ぶろぐ
ボクの
このごろ
おとしどころ
ぶろぐ
ボクの
このごろ
おとしどころ
子供たちと舞台を作ることが多い。けれど、現代の子供たちは目もくらむほど忙しい。学校・塾・習い事など、そして学校においては、授業の他に、宿題、そしてワーク(?)という授業と宿題の中間のものがある、ということだ。そんなぎゅうぎゅう詰めのスケジュールの隙間に、舞台の稽古のスケジュールをねじり込むのだ。
それはそれとして、演技と学校の授業とは、おおよそ正反対なものだ。学校の授業は、あらかじめ先生が知っている正解にたどり着くことを求められる。ところが演技は子ども自身が作り、その正解は一つではない。いくらでもある。また、学校の最高点数が100満点であるにも関わらず、演技の場合、100点以上も1000点だって取ることできるのだ。
2026/05/21 日本の舞台装置
海外で舞台を見ると、とってもアートだ。もちろんドラマの中身も濃い、その上になんだ。けれど、日本は美術家さんが良いな、とか、よく作ってくれたな、といった場合もあるけれど、そのほかの携わっている方々、脚本家・演出家・俳優・振付師などの方に、アートの意識があまり感じられない。
舞台作りには、色々なタイプがあるから、ボクの好みと違うからといって、否定するつもりはない。
けれど、見終わると、いつも空腹を感じるんだ。
装置を作らない集団が増えている。空の劇場に、せいぜい黒幕をつっただけ。あとは、セリフでドラマを作っていく。装置作りが面倒、お金がかかる、劇場に運び込んだり組み立てたりバラしたり廃棄したり、装置によって俳優たちの動きやらを作るのに時間がかかる、お金と手間と時間が膨大にかかる。確かにそうだ。でも、ボクは目も楽しみたいんだ。
2026/05/15 何もしなけりゃ、失敗もない
稽古後に、
「ミスがなかった人」
と聞いたところ、皆、自分のミスを恥じていた。その中、ただ一人の俳優が自信たっぷりに手を挙げた。この俳優、確かに、間違った演技はしないのだが、それだけ。言うなら、セリフを言うだけ。面白くもなんともない。
何もしなけりゃ、失敗もない。
2026/05/13 内視鏡検査
今日、病院で、初の内視鏡の検査を受けた。
今年に入って、軽い嘔吐感が続いていたからだ。
ひょっとして、高齢者に確率の高い胃ガンかも。そうだとしたら、公演の合間を縫ってやらなけりゃ。そんな軽い症状で済んだらいいけど、再起不能のレベルだったら…
ど緊張して、ベッドに横たわり、右鼻から内視鏡を突っ込まれ、カメラが喉を通る有難くない違和感を体験しつつ、ひたすら時が過ぎるのを待った。
そして、医師の判定は、
「血液検査も問題なかったのですが、夜、食べた後、すぐに横になります?」
「はい…」
「それですね。胃は特に問題はありませんが、食堂にかなりの炎症が」
つまり、こういうことだ。
食べた後、すぐに横になったりすると、胃酸が逆流して、食道や喉に害をなす。
ボクは、常に寝不足と、疲労とで、食後に横になることが多い。この頃は、横にならないことの方が多いのだ。
病院を出て、薬局に行った時も、
「食後に、すぐ横になります?」
ホッとしたような、情けないような、
これって生活習慣病。正しい日常生活を送りなさい、ってことですね。
2026/05/12 坂の上の雲
所沢から入間に向かうバイパスの途中、坂がある長い直線道路がある。その坂の上に、はや夏を思わせる雄大な雲が。胸がふわっと気持ちよく膨らんだ。と、その直後、その雲をズタズタに。雲だけじゃない、ボクの気持ちもズタズタにした。電線だ。電気会社は色々な理由を並べ立てるけど、景観を壊していい権利なんか持っていないはずだ。政府と甘い蜜を吸い合う最低な奴らだ。
2026/04/29 一期一会
四月二十五日から、今日まで四泊五日の旅をした。飛鳥と伊勢志摩が目的地。その中で、思いがけなく多くの人たちに出会った。初めての人・最近出会った人もいたが、十年来以上の友人・知人・親戚がいた。ひょっとしたら、互いにこれが最後かもしれない人たちだった。一期一会ズッスリ胸にきた日々だった。
2026/04/26 金魚が泳いでなかった城下町
大和郡山に移動。音楽家の友人に会うために。
友人に会う前に、郡山城跡を訪ねた。
今流行りの豊富秀長の城だったので、人がワンサカ。天守台に登り、逆さ地蔵を覗き見、忠臣蔵に関係のある柳沢吉保の柳沢文庫を訪ねた。
そして、友人と十年ぶりの再会。ランチをご馳走していただいた後に、街をガイドしてもらった。
大和郡山は金魚が泳ぐ城下町ということで、一時期勇名を馳せたが、コロナで下火になってしまったようで、期待の金魚の存在は薄かった。
主なところで、
源九郎稲荷神社
