研究内容
惑星大気の進化について研究しています
惑星大気の進化について研究しています
近年の宇宙化学的研究から、地球マントル物質の同位体組成は始原的隕石の中で最も還元的なエンスタタイトコンドライトに酷似していることが示されてきました。このことは形成期の地球において、集積する金属鉄と表層揮発性物質の化学反応により、水素やメタンに富む還元的原始大気が形成されたことを強く示唆しています。この還元的大気は光化学反応と水素の宇宙空間への流出を通じて酸化的な組成へと進化すると予想され、さらにメタン等を材料に有機物の合成も同時に進む可能性があります。しかし、有機物と酸化物の生成割合については、初期地球における化学進化において重要であるにも関わらず明らかにされていませんでした。
本研究では、大気光化学計算によりアセチレン (C2H2) やプロパジエン (C3H4) 等の炭化水素気体による紫外線遮蔽効果が水蒸気の光分解とそれに続くメタンの酸化を大幅に抑制することを示しました。これにより、メタンの大部分が生命起源において重要な物質を含む有機物へと変換されます。この結果は、初期地球表層に大気由来の多量の有機物が蓄積したこと、それが生命の起源において重要な役割を果たした可能性を示唆します。
大気光化学計算から推定される初期地球大気進化概念図 (Yoshida et al., 2024)
Yoshida, T., Koyama, S., Nakamura, Y., Terada, N., & Kuramoto, K. (2024). Self-Shielding Enhanced Organics Synthesis in an Early Reduced Earth’s Atmosphere. Astrobiology, 24(11), 1074, doi: 10.1089/ast.2024.004
水素に富んだ原始地球大気は流体力学的散逸によって速やかに失われたとこれまで考えられてきました。流体力学的散逸とは、熱された上層大気が膨張し惑星重力を振り切って宇宙空間に流出する現象で、地球においては初期太陽の強力な X 線および極端紫外線 (以下 XUV) 放射を加熱源に駆動されていたと予想されています。従来の流体力学的散逸の数値モデル研究は、放射活性分子種による放射冷却過程や XUV 吸収に付随する光化学過程の著しい簡略化のため、大気流出率推定に大きな不確定性を残していました。
本研究では、放射過程や光化学過程を丹念に組み込んだ流体力学的散逸モデルを構築し、原始地球大気に適用することで大気流出率を求め、その結果を適用して現表層揮発性元素の貯蔵量や同位体組成と整合的な原始大気の進化経路を推定しました。数値計算の結果、メタンや赤外活性光化学生成物 (CH, CH3 等) の放射冷却の影響により大気散逸が著しく抑制されることが明らかになりました。散逸が抑制された結果、従来の推定と異なり水素に富んだ還元的大気が数億年にも渡り持続し得ます。これは地球上に生命が誕生したと推定される時期に重なり、初期地球において還元的大気種の温室効果によって温暖環境が保たれ、かつ当時の大気が生命につながる有機物の生成場として重要な役割を果たした可能性があることを示唆しています。
Yoshida, T., & Kuramoto, K. (2021). Hydrodynamic escape of an impact-generated reduced proto-atmosphere on Earth. Monthly Notices of the Royal Astronomical Society, 505(2), 2941-2953, doi:10.1093/mnras/stab1471
Yoshida, T., Terada, N., & Kuramoto, K. (2024). Suppression of hydrodynamic escape of an H2-rich early Earth atmosphere by radiative cooling of carbon oxides. Progress in Earth and Planetary Science, 11(1), 59, doi: 10.1186/s40645-024-00666-3
吉田辰哉, 倉本圭 (2021), 還元型原始地球大気の流体力学的散逸, 遊星人 (日本惑星科学会学会誌), 30, 52-63, doi: 10.14909/yuseijin.30.2_52
集積期の火星においても水素に富んだ原始大気が形成され、後に流体力学的散逸の影響を強く受けた可能性があります。質量の小さい火星は特に大気流出の影響を受けやすいと予想されますが、原始火星大気流出の詳細は明らかになっていませんでした。
