黄色ブドウ球菌の血球崩壊毒素に関する研究

〇はじめに

 人獣共通の常在菌である黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)は、日和見感染症や毒素型食中毒の起因菌です。近年ではMRSAなどの薬剤耐性菌が出現し、医療現場のみならずウシ乳房炎など畜産現場においても甚大な被害をもたらしています。本菌が産生する主要な病原因子の1つとして、βバレル型膜孔形成毒素β-PFTs; β-barrel pore-forming toxins)と呼ばれるタンパク質が存在します。これらの毒素は主に白血球や赤血球を標的として破壊することで、感染した宿主の免疫系回避や菌の増殖に必須な鉄分の獲得に寄与する、まさに感染のための「兵器」と言えます

 当研究グループでは、毒素遺伝子のクローン化に成功して以来、これら毒素の作用メカニズムの全貌解明を目指しています。将来的に生物工学的ナノデバイスや、黄色ブドウ球菌感染症対策法の開発に繋がる研究に取り組んでいます。

〇黄色ブドウ球菌 β-PFTs の構造と機能

 本菌のβ-PFTsには、一成分性のα-hemolysin(α-HL)と、二成分性のγ-hemolysin(γ-HL), Leukocidin(LUK)と複数のLUKバリアントが存在します。どの毒素も類似した立体構造を有します(図1)[1] が、それぞれ標的とする細胞(主に血球細胞)が異なっています。特に二成分性毒素は高い細胞特異性を有し、これらの発現パターンは黄色ブドウ球菌の病原性と関連しています

 これらの毒素は可溶性モノマー中ではcap, stem, rimの3つのドメインからなり、一成分毒素では7量体、二成分性毒素では8量体の膜孔を標的細胞膜上に形成し(図2)、細胞を崩壊に至らせます[2]。

図1. α-HLにおける分子構造

図2. ヒト赤血球上での γ-HL 膜孔 (A) と膜孔の立体構造 (B, C)

【参考文献】[1] Sugawara et al., Toxicon., 2015;108:226-231 

[2] Yamashita et al., 2011. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A.,108:17314-17319  

〇 βバレル型膜孔形成に関わる分子スイッチの探索

 本学生命科学研究科の田中良和博士らとの共同研究により、二成分性毒素の各成分が交互に配置した8量体βバレル膜孔[2]、およびその中間体の構造が明らかにされ[3]、当研究グループにおける30年に渡る分子生物学的・生化学的解析の蓄積と組み合わせて、以下のような膜孔形成モデルが提唱されています(図3)。この自律的な膜孔形成プロセスにおける1つの特徴として、βバレル部位を形成するstemドメインの大きな構造変化が挙げられます。図3における作動モデルは、あくまで膜孔形成プロセスのスナップショットを見ているに過ぎませんが、構造変化に関わるスイッチは、毒素タンパク質のアミノ酸一次配列にコードされているはずです。

 当研究グループでは、一成分性・二成分性毒素の立体構造情報をベースとした変異体群の解析を行い、両毒素における「stem解放」の分子スイッチとなるアミノ酸残基・部位を特定し[4]、「stem膜挿入」のメカニズム解明にも挑戦しています。

図3.二成分性γ-ヘモリジンにおける膜孔形成モデル

【参考文献】[3] Yamashita et al., 2014. Nat. commun., 5:4897

[4] Takeda et al., 2018. Toxicon., 155:43-48

〇 二成分性 β-PFTs の細胞・宿主特異性に関する解析

図4. S 成分 rim ドメイン中のループ領域

 二成分性β-PFTsは、FとSの2つの成分の組合せによって高い細胞・宿主特異性を発揮し、その特異性はS型成分が担っています。例えば、γ-HL と LUK のS成分である Hlg2 と LukS はそれぞれ赤血球と白血球を認識したり、ヒト以外にも、ウシやウマの白血球に特異的なS成分が存在しています。

 この細胞認識機構には、主に細胞膜と接するrimドメイン中の4つのループ領域が関与しています(図4)。このループ領域を構成するアミノ酸配列はS成分ごとに大きく異なっており、当研究グループでは、この差異に着目した変異体解析によって赤血球認識に関わる領域を決定しました[5]。また、このS成分が標的とするレセプターであるGタンパク質共役受容体(GPCR)が次々と同定されたことによって、毒素とレセプター間の相互作用の評価が行われるようになってきました。当研究グループでは、毒素-レセプター間の相互作用をアミノ酸残基レベルで解析しようと取り組んでいます[6]。

 この研究を通して、将来的には薬剤耐性菌の出現が問題となる医療分野における治療法の開発や、畜産現場での乳房炎防除等に貢献できると期待しています。また、この細胞特異性を生かし、細胞選択的に孔を形成するナノマシン開発も見据えて研究をしています。

【参考文献】[5] Peng et al., 2018. J. Biochem., 164(2):1-10

      [6] Peng et al., 2018. Biosci. Biotechnol. Biochem., 82(12):2094-2097