研究のきっかけ&エピソード

研究のきっかけ

長岡技科大で助手になり立ての頃、青山安宏先生の元で、キャビタンドの前駆体であるカリックス[4]レゾルシンアレーン(レゾルシン環状四量体)をホスト分子に用いた生体関連物質を含む極性ゲスト分子の包接と分子認識を研究し、ホスト-ゲスト間の水素結合に加えてCH-π相互作用の重要性を見出しました(JACS 1992)。ちょうどその頃、Cram先生がキャビタンドを基本骨格として、共有結合カプセル(カルセランド)を次々とJACSに発表していました。このような背景のもと、おぼろげながら、カリックス[4]レゾルシンアレーンまたはキャビタンドを基本骨格とする水素結合に基づく分子集合カプセル(超分子カプセル)を構築したいと思い始めました。その矢先、Rebek先生が1993年にビス-グリコウリルの水素結合二量体カプセルをACIEに発表しました。Rebek先生の水素結合二量体カプセル(通称テニスボール)の美しさと潜在的機能性に魅せられ、分子集合キャビタンドカプセルの構築を研究することを決めました。

エピソード1

最初の分子設計は1994年です。それから紆余曲折があり、最初の論文がChem. Commun.に掲載されたのは2000年初頭で、構想から実に6年かかりました。2分子のテトラカルボキシルキャビタンドと4分子の2-アミノピリミジンから成る水素結合性分子集合カプセルの誕生です。当時千葉大におられた山口先生にニトロベンゼンを2分子包接したカプセルの単結晶X線構造解析をしていただき、この研究をしていた白坂君とその結果を見たときの感動は忘れられません。実は、この論文は最初ACIEに投稿して、1:2で不採択になってしまいました。不採択理由は、「ゲスト包接カプセルの単結晶X線構造はあるが、溶液中でのゲスト包接が実験的に確認されておらず、溶液中でのゲスト包接が実験的に証明されないと、2000年からのACIE & JACSではカプセルとは言えない」。仕方なくChem. Commun.に投稿し、採択されました。溶液中でのゲスト包接を実験的に証明した論文がでるのは、さらにその6年後のことです。静岡大に赴任してから研究室1期生の石井君に探索してもらいました。ゲスト包接のノウハウはエピソード2でつかみ、それをこのカプセルに適用してやっと成功しました。

エピソード2

2003年のJACSの論文も、最初、講師時代の2000年にACIEに投稿して1:2で不採択になったものです(研究は白坂君)。最初の投稿時の審査結果は、minor revision = 1, major revision = 1, publication elsewhere = 1で、major revisionの審査員は「カプセル形成の興味深い溶媒効果とp-キシレン包接カプセルの単結晶X線構造はあるが、溶液中でのゲスト包接が実験的に確認されていない。溶液中でのゲスト包接が明確に証明されれば採択許可」とのこと。エディターから改訂原稿の提出を求められ、正直に「現時点では溶液中でゲスト包接を確認できていない」と回答したところ、あえなく不採択になってしまいました。それから、ゲスト探索の日々が続き、助教授として静岡大に赴任してからも研究室1期生の石井君に探索してもらい、確認までに3年近くかかりました。その過程で、カプセル-ゲスト間のサイズ適合に加え、CH-π相互作用とCH-ハロゲン相互作用とハロゲン-π相互作用の重要性を認識しました。JACSのASAP掲載翌日に、Rebek先生から“I just read your paper "guest-induced..." Congratulations on a beautiful piece of work.”というEメールをいただき、それまでの苦労が報われました。


エピソード3

エピソード2の研究も、白坂君が始めてくれました。二人でCPKモデルを使いながら議論を重ね、既に持っていたテトラカルボキシルキャビタンドと新規なテトラ(m-ピリジル)キャビタンドとの系が浮かび上がりました(m-ピリジル基の配向問題がありましたが・・・)。腕のいい白坂君は、1ヶ月足らずでテトラ(m-ピリジル)キャビタンドを合成しました。テトラカルボキシルキャビタンドはCDCl3中で難溶ですが、テトラ(m-ピリジル)キャビタンドを1当量加えるとサッと溶解しました。二人で成功と喜び、早速白坂君は意気揚々と1H NMRを測定しに行きました。しかし、意気消沈して1H NMRチャートを持って帰ってきました。シグナルの本数が予想よりはるかに多く、グチャグチャ。均一溶液でしたが、明らかに多種多様な会合体混合物を形成していました。m-ピリジル基が、内向き配向ならカプセル形成可能ですが、外向きならカプセル形成せず多種多様なオリゴマーになってしまうことは明らかでした。せっかく作ったm-ピリジルキャビタンドを使い道無くお蔵入りさせるのは惜しいので、テーマ撤退前の最後の実験として、落ち込んでいた白坂君に水素結合がより効くC6D6中でNMR測定してもらったところ、NMRチャートが若干スッキリしていることに気付きました!これは溶媒のC6D6がゲストテンプレートになってカプセル形成する兆しではないかと瞬時に思い立ち、早速重トルエンで測定してもらったところNMRチャートがかなりスッキリし、予想が確信に変わりました!そして、非常に高価な重パラキシレンを購入して測定したところ、重パラキシレン中ですらテトラカルボキシルキャビタンドとテトラ(m-ピリジル)キャビタンドとの1:1混合物は溶解し、NMRチャートは完全にカプセルに収束することを示していました!!Guest-Induced Self-Assembled Capsule Formationの幕開けです。この発見によってこのカプセルに適合するゲストサイズはパラキシレン相当か+アルファであることがわかりましたが、多種多様な会合体混合物を形成してしまうCDCl3中でもカプセル形成を誘起する包接ゲスト分子を見つけて論文にするまでには、それから3年近くの歳月を必要としました(エピソード2参照)。

