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海洋島で一般的にみられる進化現象の1つとして、異なる生育環境への適応を伴う生態的種分化が挙げられます。生態的種分化は、地理的障壁による隔離がない状況下で、異なる生育環境間での分断化選択と同系交配を促進する交配前隔離によって引き起こされると考えられています。このような生態的種分化が、短い時間に複数回生じることを特に適応放散と呼び、島嶼地域においてしばしば観察されます。小笠原諸島は東京から約1,000km南に位置する海洋島です。個々の島の面積は比較的小さいですが、複雑な地形に対応して様々な植生がモザイク状に配置し、複数の生物群において適応放散的種分化が報告されています。
小笠原諸島に固有なシマホルトノキは、湿性高木林から乾性低木林まで幅広い環境に生育していますが、これまでに環境ごとの形態的差異などは報告されていませんでした。そこで、シマホルトノキにおける島間、島内、及び生育環境間の遺伝的変異の存在様式について、19集団639個体を用いて24遺伝子座のEST-SSRマーカーによる集団遺伝学的解析を行いました。その結果、父島列島内における生育環境間の遺伝的分化(0.005 ≤ FST ≤ 0.071)は、生育環境内の遺伝的分化(0.001 ≤ FST ≤ 0.070)より大きいことが分かりました。つまり、父島列島内では、地理的な空間構造とは独立して、湿性林・乾性林という生育環境に対応した遺伝的分化の存在が明らかになりました。一方、母島では単一の遺伝的グループのみが認められました。
父島列島には乾性林に生育する低木エコタイプと湿性林に生育する高木エコタイプの2つのエコタイプが存在します。これらのエコタイプに対する環境と遺伝の効果を明らかにするため、遺伝解析、土壌水分量の測定、樹高の計測、開花期調査を行いました。遺伝解析の結果、エコタイプ間の遺伝的分化だけではなく、エコタイプ間の交雑と生育地間の移動を示しました。樹高と開花期は、環境と遺伝の両方の影響を受けていました。乾性林の低木エコタイプの樹高は低くて、開花期が早く、乾燥に対して表現型が可塑性を示していました。また、開花期のずれにより、エコタイプ間の遺伝的分化を促進していると考えられました。
小笠原諸島には、オオバシマムラサキ・シマムラサキ・ウラジロコムラサキという3種の固有なムラサキシキブ属が分布し、小笠原諸島における適応放散的種分化の代表例の1つです。この3種はいずれも父島列島に分布し、異なる環境に生育しています。その一方で、父島列島以外にはオオバシマムラサキのみが分布します。14遺伝子座のSSRマーカーを用いて、小笠原諸島産ムラサキシキブ属3種の種間、種内、列島間、生育環境や形態の違いによる遺伝的変異を調べました。その結果、遺伝的分化は、オオバシマムラサキ1種のみが生育する聟島・母島列島のオオバシマムラサキの種内と父島列島の3種間で同等に高く、父島列島のオオバシマムラサキの種内で非常に低いことが明らかになりました。そして、聟島・母島列島のオオバシマムラサキの種内では、生育環境や形態の違いにより強い遺伝構造が形成されていました。一方で、列島間でも遺伝的分化が見られました。小笠原諸島産のムラサキシキブ属においては、生育環境や形態の違い、開花期のずれによる生態学的要因と、列島間の地理的隔離による非生態学的要因の両者が、複雑な遺伝構造の形成に寄与していると考えられました。
モモタマナは汎熱帯性の樹木で、日本では琉球列島と小笠原諸島に生育します。小笠原諸島のモモタマナにおいて葉緑体シーケンスと核SSRマーカーにより遺伝解析を行いました。集団間で有意な遺伝的多様性の違いは見られませんでしたが、最も開発の進んだ父島で過去にボトルネックを受けた集団が存在しました。また、核と葉緑体の両者から、(1)聟島列島と父島列島、(2)母島列島の2つの遺伝的グループに分けられました。さらに、核SSRマーカーによるクラスター解析で、固有なクラスターが生じている島(西島、姉島、妹島)と、類似したクラスターの組成を示す島々(弟島と兄島北部、兄島南部と父島、母島南部と平島と向島)が存在しました。そして、隣接する島間の水深が深い場合には固有なクラスターが生じていて、島間の水深が浅い場合にはその島間で類似したクラスターの組成を示していました。つまり、過去の海水面変動による島の連結の歴史がモモタマナの遺伝構造に影響を与えたと考えられました。
