ゲンゴロウ科に属するゲンゴロウ属Cybisterは大型で珍しいこともあり、ゲンゴロウ類の中でも比較的人気が高い種群です。しかしながら、各種の形態は似ているためSNSやブログ等では誤同定された種の写真がアップされているのが散見されます。
ここでは、本州に分布するゲンゴロウ属4種、ゲンゴロウ(ナミゲンゴロウ)Cybister chinensis、クロゲンゴロウCybister brevis、コガタノゲンゴロウCybister tripunctatus lateralis、マルコガタノゲンゴロウCybister lewisianus※を正しく同定できる形質を簡単に紹介します。今回は形態の違いを紹介しますが、今後は生態的な違いも加えていく予定です。(※以下、ナミ、クロ、コガタノ、マルコガタノと表記します)
4種の中でナミが最も大きく(体長:34~42mm)、次いでコガタノ(20~29mm)が大きく、クロ(20~25mm)とマルコガタノ(21~26mm)は大体同じ大きさです(ナミ>>コガタノ≧クロ≒マルコガタノ;図1、表1)。ナミ、クロ、マルコガタノは卵型ですが、コガタノはやや細身の楕円形をしています(図1、2)。
背面の色はナミ、コガタノ、マルコガタノが緑~褐色で黄色のフチがあります。クロは名前の通り黒一色です。光の当たり具合で見え方は若干変わります(図1)。腹面の色はナミが黄色、クロとコガタノが黒色、マルコガタノが黄~橙色です(図2)。ただし、コガタノは稀※に腹面の胸部が黄色の個体がいます(図3)。マルコガタノは腹部、後脚の付け根まで黄色ですが、コガタノは胸部のみが黄色であることが多いです。(※地域にもよるが、経験的には1/200個体ぐらいの割合で見つかる)
コガタノとマルコガタノは腹面の色の他にも違いが見られ、コガタノはマルコガタノよりも目が大きい(図4の赤矢印→)。また、背面の黄色フチがコガタノは矢じり(釣り針の返し)状になるのに対し、マルコガタノはかすれます(図4の青矢印→)。
詳しくは、森・北山(2002)、三田村ほか(2017)、中島ほか(2020)を参照してください。
幼虫は1~3齢のステージがあります。芋虫状で体長は伸び縮みするため、頭幅(頭部の横幅の長さ)を体サイズの指標にするのが一般的です。
成虫と同様にナミが最も大きく、1齢:約2.9mm、2齢:約4.6mm、3齢:約7.2mm。クロは1齢:約1.9mm、2齢:約2.6mm、3齢:約3.8mm。コガタノは1齢:約1.8mm、2齢:約3.0mm、3齢:約4.5mm。マルコガタノは1齢:約1.8mm、2齢:約2.7mm、3齢:約3.8mm(表1)。コガタノ1齢はクロ1齢のよりも頭幅がやや小さいものの、2、3齢で逆転します。
幼虫は頭部の頭楯(とうじゅん)前縁のW字型の突起の形状(図5、6の黒矢印→)で同定するのが一般的ですが、肉眼で区別するのが難しいため、その他の同定に有用な形質を紹介します。
1齢では、ナミは他3種よりも頭幅が大きいこと(約2.9mm)に加えて、眼の間隔がやや広いです(図5の赤矢印→)。クロは触角の真ん中の節(2–1節)が黒色になっています(図5の青丸〇)。マルコガタノは頭部の形が長方形で、大顎の先端の褐色になっている部分が他種よりも長く(図5の緑矢印⇔)、コガタノは頭部の形が逆三角形になっています。
3齢では、ナミは形態で見るまでもなく、他3種よりも圧倒的に頭幅が大きいです(約7.2mm)。クロは背面の胸部に2本の黒~褐色の縦線が入ります(図6の赤矢印→)。マルコガタノは1齢と同様に大顎の先端の褐色になっている部分が他種よりも長くなっています(図6の緑矢印⇔)。コガタノは頭部が正方形で、頭楯前縁が扇形になっています(3齢は肉眼でも確認可能)。
これらの形質は主に、渡部(2024)で解説されており、幼虫が図示されている、上手(2008)、三田村ほか(2017)、渡部・林(2023)も同時に参照ください。
SNS、ブログ等で「このゲンゴロウはなに?」という投稿の多くはコガタノです。コガタノは近年増加しており、飛翔能力が高くて灯火にも飛来しやすいので、九州と本州西部では日常生活でも見られます。そのため、九州、本州西部で緑色に黄色のフチがある種が取れたらまずコガタノを疑いましょう。上の説明の通り、成虫はとりあえずひっくり返して腹面の色を見れば同定できます。
SNS、ブログ等で見る限りナミとクロの誤同定がほとんどです。特にナミ1齢とクロ2齢は頭幅も大体同じ大きさなので慣れないと難しいです。上の説明の通り、クロの2、3齢は背面の胸部の黒色の縦線が入るので、その有無で同定できます(図7の破線赤丸〇)。ナミよりもクロの方が普遍的で個体数も多いため、クロから疑うのが無難です(ナミ、クロの誤同定でナミだったパターンは少ない)。
個人的にはナミ1齢とコガタノ2齢で少し迷うことがありますが、その際はおとなしく頭楯前縁の形状で同定します。また、クロとコガタノの1齢の同定はゲンゴロウ類に詳しい方でも難しいですが、触角の真ん中の節(2–1節)が黒色かどうかを確認することで肉眼でも同定が可能です。幼虫は定規などのスケールを置いて写真を撮るとスムーズに種と齢が同定できます。
ナミ、クロ、コガタノは主に水田環境を生息地としています。ナミは山間部の深い大きな池沼を好む傾向があります。クロは山間部の大きな池沼から浅い湿地まで様々な環境で見られます。コガタノもクロと同様ですが、平野部の水田や学校のプール、河川の淀みなどでも見られます。マルコガタノは水質が貧栄養で大きな池沼に生息しています(表1)。
マルコガタノは種の保存法に基づく、国内希少野生動植物種に指定されているため、許可のない捕獲は禁止されています。本種は生息地がとても少なく、個体数も少ないため、日常生活や普段の採集で出会うことはないと思いますが、止水域での水生昆虫採集に行く際には事前に分布域に入っているかを調べましょう。もし意図せず捕獲や持ち帰ってしまった場合は、地域の博物館や専門家、地方環境事務所に問い合わせるなどして適切な対応をお願いします。
上手雄貴 (2008) 日本産ゲンゴロウ亜科幼虫概説. ホシザキグリーン財団研究報告, (11), 125–141.
三田村敏正・平澤桂・吉井重幸 (2017) 水生昆虫1 ゲンゴロウ・ガムシ・ミズスマシハンドブック. 文一総合出版, 東京.
森正人・北山昭 (2002) 改訂版 図説日本のゲンゴロウ 文一総合出版, 東京.
中島淳・林成多・石田和男・北野忠・吉富博之 (2020) ネイチャーガイド 日本の水生昆虫. 文一総合出版, 東京.
渡部晃平 (2024) 本州産ゲンゴロウ属(コウチュウ目,ゲンゴロウ科)幼虫の同定形質の検討. ホシザキグリーン財団研究報告, (27), 147–155.
渡部晃平・林成多 (2023) 島根県産ゲンゴロウ科(コウチュウ目)幼虫の概説. ホシザキグリーン財団研究報告特別号, (32), 63–81.