英語


コメント付き論文リスト:

[10] Unbounded sl(3)-laminations around punctures,  (with T. Ishibashi), arXiv:2404.18236

[5]の続きの論文。前作では


[9] Entropy of cluster DT transformations and the finite-tame-wild trichotomy of acyclic quivers, (with T. Ishibashi), arXiv:2403.01396

非輪状クイバーの分類として、finite-tame-wildという3種類の分類が有名で、これはそのクイバーの表現が有限か、一次元的か、そのどれでもないかというふうに定義されている。(tameとwildは表現が無限型になっている。)今回はfiniteまたはinfiniteの場合分けを、クラスターDonaldson--Thomas変換と呼ばれる特別な変異ループが、それぞれ符号安定でない、符号安定である、として特徴付けた。また符号安定な場合はクラスター伸縮因子という数値的不変量が定まるが、これが1と等しいか、1より大きいかでtame、wildをそれぞれ特徴付けた。
今後はこの結果を非輪状でない場合や歪対称化可能行列に対して拡張してfinite-tame-wild分類の一般化を与えたい。

(符号安定性は擬Anosov性の一般化として導入したものの、曲面とは直接関係のない例が貧弱であったが、今回そういった例が大量に得られ、さらに曲面論と直接関係の無いところへの応用が与えられたので、個人的には非常に満足している。1年ほど前に議論し始めた内容だったがいつの間にか放置してしまっており、2023年夏頃に2024年1月での阪大代数幾何セミナーでの講演依頼を受け、そこまでに証明するぞと正月に温泉旅館に泊まってまで頑張ったがあと一歩届かず、結局阪大での講演後高橋先生にアイデアを貰ってトドメを指すことができた。)


[8] Skein and cluster algebras with coefficients for unpunctured surfaces, (with T. Ishibashi and W. Yuasa), arXiv:2312.02861 

スケイン関係式がクラスター代数の変異に似ているという話題があり、それの有名な結論としてMuller(arXiv:1204.0020)の仕事がある。彼の主張は、尖点なしマーク付き曲面のスケイン代数の分数体の中にクラスター代数が実現でき、マーク点が2点以上あるとき一致するというもの。一方クラスター代数には「係数」という概念があり、これはけっこう重要。(例えばF多項式はprincipal係数という特別な係数付きのクラスター変数の特殊化として定義される。)この論文はそれのスケイン代数的な記述を与えていて、Mullerの上述の仕事の係数付き版といえる。さらにFraserのquasi-homomorphismと呼ばれる、係数を保たないクラスター代数間の良い写像について、幾つかスケイン代数的な解釈を与えた。(係数の幾何的な解釈というとFomin--Thurston(arXiv:1210.5569)のlaminated Teichmuller空間があるが、彼らの理論は正規化された係数のみが扱われるが、本論文には正規化されていない係数も出てくる。)今後はこれのクラスターポアソン代数版を行う予定。

(2021年の4月に湯淺さんの科研費で京都に滞在させて頂き、石橋さんと3人で議論していた折、突然湯淺さんが係数付きに対応するスケイン関係式(本論文のwall-passing relation)を発見したのが始まり。quasi-homomorphismについてまで手を出せるとは思っていなかった。クラスター代数の係数について非常に勉強になったので、取り組んで良かったと思う。)


[7] Train track combinatorics and cluster algebras, arXiv:2303.03190

測度付きラミネーション/葉層構造の組み合わせ模型として有名なトレイントラックを、GoncharovとShenによる(Landau--Ginzburg)ポテンシャル関数のトロピカル化を用いて、クラスター代数の言葉に翻訳した論文。トレイントラックは擬Anosov写像類の解析にもよく用いられているが、この翻訳を通して擬Anosov写像類が符号安定になることを、不変トラックと呼ばれる特別なトレイントラックの基本変形(スプリットと呼ばれる)の列を用いて示した。([2]の主結果は一般の擬Anosov写像類ではなく、ジェネリックなものについての符号安定性による特徴付けだった。)今後はこれを足がかりに、高階ラミネーションに対応する「高階トレイントラック」を導入してみたい。また、トレイントラックから定まる扇と、クラスター散乱図から定まる扇の関係についても詳しく調べたい。

アイデア自体は4~5年前からあったのに、うまく纏められず非常に時間が掛かってしまった。


[6] Earthquake theorem for cluster algebras of finite type, (with T. Asaka and T. Ishibashi), arXiv:2206.15226

双曲構造を測度付きラミネーションに沿って変形する「地震変形」と呼ばれる操作が知られている。これは曲面をラミネーションに沿って切って、測度の分だけずらして張り合わせることで定義され、曲面上で地震が起きて地割れが生じたことをイメージしているのだと思う。したがって特にラミネーションが多重曲線のときはDehn捻りに一致する。地震変形はThurstonがプリンストンの講義で導入したらしいが、ネットにある有名なThurstonの講義録のちょうど抜けているところがそれのようで、何に使ったのかよくわからない。有名な応用はKerckhoffがNielsen実現問題に用いたことだと思う。地震定理とは、任意のTeichmuller空間の2点に対し、ただ1つの測度付きラミネーションが存在し、それに沿った地震変形によって2点は移り合うことで、言い換えると測度付きラミネーションの空間とTeichuller空間の間に同相が与えられることを意味する。このプロジェクトの目標はクラスター多様体に対して地震定理を証明することだが、今回はその最初のステップとして有限型の場合に行った。最後におまけで、その像の漸近挙動を調べてみたが、これが実はMeusburger--Scarinciの宇宙定数=0の場合の一般化剪断座標(generalized shear coordinate)の漸近挙動に他ならず、思いがけない観察ができた。宇宙定数=1または-1の場合は対応する幾何が違ってくるが、対応した主張が期待されるため、目標となる主張が沢山見えてきた。