エピソード4

動的ホウ酸エステル結合カプセルを構成するテトラホウ酸キャビタンドは、1999年に白坂君が合成したテトラ(m-ピリジル)キャビタンドの前駆体で、当時不安定と思われていたので、単離精製せずに使用していました。小林研初のドクターコース学生の西村君(3期生)も、実験の腕が良く、再結晶によって見事にテトラホウ酸キャビタンドを単離精製しました。問題はリンカーでした。当初、Cram先生の事前構成化の概念に従って、固い構造のテトラヒドロキシフェナンスレンを西村君と分子設計しました。合成に2ヶ月ほどかかり、それから半年以上カプセル形成の実験を行いましたが、反応溶液のNMRチャートは汚く、カプセルのNMR収率は20%ほどで、同定不能な副生成物や不溶物が生成してしまい、どうしても改善できませんでした。西村君はずいぶん苦労し悩み、私も万策尽きかけていました。西村君は修士時代に満足な結果のない状態でドクターコースに進学したので、D1のうちに博士論文の核になる研究を見つけなければならず、西村君も私も焦り始めました。私は、ある時トイレで用をたしているときに、昔筋肉隆々?の自分の体の一部が柔らかくなってきたなと思い、その時ふと、固いテトラヒドロキシフェナンスレンではなく、ダメ元で柔らかい配座の1,2-ビス(カテコール)エタンをリンカーに用いてはどうか?と思いつきました。その前駆体の1,2-ビス(3,4-ジメトキシフェニル)エタンは、テトラヒドロキシフェナンスレンの前々駆体だったので、すぐに西村君に脱メチル化して試してもらいました。各々溶解性の低いテトラホウ酸キャビタンドと1,2-ビス(カテコール)エタンを2:4の比率でNMRチューブに入れてCDCl3中で50°Cで数時間加熱すると均一溶液に変化し、NMRチャートは定量的にホウ酸エステル結合カプセルの形成を示していました!!西村君と喜びを分かち合うとともに、Cram先生の事前構成化の概念に加えて、時として柔軟な構造も大切であることを学びました。その後の西村君の研究は順調に運び、ACIE, JACS, JOCに論文が通って、博士号を取得できました。

エピソード5

配位結合ヘテロダイマーカプセル、水素結合ヘテロダイマーカプセルともに、静大研究室2期生の山田能史君が達成してくれました。共通のホスト分子は、テトラ(p-ピリジル)キャビタンドです。当初はテトラ(p-ピリジル)キャビタンドとPd(dppp)の2:4混合によって配位結合ホモカプセルを構築しようとしたのですが、ピリジル基のキャビタンド上での回転問題とピリジル基のPd(dppp)上での立体問題の影響で上手く行きませんでした。そこで、立体問題を緩和すべく、テトラ(p-ピリジル)キャビタンドとテトラキス(p-シアノフェニル)キャビタンドとPd(dppp)を1:1:4で混合する案を思いつき、配位結合ヘテロカプセルの誕生につながりました。また、剣道4段の山田君は合成の腕も確かで、私が助手時代に合成できなかった念願のテトラキス(p-ピリジルエチニル)キャビタンドを見事に合成してくれました。山田君は、学部と修士の3年間で、JACS 2報とJOC 1報と博士並みの研究成果を挙げてくれました。

(注) なお、「研究のきっかけ」と「エピソード」に出てくる登場人物は、ほとんど論文発表した内容に関与した卒業生です。これから論文にするデータはホームページで公表できないため、苦労して結果を出してくれた卒業生や現役生の名前は登場しません。ご容赦ください。