近年の計算機性能と計算技術の進歩を背景に,電気電子工学の分野においても数値電磁界解析は欠かせない技術となっています。しかしながら,より大規模かつ高精度な解析を行うためにはさらなる高速化が必要とされています。そこで私は電磁界の支配方程式の数理的性質に基づいた数値電磁界解析技術の理論的な研究やその高速化手法,ならびに,それらを活用した最適設計手法の開発に取り組んでいます。
積分方程式を用いたリッツ線の高速な渦電流解析
進化計算を用いた電磁機器のトポロジー・パラメータの同時最適化
Cauer回路導出アルゴリズムの数理的性質の研究
マクスウェル方程式より生じる大規模線形連立方程式系に対する効率的な前処理の設計
リッツ線は、多数の細い導線(素線)を撚り合わせ、高周波での電力損失を抑える電線です。私たちは、各素線を空間内の一次元の線として表し、素線内の近接効果による渦電流を磁化として扱う積分方程式法を研究しています。素線の断面を細かく分割せずに、三次元の撚り構造を解析できる点が特徴です。
指導学生の研究成果が IEEE Transactions on Magnetics に採択され、Early Accessとして公開されました。
素線の配置や磁界の違いによって、端部で接続された素線間に循環電流が流れ、追加の損失が生じます。今回の研究では、素線間の電磁的な結合を表すインピーダンス行列と端子回路方程式を用い、循環電流と近接効果を一体的に扱う手法を構築しました。端子電圧による励振に加え、一様な外部磁界による誘導電流も解析できます。
4導体モデルで有限要素法との比較を行い、49素線のリッツ線に適用しました。端子電圧による励振では一段の撚りで素線間の電流の偏りが主に緩和される一方、横方向の外部磁界では、束の位置を入れ替える二段の撚りが束間の循環電流の抑制に有効でした。損失を抑えるために必要な撚り構造は、励振の仕方によって異なります。
100 kHz・一様外部磁束密度1 mT(ピーク値)・印加電圧ゼロ・正味端子電流ゼロの解析では、損失は撚りなしで2.186 mW、一段撚りで1.891 mW、二段撚りで0.085 mWとなりました。以下に100 kHzでの電流分布と、周波数を変えたときの損失を示します。
関連論文
Naoki Hada, Shingo Hiruma, Shoma Ida, Nobutaka Onishi, and Masanao Yamashita, “Eddy Current Analysis of Litz Wire Considering Circulating Currents Using Integral Equations,” IEEE Transactions on Magnetics, Early Access, 2026.
IEEE Xploreで論文を読む | DOI: 10.1109/TMAG.2026.3735702
撚り構造による電流分布の違い
49素線の電流密度の大きさ。100 kHz、外部磁束密度1 mT(ピーク値)、印加電圧・正味端子電流ゼロ。二段撚り(左上)では、一段撚り(右上)・撚りなし(下)に比べて循環電流が大きく抑制されます。素線内の近接効果は残ります。
出典:N. Hada et al., “Eddy Current Analysis of Litz Wire Considering Circulating Currents Using Integral Equations,” IEEE Transactions on Magnetics, Early Access, 2026, Fig. 5. doi: 10.1109/TMAG.2026.3735702. © 2026 IEEE.
外部磁界による損失の周波数依存性
一様外部磁束密度1 mT(ピーク値)、印加電圧・正味端子電流ゼロ。赤破線:撚りなし、緑一点鎖線:一段撚り、青実線:二段撚り。100 kHz付近では二段撚りによる損失抑制が明瞭で、その効果は周波数によって変化します。
出典:N. Hada et al., “Eddy Current Analysis of Litz Wire Considering Circulating Currents Using Integral Equations,” IEEE Transactions on Magnetics, Early Access, 2026, Fig. 4. doi: 10.1109/TMAG.2026.3735702. © 2026 IEEE.
