『白猫』
ジャンル:ヒューマンドラマ(約30分)
孤独な生活を送る男性・ハルオは、一匹の白猫との出会いをきっかけに、
止まっていた家族との関係や自身の心と向き合うことになる。
喪失と再生をテーマに描いたオリジナル短編映画脚本です。
【登場人物】
ハルオ (36)………………主人公
シロ ………………………白猫
ミキコ (32)………………ハルオの隣人
アケミ (56)………………ハルオの母
ユミ (33)…………………ハルオの妹
タケフミ (38)……………ユミの夫
○仙台・路上(午後)
上空から雪が、閑散とした路上に、ぱらぱら舞い降りてくる。
○仙台・ハルオのアパート(午後)
二階建ての安アパートの一階。
窓の外には小さな庭がある間取り。
本を読んでいたハルオ(36)が雪に気づく。
窓を開け、一瞬嬉しそうな顔をするが、すぐに無表情に戻る。
植木鉢を取り込もうと外に出ると、物陰に白猫を見つける。
白猫は身を縮めて、ハルオを見ている。
一瞬立ち止まるが、目をそらし、部屋に戻るハルオ。
気になって再び窓を見ると、白猫はまだこちらを見上げている。
ハルオは小さなため息を付き、キッチンに行き、猫が食べられそうなものを探す。
しかし見つからない。
居間に戻ると、白猫は縁側に上り、窓枠に片足を乗せている。
ハルオが駆け寄ると、素早く窓から離れる白猫。
ゆっくり窓を閉め、ハンガーからコートを着込むハルオ。
そして玄関から外へ出ていく。
○コンビニ(午後)
傘を閉じて傘立てに差し、コンビニに入るハルオ。キャットフードを探す。
〇ハルオのアパート(午後)
ハルオが戻ると、白猫が窓を開けて、部屋に入り込んでいる。
ハルオ「わっ!」
白猫は棚の上に逃げる。
ハルオはじっと白猫を見つめる。
ハルオはキッチンに行き、皿にキャットフードを入れ、タッパーに水を入れる。
居間に戻ると、窓を全開にし、縁側に皿を置く。
白猫は催促するように、ニャーと鳴いてくる。
ハルオ「ほら、出てってば」
白猫は棚から動かず、またニャーと鳴く。
ハルオは皿を部屋の隅に置き直し、少し離れる。
しばらく様子を見ていると、白猫は警戒しながらも皿に近づき、食べ始める。
そのまま追い出そうと白猫にゆっくり詰め寄るハルオ。
しかし白猫にキッと見返され、その場で立ち止まってしまう。
食べ終えると、白猫は再び棚の上に戻り、グルーミングを始める。
ハルオは無言で見つめるが、白猫が動く気配はない。
寒さに身震いし、窓をゆっくり閉めるハルオ。
○路上(翌日・朝)
うっすら雪が積もった路上を、車が走り過ぎていく。
〇ハルオのアパート・中(朝)
ハルオが目を覚まし、体を起こすと、足元で白猫が丸くなって寝ている。
起こさないように、そっと洗面所に行くハルオ。
ハルオが洗面所から戻ると、白猫は伸びをし、足元にまとわりつき始める。
ハルオ「なんだよ、おい。そんなとこにいたら蹴とばしちゃうぞ」
少し困ったように笑う。
ハルオ「(カーテンを開け)まだやまないか」
小さなため息をつく。
ハルオ「…シロ。シロにしようか?」
白猫は気にもせず、ベッドに上がり、伸びをする。
ハルオ「雪の日に出会ったんだから。なあ、いいだろ? シロで」
ハルオが背中を優しく撫でると、シロは気持ちよさそうに、お腹を上にして寝転ぶ。
ハルオ「なんだ。お前、メスか…」
× × ×
出かけようとしているハルオ。
振り向くと、白猫が見ている。
ハルオ、一瞬立ち止まる。
電気をつけ、部屋を出ていく。
〇パン工場・中(午後)
パンの袋に、同じ角度でシールを貼り続けるハルオ。
〇コンビニ・中(夜)
キャットフードを籠に入れるハルオ。
チュールを見つけ、嬉しそうに籠に入れる。
〇ハルオのアパート・外(夜)
ハルオが帰ってくる。
カーテン越しに、部屋の明かりが付いているのが見える。
〇ハルオのアパート・中(夜)
玄関に入ると、シロがしっぽを立てて寄ってくる。
ハルオ「ごめんな。腹減ったろ。(チュールを見せ)ほら、おいしいやつ買ってきたからな」
× × ×
パジャマでベッドに入るハルオ。
シロがすぐ胸の上に乗る。
ハルオ「おい、重いって」
どかしてもまた乗ってくる。
ハルオ「まいったな」
〇ハルオのアパート・中(数日後・午前)
窓から庭に差し込む光を、笑顔で見ているハルオ。シロは棚の上の猫用ベッドで、丸くなっている。
ハルオ「なあ、シロ。ちょっと散歩にでも行こうか」
シロは片目だけ開けるが、背中を向けて寝てしまう。
