ウラシマチョウチョウウオ
Prognathodes guyotensis (Yamamoto and Tameka, 1982)
2022年の春,お世話になっている漁師の方が,ある衝撃的な写真を掲載されていました.そこに写っていたのは,当時,世界でわずか6個体のみが標本として記録されていたウラシマチョウチョウウオでした.
チョウチョウウオ科魚類といえば,浅海域を優雅に泳ぐ色鮮やかな魚たちであり,水族館などでもよく目にする人気のグループです.しかし本種は,陸地から遠く離れた外洋の水深120〜342 mという深海域に生息し,タイプ標本は九州ーパラオ海嶺の最浅部に位置する平頂海山から採集された,きわめて特異な生態をもつ魚です.以上のような環境に生息することから,通常の漁法で漁獲されることはほとんどなく,またチョウチョウウオ科特有の小さな口では釣り上げることも難しいため,長らく追加標本が得られていませんでした.そして,私にとっても幼少期から図鑑などで目にし続けた憧れのような魚でした.
そのような貴重な種が,ある日領海内の底引き網で漁獲されたのです。
有り難い事に,その個体を標本用としてご送付いただき,すぐに自宅の冷凍庫で保管しました.しかし当時,私は大学受験の真っ只中であり、標本化に着手する余裕はありませんでした.そして,実際に標本化を行えたのは,約10か月後,現在所属している高知大学の入試を無事に終えた後のことでした.
長期間の冷凍保存と底引き網での漁獲にもかかわらず,解凍後の魚体は驚くほど良好な状態でした.鱗はほぼ完全に残り,体色の褪色もほとんど見られず,正中鰭の棘条も折損なく,軟条までほぼ完全に保持され,まさに理想的な保存状態といえるものでした.震える手を押さえながら展鰭を行い,その美しさに息を呑みつつ撮影を進めました.余談ながら,この撮影の合間に高知県内の不動産会社と電話で連絡を取り,大学生活を過ごす住まいを契約したことも印象深い思い出です.
撮影後は防腐処理のため固定を行いましたが,当時は埼玉県から高知県への引っ越しを控えており,完全な固定を終える時間がありませんでした.そこで,乾燥を防ぐために水を含ませたキムタオルで幾重にも包み,その標本を車の足元に置いて共に高知へと運びました.
3月末の引っ越し後,入学式の数日前に,以前から交流のあった現在の指導教官にご挨拶を兼ねて伺うと共に,大学の施設内で固定作業を再開しました.入学後は,指導教官や当時の先輩のご指導のもとで水洗,エタノール置換,計測,軟X線撮影などの処理を行い,論文執筆に取り組みました.そして,同年7月初旬にオンラインジャーナルへ投稿することができました.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ichthy/34/0/34_19/_article/-char/ja/
(オープンアクセスですのでどなたでもご覧いただけます.)
高知大学には本種のパラタイプ標本が所蔵されており,タイプ標本との比較検討も行うことができたほか,本標本を通じて,計測方法から論文のフォントなどの基礎体裁,引用文献の記載法,投稿手続きに至るまで,現在の研究活動の基礎を学ぶことができました.また,この経験をきっかけとして多くの方々との交流も生まれ,最初の主著論文を捧げた本標本は今なお私にとって特別な思い入れのある一尾となっています. (2025. 10. 7)