昭和52年に成立した新町名。名所の相生山と藤川の各1字を取って命名された。
藤川の「藤」は長い山裾や高い滑らかな崖面の意であるそうで、この地域の「藤川」は川名が先であり、字名は川名に基づいて命名されたと考えられている(藤川は旧字だが、さらに旧字の一つ?である「法玄田」は社寺に寄進した田畑を意味するのでは?とのこと)。
また、鳴海には数多く池があるが、そのほとんどが江戸時代の初期に造られたものである。現在相川一丁目にある鳴子池もその一つで、鳴子池には「藤川池」と「鳴古池」という二つの呼び名があった。野並村からは「鳴古池」と呼ばれ、鳴海村からは「藤川池」と呼ばれていた。鳴子団地の「鳴子」はこの池名にちなんでつけられている。
相生山については、名古屋市のホームページから詳しく知る事ができる。謡曲や古今集等に出る「高砂」や「住の江の松は相生の…」などから取られたものとみられ、松林が多かった事から「相生山」と命名されたとのこと。現在は天白区の地名。
(相生山の歴史 名古屋市 2024年12月1日閲覧 ※PDF)
【余談】
「鳴子」は山間部の地名だそう。
参考文献
榊原邦彦(2021)『名古屋史跡巡り一 鳴海史跡巡り』 名古屋市 中日出版株式会社
JLogos 『角川日本地名大辞典』中部地方>愛知県 2024年12月1日閲覧
JLogos 『角川地名大辞典(旧地名)』愛知県>名古屋市 2024年12月1日閲覧
榊原邦彦(1984)『緑区の歴史(名古屋区史シリーズ;6)』愛知郷土資料刊行会
Japanknowledge 『日本歴史地名大系』県別閲覧>愛知県 2024年12月1日閲覧 平凡社