当ページの鉄道会社はMinecraft RealTrainModを使用して作られた架空のものであり実在するものではありません。
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嶺北線急行:嶺北・松原・坂井市・佃原・九条・堂花町・やしろ・青電鳥羽・鳥羽神宮前・明内・鱒山
蒼浜線急行:嶺北・松原・坂井市・気比島教育大前・雪見町・六呂瀬・巽・エトワリア女子高校前・蒼浜・蒼浜港
気比島線直通急行:嶺北・松原・坂井市・佃原と九条から気比島中央までの各駅
嶺北線特急:嶺北・坂井市・九条・青電鳥羽・鱒山
蒼浜線特急:嶺北・坂井市・雪見町・巽・蒼浜・蒼浜港
気比島線直通特急:嶺北・坂井市・九条・気比島中央
2000系(2002年~)
1000系の後継として登場し青電初のVVVFインバーター制御を採用した車両、20m級2ドアで4両編成。
設備面ではクロスシートの割合を増やし、クッション材・背もたれ・座布団を1000系よりも改良して座り心地を向上させた。
2010系(2004年~)
特急の増発用として2000系から大きくモデルチェンジし登場、共通で運用を組んでも支障が出ないようにドア配置や車体長などは2000系と統一している。
2000系からの改良点として車内に多言語案内に対応した液晶ディスプレイ式案内装置を全ての客用ドア上に設置している。(のちに2000系にも設置)
300系(2013年~)
100系の後継として登場、20m級の4ドア車で3両固定編成であるため嶺北線・蒼浜線の各駅停車を中心に使用されている。
現役の車両では唯一、自社工場から製造されていない車両(水音車両製MCT-Bの改造車)であり異質さを放っている。
車内には液晶ディスプレイを備え、LED式の灯具・行先表示機を設置し、IGBT-VVVFインバータ制御や0.5M方式などを取り入れるなど、オーソドックスな21世紀の通勤型車両として仕上がっている。
350系(2020年~)
200系の後継として登場、20m級の3ドア車で2両編成を基本としラッシュ時や急行では4両編成で運転する。
青電の車両ではSiC-VVVFインバータ制御を初めて搭載しており、LED式の灯具類と共に省エネ化に貢献し、非常用の蓄電池を搭載しているため地震等で停電が発生した際は次の駅まで蓄電池に充電されている電力で運転を継続することができる。
また有機ELディスプレイ式の種別行先表示機を初めて取り入れた車両で種別と行先を別で表示することが可能になっている。
車内にはすべての客用ドア上部に3画面の多言語案内に対応した液晶ディスプレイ案内装置を設置している。
400系(2026年~)
気比島線内のローカル運用限定の車両で気比島線開業と共に登場、16m級6両編成で350系4両よりも編成長が長いため他路線へ直通することができない。
3両1ユニットとする編成構成でMT比は2M1T、車内は350系に準じた液晶ディスプレイ式案内装置を設置している。
モハ10・20形(1916年~1975年)
開業と共に登場した車両でモハ10形は両運転台車、モハ20形は片運転台車、どちらも18m級3ドアのツリカケ駆動車(旧性能車)となっている。
戦後に大規模な改修を行い灯具類や集電装置が1000系ベースのものへ交換された。
新性能車両の登場と老朽化で1975年までに全車が引退した。
モハ10-1とモハ20-1+モハ21-1が青電博物館に保存されている。
1000系(1933年~2006年)
急行運転開始と共に登場した車両、初の急行専用車ということで気合の入った設備になっておりボックスシートを取り入れ長らく当社のフラッグシップ的な立ち位置についていた。
1962年の特急運転開始からは特急に優先的に使用されるようになった。
60年以上青電使用され最後のツリカケ駆動車兼非冷房車として残っていたが保守部品の調達が難しくなり、非冷房だったことも問題視され2000系と2010系に置き換えられ2006年に引退した。
1001編成が青電博物館に保存されている。
100系(1962年~2015年)
青電初の新性能車両で旧型車を置き換えるために登場した。
高度経済成長期に突入し「通勤地獄」と呼ばれるほど混雑が激化するような状態だったため、20m級の4ドアとし座席定員だけでなく詰め込み性能も旧型車と比べて大きく向上させた。
長らく非冷房だったが1990年代に冷房装置を取り付け、夏の車内が蒸し風呂状態になることを防ぐことに成功した。
老朽化で2015年に引退し101-151が青電博物館に保存されている。
200系(1970年~2024年)
青電初の新性能車両で旧型車を置き換えるために登場した。
100系と違いアルミニウム車体となっているがそれ以外は100系と変わらず、ラッシュ時は200系同志だけでなく100系との連結運転も行われた。
長らく非冷房だったが1990年代に冷房装置を取り付け、夏の車内が蒸し風呂状態になることを防ぐことに成功した。
老朽化で2024年に引退し201-251が青電博物館に保存されている。