近年の計算機性能と計算技術の進歩を背景に,電気電子工学の分野においても数値電磁界解析は欠かせない技術となっています。しかしながら,より大規模かつ高精度な解析を行うためにはさらなる高速化が必要とされています。そこで私は電磁界の支配方程式の数理的性質に基づいた数値電磁界解析技術の理論的な研究やその高速化手法,ならびに,それらを活用した最適設計手法の開発に取り組んでいます。
積分方程式を用いたリッツ線の高速な渦電流解析
進化計算を用いた電磁機器のトポロジー・パラメータの同時最適化
Cauer回路導出アルゴリズムの数理的性質の研究
マクスウェル方程式より生じる大規模線形連立方程式系に対する効率的な前処理の設計
リッツ線内部の渦電流を高速・高精度に解析する新しい計算手法
モーターや電源装置、ワイヤレス給電機器などでは、高い周波数の電流が使われます。こうした機器の中では「リッツ線」と呼ばれる特殊な電線がよく用いられています。リッツ線とは、たくさんの細い導線を束ねてより合わせた構造をもつ電線で、高周波で発生する電力損失を減らすために開発されたものです。
しかし、リッツ線の中では、電流がつくる磁場によって「渦電流」と呼ばれる不要な電流が発生し、これが熱となってエネルギーを失わせます(近接効果)。この現象は導線同士が複雑に影響し合うため、正確に計算することが非常に難しく、従来はスーパーコンピュータを用いた大規模な数値計算(有限要素法)が必要でした。
本研究では、この問題を効率よく解くための新しい計算手法を提案しました。ポイントは、リッツ線を「細い立体構造」ではなく「空間を走る一本の線」としてモデル化することにあります。交流電流によって導線の中に生じる渦電流は、磁石のような性質(磁化)として表現できることが知られています。この性質を利用し、導線の断面を細かく分割する代わりに、導線に沿って磁化がどのように分布するかを1次元の積分方程式で計算します。これにより、計算の自由度が大幅に減り、従来法に比べてはるかに高速な解析が可能になります。
この方法の正確さは、100本の導線からなるコイルや、磁気コア付きコイルを対象に検証されました。従来の有限要素法と比較したところ、電力損失(発熱量)の計算結果は誤差3〜5%以内でよく一致し、新手法の信頼性が確認されました。
さらに、本研究ではリッツ線の構造が損失に与える影響も調べています。導線を単に平行に並べた場合、束ねてねじった場合、さらにロープ状にねじった場合を比較した結果、ねじり構造をもつリッツ線のほうが電力損失が小さいことが示されました。これは、導線をねじることで磁場の偏りが平均化され、渦電流が抑えられるためです。
この研究により、リッツ線のような複雑な電線構造でも、短時間で正確に電力損失を評価できる道が開かれました。これは、高効率なモーターや電源装置、電気自動車や再生可能エネルギー機器の設計をより高度化・高速化することにつながる重要な成果です。
永久磁石モータの性能を最大化する「形」と「構造」を同時に設計する新しい最適化技術
電気自動車や産業用ロボットに使われる永久磁石モータ(PMモータ)は、「どれだけ強いトルクを出せるか」「どれだけムラなく回転できるか」が性能を左右します。これらの性能は、モータ内部にある磁石の形状や、鉄心の中に設けられた「磁束バリア」と呼ばれる空洞構造によって大きく決まります。しかし、これらを人手で最適に設計することは非常に難しく、コンピュータによる自動設計(最適化)が重要になっています。
従来の設計手法には大きく2つの考え方がありました。ひとつは磁石の幅や角度、位置などを数値パラメータとして調整する「パラメータ最適化(PO)」で、製造しやすい形を保ちながら調整できる利点があります。もうひとつは材料のある・なしを自由に変えられる「トポロジー最適化(TO)」で、磁束バリアのような複雑な空洞構造を自動的に生み出せる強力な方法です。しかし、どちらか一方だけでは、磁石と磁束バリアを同時に最適化することができませんでした。
本研究では、この2つの手法を融合した新しいハイブリッド最適化法を提案しました。磁石の形はPOで表現し、磁束バリアの配置はTOで自由に変化させます。TOには「正規化ガウスネットワーク(NGnet)」という数学モデルを使い、材料(鉄か空気か)の分布を連続的な関数として表現します。これにより、磁束バリアの形も多数の数値パラメータとして扱えるようになり、POとTOを同時に遺伝的アルゴリズム(GA)で最適化できるようになります。
さらに本研究では、最適化のたびにモータの形に合わせて自動的にメッシュ(計算用の分割)を作り直す技術を導入しました。これにより、ギザギザした不自然な形を避けつつ、高精度な電磁界解析を効率よく行うことができます。
この方法を、IPM(内部磁石型)モータの回転子設計に適用しました。磁石の曲率と磁束バリアの形を同時に最適化した結果、従来のトポロジー最適化だけの場合よりも、平均トルクが大きく、トルクリップル(回転のムラ)が小さい設計が得られました。特に新しい方法で得られた回転子では、「リラクタンストルク」と呼ばれる磁気的な引き寄せ効果がうまく活用され、総合的なトルクが増加していることが分かりました。
さらに、U字型磁石やV字型磁石といった実用的な構造に対しても最適化を行い、高いトルクと製造可能性の両立が可能であることが示されました。
この研究は、モータ内部の「磁石の形」と「鉄心の構造」を同時に最適化できる世界でも新しい設計技術を確立したものです。電気自動車や省エネルギー機器に使われる次世代モータの高性能化に大きく貢献することが期待されます。
