〔記事〕ポーランドがLGBTQ+の人々にとって居場所のない国となっていった経緯(日本語翻訳版)

By Amaal Julia Paterczyk

日本語訳:Yuna

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ドミニクの写真を見てまず気づくのは、彼の大きな青い目であろうそれはとても青く、まるで激しく荒れ狂う海を眺めているような気分にさせる。二つ目は、彼のおでこを優しく覆う明るい金髪。そして、まだ童顔の彼の顔に光る恥ずかしそうな笑顔。ドミニクは14歳の時、同級生や教師による同性愛嫌悪のいじめが原因で、靴紐を使って首を吊った。ドミニクが同性愛者である証拠は無かったが、彼の仲間たちは彼を同性愛嫌悪な言葉で罵倒した。彼のスリムジーンズと華奢な外見が、彼らにとっては十分な証拠だった。


ドミニクをいじめた者たちは誰一人として処罰されなかった。


ドミニクが自殺した2015年は、ポーランドにとっての分岐点だった。5月、保守的な右派政党「法と正義(PiS)」の候補者アンジェイ・ドゥダが大統領に選出され、その年の後半に行われた議会選挙で同党が勝利を収めた。新大統領によって拒否権を行使された最初の法案トランスジェンダーの法的手続きを簡素化するはずだった「性転換法案」となったときれまでのポーランドがLGBTQ+の人たちに特別に開放的だったわけではないにもかかわらず、より多くの人たちが、ポーランドにとって困難な時代が来ていることを実感した。ポーランドが軽度の同性愛ー、両性愛ー、トランス嫌悪から、第三帝国の反ユダヤ主義を思い出させる国家へと移行していくことを、私たちは少しも知らなかった。


母親によると、カクパーは非常に敏感な10代だったという。同輩たちによる彼の外見や同性愛者だという疑惑を嘲るいじめに対処するには、カクパーはあまりにも敏感だった。メディアによると、カクパーが通っていた学校の校長や教師は彼がいじめられていることを知っていたが、それを止めるために行動を起こさなかった。カクパーは2017年9月に首を吊った。彼は14歳だった。


同性愛嫌悪やトランス嫌悪的な考えは政党「法と正義」の政治の歩みの最初から存在していたが、2019年3月にワルシャワ市長で野党議員のラファル・チャスコフスキー氏が「LGBTカード」に署名してから、ポーランドの同性愛嫌悪的な環境は劇的に悪化している。この12項目の法案は、性的指向やジェンダーアイデンティティを理由に家から追い出された人々のためのシェルターに資金を提供したり、学校にWHO(世界保健機関)基準の性教育の授業を導入することで、首都ワルシャワのLGBTQ+の住民の生活水準を向上させるとされていた。しかしこの法案は与党や極右派からの反発を受け、さらに政党「法と正義」の欧州・議会選挙プログラムを感化することとなった。2015年に起きたように、「法と正義」が難民危機を利用して国民を煽り、反対派が勝てばポーランドには何千人ものイスラム教徒やイスラム過激派が殺到すると嘘をついたとき、同党は政治的支持を得るために少数派の人々を風刺画的に描いたのであった。その「法と正義」の主張によれば、LGBTQ+の人たちはポーランドの家庭を破壊し、子どもたちに性的な悪影響を与えるのだそうだ。こうしてWHOのガイドラインは「子どもたちに自慰行為を教えることを推進し、”同性愛者やトランスジェンダーの小児性愛者”によって傷つけられやすくする」と口々に述べた右翼の政治家やジャーナリストたちによって完全に誤読され、間違って解釈された。そして、”Hands off our children(私たちの子どもたちに手を出すな) "が彼らのキャンペーンの合言葉となった。


2019年3月には、ポーランド東部の町シフィドニクが「LGBTイデオロギー(LGBT思想) 」を否定する決議を可決し、同国初の LGBTフリーゾーン の1つとなった。2019年8月までに4つの県が決議を可決し、ポーランド憲法によってあらゆ形態の差別は法律に反すると定められているにもかかわらず、現在ポーランドの3分の1以上がLGBTQ+の人々はその地域において歓迎されないと宣言している。ポーランドではこのLGBTフリーゾーンがますます増加していることに加え、超保守的な雑誌ガゼタ・ポルスカ(ポーランドの週刊ニュース雑誌)は、ある週の版に「LGBTフリーゾーン」のステッカーを載せたのであった。(*画像1)