本研究では、構築した流体力学的散逸モデルを原始火星大気に適用し、大気流出率と大気進化経路を推定しました。その結果、地球と同様にメタンや一酸化炭素等の赤外活性分子による放射冷却の影響で大気流出が著しく抑制されることが示されました。一方で、火星の質量が小さいために、地球と比較すると大気流出は効率的で、数千万年で十気圧以上の大気が流出した可能性があることが分かりました。この結果は火星大気が希薄になったことの一因が初期の大気流出であったことを示唆します。
Yoshida, T., & Kuramoto, K. (2020). Sluggish hydrodynamic escape of early Martian atmosphere with reduced chemical compositions. Icarus, 345, 113740, doi:10.1016/j.icarus.2020.113740
火星大気の炭素同位体比は、火星大気の進化史や火星表層に存在する有機物の起源を辿るための貴重な手がかりとなります。同位体分別過程は多数存在しますが、二酸化炭素の光分解は特に大きな分別を引き起こすことで知られています。一方で、その光分解に伴う同位体分別が実際に火星大気にどのような影響を及ぼしているかは明らかになっていませんでした。
本研究では、二酸化炭素の光分解による同位体分別過程を組み込んだ大気光化学モデルを用いて、火星大気中の二酸化炭素とその光分解生成物である一酸化炭素の同位体組成高度分布を推定しました。その結果、どの高度においても一酸化炭素は二酸化炭素と比べて重い炭素同位体に乏しくなり、その分別度合いは最大で約 20% に達することが示されました。これは火星周回機 TGO により観測された一酸化炭素の炭素同位体比高度分布と整合的です。加えて、この同位体分別過程は大気流出時の同位体分別度合いや、大気中で生成される有機物の同位体組成にも影響を及ぼす可能性があります。
Yoshida, T., Aoki, S., Ueno, Y., Terada, N., Nakamura, Y., Shiobara, K., Yoshida, N., Nakagawa, H., Sakai, S., & Koyama, S. (2023). Strong depletion of 13C in CO in the Martian atmosphere, calculated by a photochemical model. The Planetary Science Journal, 4, 53, doi: 10.3847/PSJ/acc030
Aoki, S., Shiobara, K., Yoshida, N., Trompet, L., Yoshida, T., Terada, N. et al. (2023). Depletion of 13C in CO in the Atmosphere of Mars Suggested by ExoMars-TGO/NOMAD Observations. The Planetary Science Journal, 4(5), 97, doi: 10.3847/PSJ/acd32f
Koyama, S., Yoshida, T., Furukawa, Y., Terada, N., Ueno, Y., Nakamura, Y., ... & Vandaele, A. C. (2024). Stable carbon isotope evolution of formaldehyde on early Mars. Scientific Reports, 14(1), 21214, doi: 10.1038/s41598-024-71301-w
太陽よりも質量の小さい M 型星は若年期に長期に渡って光度の高い状態が続くため、その周囲に存在する地球型惑星は流体力学的散逸によって大気と海洋の大部分を失う可能性があることが指摘されてきました。一方で、流出大気中における水蒸気の振る舞いが十分に理解されていなかったことから、大気流出推定にも不確定性が残されていました。
本研究では、M 型星周り地球型惑星における水素-水蒸気混合大気を対象に、放射過程と化学過程を考慮した流体力学的散逸計算を実施しました。その結果、強力な放射冷却源である水蒸気と OH 等の光化学生成物の働きにより、大気流出が抑制されることが示されました。この結果から、従来の推定と比べると M 型星周りの地球型惑星が大気と海洋を保持する可能性が高まり、温暖湿潤な環境が形成され得ることが明らかになりました。
Yoshida, T., Terada, N., Ikoma, M., & Kuramoto, K. (2022). Less effective hydrodynamic escape of H2-H2O atmospheres on terrestrial planets orbiting pre-main-sequence M dwarfs. The Astrophysical Journal, 934(2), 137, doi:10.3847/1538-4357/ac7be7