永久磁石モータの性能を最大化する「形」と「構造」を同時に設計する新しい最適化技術
電気自動車や産業用ロボットに使われる永久磁石モータ(PMモータ)は、「どれだけ強いトルクを出せるか」「どれだけムラなく回転できるか」が性能を左右します。これらの性能は、モータ内部にある磁石の形状や、鉄心の中に設けられた「磁束バリア」と呼ばれる空洞構造によって大きく決まります。しかし、これらを人手で最適に設計することは非常に難しく、コンピュータによる自動設計(最適化)が重要になっています。
従来の設計手法には大きく2つの考え方がありました。ひとつは磁石の幅や角度、位置などを数値パラメータとして調整する「パラメータ最適化(PO)」で、製造しやすい形を保ちながら調整できる利点があります。もうひとつは材料のある・なしを自由に変えられる「トポロジー最適化(TO)」で、磁束バリアのような複雑な空洞構造を自動的に生み出せる強力な方法です。しかし、どちらか一方だけでは、磁石と磁束バリアを同時に最適化することができませんでした。
本研究では、この2つの手法を融合した新しいハイブリッド最適化法を提案しました。磁石の形はPOで表現し、磁束バリアの配置はTOで自由に変化させます。TOには「正規化ガウスネットワーク(NGnet)」という数学モデルを使い、材料(鉄か空気か)の分布を連続的な関数として表現します。これにより、磁束バリアの形も多数の数値パラメータとして扱えるようになり、POとTOを同時に遺伝的アルゴリズム(GA)で最適化できるようになります。
さらに本研究では、最適化のたびにモータの形に合わせて自動的にメッシュ(計算用の分割)を作り直す技術を導入しました。これにより、ギザギザした不自然な形を避けつつ、高精度な電磁界解析を効率よく行うことができます。
この方法を、IPM(内部磁石型)モータの回転子設計に適用しました。磁石の曲率と磁束バリアの形を同時に最適化した結果、従来のトポロジー最適化だけの場合よりも、平均トルクが大きく、トルクリップル(回転のムラ)が小さい設計が得られました。特に新しい方法で得られた回転子では、「リラクタンストルク」と呼ばれる磁気的な引き寄せ効果がうまく活用され、総合的なトルクが増加していることが分かりました。
さらに、U字型磁石やV字型磁石といった実用的な構造に対しても最適化を行い、高いトルクと製造可能性の両立が可能であることが示されました。
この研究は、モータ内部の「磁石の形」と「鉄心の構造」を同時に最適化できる世界でも新しい設計技術を確立したものです。電気自動車や省エネルギー機器に使われる次世代モータの高性能化に大きく貢献することが期待されます。
電磁界シミュレーションを「高速な等価回路」に変換する Cauer 回路ベースのモデル縮約技術
電動機、変圧器、インダクタなどの電気機器の内部では、電流がつくる磁場によって「渦電流」が発生し、エネルギー損失(発熱)を引き起こします。この現象を正確に評価するには、有限要素法(FEM)を用いた電磁界解析が必要ですが、現実の設計では数十万〜数百万自由度の計算を何度も繰り返す必要があり、計算時間は数十時間に達することもあります。
この問題を解決するため、本研究グループは Cauer回路(Cauer ladder network, CLN) に基づくモデル縮約技術を発展させてきました。CLNとは、電磁界で起きている現象を、抵抗とインダクタが直列に並んだ「はしご型の等価回路」として表現する方法です。この回路は、元の電磁界モデルと同じインピーダンス特性をもち、しかもはるかに少ない自由度で解析できます。
2020年の論文では、FEMで得られる電磁界方程式が、数学的には「対称正定値行列をもつ線形システム」であることに注目し、これを Krylov部分空間法(Lanczos法) と結び付けました。これにより、電磁界の支配方程式から直接、Cauer回路の抵抗値とインダクタンスを計算できる新しいアルゴリズムを構築しました。この方法は、回路のインピーダンスが「連分数」として表されるという理論的背景をもち、安定で物理的に意味のある等価回路が自動的に得られます。
Cauer回路は、段数(はしごの段の数)を増やすほど正確になりますが、どこで打ち切れば十分かは従来わかりませんでした。2022年の論文では、この問題に対して 誤差を保証付きで評価する方法 を開発しました。
電磁界のエネルギー(磁場エネルギーや電場エネルギー)に基づく数学的性質を利用すると、「現在のCauer回路が、厳密解からどれだけ離れているか」を 上限付きで評価できる量 が、回路の最後のインダクタや抵抗から直接計算できることが示されました。この誤差推定器は、銅箔の解析解モデルやFEMモデルに適用され、実際の誤差を確実に上から抑えることが数値的に検証されています。これにより、「必要な精度を満たす最小の回路段数」を自動的に決めることが可能になりました。