(浅香君の修論で、理想孤に沿った地震変形が、その重みの指数倍で与えられていたため、これは殆どクラスター代数でできると思って取り組み始めたのがきっかけ。)


[5] Unbounded sl_3-laminations and their shear coordinates, (with T. Ishibashi), arXiv:2204.08947

高階Teichmüller空間というものがあり、それのある拡張(decoratedとenhanced)に対してクラスター構造が定まるというFock--Goncharovによる研究がある。通常のTeichmüller空間はsl_2が対応する。測度付きラミネーションの空間はTeichmüller空間のトロピカル化となり、例えばこれの射影化はTeichmüller空間の境界となる(Thurstonコンパクト化)。decorated/enhanced Teichmüller空間のトロピカル化は有界/非有界(測度付き)ラミネーションの空間と呼ばれていて、尖点でラミネーションの自由度を増やすことで与えられる。Douglas--Sunにより、sl_3の有界ラミネーションの空間がウェブと呼ばれるグラフで記述できることが示された。今回は、Douglas--Sunの使ったウェブに尖点周りで適切に情報を付加することでsl_3の非有界ラミネーションの空間を記述し、sl_2の時のせん断座標に倣ってせん断座標を定義した。(これまでのラミネーション(ウェブ)の理論と大きく違うのは、各葉の端点が符号を持つことだと思う。)さらに、Goncharov--Shenによるピン付きモジュライ空間のトロピカル化を定義し、溶接と呼ばれるクイバー(曲面)の貼り合わせ操作のトロピカル化も与えた。(ピンを用いた溶接が、実はせん断座標の定義とほぼ同値なところが面白いと思う。)今後は、この空間の射影化に(擬Anosov)写像類を当てて力学系を調べたいと思っている。


[4] Categorical dynamical systems arising from sign-stable mutation loops, arXiv:2105.08332

符号安定変異ループをGinzburg dgaの導来圏の自己同値関手に持ち上げて、その圏論的エントロピーを計算した。元々は修論でやっていた内容で、これまでの研究からやっと論文にしても良いような内容になったので書いた。長いこと放置させている間に、良い感じの関手の擬Anosov性が定義された[FFHKL19]のでそれについても符号安定性の観点から十分条件を与えた。元々の[DHKK14]で定義された擬Anosov性については、結局うまくいかなかった。曲面の位相的深谷圏の場合は擬Anosov写像類の誘導する同値関手は自明に[DHKK14]の意味で擬Anosovらしい([FFHKL19]の4節)。

(修士の頃に取り組み始めた内容。結局色々あって書ききるのに5年くらいかかってしまった。M1の夏に池田さんの[BS15]の解説を聴いて、その懇親会で菊田君に圏論的エントロピーを教えてもらい、擬Anosov写像類について計算してみようと思ったのがきっかけ。調べていくうちに擬Anosov写像類の符号が安定することが観察され、石橋さんの助力で[1]で符号安定性として定式化されて登場人物が揃い、やっと書くことができた。)


[3] Sign stability of mapping classes on marked surfaces II: general case via reductions, (with T. Ishibashi), arXiv:2011.14320

multicurveに沿った写像類のreductionをクラスター代数の言葉で記述してみた論文。境界付き曲面の写像類は境界成分に並行な閉曲線たちをreduction systemとする可約写像類と思えるので、reductionを行うことで境界成分をpunctureに潰した曲面の写像類を得ることができる。境界付き曲面の写像類が擬Anosovであることを、このreductionした写像類が擬Anosovであることとして、その符号安定性を調べた。結果としては一般には符号安定で無いことがわかったが、弱い意味で符号安定になっていることがわかり、上述のreductionを通して、これらが同値であることを示した。一般の変異ループが弱符号安定なとき、それを符号安定なものにreductionすることができるかという新しい問題が生じたので、いつか取り組みたい。


[2] Sign stability of mapping classes on marked surfaces I: empty boundary case, (with T. Ishibashi), arXiv:2010.05214

境界無し点付き曲面の写像類がgeneric擬Anosovであることと、一様符号安定であることが同値ということを示した。そもそも符号安定性は擬Anosov性の一般化と思って定義していたのだが、この結果はある意味それを裏付けるようなものになっていると思う。[1]と合わせて、generic擬Anosov写像類の位相的エントロピーと、装飾付き捻れSL_2局所系のモジュライ空間及び枠付きPGL_2局所系のモジュライ空間へ誘導される双有理写像の代数的エントロピーの一致が得られる。

(はじめこの論文を書いたときはlaminationやfoliation、曲面に付随するクラスター代数の理論など、様々な先人たちの結果を自分たちの論文に最も適合的な形に書き直し、それに大量のページ数を割いていたのだが、それは読者への大きな負担となり、結果査読は永遠に帰ってこず、他に誰にも読まれないという残念な論文になってしまっていた。2024年のreviseではよく用いられる記号や言葉遣いを用いて、読みやすく書き直せたと思う。)


[1] Algebraic entropy of sign-stable mutation loops, (with T. Ishibashi), arXiv:1911.07587

クイバーの変異ループに対して符号安定性(sign stability)という概念を導入し、符号安定な変異ループが誘導するクラスターX及びA変換の代数的エントロピーを計算した。符号安定性とはトロピカルクラスターX変換について定まる符号列が漸近的に一定になる現象を指し、これは区分線形写像であるトロピカルクラスターX変換が、漸近的に線形になることを意味する。一方エントロピーと呼ばれる複雑さを測る量は、その系の漸近的な振る舞いによって決まる。こう考えるとこの論文の結果は直感的には当たり前なのだが、不等式評価をやってみると想像以上に大変で、実際に計算しているときは貧乏ゆすりが止まらなかった。