歌舞伎の人たちがよく訪れるという。きっと、「義経千本桜」の故だろう。ボクらにも縁ある。丁寧に拝んだ。「中村勘九郎」の幟があった。
町屋物語館
立派な三階の建物。けれど、女郎たちがたったの三畳一間で、終日春を売っていたことを想像すると、切なくなった。
箱元館「紺屋」
染物と金魚を組み合わせた大きなお店だった。オシャレに商品がレイアウトされていた。染物の体験コーナーもあり、他の店もこういった方向に推移していのだろうと予想させた。
2026/04/25 町のデザイン
今回の旅の最初の訪問地は、奈良の飛鳥町だった。田んぼをはじめ緑が豊かで、至る所に古墳が。ボクらが寝ぐらにさせて頂いた「画廊飛鳥」のご近所も、人が歩けば古墳に当たるほど。
この飛鳥が、この五・六月に歴史遺産に指定される予定らしい。町は、熱狂的ではないけれど、望んでいるようだ。このこじんまりした町が世界中に知られたら嬉しい一方、心配も。
ヨーロッパの町は、歩いていて楽しい。町が美しいのだ。古いものを大切にしながら、現代に合わせて変化しているよう。ところが、日本は統一感がなくて、てんでバラバラ。安でに作ったもの、ケバケバしい売らんかなの店舗、と思えば、超近代的高級ビルディングなどなど。
パラバラが悪いんじゃない。その反対で、人間の営みは多様で、その発露の住居や仕事場は個性的であるべきだと思っている。だから、センスのいい町のデザインを、ゆっくり丁寧に進めて欲しいんだ。
2026/04/24 ボクの好きな映画
好きな映画は数多くあれど、真っ先に口に出るのは、
ジャン・ピエール・ジュネ監督「デリカテッセン」
黒澤明監督「用心棒」
チャップリン監督「犬の生活」
是非、ご覧下さい。見て損はない。
(写真はチャップリン監督の「黄金狂時代)
2026/04/23 今日はシェイクスピアのお誕生日
本日(四月二十三日)は、「シェイクスピア」の誕生日。そして、徳川家康の誕生日。東西の巨人が同じ誕生日だというのも、何か嬉しい。
殊に、「シェイクスピア」は、演劇人の飯のタネ。シェィクスピアなかりせば、どれだけの演劇人が食いっぱくれたことか。かくいう劇団鳥獣戯画も大変お世話に。「三人でシェイクスピア」跳び跳びロングラン24年を始め、「ベニスの商人」やら「テンペスト」、その他、インスパイアされて作った舞台も少なくなくない。だから、イギリスに足を向けて眠れない(四月二十三日だけだけど)。
ということで、
5月7日は「三人でシェイクスピア」の日。毎回、虎視眈々と新展開を画策しております。今から、チェックのこと、よろしゅうお願い申し上げます。
と書いてきたけれど、近頃では、シェイクスピアの本から引用することはまずなくなった。原文ならともかく、シェイクスピアの言葉は詩に近いから翻訳はかなり困難、比喩や言葉遣いが古い、翻訳のせいもあるけれど、周りくどくて冗長だ(黒を白だと言いくるめるなどの微妙な微に入り細に入りは、実に見事で、長ったらしいとはまるで感じないが)などなど。
だから、雰囲気だけを拝借させていただいている。シェイクスピアよりもボクの方がなんてつゆとも思わない。ただ劇団鳥獣戯画を見にいらっしゃるお客様には分かりやすくて伝わりやすい、と思うから。それは、成功しているようだ。
2026/04/22 ベートーベンへの道
先週土曜日に、耳鼻科に行った。
この三、四ヶ月、左の耳の調子がおかしかった。聞こえにくくなったり、また聞こえたり、を繰り返していた。そして、遂に、一ヶ月前からは、まったく聞こえなくなってしまった。左側から話しかけてくれる人には、愛想よく生返事を返すようになっていた。
しかし、問題は、クルマを運転していて、助手席のナビが分からず事故を起こす可能性が。さらに、俳優たちの言葉が右耳からしか入ってこないので、確かな演出ができなくなって。
左耳が、老化が原因で退化したのなら、いずれ右耳にも及んで、遂には、悲劇の芸術家ベートーベンが脳で作曲をしたように、ボクは俳優の唇を見て演出を。
今後の指針を尋ねに耳鼻科へ向かった、ヒロイックな空気を漂わせながら。すると、
「ああ、溜まってますね」
グリグリグリ
イタタタタ(神経に障る痛さ)。
グリグリグリ
イタタタタ
グリグリグリ
イタタタタ
「はい、こんなに取れました」
紙の上には、こんもりと茶色い耳垢が。
途端に、周囲の物音がボクに押し寄せてきた。
かくして、悲劇の芸術家ベートーベンへの夢は潰えた。ジャジャジャジャーン
2026/04/21 クルマで歩道を
クルマを運転していると、自転車がコワイ。規則に従って道路を走っている自転車。そのすれすれを通過しなけりゃならない。クルマがスカスカの歩道を走りましょうか?