図1. 大腸菌とS. ruminantiumの細胞表層構造の比較
参考文献
1) Kojima et al. (2010) J Bacteriol., 192:5953-61.
2) Kojima et al. (2011) J Bacteriol., 193:2347-50.
細菌は、細胞表層構造の違いから、大きく大腸菌型 (グラム陰性) と納豆菌型 (グラム陽性)に分けられます。本菌はグラム陰性でありながら、遺伝子型はグラム陽性であり、細胞表層構造と内部が別々である珍しいタイプです。また、その表層構造を詳しく解析すると、同じグラム陰性型の大腸菌とも異なる、新奇な構造を持つことが分かってきました。
S. ruminantium では、典型的なグラム陰性菌が外膜を安定化させるシステムを保有せず、ペプチドグリカンにポリアミンが共有結合し、これに依存して外膜タンパク質の Mep45 が結合するという、新たな外膜安定化機構が見出されました。これは、生物の系統分類上の指標として重要な意義を持ち、微生物分類の重要な指標である細胞表層構造と系統発生・進化との関連の解明に役立つと期待されています。
図2. プラズマローゲンの 化学構造
本菌の細胞膜中には、プラズマローゲン(Pls、図2)という特殊なリン脂質が多く含まれています。Pls は哺乳類の脳や心筋にも存在する脂質の一種であり、近年では虚血性心疾患やアルツハイマー型認知症との関連が指摘されています。これに関して当研究グループは、ホスファチジルエタノールアミン型プラズマローゲン(PEPls)がアルツハイマー型認知症を引き起こす原因となる酵素 γ-secretase の活性を抑制することを見出しました。
真核生物における Pls の生合成機構の詳細は少しずつ明らかになってきていますが、本菌における Pls 生合成系の実態は未だ不明なことが多く、ゲノム・タンパク質の解析や脂質分析など様々な手法を用いて全貌解明に取り組んでいます。
参考文献 3) Onodera et al. (2015) J Biochem., 157:301-9.
図3. 乳酸またはグルコース資化時の細胞形態
S. ruminantium は嫌気条件下でグルコースの他に乳酸やグリセロールを炭素源(エネルギー源)として資化することができます。本菌の形態は利用する炭素源の違いによって変化し、グルコース資化時には鞭毛を形成しませんが、乳酸資化時には三日月様の菌体中央から伸びる鞭毛を形成し、盛んに運動します(図3)。こうした性質から、家畜への濃厚飼料の給餌によってルーメン中の乳酸菌が過剰繁殖した際に、本菌が過多となった乳酸を消費することでルーメンアシドーシス(反芻動物の胃もたれ)の対抗因子として働き、家畜の健康維持に関して重要な役割を果たしています。
参考文献 4) Haya et al. (2011) Appl Environ Microbiol. 77:2799–2802.