に反するものになっています」とこの31歳の女性は指摘する。「いまや大学は富裕層だけが通えるものだとでもいうのでしょうか?貧しい人たちもまた優れたアイデアを持っているのだということを心に留めてほしいです。」そう彼女は苦々しくこぼした。
https://img.lemde.fr/2018/12/06/0/0/3493/2619/960/0/75/0/44bf640_dKZIVMSPxcfj5OKMQHBBAtJ3.jpg
マイクを手に、Rachel(仮名)は自身の「不安」を打ち明けた。2年前からフランスに不法滞在[4]しているこのモロッコ人のパリ第一大学哲学専攻の学生は、こう断言する「学費が値上げされたら、私たちは終わりだ。住むため、食べるためだけに、すでにあちこちで働いているというのに、どうやったらこれ以上払うなんてことができるんだ?」
「黄色いベスト」との連帯
デモの参加者のなかの少なくない人が、この措置を「人種差別的」とまで言っている。パリ第1大学トルビアクの哲学専攻2年で20歳のフランス人学生Tomekも次のように話す。「こうした改革は、法外な費用を支払う財力を持てないアフリカやラテンアメリカの学生たちに特に不利益を被らせることになるでしょう。」この若者によれば、「政府はParcoursupの改革[5]と同じ論理を続けており、今回は、より裕福な外国人学生を優遇するための社会的選別を伴っています。」彼は、3週間も国を揺るがしている社会運動との「連帯」として、この日黄色いベストを着用した数少ないデモ参加者のうちの一人だった。
Alaïs「いつも同じ人たちが被害を受けるのはもうたくさんだ」
全ての人が「黄色いベスト」への支持を表明しているわけではないにしても、デモの途中では、この運動のための次のようなスローガンが頻繁に聞こえる。「学生も、“黄色いベスト”も、同じマクロン、同じ闘争( Etudiants, “gilets jaunes”, même Macron, même combat. )」[6]ソルボンヌの社会科学専攻一年の若いフランス人女性学生のAthénaは、これらの闘争の合流は望ましいと考えている。「「黄色いベスト」は庶民階級が見捨てられたということを告発していて、私たちはその庶民階級の子どもなんです。」学費のためにクリーニング店で「ほぼフルタイム」働いているこの19歳の女性はそう説明した。
「いつも同じ人たちが被害を受けるのはもうたくさんだ」と、同じ課程の学生Alaïsが彼女のすぐそばで激しく抗議する。次の土曜日に「黄色いベスト」と合流することについては、12月1日のシャンゼリゼ通りでのデモで勃発した暴力行為に嫌気がさしたため、この若い女性はまだためらっている。一方、Athénaは決断を下した。3日後は彼らの側に参加するつもりだ。
[1] (訳注)フランスの学士(Licence)はバカロレア取得後3年、修士(Master)はバカロレア取得後5年の課程で得られる。
[2] (訳注)2025年現在この費用区分は維持されている。
[3] (訳注)「平穏にdans le calme」は「衝突/暴徒化することなく」というニュアンスだろう。フランスらしいっすね。
[4] (訳注)「不法滞在」と訳したsans papierは、基本的に非正規の移民を指す。
[5] (訳注)Parcoursupの改革とは、2018年以降、それまでバカロレア合格者は各自の志望大学へ成績等の要件なしに振り分けられていたのが、高校の成績などを参照する方法に変更されたこと。以下の記事がわかりやすい。
大学入学振り分け制度、来年度から改革。 - OVNI| オヴニー・パリの新聞
[5] (雑談)この記事の2日後、2018年12月8日土曜日には、パリ第8大学の学費値上げ反対デモの学生が黄色いベスト運動のデモと合流してこれをさけんでいたらしい。
Les Gilets jaunes à Paris : « On ne cédera pas à la peur ! »
Révolution Permanente [2018年11月23日]
パリ:外国人留学生の授業料値上げに反対して400人の学生が総会に参加
エドゥアール・フィリップ首相がEU圏外からの留学生の授業料を大幅に引き上げると発表してから1週間後、400人の学生がENS(École normale supérieure/高等師範学校)に集結し、この改革を撤回させる手段を検討した。
今週、エドゥアール・フィリップ首相はEU加盟国以外の外国出身の学生は学士課程で1770€、修士課程と博士課程で2770€を支払う必要があると発表した。外国人学生たちの不安が高まるなか、パリ5区のENS-Ulm(高等師範学校)で最初の総会が呼びかけられ、約400人の学生がこの呼びかけに呼応、さらに約11000人がFacebookで関心を表明した。この集会は、改革案の作成の中心にいたMarc Mézard学長をはじめ、学校当局の厳重な監視のものとでついに開催に至った。
アルジェリア留学生連合(l’Union des étudiants étrangers algériens)のある学生が基調を定め、議論を開始した。「行動計画についての合意を形成すべきだ。12月1日土曜日にデモを呼びかける必要がある。この改革の新自由主義的性格に加え、一部の人々に大学の門戸を閉ざす授業料値上げに対して、皆が戦わなければならない。」
コンピエーニュ工科大学教授であり、ACIDES(高等教育の推進に関する批判的・学際的アプローチ)[1]研究グループのメンバーであるDavid Flacherは、この改革の論理を次のように要約している。「今日では主流派経済学者の多くが人的資本の観点から勉強を投資と見ており、解放の手段としての教育を見ていません。」この改革が公正さを欠くものであることに加え、教授はまた、この改革が効率的でもなければ有効でもないことを次のように説明している。「イギリスやアメリカの学生たちが山のような借金で押しつぶされそうになっているということを念頭に置く必要があります。英国では、学費の値上げによる節約分に返済不能な負債による損失額が追いついてしまっている。高等教育の資金調達として、これは不公平であり、効率的でも効果的でもない。」と教授は結論付けている。
