旧字に「六条」「上焼田」「下焼田」がある。字六条に因む。
「六条」は条里制に基づく地名。扇川に架かる「下焼田橋」に地名が残る。「六条」の旧字は「阿野目」「流」等。「流」は早稲屋、上焼田にもかかり、大雨のたびに流れる場所を意味する。
「焼田」は慶長13年の『鳴海村検地帳』に記載があるが、江戸初期に入って命名されたのではなく、耕地化された時からの古い地名と思われる。「上焼田」の旧字は「井堀」「川崎」がある。「井堀」の由来は大きな井戸を掘ったであろう、とのこと。「川崎」は扇川の屈曲部。「下焼田」の旧字には「二ツ杁」があり、「会下」の旧字でもある。二つ杁があるところを意味し、旭出川が扇川に落ちるところに水門を設けた。扇川の対岸にも杁があった。
参考文献
榊原邦彦(2021)『名古屋史跡巡り一 鳴海史跡巡り』 名古屋市 中日出版株式会社
榊原邦彦(2000)『緑区の史蹟』 名古屋市 鳴海土風会