主著論文についての簡単な解説とエピソードです。
10)福岡太一・渡辺黎也・久保星・田邑龍・小林一清・大庭伸也 (2025) 兵庫県西部の棚田における側溝とため池で越冬する水生昆虫類(カメムシ目・コウチュウ目)の記録. 水生動物, AA2025-13.
兵庫県西部にある棚田にて、農作業の一環として冬期に水田際の溝の泥上げをしました。その際に出現した水生カメムシとコウチュウを記録しました。さらに、本調査地域で行われた水田と休耕田ビオトープの群集組成を比較した研究(Watanabe et al. 2024,論文(6))のデータを用いて春から秋に出現した種と比較することで、それぞれの種の生活環と越冬形態について考察しました。
寒い中たくさんの方々にお手伝をいただきました。溝が泥で埋まってしまうと耕作がしにくくなるのはもちろんのこと、そこを利用する生物にも影響を及ぼします。今回の様にみんなでワイワイと作業をするのも保全や研究の一つの楽しみだと思っています。
写真:調査の様子
9)Fukuoka T, Ohba S, Yuma M (2025) Comparison of behavior and foraging ability between two congeneric species of large-bodied diving beetle (Coleoptera: Dytiscidae) larvae, a non-expanding species and a distribution-expanding species. European Journal of Entomology, 122, 56–64.(非拡大種および分布拡大種の大型ゲンゴロウ幼虫2種の行動と採餌能力の比較)
近年、コガタノの拡大がクロに与える影響が懸念されています。そこで本研究では、幼虫を対象に「2種の行動には違いが無いこと(マイクロハビタット利用が共通する)」、「クロよりもコガタノの方が餌に早く見つけて、多く消費する」、という仮説のもとで3つの実験を行いました。
幼虫をそれぞれ、1:目視観察による行動の定量化、2:餌にたどり着くまでの時間の記録、3:餌の消費数の記録をしました。その結果、行動には種間に顕著な違いはありませんでした。また、コガタノはクロよりも餌を早くたどり着きました(図)。しかし、2種の餌の消費数には差はありませんでした。これらの結果から、コガタノとクロのマイクロハビタット利用の重複とコガタノがクロよりもわずかに採餌能力に優れていることが明らかとなりました。しかし、今回の実験では温度をコントロールできていないため、異なる水温での競争力も比較すべき課題としています。また、実験のデザイン上、2種を同時にテストできていないことからギルド内捕食の評価していく必要があります。
本研究は修士論文の一部で、2020年の新型コロナウイルの流行で大学に入れず、全て自宅で実験を行いました。当時は室内実験はおろかゲンゴロウ類の繁殖もほとんどしたことがなかったので、データを取るのに苦労しました。さらに 3誌にリジェクトされ、データを取ってから出版までに5年も費やしてしまいました。どうにか世に出すことができてよかったです。
写真:クロゲンゴロウ(上)、コガタノゲンゴロウ(下)の3齢幼虫
図:クロとコガタノの幼虫が餌にたどり着くまでの時間
7)Fukuoka T, Tamura R, Ohba S, Yuma M (2024) Different habitat use of two Cybister (Coleoptera: Dytiscidae) species larvae in a paddy field water system. Entomological Science, 27, e12595.(水田水系におけるCybister属幼虫2種の異なる生息地利用)
近年、コガタノゲンゴロウ(以下、コガタノ)は地球温暖化によって個体数が増加し、分布の拡大が示唆されています。コガタノが増加・拡大すると近縁で減少しているクロゲンゴロウ(以下、クロ)と競争する可能性が懸念されています。しかし、実際に野外でニッチが重なって競争するのかどうかは明らかとなっていません。そこで、本研究では、鳥取県の水田水系(水田とそれに隣接する溝)において2種の幼虫の季節消長と生息地利用を調査しました。その結果、2種の出現場所には違いがあり、クロは溝に多く、コガタノは水田に多いことが分かりました(図)。2種の季節消長は概ね同調していましたが、側溝ではクロが調査開始時点(6月上旬)で出現していました。また、水田に着目して定位場所を調べたところ、2種は主に水底にいるか、植物にとまっていて違いはありませんでした。
