有機化学をナノ科学や材料科学に展開するためには、分子配列(分子配向)制御が必須条件です。また、ナノ科学は次世代の科学技術の中核をなすものと期待され、中でも「ナノ空間」の構築と利用は重要課題の1つです。ナノ空間の構築として、近年分子間相互作用に基づく分子集合体(超分子)戦略が注目されています。分子自己集合の最大のメリットは、適切な分子設計を施せば熱力学的に最安定な巨大集合構造を一挙に構築できる点にあります。私たちは、ナノ空間と分子集合性の特徴を併せ持つ系として、“分子集合カプセル”について研究を行っています。

☆成果

大環状お椀型ホスト分子であるキャビタンドをビルディングブロックとして、以下の分子集合カプセル群の創製に成功しました。


1. 水素結合性多成分分子集合カプセル

Cram先生らが創始したキャビタンド2分子とリンカー4分子から成るキャビタンド共有結合カプセルの分子自己集合版を、世界で初めて水素結合によって実現しました。2分子のテトラカルボキシルキャビタンドと4分子の2-アミノピリミジンとの分子集合カプセルです。

2. ゲスト誘起型ヘテロダイマーカプセル

テトラカルボキシルキャビタンドとテトラ(m-ピリジル)キャビタンドの1:1混合物は、CDCl3中で多種多様な水素結合性会合体混合物を生成してしまいますが、適切なゲスト分子を加えると熱力学平衡が分子集合ヘテロカプセルに収束することを見出しました。Guest-Induced Self-Assembled Capsule Formationの幕開けです。また、分子集合ヘテロカプセルにおける非対称ゲストの包接配向選択性の概念が生まれました。また、カプセル-ゲスト間のサイズ適合に加え、CH-π相互作用とCH-ハロゲン相互作用とハロゲン-π相互作用の重要性を認識しました。

3. 水素結合ヘテロダイマーカプセル

テトラ(p-ピリジル)キャビタンドとテトラキス(p-フェノール)キャビタンドから成る水素結合ヘテロダイマーカプセルで、これはゲスト不在でもカプセル形成し、分子認識に基づく非常に高いゲスト包接選択性を発現し、また、非対称ゲストによる包接配向異性体の確立に成功しました。また、超分子ジャイロスコープとして機能します。

4. 配位結合ヘテロダイマーカプセル

上記1と上記2のカプセルを融合した配位結合版カプセルで、テトラ(p-ピリジル)キャビタンドまたはテトラキス(p-ピリジルエチニル)キャビタンドとテトラキス(p-シアノフェニル)キャビタンドとPd(dppp)(OTf)2との1:1:4から構成される世界初の配位結合ヘテロダイマーキャビタンドカプセルです。キャビタンド配位子の配位能力と、キャビタンド配位子とリンカーのPd(dppp)との立体的要因との組み合わせによってヘテロカプセルを形成することを証明しました。

5. 動的共有結合性ホウ酸エステル結合カプセル

熱力学平衡下で生成する共有結合が動的共有結合です。即ち、共有結合の強さと水素結合のような熱力学的制御性を兼ね備えています。動的共有結合に基づくキャビタンドカプセルの最初の例は、Cram, Stoddart, Warmuth先生らが報告した動的イミン結合キャビタンドカプセルです。このカプセル形成には酸触媒がどうしても必要です。私たちは後発ながら、テトラホウ酸キャビタンドと1,2-ビス(カテコール)エタンを混ぜて加熱するだけで、動的ホウ酸エステル結合に基づく定量的なキャビタンドカプセルの構築に世界で初めて成功しました。動的ホウ酸エステル結合は、動的イミン結合と異なり、酸触媒等の化学的外部因子を一切必要としないクリーンな条件で達成できます。必要なのは熱だけです。このカプセルの特徴は、1)分子認識に基づく非常に高いゲスト包接選択性を発現すること、2)共有結合カプセルでありながら、MeOHの添加vs除去によってカプセルの開閉(分解vs再生)およびゲスト放出vs包接を制御できることです。また、このカプセルは、超分子ジャイロスコープに加え、光二量化や光酸化を受けやすいアントラセン誘導体のナノ保護容器として機能することがわかりました。

☆現在と今後の展開

私たちオリジナルの分子集合カプセルを基盤に、超分子ジャイロスコープの分子スイッチへの展開(双極子モーメントの大きな包接ゲストの一方向回転制御)、ならびに、ナノ保護容器および不朽発光材料としての展開を目指して研究しています。また、環境にやさしくかつ分子量分布を制御できる超分子カプセルポリマーや、薬物送達を最終目標とする光応答性超分子カプセルや薬物徐放システムの構築に挑戦しています。