電磁機器の有限要素解析では、大規模な連立一次方程式を繰り返し解く必要があります。導体が長い場合や、表皮効果を捉える細かいメッシュを使う場合には、反復計算の収束が遅くなることがあります。私たちは、方程式の物理的・数学的な構造を利用し、少ない計算時間で解くための前処理法を研究しています。
新論文が IEEE Transactions on Magnetics のEarly Accessとして2026年8月18日に公開されました。
電磁分離型前処理(EMD)は、磁気ベクトルポテンシャルの部分と、電流の連続性を担うスカラーポテンシャルの部分を分けて扱います。自由度の多い磁場側には計算負荷の小さい不完全コレスキー(IC)前処理を、比較的小さい電位側には代数的多重格子法(AMG)などの強い前処理を適用します。
従来の外部回路と結合した渦電流解析から、非線形過渡解析、Full Maxwell定式化、安定化Darwin定式化へ適用範囲を広げました。長い導体で収束が悪化する仕組みを一次元ラプラシアンモデルと三次元の特異値計算で調べ、電位側の前処理を強化する設計指針を、非零最小特異値の下界評価から説明しています。
非線形リアクトルの20時間ステップでは、時間ステップとNewton反復の線形求解時間の合計を4157.5秒から1819.1秒へ短縮しました。1 MHzの高周波インダクタでは、Full Maxwellで364.4秒から196.5秒(EMD-V、約1.85倍の高速化)、安定化Darwinで557.2秒から247.8秒(EMD-W、約2.25倍の高速化)となりました。数値は本論文のモデル・計算環境での線形ソルバー時間であり、前処理の準備や行列構築などの時間を除きます。
前処理を強くすると反復回数は減りますが、1回あたりの処理は重くなります。Full MaxwellではVサイクル、安定化DarwinではWサイクルが短い求解時間を示しました。反復回数だけでなく、前処理のコストを含む求解時間のバランスが重要です。
関連論文
Shingo Hiruma, Takeshi Mifune, and Tetsuji Matsuo, “A Unified Electro-Magnetic Decoupling Preconditioner for Maxwell-Type Finite-Element Systems,” IEEE Transactions on Magnetics, Early Access, 2026.
IEEE Xploreで論文を読む | DOI: 10.1109/TMAG.2026.3724614
高周波インダクタの解析モデル
金属複合磁性材料を含むインダクタ。周波数1 MHz、端子間電圧1 Vの条件で、Full Maxwell定式化と安定化Darwin定式化の両方を用いて前処理の性能を評価しました。
出典:S. Hiruma, T. Mifune, and T. Matsuo, “A Unified Electro-Magnetic Decoupling Preconditioner for Maxwell-Type Finite-Element Systems,” IEEE Transactions on Magnetics, Early Access, 2026, Fig. 4. doi:10.1109/TMAG.2026.3724614. © 2026 IEEE.
前処理の強さと求解時間のバランス
線形ソルバー時間の内訳。FM:Full Maxwell、SD:安定化Darwin。EMD-V/Wは電位側にAMGのV/Wサイクルを適用したものです。FMではEMD-V、SDではEMD-Wが最短となり、反復回数の削減と前処理のコストの両立が重要であることを示しています。準備・行列構築等を除く時間です。
出典:S. Hiruma, T. Mifune, and T. Matsuo, “A Unified Electro-Magnetic Decoupling Preconditioner for Maxwell-Type Finite-Element Systems,” IEEE Transactions on Magnetics, Early Access, 2026, Fig. 5. doi:10.1109/TMAG.2026.3724614. © 2026 IEEE.