糸状菌の細胞表層構造の理解と

その発酵生産への応用に関する研究

〇はじめに

 カビ(糸状菌)は地球上に150万種以上存在すると予想されており、動植物遺体の分解者として地球の物質循環に重要な役割を果たしています。糸状菌は様々な環境に適応し、多様な代謝能を有することから、酵素や化成品などの有用物質生産に利用されています。糸状菌を用いた有用物質の工業生産は数百キロリットルにも及ぶタンクで液体培養されることが一般的です。しかし、糸状菌は培養条件依存的にペレット状からパルプ状まで様々な形態を示すため、物質生産効率の不安定要因になっています。私たちは、糸状菌の形態制御因子として糸状菌の細胞表層構造に着目し、研究を進めています。

〇細胞壁多糖α-1,3-グルカンの生合成機構の解析

 糸状菌を含む真菌類は細胞膜の外側に細胞壁を持っています。細胞壁は多糖を主成分とした、真菌の生育に必須の構造体です(図1)。真菌の細胞壁は従来、出芽酵母をモデルに研究が進められてきました。当研究室では糸状菌に特異的な薬剤の開発(後述)を進める過程で、モデル糸状菌Aspergillus nidulansの細胞壁多糖α-1,3-グルカンに関する研究に着手しました。

 α-1,3-グルカンは出芽酵母には存在しない細胞壁成分で、主にヒト病原性二形性酵母や植物病原糸状菌において、宿主への感染時における役割が知られていました。当研究室ではモデル糸状菌のα-1,3-グルカン合成酵素の機能解析を行い、α-1,3-グルカンが菌糸の接着因子として機能することを見出しました。すなわち、モデル糸状菌の野生株では液体振盪培養において菌糸が塊を形成しながら生育したのに対し、α-1,3-グルカン合成酵素遺伝子破壊(ΔagsAΔagsB)株では、菌糸が全く塊を形成しませんでした(図2)。このことは、細胞壁中のα-1,3-グルカンを制御することによって、菌糸の凝集性を制御できる可能性を示唆しています。

 α-1,3-グルカンは図3に示す機構で生合成されると推定されていますが、これまでのところ、本機構に関する生化学的解析はほとんどなされていませんでした。私たちは、α-1,3-グルカン生合成に関与する因子の生化学的特性と、菌糸の接着性との関係性に着目して解析を進めています。

【関連論文】

1) Yoshimi et al. PLoS ONE (2013) 8(1):e54893

2) Miyazawa et al. Front. Microbiol. (2018) 9:2623

【関連特許】

1) 阿部ら 糸状菌の高密度培養株を用いた有用物質の生産方法  特許第6132847号 

図1 糸状菌細胞壁の模式図

図2 α-1,3-グルカン(AG)欠損株の培養性状

図3 モデル糸状菌A. nidulansにおけるα-1,3-グルカンの推定生合成機構

〇細胞外分泌多糖ガラクトサミノガラクタンの機能解析

 私たちは、モデル糸状菌のα-1,3-グルカン欠損株の性質を産業への応用に生かすため、産業用糸状菌(麹菌)Aspergillus oryzaeにおいてα-1,3-グルカン欠損株を作製しました。その結果、麹菌はモデル糸状菌とは異なり、AGの欠損によって完全分散には至らず、小さな菌糸の塊を形成しながら生育しました(図1)。このことから、麹菌の菌糸塊形成にはα-1,3-グルカン以外の因子も関与することが示唆されました。

 私たちは、病原性糸状菌で感染プロセスに関わると報告されていた細胞外分泌多糖「ガラクトサミノガラクタン(GAG)」に着目しました。麹菌のα-1,3-グルカン欠損株に対してGAGの生合成遺伝子を破壊したところ、菌糸が全く塊を形成しないことが分かりました。すなわち、麹菌においてはα-1,3-グルカンに加えてGAGも菌糸塊形成に寄与することが示唆されました。現在、GAGを介した菌糸の塊形成機構について解析を進めています。

【関連論文】

1) Miyazawa et al. Front. Microbiol. (2019) 10:2090

【関連特許】

1) 阿部ら 変異型糸状菌及び当該変異型糸状菌を用いた物質生産方法  特許第6647653号 

図1 麹菌のα-1,3-グルカンおよびガラクトサミノガラクタン欠損株の培養性状

〇細胞表層構造改変型糸状菌を用いた有用物質生産

 私たちはこれまでにα-1,3-グルカンやGAGの欠損により菌糸塊形成が抑制できることを発見しました。この性質を糸状菌を用いた物質生産に応用するため、フラスコ培養スケールからラボスケールのジャーファーメンターを用いて、菌糸分散変異株の培養試験を行いました。その結果、菌糸分散変異株は従来株に比べて高い酵素生産性を示すことを確認しました。現在、菌糸分散変異株のさらなるパフォーマンス向上を目指して、菌株の改変や培養条件の検討に取り組んでいます。

【関連論文】

1) Miyazawa et al. Biosci. Biotechonol. Biochem. (2016) 80(9):1853-63

2) Miyazawa et al. Front. Microbiol. (2019) 10:2090

〇糸状菌に特異的なシグナル伝達経路を標的とした抗真菌剤の開発

【関連論文】

1) Sugahara et al. Appl. Environ. Microbiol. (2019) 85(10):e02923-18