2020年2月末までに36の地方議会が、複数の親家族団体(「法と正義」につながる原理主義団体「オルド・イウリス」を含む)が作成した「地方自治体家族カード」に署名している。これによって、伝統的な家族や異性婚を脅かすーーと考えられるNGOが作成したプロジェクトへの融資を地方議会が禁止することが可能になる。


2019年4月17日、初等教育課程(7~13歳)を終了する試験の直後、14歳のトランスジェンダーの少年ヴィクトールがワルシャワの線路に飛び込んだ。彼は同級生からのいじめの被害者であり、教師や看護師、ましてや精神科病院の精神科医からもミスジェンダリング(misgendering; トランスジェンダー、ノンバイナリーの人に対して、本人の自認する性別や使用するジェンダー代名詞と異なるジェンダーで紹介したり説明したりすること)されていた。精神科医は彼に「男性と性的な経験をすること」を勧め、彼を「美しく優しい女の子」と呼んだ。彼が亡くなった後、主治医は少年の死因を「ジェンダーイデオロギー(ジェンダー思想)」によるものだと述べた。


政党「法と正義」によって始まり極右の雑誌や団体によって支持されたヘイトスピーチを容認する状況は、わずか数年の間に同性愛ー、両性愛ー、そしてトランス嫌悪的な暴力の増加を誘発した。最も暴力的な攻撃は、ルブリンとビャウィストクのLGBTプライドの間に起こった。ポーランドのLGBTプライドパレードはこれまで地元のナショナリストやフットボールファンによって組織された複数の抗議行動に見舞われてきたが、ここ数年は、誹謗中傷や憎悪的な歌による攻撃は、より積極的な攻撃に取って代わられた。


2019年10月13日に行われたデモ行進は、ルブリンでは初めてのLGBTプライドだった。プライドの主催者と「治安上の懸念」を理由に元々パレードを禁止していたルブリン市長との間で長引く争いの結果、プライドの参加者はデモ行進の過程でレンガ、瓶、石、照明弾で行進を混乱させようとする約400人の抗議者と対峙することとなった。デモ行進後、参加者へのテロ攻撃を計画したカップルが逮捕され1年の懲役を言い渡された。またビャウィストクのプライドも、この恐ろしい出来事の影響を受けた。1000人のプライドの参加者は、レンガ、瓶、卵、照明弾を装備した4000人以上の反抗デモ隊と衝突したのだ。30年代のドイツで撮影されたような映像には、男たちがレインボー(LGBTのシンボル)のバッグを持った少女を追いかけ、10代の少年が殴られている様子も映っている。また「法と正義」の市会議員も映像の中で反対派デモ隊の一人として映っていた。そして、「我々はビャウィストクの大聖堂を救った。伝統的な価値観を大切にしている住民の皆さんに感謝します」と行進後にツイートした。その翌日内務省の法務大臣はこうした反抗運動家の暴力を非難したが、国営テレビは19秒のニュースで「言葉による小競り合いといった、小さな事件がデモ行進中に起こっただけだ」と述べた。さらに、ビャウィストク教区の1つのミサで祭司は、「私たちの街、特に私たちの子供たちと若者を計画的な脱落と剥奪から保護し、キリスト教と人間の価値観の保護に参加したすべての人々に感謝する」と述べた。


2019年5月6日、ミロは「ごめんなさい」とFacebookに投稿し、ワルシャワの橋から飛び降りた。彼女は以前の投稿の中で「私はもう耐えられない。「あなたの外見は適切ではない、あなたは自分らしく生きることはできない」と言うすべて人々(心理学者、医師、セラピスト)にもう耐えられない。全部想像だと言われ、それを証明しろと言われることにうんざりだ。」と語っていた。ポーランドの法律では、法的な性別を変更するためには親を訴えなければならない。これはトランスジェンダーにとって残酷なものであり、ミロのようにノンバイナリー(既存の性別に当てはまらないジェンダー)のトランスジェンダーにとっては、この現状はさらに残酷なものだ。ノンバイナリーの患者を受け入れてくれる医師の数も極めて少ない。男女どちらかの外見や行動を患者が要求されることも多い。さらにポーランドでは、ホルモン治療によって性別適合手術を受けたトランスジェンダーのみが法的な手続きを開始することできる。ホルモン治療を望まないノンバイナリーの人たちは、名前や性別を法的に変更する機会がないのである。


