腸炎ビブリオは、炎症性の下痢を伴う腸炎ビブリオ感染症の起因菌です。興味深いことに、本菌は環境に応じて2種類の細胞形態を持ち、使い分けています。水中では桿菌形態で、細胞極から「1本のみ極べん毛」を生やし、泳ぎます。一方で、創傷や魚介類の体表のような粘性表面では、細胞が著しく伸長し、細胞周囲から「多数の側べん毛」を生やし、表面を這う(はう)運動をします。このような運動性は、ヒトでの感染場所への移動、腸管細胞への定着、感染領域の拡大に重要な要素であると思われます。我々は、腸炎ビブリオの二状態ある運動性のダイナミクスに興味があり研究を推進しています。
細菌は、自らにとって好ましい環境へと移動する能力「走化性」を持っています。好ましい化学物質(誘引物質)を感知した時は濃度の高い方向へと移動します(誘引応答)。一方、好ましくない化学物質(忌避物質)を感知した時は方向転換を繰り返し、濃度の低い方へと移動します(忌避応答)。腸炎ビブリオは、小腸回腸部に感染するため、小腸に存在する化学物質に対して走化性応答していると考えられます。また、腸炎ビブリオを含むビブリオ属の中には、創傷感染するため、創傷において存在する化学物質に対して走化性応答しているかもしれません。走化性物質の感知は、走化性受容体が行なっており、下流へのシグナル伝達を制御しています。腸炎ビブリオは、30種類の走化性受容体を持っており、それぞれが異なる走化性物質を感知します。また、タンパク質発現量を変化させることによって応答強度を適切に変化させる上に、走化性受容体クラスターの形成により、多数の物質の並列的な感知と統合的な情報処理をしていることが推測されています。そこで、感染過程あるいは環境中においてどのような化学物質を感知し、どのように統合的な情報処理を行い、最終的な環境適応を達成しているのか明らかにすることを目指しています。
腸炎ビブリオは耐熱性溶血毒TDHと二種類のIII型分泌装置によって病原性を発揮します。III型分泌装置は、注射針のような形状をしており、宿主細胞へ突き刺すことで、病原性タンパク質を直接細胞内へと送り込んでいます。病原性発揮のためには、宿主細胞にコンタクトすることが必要であるため、運動性と病原性の相関を解析することが重要であると考えています。