電磁界シミュレーションを「高速な等価回路」に変換する Cauer 回路ベースのモデル縮約技術
電動機、変圧器、インダクタなどの電気機器の内部では、電流がつくる磁場によって「渦電流」が発生し、エネルギー損失(発熱)を引き起こします。この現象を正確に評価するには、有限要素法(FEM)を用いた電磁界解析が必要ですが、現実の設計では数十万〜数百万自由度の計算を何度も繰り返す必要があり、計算時間は数十時間に達することもあります。
この問題を解決するため、本研究グループは Cauer回路(Cauer ladder network, CLN) に基づくモデル縮約技術を発展させてきました。CLNとは、電磁界で起きている現象を、抵抗とインダクタが直列に並んだ「はしご型の等価回路」として表現する方法です。この回路は、元の電磁界モデルと同じインピーダンス特性をもち、しかもはるかに少ない自由度で解析できます。
2020年の論文では、FEMで得られる電磁界方程式が、数学的には「対称正定値行列をもつ線形システム」であることに注目し、これを Krylov部分空間法(Lanczos法) と結び付けました。これにより、電磁界の支配方程式から直接、Cauer回路の抵抗値とインダクタンスを計算できる新しいアルゴリズムを構築しました。この方法は、回路のインピーダンスが「連分数」として表されるという理論的背景をもち、安定で物理的に意味のある等価回路が自動的に得られます。
Cauer回路は、段数(はしごの段の数)を増やすほど正確になりますが、どこで打ち切れば十分かは従来わかりませんでした。2022年の論文では、この問題に対して 誤差を保証付きで評価する方法 を開発しました。
電磁界のエネルギー(磁場エネルギーや電場エネルギー)に基づく数学的性質を利用すると、「現在のCauer回路が、厳密解からどれだけ離れているか」を 上限付きで評価できる量 が、回路の最後のインダクタや抵抗から直接計算できることが示されました。この誤差推定器は、銅箔の解析解モデルやFEMモデルに適用され、実際の誤差を確実に上から抑えることが数値的に検証されています。これにより、「必要な精度を満たす最小の回路段数」を自動的に決めることが可能になりました。
外部回路とつながった渦電流解析を劇的に高速化する「電磁分離型」数値計算法
電動機や電源機器の設計では、コイルや導体の中に生じる「渦電流」による損失(発熱)を正確に予測することが不可欠です。とくにインバータやPWM電源のような高周波電源とつながった機器では、コイルや導体の中に複雑な電流が流れ、効率や信頼性に大きな影響を与えます。このような問題を解析するためには、有限要素法(FEM)を用いた電磁界シミュレーションと外部回路の連成解析が必要になります。
しかし、FEMと外部回路を結合した渦電流問題では、計算に使われる連立一次方程式が非常に解きにくくなり、従来広く使われてきた不完全コレスキー分解(IC)付き反復解法では、収束までに何千〜何万回もの反復が必要になることがありました。その原因は、電流の連続性を表す方程式に由来する「電位(スカラー電位)」の部分が、数学的に極端に条件の悪い行列を生み出してしまうことにあります。特に長い導体や細かいメッシュ、高周波条件ではこの問題が顕著になります。
本研究では、この問題の本質が「磁場を表す成分」と「電流の連続性を表す成分」が同じ行列の中に混ざっていることにあると見抜き、それらを物理的な意味に基づいて分離して扱う新しい前処理法を提案しました。これが電磁分離型前処理(Electro-Magnetic Decoupling, EMD)です。
FEMのA–φ(磁気ベクトルポテンシャルと電気スカラーポテンシャル)定式化では、未知量は大きく2種類に分かれます。ひとつは磁場を表すベクトルポテンシャル、もうひとつは電流の流れを支配するスカラーポテンシャルと回路の電圧・電流です。EMD法では、これらを数学的にブロック構造として切り分け、
磁場の部分には計算の軽いIC前処理
電流の連続性を支配する部分には、AMG(多重格子法)や領域分割法、あるいは直接法のような「強い」前処理
を適用します。スカラーポテンシャルの自由度は磁場よりはるかに少ないため、ここに計算コストの高い前処理を使っても、全体の計算時間は大きく増えません。これにより、収束を悪化させていた原因だけを狙い撃ちして取り除くことができます。
さらに、この方法は物理的な構造に基づく並列化とも非常に相性が良いという特徴を持っています。コイルが複数の独立した導体からできている場合、それぞれの導体の電流連続性方程式は互いに独立しています。EMDでは、この構造を利用して、導体ごとにスカラーポテンシャルの前処理を並列に適用できます。これにより、通常の数値的な並列化に加えて「物理構造に基づく並列化」が可能になり、大規模問題でのスケーラビリティが大きく向上します。
実験では、21ターンのコイル、細かいスキン効果メッシュをもつ高周波モデル、18本の独立導体をもつモデルなど、実用的で厳しい条件の問題がテストされました。その結果、従来のIC前処理では1万回以上必要だった反復回数が、EMDでは数百回にまで減少し、計算時間も最大で約28倍高速化されました。
この研究は、外部回路と結合した渦電流解析という産業上きわめて重要でありながら計算が困難な問題に対して、「どこが数値的に悪さをしているのか」を物理と数学の両面から突き止め、それを直接解決する実用的なアルゴリズムを与えたものです。電気自動車のモータ、電源用コイル、変圧器、ワイヤレス給電機器など、複雑な回路と電磁界が絡み合う機器の設計を、より高速かつ高精度に行える基盤技術として、大きな意義を持っています。