したがって、2種の繁殖地に違いがあるものの、水田では季節消長とマイクロハビタット利用(定位場所)が重なっており、コガタノが拡大することで、水田に出現するクロと餌資源などを巡る種間競争が起きる可能性が示唆されました。Cybister属は水田や側溝の他にため池でも繁殖するため、今後はそれらを含めた更なる調査が必要になります。
本研究は修士論文の一部で、滋賀から鳥取まで片道3時間半かけて調査地に通っていました。苦労の末に無事出版できてよかったです。コガタノは想像以上に水田や浅い湿地に依存した繁殖生態で、今回の研究を通してCybister属の野外生態の違いが徐々にわかってきました。それらも論文にしていきます。
写真:水田で交尾するコガタノゲンゴロウ
図:調査毎のクロとコガタノの幼虫の平均個体数の比較(ウィルコクソンの符号順位検定)
5)Fukuoka T, Tamura R, Yamasaki S, Ohba S (2024) Frozen crickets are a useful prey for rearing the diving beetle Cybister sugillatus (Coleoptera: Dytiscidae) larvae: a growth comparison with raised on field-collected prey. Japanese Journal of Environmental Entomology and Zoology, 35(1), 1–7.(冷凍コオロギはトビイロゲンゴロウの幼虫の飼育に有用な餌:野外から採集した餌で飼育した場合との成長比較)
減少するゲンゴロウ科の生態解明や生息域外保全では優れた飼育繁殖の技術が求められます。安定した累代繁殖には幼虫に適した餌を与え、その餌を持続的に供給する必要があります。これまでの研究でCybister属の幼虫はコオロギのみを与えても成長できることは知られています。しかし、コオロギが野外から採集してきた餌動物と同等の効果を得られるかは明らかとなっていませんでした。本研究ではトビイロゲンゴロウの幼虫の食性データ(論文(4))を用いて、冷凍コオロギと野外から採集した餌動物(ヤゴ、ヤゴとオタマジャクシの混合)の成長効果を比較しました。その結果、どの処理区間でも生存率に差は無く、成虫の体サイズにも差はありませんでした(図上a, b(※全長は雌雄差あり))。幼虫期間では主に2齢の冷凍コオロギ-ヤゴおよび冷凍コオロギ-混合で差が認められましたが(図下)、これは餌サイズや給餌頻度が影響していると考えられました。
したがって、冷凍コオロギはトビイロゲンゴロウの飼育に有用な代替餌であることが示唆されました。コオロギは小動物の餌として広く流通しており、持続的な供給が期待できます。また、冷凍しておくことで大量にストックできてコオロギが逃げ出すリスクも低減できる研究の場で重宝する餌であると考えられます。
以前の研究で同時に検証した小ネタです。今回使用した冷凍コオロギは市販のものですが、実際に活きコオロギを冷凍させるときは紙袋に入れるとパラパラで高品質な冷凍コオロギが作れます。
図上:各処理区における新成虫の全長(a)および湿重量(b)の比較(全長の雌雄にのみ有意差;二元配置分散分析)
図下:各処理区の各齢期における幼虫期間の比較(*有意差有り;チューキー・クレーマー検定)
4)Fukuoka T, Tamura R, Yamasaki S, Ohba S (2023) Effects of different prey on larval growth in the diving beetle Cybister sugillatus Erichson, 1834 (Coleoptera: Dytiscidae). Aquatic Insects, 44(3), 226–234. (トビイロゲンゴロウの幼虫の成長に与える異なる餌の効果)