イスノキは日本本土に分布し、常緑広葉樹林の優占樹種の一つです。一方、シマイスノキは小笠原諸島に固有で、乾性低木林の優占樹種です。これらイスノキ属の2種について、95サンプルを用いて、タンパク質をコードする112の遺伝子座の塩基配列変異を解析しました。これにより、遺伝構造と集団動態の歴史を推定しました。その結果、イスノキ属の2種は、イスノキ、父島のシマイスノキ、母島のシマイスノキの3つの遺伝的グループに分かれました。また、イスノキは約1,000万年前に最初に分岐し、その後、シマイスノキの各島のグループが約100万年前に分岐したと考えられました。さらに、各変異において種内・種間・地域集団内・地域集団間の変動パターンを調べて、中立から外れる箇所を探索したところ、種や地域集団の適応に寄与したと思われる候補遺伝子が複数検出されました。
小笠原諸島は第三紀に陸化した小笠原群島(聟島・父島・母島列島)と第四紀に陸化した硫黄列島からなり、固有種タコノキはその全域に分布します。タコノキの遺伝的な多様性や構造、集団サイズの拡大様式を調べて、古い島と若い島で比較しました。EST-SSRマーカー、核および葉緑体シーケンスの結果、硫黄列島の多様性は低く、小笠原群島と遺伝的に明確に分かれました。EST-SSRマーカーを用いたABC解析の結果、集団サイズは小笠原群島で拡大、硫黄列島で縮小していました。小笠原諸島全体での遺伝子流動は南から北への方向性があり、北方の島ほど多様性が高くなっていました。また、クラスター解析では、小笠原群島の中央にある父島列島で遺伝的な混合が見られ、南北両方向からの遺伝子流動によると考えられました。これらのことから、タコノキの多様性と構造には海流による遺伝子流動が大きく影響していることが示され、さらに孤島に移入定着した種の遺伝的多様性の成立過程が捉えられました。
マングローブ植物の1つであるニッパヤシは、無茎で葉が根生し、発達した根茎は地際で分岐します。ニッパヤシは、東南アジアに広く分布し、日本では西表島のみに生育します。種の分布の北限地にあたる西表島の2つの群落(船浦湾および内離島)の全株、内離島の群落近傍と西表島大原川の実生個体1個体ずつと、分布のより中心部にあたるフィリピンでサンプルを採取し、11座のSSRマーカーで遺伝子型を決定しました。その結果、フィリピンの集団内には多型がみられたのに対し、船浦湾と内離島の各群落の遺伝子型は全て同一で、それぞれ単一クローンで形成されていることが明らかになりました。また、内離島の実生個体は群落内の自殖により成立したと考えられ、自家不和合性をもたないことが示唆され、大原川の実生個体は西表島の他個体とは別の系統であることが分かりました。ニッパヤシは分布の中心部から周辺部へ稀に種子を散布し、定着できた場合には主に栄養繁殖によって群落を形成していると考えられました。
島根県では、県レベルの組織的な調査等による県の植物誌・植物目録は未だまとめられていません。島根県が有する隠岐諸島は、島根半島の北方約50 km の日本海上に位置し、最も大きい島後と島前の3 島(西ノ島・中ノ島・知夫里島)からなります。隠岐諸島の植物相は、異なる植生帯に生育する種が共存し、垂直的にも分布が圧縮されていることが特徴です。
島根県内のフロラを整理する第1 段階として、過去の文献資料と島根県立三瓶自然館に収蔵されている標本情報を整理し、隠岐諸島の維管束植物目録を作成しました。50の文献資料と4,440 点の標本情報から1,552 分類群の記録が確認されました。今後、過去の標本の精査と現地での探索・標本採取を行って、目録を修正・更新していく予定です。