富山数理ワークショップ 2024

富山数理ワークショップ 2024

2024年2月20日(火)~2月22日(木)(本会議は20日と21日)

講演概要一覧

2024年2月20日(火)

佐藤 勝彦(北海道大学)

細胞運動を表す数理

細胞運動は多細胞生物の形づくり(形態形成)、傷の治癒、病気の転移などで重要な役割を果たす要素であり、そのメカニズムを分子生物学的だけではなく、力学的、数理的な視点から理解することは極めて重要な課題である。細胞運動で不思議な点の一つは、細胞のありとあらゆる点で力の釣り合いが保たれているのにもかかわらず、一方向に進めるという点にある。人が前に進むときは足で地面を蹴って前に進むという事を行っているが、この時、人は「慣性」という一度動き出したら力が掛からない限り動き続けるという性質(慣性の法則)を用いている。しかし細胞のレベルになると、この慣性はほとんど効かず、細胞のありとあらゆる点で力のバランスが保たれており、細胞が「地面を蹴って」前に進むというイメージは正しくない。さらに、細胞は複数の細胞が接着してクラスターを構成している時でも一方向に動くことができる。細胞運動のメカニズムを知るには、細胞の各点の力の釣り合いを数学的に正確に記述する必要がある。この講義では細胞にかかる力を簡潔に表す方法と、力のバランスを保ったまま細胞が移動できるいくつかの例を紹介する。 

谷地村 敏明(東北大学)

正則化最適輸送の理論と応用

最適輸送理論は確率測度間の距離や最適マッチングを提供する変分問題として知られている.近年,正則化項を含む最適輸送,すなわち正則化最適輸送の進展に伴い,大規模なデータセットに対して最適輸送の適用が可能となり,多岐にわたる分野で広く用いられるようになった.本講演は二部構成であり,正則化最適輸送の理論とその応用に焦点を当てる.
 第一部では,Tsallisエントロピーに基づく正則化最適輸送について考察し,正則化パラメータが0に収束する際の最適輸送コストへの収束率を議論する.特に,確率測度の量子化と影を利用したEckstein--Nutzによる議論を活用することで,Tsallisエントロピー正則化最適輸送の収束率を確立する.これをKL (Kullback--Leibler) ダイバージェンスを用いたエントロピー正則化最適輸送の収束率と比較し,Tsallis相対エントロピーの観点からKLが最速の収束率であることを示す.
 第二部では,エントロピー正則化混合ガウス最適輸送について議論する.この最適輸送は各ガウス分布を点と見なした際の離散型のエントロピー正則化最適輸送と考えることができる.まず,このエントロピー正則化最適輸送と,ある連続なcoupling制約最適輸送との対応関係を考察し,その収束性を示す.次にこの正則化最適輸送の応用として,我々が開発した時系列scRNA-seqデータに対する細胞分化の新しい軌跡推論フレームワーク,scEGOTを紹介する.scEGOTを始原生殖細胞の分化に関する時系列scRNA-seqデータに適用することで,分化に関連する重要遺伝子を同定したことを報告する.
 第一部は論文(https://arxiv.org/abs/2304.06616に基づき,第二部は論文(https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2023.09.11.557102v1に基づくものである.

磯部 伸(東京大学)

深層学習の測度論的モデルの数理解析とその応用

深層学習の要素技術である深層ニューラルネットワーク (DNN) は、確率分布を変換する流れ写像と見なせる。この観点に基づき、DNNの、連続方程式 (continuity equation) による連続モデルがBonnetらによって導入された。講演の前半では、このモデルにおける学習過程を、Wasserstein型勾配流としてモデル化する。 講演後半では、その勾配流の、臨界点への収束性に関する結果を紹介する。その結果を導くための鍵は、 発展方程式論でも有用なŁojasiewicz–-Simon の勾配不等式が、Wasserstein型の距離空間上で成り立つことを証明することである。 もし時間が許せば、深層学習理論に貢献するような、新たな数理科学の方向性について、聴衆と議論したいと考えている。 

市川 佑馬(東京大学・富士通株式会社)

