自然現象には時間とともに不規則に変動するものがあり、金融市場の価格変動もその一つである。価格変動の不規則性を説明する近似としてランダムウォーク(RW)が知られ、ある時点の値が直前の値に乱数を加えて決まることで、トレンドと小さな揺らぎの双方を示す。
著者は先行研究でサロゲート法に基づく仮説検定を用い、複数の金融時系列に対してRW性を検証し、少なくとも終値系列はRWとして扱える可能性を示した。一方で、金融市場で観測される四本値(OHLC)のうち、終値がRWであるとしても、高値・安値も同様にRWとして振る舞うのかは自明ではない。高値・安値は一定期間内の極値であり、売買を行う市場参加者の利確・損切りや直近の高値・安値といった閾値への意識が反映されやすいため、終値とは異なる統計的性質を持つ可能性がある。そこで本研究では為替の実データについて、終値・高値・安値それぞれのRW性を検証した。その結果、終値はRWと整合的である一方、高値・安値はRWとはみなし難いことが示された。
さらに既存のディーラーモデルで生成した四本値データでは、終値・高値・安値のいずれもRWと整合的であり、実データに見られる「終値と高値・安値の性質の分離」を再現できなかった。そこで直近の高値・安値に対する参加者の閾値意識が売買判断に影響する機構を導入したモデルを構築した結果、終値はRWと整合的である一方、高値・安値はRWから逸脱する挙動を再現した。この結果は、高値・安値の非RW性が、閾値に基づく注文行動から生じ得ることを示唆する。また、閾値意識を考慮することにで、四本値の統計的性質をより現実に近い形で再現できるモデルを構築でき、価格変動を生み出す市場構造の理解に資する知見が得られた。