Row to win

私は東京大学在学中には漕艇部に所属し、4年の夏までの3年半、漕技やトレーニングのことはもちろん、合宿生活を通じて生活面までみっちり叩き込まれました。頂点に立つために正解のない問題に挑み、創意工夫を重ね、試行錯誤する ― 私の研究者としての原点がここにあると思うので、一見仕事とは関係ないようですがここで紹介します。

主な漕歴

大会       種目  シート 戦績

◆1986(昭和61)年:学部2年 (Jrキャプテン)

東商戦      Jrエイト 4 優勝大会Jr記録 (6'22"66)

全日本大学選手権 舵付フォア 2 2

全日本選手権   舵付フォア 2 5

全日本新人選手権 エイト    2


1987(昭和62)年:学部3年

東商戦      エイト    優勝

ユニバ派遣選考会 エイト    優勝

ユニバーシアード エイト    世界9日本代表

全日本大学選手権 エイト    優勝学生日本記録 (5'51"08)

全日本選手権   エイト   4 4

※ほかに部として全日本大学選手権総合2位

 

1988(昭和63)年:学部4年 (主将)

東商戦      エイト   6 優勝大会記録 (6'02"00)

全日本大学選手権 舵付ペア  S 2

全日本選手権   舵付ペア  S 3

全日本大学選手権 エイト   6 3

全日本選手権   エイト   6 2

後輩に贈る言葉

David Halberstamの『栄光と狂気』(土屋政雄訳、TBSブリタニカ)には、偶然にも私たちのレース(ユニバーシアード派遣選考会)の様子が訳者あとがきの部分で紹介されています。本質を突いていると思うので以下に抜粋します:

 本書を訳了したのが五月二十二日で、たまたま翌二十三日と二十四日に、ユニバーシアード派遣候補選考会を兼ねた全日本軽量級選手権競漕大会が行なわれた。私も生まれてはじめてボートレースなるものを見に、埼玉県の戸田オリンピック漕艇場まで出かけてみた。埼京線で新宿から戸田公園駅まで二十分ちょっと、駅から歩いて五分ほどだから、そう遠くない。

 漕艇場に着いてみると、ボートレースをスタートからゴールまで見るのは不可能だということに気づいた。二千メートルという長い直線コースだから、各艇の前後関係は、目の前を通り過ぎる一瞬しかほんとうにはわからない。レース展開を詳しく知りたければ、土手でのんびり糸を垂れている釣人の間をぬいながら、ボートと並走するより仕方なさそうだ。だが、エイトなら六分前後でゴールしてしまうから、何レースも行ったり来たりするのは、瀬古や中山並みの走力がなければとても無理な話で、自転車のない私はゴール近くを見るだけであきらめることにした。

  〔途中略〕

 この日、エイトの決勝では東京大学が辛くも中央大学を抑え、ユニバーシアード日本代表になった。千メートル地点では四・四秒の大差がつき、そのアナウンスに会場がどよめいたほどだったが、さすがに大型クルーの中大。千五百メートルでは三・三秒差に詰め、最後の五百メートルでほとんど並びかけた。ゴール直前での必死の追い込みには迫力があったが、粘る東大にわずかに及ばず〇・五秒差で敗れた。

 それにしても、東大はなぜボートに強いのだろう。エイトでは、過去六十四回の全日本選手権で十八回優勝し(つぎは早稲田の十回、慶応と一橋の九回ずつ)、最近では、昭和五十四年から五十七年まで四連覇という記録もある。ボートは、東大が日本一を狙える唯一の競技種目といってよい。

 放送大学で、保健体育の平沢彌一郎教授が「息こらえ」について講義されている。息を止めてどれだけ我慢できるかということだが、平沢教授によれば、過去に全国の大学新入生について息こらえ調査が行なわれたことがあり、東大が断然トップだったという。東大生の平均が六十三秒、他はいずれも五十秒台だった。息を長く止められるのが何を意味するのかというと、教授のお話では、それは「クソ頑張り」の能力が高いということらしい。東大には頭のいいのも入ってくるが、群を抜くクソ頑張りで入ってくるのも多いと考えれば、理屈は合っている。また、こんなお話もされていた。静岡大学工学部に入学した某君が、四年がかりでボート日本一になる計画を立て、見事、国体のナックルフォアで優勝した。そのときクルーの息こらえ時間は、四人とも三分間を超えていたという。

 どうも、ボートというのはクソ頑張りのスポーツなのかもしれない。ハルバースタムが本書で描いているオアズマンにも運動神経のいいというのはあまりおらず、他のスポーツをやってだめだったから、最後にボートにたどりついたという選手ばかりだ。もちろん、日本ではボートのさかんな高校がほとんどなく、どこの大学でも選手の大多数は入学後にボートを始めるから、ほかのスポーツのように東大が大きなハンディを負うことはない。むしろボートの練習設備が整っているだけ、東大が有利だともいえるだろう。だが、クソ頑張りのスポーツであるボートが、クソ頑張り能力の高い東大生に向いているというのも、一面の真理だと思う。