強化学習を応用した最適化ソルバーの限界と教師なし学習による大規模最適化ソルバーの開発

近年, 機械学習の発展に動機づけられ, 機械学習を用いた組み合わせ最適化手法やテンソル分解アルゴリズムの技術が発展している. 現状, 多くのアルゴリズムは, 教師あり学習や強化学習をベースとして開発された手法が多く, それぞれの方法論は, 固有の課題を抱えている. 具体的には, 教師あり学習の場合, 十分な学習データの確保が課題となり, 現状未知データに対する汎化性能は低い. また, 強化学習を活用した場合, 計算の安定性や時間が課題となり, 場合によっては, ランダム探索や貪欲探索アルゴリズムよりも劣る場合がある.
 これらの課題に対して, 本研究では新たなアプローチとして, 教師なし学習を基盤とした組み合わせ最適化ソルバーを提案する. 提案手法を利用することで, 大規模な組み合わせ最適化問題を高精度かつ安定に求解することが可能である. さらに, 提案ソルバーの適用範囲は広くQUBO形式に縛られず, 非線形な組み合わせ最適化問題の求解も可能である.
 また, 近年テンソル分解問題の一つである行列積問題に対して強化学習ベースのアルゴリズムが提案された. このアルゴリズムは, 特定の行列に対して既存の結果を更新し, 注目されている. しかし, この手法はより大きな行列に対しては, 比較的冗長な探索を行うためスケールしない. そこで, 本研究では, より大きな行列に対しても適用可能かつより問題の構造を反映した貪欲探索アルゴリズムを提案する. この貪欲探索により強化学習ベースのアルゴリズムの記録を上回ることに成功した. さらに, この貪欲アルゴリズムはより大きな行列に対しても適用可能である.
 これらをまとめ, 従来の教師あり学習や強化学習を主体とした手法に対して, 問題の本質的な構造を理解し, 機械学習を適切に組み込むことの重要性と機械学習ベースの手法に対して依然として貪欲探索アルゴリズムの開発が重要であることを提示する.

2024年2月2日(

岡本 潤京都大学

結び目のエネルギーのランダムな離散化と最適輸送理論に基づく連続極限


O'Haraエネルギーとは,結び目に対して定義される汎関数で,各結び目のクラス(アンビエント・イソトピーについての同値類)に対する最も標準的な形状を変分的手法により定義する目的で提唱された.特定の指数の場合,メビウス変換による不変性が示されたことから,メビウスエネルギーと呼ばれる.最小元の形状解析のために,これまでに様々なメビウスエネルギーに対する離散化が定義されている.本講演では,O'Haraエネルギーの確率変数を用いた離散近似を定義して,最適輸送理論に基づいた空間における離散エネルギーのΓ収束性,さらにはコンパクト性の結果を報告する.

寺尾 剛史(九州大学

連立1次方程式に対する精度保証付き数値計算の基礎と近年の発展

数値線形計算は様々な科学技術計算の中核となる重要な分野の一つである。一方で、計算量が大きいため、数値計算を用いて近似的に解くことが一般的であり、真の解を計算することは困難である。これは、数値計算で用いられる浮動小数点数が有限精度であり、計算毎に誤差が発生するためである。また、代数的に解くことが困難な問題は、反復法を用いて近似的に解くことが多く、その際の打切り誤差等も考慮する必要がある。特に連立1次方程式に対する精度保証付き数値計算法は応用が広く、効率的な数値計算法について多くの研究・議論が行われてきた。 本発表では、はじめに精度保証付き数値計算で用いられる区間演算や誤差解析について紹介する。次に、連立1次方程式に対する精度保証付き数値計算法の基本と特定の大規模疎行列に対する手法について紹介する。最後に、一般の疎行列に対する精度保証法を提案し、その応用と今後の課題について発表する。 

橋本 悠香(NTT ネットワークサービスシステム研究所)

RKHMによるカーネル法の拡張

RKHM (Reproducing kernel Hilbert C*-module) は RKHS (Reproducing kernel Hilbert space) のC*環を用いた一般化である.RKHSに関しては,データの非線形性を効率的に抽出できるという点において,データ解析への応用が盛んに議論されてきた.RKHSを用いたデータ解析法をC*環を用いて拡張することで,さらに表現力を向上させ,複雑なデータの構造を効率良く解析することが本研究の目標である.本講演では,データ解析において必要となるRKHMの基本的な性質を示し,RKHSとの違いや,RKHMにおける理論的な難しさを説明する.また,RKHMの関数を複数合成することによるカーネル深層学習を提案し,その汎化性能について考察する.関数合成を表現する線形作用素であるPerron-Frobenius作用素をRKHM上で定義することで,単独の関数に関する議論を複数の関数の合成に対して拡張する.C*環やPerron-Frobenius作用素を用いることで,関数の出力次元に対する依存性が低い性能評価が可能になる,良性過学習との関連性を考察可能になる,などの利点があることを議論する.

谷口 晃一(東北大学)

合成作用素の有界性と関数空間

合成作用素は「関数の合成」を用いて定義される線形作用素であり, さまざまな関数空間上の合成作用素 (Hardy空間, 連続関数の空間, L^p空間, 再生核Hilbert空間など) が古くから研究されている. これらの研究は, 主に関数解析, 偏微分方程式, 力学系などの分野で盛んに行われてきたが, 近年では機械学習やデータ解析など, 広範な分野での応用が増えている. 本講演では, 合成作用素の「有界性」に焦点を当てて, 研究の動機や有界性が成り立つ条件を概説する. 最後に, 最近得られたBesov空間上の合成作用素に関する研究成果も紹介する. 本講演は, 池田正弘氏 (理化学研究所/慶應義塾大学) と石川勲氏 (愛媛大学/理化学研究所) との共同研究に基づいている.