しかしながら、参加者たちは何よりもまず学生運動の手法によってこの闘争を推し進めるつもりだ。「ORE法[2]を通し、APL(住宅補助金)を削減し[3]、BAC(バカロレア)を破壊したこの政府にはあきれ返っている。デモを行い、総会を組織し、あれほどまでに政府が怖れている学生結集を立ち上げなければならない。」それもそのはずで、パリ第6大学ジュシュー校、パリ第8大学、さらにパリ第10大学ナンテール校今既に予定されている。デモの日程も決定した。12月1日、すべての学生と共に作り上げなればならない重要な一日だ。
[1] (雑談)このグループが出版している書籍がネット上で読めるのだけど、結構面白い。タイトルは“Arrêtons les frais !”(『学費を廃止しよう!』)
ACIDES | Approches Critiques et Interdisciplinaires des Dynamiques de l’Enseignement Supérieur
[2] (訳注)ル・モンドの方の記事で出てきたParscoursupを策定する法律。2018年施行。
[3] (訳注)2026年から、非EU圏出身の留学生に対する住宅補助金は打ち切られるということが先日フランス議会で可決された。
フランスへの留学生は「金食い虫」なのか?財政難で住宅補助打ち切りへ | FRANCE 365:フランス最新情報・フランス語学習お役立ち情報
afriquexxi [2025年11月29日]
大学がフランス人と外国人との溝を広げる
このオープンレターは、パリ第一大学パンテオン・ソルボンヌの学長クリスティーヌ・ノールデュックおよび理事会の会員に宛てられている。フランスの名門大学であるソルボンヌの研究生と研究者たちが、EU地域外出身の学生の学費の引き上げに対して反対運動を開始している。研究者たちはこの「差別的な暫定処置」を強く批判している。
パリ第1大学パンテオン・ソルボンヌの理事会は、12月1日(月)に、いわゆる「EU地域外」(EU非加盟国)出身の学生に対する、今まで区別された授業料免除の撤廃について採決しようとしている。
実際には、該当する学生は、学士課程1年あたり2895ユーロ(約52万円)、修士課程では3941ユーロ(約71万円)を支払わなければならなくなる。
国籍によって授業料を区別するこの制度は、2019年に導入された「Bienvenue en France(フランスへようこそ)」政策によって可能となったものだ。この政策は多くの大学がこれまで採用を拒否してきたものでもある。
高等教育・研究分野における、政府の方針により課された緊縮財政が、これらの措置を採用する主な根拠とされている。しかし、その結果は、すでにさまざまな困難に直面している学生にとって、差別的で破滅的なものとなる。例えば、住宅手当(APL)の廃止が予告されていること、そしてすべての学生にとって生活環境が厳しくなることなどである。
この一連の判断は、アフリカ諸国からのビザ取得を制限する政策方針にさらに上乗せされている。アフリカ大陸からフランスに来るのが段々と難しくなっている。書類費用、ビザ申請、財政証明、住宅、その他諸々の費用が既に非常に高額で、多くの学生が、最終的にビザが下りる保証すらない状態で債務を負うことも珍しくない。これは大学側や、これらの手続きを義務づけられている機関、キャンパス・フランスが承認していてもである。
『Afrique XXI』は、フランス行政の「耳を貸さない・不透明な」対応に対する彼らの絶望と混同を語る証言を掲載している。
この結果としては、学生は別の、歓迎される国へ目を向けてきた。その例としてはロシアの大規模大学キャンパスの開放と、奨学金やビザの措置を導入してきた。これはロシアにとって非常に強力な影響力の手段になっている。
この不当な措置に対して、数々の教員・研究者が理事会の会員へオープンレターを書き(下記参照);複数の研究室が異議書を提出し;そして学生と教員200名を集めた総会で強い反対の声が挙げられている。
彼らは皆、理事会の会員がこの措置の社会経済的な影響に加えて、その政治的な意味を理解できることを願って動いている。
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学長様
パリ第一大学パンテオン・ソルボンヌ理事会の皆様
同僚の皆様
理事会の方々が、12月1日に、EU地域外出身の学生(後発開発途上国の学生を除き)に対する区別された学費の導入の採決を提案しています。
つまり、あなた方は、我々教員が2026年の新学期に、178ユーロ(約3万円)を払った学生と、同じ学士課程でも2895ユーロ(約52万円)を払った学生の前に教壇に立ち授業を行うように提案していることです。彼らは勿論、同級生と全く同じ授業を受け、同じ学習環境を共有します。ここで唯一の違いは、国籍となります。この学生たちの住宅手当(APL)の廃止判決後、大学がフランス人と外国人との溝を広げ続けています。
1956年に、我がソルボンヌ大学は、伝説的な国際知識人ネットワークを形成した会議に際して迎えた黒人芸術家や作家を、大きな誇りとしていました。
しかし、今日は、最も多い留学生集団であるモロッコ、アルジェリア、エジプト国籍の学生は、法外で差別的な授業料に会うだけです。
なんという後退です!そしてなによりも、なんて短絡的な考えでしょう!
