現代では、抗生物質などの医薬品、医療品原料、ポリマー原料、アミノ酸、有機酸など幅広い化合物が微生物を使って生産されています。微生物をもちいて化合物を生産する際には、遺伝子工学的な技術により菌体内での代謝反応の強化や新規生合成系の導入などが行われます。
生物の細胞は細胞膜と呼ばれる脂質二重膜に覆われており、細胞膜は水溶性の化合物を透過しないため、必要な物質を細胞内に留めるための重要な構造です。一方で、細胞を用いて化合物を生産する際には、細胞膜は最終産物の細胞外への排出を妨げる障壁になります。細胞外へ排出されず細胞内に蓄積した化合物は負のフィードバック反応を引き起こすため、細胞内での生合成反応そのものを阻害してしまいます。
そこで、当研究グループでは、化合物生産のボトルネックとなる化合物の細胞外への排出を強化することにより、微生物を用いた化合物の生産を効率化することを目的として、化合物排出輸送体の探索と分子構造、機能メカニズムの解明を進めています(図 1)。
図 1 有用物質生産効率化技術
当研究グループでは、醤油乳酸菌由来アスパラギン酸:アラニン交換輸送体 AspT を始め、コリネ菌由来コハク酸排出輸送体 SucE1 や大腸菌由来コハク酸排出輸送体 YjjPB 等の産業上有用な輸送体を扱っており、産業応用を目指しています。
この輸送体を制御するという新しいアプローチのためには、輸送体自体の基本性能(輸送機構や基質認識機構など)の把握が急務です。しかし、トランスポーターは膜タンパク質であるため、精製や機能の解析は難しく、特殊な技術が必要となります。本研究室では、トランスポーターの精製(図3上)、精製した輸送体を人工膜小胞(リポソーム)へ再構成する輸送活性測定技術を確立し(図 2)、機能メカニズムの解析を進めています(関連文献参照)。さらに、詳細な分子構造を明らかにするため、精製したトランスポーターを結晶化し、Spring8などの大型放射光施設を利用したX線回折実験(図3下)や、大阪大学・沖縄科学技術大学院大学との共同でクライオ電子顕微鏡を用いた単粒子構造解析(図3下)を進めています。
【関連文献】
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Nanatani, K., Fujiki, T., Kanou, K., Takeda-Shitaka, M., Umeyama, H. , Ye, L., Wang, X., Nakajima, T., Uchida, T., Maloney P.C., and *Abe, K., “Topology of AspT, the Aspartate:Alanine Antiporter of Tetragenococcus halophilus, Determined by Site-Directed Fluorescence Labeling.”, Journal of Bacteriology 189 (2007) pp.7089-7097.
Nanatani, K., Maloney, PC., and *Abe, K., “Structural and Functional Importance of the Transmembrane Domain 3 in the Aspartate:Alanine antiporter AspT: Topology and Function of the Residues of TM3 and Oligomerization of AspT”, Journal of Bacteriology 191 (2009) pp. 2122-2132.
#Sasahara, A., #Nanatani, K., Enomoto, M., Kuwahara, S. and *Abe, K., “Substrate Specificity of The Aspartate:Alanine antiporter (AspT) of Tetragenococcus halophilus in Reconstituted Liposomes.”, The Journal of Biological Chemistry 286 (2011) pp. 29044-29052. #These authors contributed equally to this work
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Nanatani K, Guan L, Kanno R, Kawabata T, Watanabe S, Katsube S, Hariharan P, Hidaka M, Yamanaka T, Toda K, Fujiki T, Kunii K, Miyamoto A, Chiba F, Ogasawara S, Murata T, Inaba K, Mitsuoka K, Abe K*, Yamamoto M*, Koshiba S*, Elucidation of the Structure and Molecular Mechanisms of the Aspartate Antiporter. Commun Biol. 2025 September 25;8:1359.
図 2 リポソーム再構成法による輸送活性測定
図 3 輸送体の構造解析の流れ
図 4 新規輸送体探索技術
微生物のゲノムには、300~1,000のトランスポーターの遺伝子が存在します。しかし、トランスポーターの機能解析や構造解析は、水溶性の酵素と比べて格段に難しいことから、ゲノムにコードされているトランスポーターの機能の多くが未知で、限られたごく一部のトランスポーターの機能のみが解明されています。本研究室では、上記の課題である「輸送体の機能解析と構造解析」を通して、トランスポーターの機能を解析するための課題を一つ一つ解決することで、産業的に有用なトランスポーターを探索する手法を開発しました。(参考文献1,2)。本手法を用いる事により、これまでに解析が困難であったトランスポーターの機能の解析を可能にし、標的とする化合物を輸送するトランスポーターの探索が可能となりました。本技術を用いた研究課題がNEDOスマートセル事業に採択され、技術を活用した有用化合物の生産効率化に繋がるトランスポーターの探索が進められています(スマートセル事業HP)。
【関連文献】
Fukui K, Nanatani K, Hara Y, Yamakami S, Yahagi D, Chinen A, Tokura M, Abe K. Escherichia coli yjjPB genes encode a succinate transporter important for succinate production. Biosci Biotechnol Biochem. 2017 Sep;81(9):1837-1844.
七谷圭, 中山真由美, 熊谷俊高, *阿部敬悦, “物質生産の効率化に向けた輸送体探索技術の開発”, バイオサイエンスとインダストリー, (2020), in press
所定の化合物に対する膜タンパク質のスクリーニング方法及び所定の化合物の生産方法, 特願2018-087700, 2018年4月27日, 発明者 七谷 圭, 阿部 敬悦, 新谷 尚弘, 米山 裕, 中山 真由美, 出願人 国立大学法人 東北大学
スマートセル・プロジェクト|国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO) https://www.nedo.go.jp/activities/ZZJP_100118.html