敷土分教会の歴史
敷土分教会の歴史
敷土分教会は、大正13年(1924年)12月25日、奈良県高市郡高取町大字清水谷の地において、「敷土宣教所」として設立のお許しをいただきました。その後、昭和17年(1942年)4月1日に「敷土分教会」と改称し、現在に至ります。
*『敷土百年の歩み――ふしから芽がふく』(しきと文庫別冊)を参照
宣教所設立時の教会跡地
敷土宣教所の草創期
敷土宣教所は、大正13年に、澤井楢太郎を創設者とし、亀井コウを初代所長として宣教所の設立、そして、昭和2年(1927年)には、森本熊夫が二代所長となり、同じ清水谷の中で移転をしています。
昭和7年(1932年)には、創設者である澤井楢太郎自身が、三代所長に就任しました。このように、短い間に三代まで重ねましたが、創設者であり三代所長である澤井楢太郎を中心とするこの時期に、敷土分教会の礎(いしずえ)が築かれました。
清水谷の教会
戦後の復興
その後、第二次世界大戦というふしがあり、終戦後に灯の消えたような敷土分教会を復興したのは、昭和14年(1939年)に四代会長となって、戦地から復員して帰ってきた澤井教治の時代です。
教会移転建築落成奉告祭
現在地への移転
昭和52年(1977年)には、澤井勇一が五代会長となり、平成元年(1989年)に現在地に移転しています。
平成26年(2014年)、澤井一郎が六代会長となり、令和6年(2024年)には、敷土分教会の創立百周年を迎え、現在に至ります。
〇明治18年(1885年)
創設者・澤井楢太郎の父(金藏)、長男のおたすけをいただいて入信
〇明治43年(1910年)
澤井楢太郎・ナツヱ夫妻、岩手県大槌へ布教に出る(大正12年、呼び返される)
〇大正13年(1924年)
奈良県高市郡高取町清水谷において敷土宣教所設立(初代所長・亀井コウ、創設責任者・澤井楢太郎)
〇昭和2年(1927年)
森本熊夫、二代所長就任 / 教会移転(同じ清水谷内)
〇昭和7年(1932年)
澤井楢太郎(創設者)、三代所長就任
〇昭和14年(1939年)
澤井教治、四代所長就任
〇昭和17年(1942年)
教規の改正にともない「敷土分教会」と改称
〇昭和52年(1977年)
澤井勇一、五代会長就任
〇平成元年(1989年)
教会移転(現在地・高取町観覚寺へ)
〇平成26年(2014年)
澤井一郎、六代会長就任
〇令和元年(2019年)
移転30周年記念祭、教会西隣接地に駐車場完成
〇令和6年(2024年)
創立百周年記念祭
創設者 澤井楢太郎
初代 亀井コウ(大正13〜15年)
二代 森本熊夫(昭和2〜7年)
三代 澤井楢太郎(昭和7〜14年)
四代 澤井教治(昭和14〜52年)
五代 澤井勇一(昭和52〜平成26年)
六代 澤井一郎(平成26年〜現在)
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