重力マイクロレンズ法(gravitational microlensing)は、恒星の手前を別の天体が偶然通過したとき、その重力で背景星の光が曲げられ、星が一時的に明るくなる現象を利用する観測手法です。このときレンズ天体に惑星があると、増光の形(光度曲線)に短時間の“ゆがみ”(planetary anomaly)が現れます。私の研究は、この微小な信号を統計的・物理的に解読して、恒星から遠い軌道にある「冷たい系外惑星」や褐色矮星・自由浮遊惑星まで含めた母集団を明らかにすることを目的としています。
系外惑星の主要な探査手法であるトランジット法やドップラー法は、その性質上どうしても恒星近くの惑星に感度が偏ります。一方、惑星形成理論の要となるのは、雪線付近での惑星コア形成・ガス獲得・惑星移動(migration)であり、惑星系の多様性はむしろ「外側」で顕在化すると考えられます。マイクロレンズ法は、主星から離れた外側(AUスケール)の惑星に相補的な感度を持ち、地上望遠鏡サーベイに加えて将来の宇宙望遠鏡観測(Roman宇宙望遠鏡)により、冷たい惑星人口の統計が飛躍的に精密化すると期待されています。
重力マイクロレンズは、観測者-レンズ天体-光源星が偶然ほぼ一直線に並んだときにだけ起きる「稀な増光現象」です。典型的には、1つの恒星がマイクロレンズイベントを起こしている確率は百万分の一程度と非常に小さく、さらに惑星のシグナルまで捉えるには十分な時間分解能が必要になります。したがってマイクロレンズ探査は、少数天体の精密観測ではなく、多数の恒星を広視野・高頻度で連続監視するサーベイ観測が本質になります。この稀な現象を実際に見つけるために必要なのは、次の観測戦略です。
銀河バルジ方向の多数星(数千万〜数億規模)を広視野で監視して、イベント母数を確保する
高頻度(例:数十分に一回以上)測光で短時間の惑星シグナルを取りこぼさない
天候や昼夜の穴を減らすため、複数望遠鏡・複数サイトの連携を組む
差分測光+リアルタイム解析・アラートにより、異常を検出したら即座に追観測へつなげる
将来は Roman 宇宙望遠鏡などの安定した広視野・連続・高精度観測により、地上では難しい小質量惑星や自由浮遊惑星まで、統計が大きく前進すると期待されています。
マイクロレンズ解析の難しさは、単に信号が小さいことだけではありません。現実の観測データでは、以下の課題があります。
モデルの縮退(degeneracy):異なるパラメータを持つモデルが似た光度曲線を生成する
有限ソース効果:光源星が大きさを持つことで光度曲線の形状が変化し、高精度な数値積分がモデル計算に要求される
相対運動・視差・軌道運動:長時間イベントで、地球の公転加速度・惑星の軌道運動などの高次効果が多く加わり、推定パラメータが増大する
系統誤差:星密度が非常に高い領域における測光・恒星活動・多サイト観測のばらつきなど
が同時に絡みます。私は、これらを物理モデルと統計・高効率計算アプローチの両面から扱い、個別イベントの精密推定と、その先の惑星存在頻度(occurrence rate)推定へつなげることを重視しています。
重力マイクロレンズ(連星/惑星レンズ)の概念図
背景の恒星(光源星)の前を、惑星を伴う前景天体(レンズ)が通過すると、光が重力で曲げられ、光源星が一時的に増光して観測される。惑星がある場合、増光曲線に短時間の偏差(anomaly)が生じる。
連星(惑星)レンズにおける光度曲線
主レンズによる滑らかな増光に対して、惑星(または伴星)により局所的な偏差が生じる。偏差の形から質量比や投影分離などが制約される。
実観測データの例(Miyazaki et al. 2022)
観測されたライトカーブの拡大図に、巨大ガス惑星によるアノーマリー信号を示す。実データでは縮退や系統誤差、有限ソース効果などが絡むため、物理モデルと統計解析を組み合わせた推定が不可欠となる。
参考論文
Miyazaki et al. (2022),「OGLE-2014-BLG-0319: A Sub-Jupiter-mass Planetary Event Encountered Degeneracy with Different Mass Ratios and Lens-source Relative Proper Motions」, The Astronomical Journal (Volume 163, Issue 3, id.123, 11 pp. 2022)
https://ui.adsabs.harvard.edu/abs/2022AJ....163..123M/abstract
DOI: 10.3847/1538-3881/ac4960
Miyazaki et al. (2020),「OGLE-2013-BLG-0911Lb: A Secondary on the Brown dwarf Planet Boundary around an M Dwarf」, The Astronomical Journal (Volume 159, Issue 2, id. 76, 2020)
https://ui.adsabs.harvard.edu/abs/2020AJ....159...76M/abstract
DOI: 10.3847/1538-3881/ab64de
Miyazaki et al. (2018),「MOA-2015-BLG-337: A Planetary System with a Low-mass Brown Dwarf/Planetary Boundary Host, or a Brown Dwarf Binary」, The Astronomical Journal (Volume 156, Issue 3, id. 136, 2018)
https://ui.adsabs.harvard.edu/abs/2018AJ....156..136M/abstract
DOI: 10.3847/1538-3881/aad5ee