トビイロゲンゴロウは南西諸島の水田や池沼に生息し、沖縄県レッドデータブックでは準絶滅危惧(NT)に選定されています。本種の保全に資する生態的知見を得るために飼育下によって食性実験を行いました。ヤゴのみ、オタマジャクシのみ、ヤゴとオタマジャクシの混合を与える3つの処理区で本種の幼虫を飼育しました。その結果、オタマジャクシのみでは成長せず、ヤゴのみ、ヤゴとオタマジャクシの混合の処理区で成長しました。混合処理区で餌の消費数を比較したところ各齢でオタマジャクシよりもヤゴを多く消費しました。この結果は他のCybister属と同様の結果を示しました。
したがって、本種の域内保全ではヤゴといった水生昆虫類が多様な環境を創出・再生・維持管理していく必要があることが示唆されました。また、飼育繁殖によって種の絶滅を回避させる域外保全では本種にヤゴを与えることが有用であることも示唆されました。
私の初めての英語論文で共著者にサポートいただきながら形にすることができました。本研究では餌のヤゴを集めるのにとても苦労し、深夜に泣きながら集めることもありました。ヤゴはトビイロゲンゴロウの飼育繁殖に有用な餌であるのは間違いありませんが、野外からたくさん集めることは生態系や労力的に望ましくありません。Cybister属はコオロギだけでも育つことが知られており、本種はコオロギのみでも野外で採集してきた餌と同等の成長効果を示すことがわかりました。その研究成果は次の論文(5)で発表しています。
写真上:トビイロゲンゴロウ3齢幼虫
写真下:飼育実験の様子
2)福岡太一・田邑龍・大庭伸也・遊磨正秀 (2022) 野外におけるコガタノゲンゴロウ幼虫によるコオイムシ卵塊の捕食. 昆蟲ニューシリーズ, 25(1), 14–17.
コオイムシ亜科のメスはオスの背中に産卵して、そのオスは卵が孵化するまで酸素や水分を供給するために水中と陸地間を移動するといった保護行動とります。その卵保護行動には遊泳能力の低下や採餌の制限、寿命の短縮といったコストが生じることが知られています。そのため、コオイムシ亜科の捕食者の知見は卵保護の機能を理解する上で重要であると言えます。
鳥取県の水田でコオイムシの卵塊を捕食するコガタノゲンゴロウの幼虫を記録しました。捕食した瞬間は観察できていませんが、コオイムシの卵保護行動コストの影響を受けた可能性も考えられ、ゲンゴロウ科の幼虫が卵塊保護中のコオイムシに捕食圧を与える存在であることが示唆されました。
本研究は修士論文の調査中に偶然発見されたものです。これまで行動学的な分野の勉強をしてこなかったので、執筆には少々苦労しました。その分、研究に対する視野は広がった気がします。
写真:コオイムシの卵塊を捕食するコガタノゲンゴロウ3齢幼虫
1)福岡太一・久保星・太田真人・大庭伸也・遊磨正秀 (2021) クロゲンゴロウ幼虫の食性および餌選択性. 日本環境動物昆虫学会誌, 32(1), 1–7.
クロゲンゴロウは本州、四国、九州の水田や池沼に生息し、環境レッドリストでは準絶滅危惧(NT)に選定されています。保全に資する生態的知見を明らかにするために滋賀県北部の水田で幼虫の野外食性調査を行いました。本種はコミズムシやヤゴといった水生無脊椎動物を主に捕食し、オタマジャクシといった水生脊椎動物の捕食は確認されませんでした。これは先行研究(Ohba 2009; Watanabe 2019)と同様の結果で、本種は地域を問わない無脊椎動物食性であることが明らかとなりました。
環境中に占める餌資源から本種の餌選択性を解析したところ、加齢する(体サイズが大きくなる)につれて大きな餌を好むことがわかりました。また、環境中に多くいるにもかかわらずコマツモムシは好まれませんでした。これは、コマツモムシの水中の中層を定位して泳ぐ行動が本種にとって捕食しづらいと考えられました。
以上のことから、本種の個体数の維持には多様な水生無脊椎動物が豊富に生息できる環境を保全する必要があると結論付けられました。
本研究は卒業論文の内容です。私は学部4年生で研究を始めるまではクロゲンゴロウという種すら知らず、水生昆虫の知識は全くありませんでした。調査を進めていくにつれて、研究に興味を持ち、なんとか形にすることができた思い入れのある論文です。
写真上:コオイムシの幼虫を捕食するクロゲンゴロウ3齢幼虫
写真下:夜間の目視観察による食性調査の様子