校 名
校名の「糸魚(いとい)」は、アイヌ語地名「イ・トエ(高い崖崩れのあるところ)」に由来する。大正2年(1913年)の上士別村への分村に際して「糸魚小学校」と改称された。その後、昭和24年(1949年)の朝日村への分村、昭和37年(1962年)の町制施行、平成17年(2005年)の士別市との合併など、激動の歴史を歩んできた。こうした度重なる自治体の変遷を経ながらも、この校名は110余年の長きにわたり、今日も大切に引き継がれている。
校 章(学校沿革誌より抜粋)
3本のペン軸:「知性(賢さ)」「徳性(優しさ)」「体力(たくましさ)」を表す。
中央の鳥:学校の南側、天塩川付近がかつてアイヌ語で「ヌカナン(鳥が卵を産む場所)」と呼ばれていたことにちなむ。
下部の文字:「糸魚」の「糸」の象形文字をデザインしたもの。
作者、制定年などは不明である。しかし、昭和8年(1933年)の校旗入魂式の写真にはすでにこの校章が写っており、確かな歴史を今に伝えている。
校 歌 昭和34年2月22日制定
沿革の概要