現在のフランスは、グローバルサウスの学生にとって、カナダ、トルコ、中国、南アフリカより明確に魅力的でなくなってきました。この新しい侮辱も彼らをさらに遠ざけ、入学希望の授業料の収入も消えるでしょう。
あなた方は、「財政状況が改善したら、この措置は撤回する」と約束しています。しかし、我々は、政府が高等教育から手を引きつつあることと、こうした差別的な姑息な手段で高等教育と研究を強化し改善することはないということを周知しています。このような措置は、あなた方が自ら望んでいる国際的協力を基盤とする我々の教育と研究の使命をさらに蔑ろにするだけです。
我々パリ第一大学パンテオン・ソルボンヌの教員・研究者・職員一同は、この措置に断固として反対し、我々の大学を「国籍優先主義」の先駆けにしないことを求めます。
運動の概要
2018年11月19日、当時の仏首相によって、EU圏外の留学生に対する大学の登録料(入学料)の大幅な引き上げが発表された。学士では従来の 170 ユーロから 2,770 ユーロに、修士/博士ではそれぞれ 243/380 ユーロから 3,770 ユーロに。政府はこれを、国際学生の誘致 (“Bienvenue en France”) を目的とした「魅力向上戦略」の一部と説明。2027年までに国際学生を50万人に増やすという目標を掲げた。
しかし多くの大学、学生団体、教職員組合が強く反発。署名運動やデモが呼びかけられ、複数の大学では「登録料の16倍化」は「金銭による選別」「差別的」「高等教育の民主化と国際化への重大な障害」と批判された。一部の大学評議会では、この措置の実施に懸念を示す動きや反対表明があった。また、増額に対して用意された奨学金や免除制度の規模では、対象学生数や事情に見合わないとの批判もある。
反対運動はどのように広がったのか?
発表直後から市民・学生団体が署名活動やオンラインキャンペーンを開始。主要メディアでの批判的報道が広がり、「学費の16倍化」として政治的論争になった。労働組合や研究者団体も声明を出して連帯し、公共性や研究への影響を強調した。こうしたキャンペーンを受けて多くの大学評議会や教員組織が公式に反対を表明。少なくとも17の大学が「実施に従わない」と公表したという報道が出た(大学側が独自の免除方針や例外適用を示唆)。これにより中央政府との対立が明確化した。
学生団体は組織的に抗議行動を継続した。とくに「水曜行動」が毎週が行われるなど、定期的なデモや集会、学内外での宣伝・討論会が行われた。学生・若者主体のデモは大学都市(パリ、ボルドー、レンヌ等)で繰り返し展開された。一部の拠点校ではシットインや学内集会、教員との合同集会が行われ、学長や理事会に対して公的な申し入れを行った。学生・教員の連帯によって、大学理事会が「差別的だ」との決議や反対宣言を採択するケースが増えた。
国会でも質疑が行われ、政府の説明責任を求める声が強まった。学生・教職員団体は行政訴訟や憲法判断を求める準備を進め、公共教育の「無償性/普遍性」が憲法上の権利に抵触しないかを争点にした。政府は2019年4月に該当政令を公示し、一定の例外(たとえば博士課程の扱いなど)や「Bienvenue en France」基金(奨学金・受け入れ改善のための資金、約1,000万€規模の創設)を提示した。しかし、奨学金数が限定的であり、幅広い学生の支援には不十分だと批判された。反対派は最終的に憲法上の権利(高等教育への無償・普遍的アクセス)を理由に最高裁級の判断を求め、2019年秋に憲法裁(Conseil constitutionnel)や行政裁の判断を巡る議論が公になった。2019年の諸判断は解釈上の論点を残し、実施可否に法的な不確実性を与えた。
現在でもフランスの大学では学費の実費値上げを適用していない大学が多く残る。これは運動の成果であり、留学生の学費値上げが広がろうとする日本の大学の現在を考えるうえでも参考にすべき動きではないだろうか。