ヨーロッパの議会選挙の後、「法と正義」は超保守的で宗教的な価値観に基づいた選挙プログラムが、大統領選挙にも通用するに十分な成功を収めていると決め込んだ。6月11日、大統領選で再選を狙う現大統領のアンドルゼイ・ドゥダ氏は、ロシアの影響を受けて作られ、公的機関でのLGBT思想を禁止する「家族カード」に署名した。ドゥダ氏は、「”家族”はその敵である思想からもっと守られなければならない。なぜならそれらの思想は伝統的な家族を壊し、私たちが信じるものとは異なる世界を構築しようとしているからである」と市民との会合で語った。


私はこの文章を楽観的なトーンで終わらせたい ーー「より良い時代が来ていると信じているし、私たちはただ辛抱強く待てばよい」と言いたい。私が同性愛者としての自分を発見し受け入れようとする過程は、より積極的で反LGBTQ+国家のプロパガンダの発展と同時進行していた。しかし、私は比較的幸運なうちの1人であった。いじめに遭ったことがなかったからだ。しかし私も多くのLGBTQ+の人たちと同じように、自分のアイデンティティを隠し、圧倒的なマイノリティとしてのストレスを抱えながら生きてきた。私にはポーランドを永遠に離れ、LGBTQ+の人たちが二流市民ではないどこかで新しい生活を始めようと計画するだけの資源がある。しかし、誰もがポーランドを離れたいと思っているわけでも、離れられるわけでもないこと知っている。安全で幸せな生活を送るためにこの国を離れる決断を強制されるべきではないと、私は信じている。


私はこの5年間、ポジティブにいようと努力してきた。罪のない人が自殺するたびに、性的指向やジェンダーアイデンティティを理由に攻撃されるたびに、その出来事が政治家や一般の人々が目を覚ますきっかけになると信じていた。しかし、ビャウィストクのLGBTプライドでの事件を見て、その動物的な暴力の恐ろしさに私の希望はすべて失われた。大統領が変わればそのすべての問題を解決してくれると思うのはあまりにうぶであろう。ポーランドの政治を長年観察してきた結果、「法と正義」は主要な問題であるが、唯一の問題ではないことが証明されたのである。ポーランドの政治は、「悪い与党」と「高貴な野党」の物語に沿う似たような意見を持つ人々で溢れている。私たちに奇跡を約束してくれる人たちも、私たちの支持を得た途端に私たちから目を背け、結婚や養子縁組はあまりにも過激で重要ではないものだと言うのである。人間として扱われるために丁寧にお願いしながら生きるのはもう終わりだ。権力に貪欲な人々は、私たちの命と生活を犠牲にしてその力を得ている。しかしその権力が彼らのに渡ってしまったからといって、私は自分の国が目の前で怪物になっていくのを見るのにはもう耐えられない。

大統領選挙を控え、「法と正義」の議員や他の党の政治家によるLGBTQ+嫌悪的な発言が増えている。LGBTのいないポーランドが一番美しいと欧州議会のポーランド議員がツイートした。LGBTは人ではないと「法と正義」の連立政党の議員がテレビのトークショーで発言した。別の議員は、「人権や平等についてのたわごとに耳を傾けるのをやめましょう。LGBTの人々は普通の人と平等ではありませんと国有テレビで語った。

ポーランドの大統領は「LGBTの人々は自分たちが人間であると言い私たちを説得しようとしているが、彼らはただの思想に過ぎない。もし思想かどうか疑問を持っているのなら、歴史のページを見て、LGBT運動がどのように構築されたかを見るべきである」と述べた。その翌日にアウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所を訪問し、80年前に最初に囚人が強制収容所へと輸送されたことを記念して「地球はれが二度と起こらないように呼びかけている他人にこのような計り知れない悪を敢えて与えるものは誰もいないだろう」と述べた。

LGBTQ+の人たちが憲法で実質的に保護されていないポーランドでは、医療の分野でさえ私たちへのサービスを拒否することが許され、警察や司法制度が与党に支配され、児童精神医学の状況は極めて政治的で、原理主義者の組織がますます力をつけている。この現状は時を刻む爆弾のようである。そしてそれが爆発したとき、「法と正義」の議員たちは鏡の中の自分向き合うことが出来るのだろうかと、私は疑問に思うのである。


注】6月1日、29歳同性愛のモデルのミハルさんが自殺

注】7月6日、大統領アンジェイ・ドゥダ氏は憲法を改正し、同性カップルが子どもを養子にすることを禁止する法案に署名した。子どもと血の繋がりのある親が死亡した場合、子どももう一人のがいるにもかかわらず、正式に孤児とされる。さらに異性カップルは未婚の場合、同様に子どもを養子にすることはできない