ハルオ「なんだ、怒ってるんじゃないよな?」
ハルオはシロの背中を突くが、振り向かない。
ハルオはあきらめ、コートを着て一人で出ていく。
〇公園・中(午前)
住宅街にある少し大きめの公園。
木々を見上げて歩いているハルオ。
コンビニのコーヒーを手に持ちながら、ベンチに座ろうとするが、まだ濡れているのでやめる。
茶色のコートに赤いマフラーをした女性(ミキコ・32)が走り過ぎる。
ミキコは公園の入り口で、困った顔で辺りを見回している。
ミキコが振り向くと、ハルオは視線を外す。
ミキコはまた、ハルオの方に戻ってくる。
通り過ぎそうになったとき、
ミキコ「あのー」
ハルオ「(少し驚いて)はい」
ミキコ「犬を見かけませんでしたか? 小さくて、白と茶色の、チワワなんですけど」
ハルオ「いえ、見てないです。僕も今来たところで」
ミキコ「飼ってる犬が逃げ出してしまって…」
ハルオ「わ、それは、大変ですね」
ミキコ「はい…」
ハルオ「(思わず)どこでですか?」
ミキコ「え?」
ハルオ「あ、いや、ワンちゃん」
ミキコ「あ、前のコンビニのとこでつないでたら」
ハルオ「なるほど。じゃあ(少し迷って)どうしよう、僕、あっち側探してみましょうか」
ミキコ「いいんですか? でも」
ハルオ「あ、気にしないでください。そしたら、向こうを」
ミキコ「(大きくうなずいて)分かりました。すみません、ありがとうございます!」
深々と礼をするミキコ。
手分けして、犬を探し始める二人。
〇公園前・路地(午前)
ハルオは公園前にあるコンビニから、道に沿って犬を探している。
赤信号で立ち止まる。
ハルオ「あっ!」
道路の向こう側に、不安そうにうろうろしているチワワを見つける。
車が通り過ぎると、信号を無視して駆け寄るハルオ。チワワは驚いて、車道の方に飛び出してしまう。
慌てて追いかけるハルオ。
ミキコが公園から出てくる。
ミキコ「ココ!」
二人は道路の両側から、チワワを挟み撃ちする。
ゆっくり走ってきた車が、状況に気づいて止まる。
ハルオの方に逃げてきたチワワを、ハルオが抱き上げる。
立ち去る車に頭を下げるミキコ。
ミキコ「(泣きそうな顔をして)ココ―。すみません、ご迷惑おかけしてしまって」
ハルオ「(チワワを手渡し)いえ、とにかく良かったです」
ミキコ「この近くなんですか?」
ハルオ「ええ、まあ」
ミキコ「そうですか。本当にどうもありがとうございました」
二人は会釈して別れる。
〇ハルオのアパート・中(午前)
シロが棚の上から外を見ている。
ハルオ「ただいま」
ハルオが帰ってきて、ソファにぐったり座り込む。シロが近づいてきて、ハルオのコートの袖をくんくん嗅いでくる。
ハルオ「どうしたんだよ。くすぐったいって」
シロはハルオを見上げる。
そして鼻を鳴らし、棚の上に戻ってしまう。
ハルオはシロの様子を、不思議そうに見ている。
〇河原(数日後・夜)
吹雪が吹き荒れている。
〇ハルオのアパート・中(夜)
玄関でコートについた雪を払い落としているハルオ。
ハルオ「(居間に向かって)シロ? いるのか?」
居間に行くと、シロはすまして爪とぎをしている。
ハルオ「いるならなんとか言えよ。飯食うだろ?」
コートをハンガーにかけ、シロのご飯を準備する。皿を置くと、シロは夢中になって食べ始める。
窓を開け、外の吹雪を見て、雨戸を閉めるハルオ。
ハルオ「明日は大変なことになってそうだな」
ご飯を食べているシロの背中を撫でようとすると、シロは体をよける。
ハルオ「お前ってやつは。いいよな、マイペースで」
スマホを見ると、着信履歴がある。
数秒見つめて、ベッドに放り投げる。
風呂場に行き、湯船にお湯を入れ、鏡に映る自分の顔を見る。
スマホが鳴る。
画面に「ユミ」と表示されている。
しばらく見つめたまま動かない。
シロ、ハルオを見上げている。
ハルオ、通話ボタンを押す。
ハルオ「…もしもし」
ユミ(声)「もしもし、お兄ちゃん。ごめんね、今大丈夫?」
ハルオ「うん。…どうした?」
ユミ(声)「お母さんのことだけど」
ハルオ、机の引き出しを見る。
ユミ(声)「亡くなったの。先月」
ハルオ「…そうだったんだ」
ユミ(声)「ごめんね。すぐに伝えようと思ったんだけど、たぶん、嫌がると思ったから」
シロがまとわりつき始める。
ユミ(声)「もしもし? 聞こえてる?」
ハルオ「あ、うん、それで」
ユミ(声)「それでって。(少し間)それで、お葬式はこっちでしたよ。あ、それと、今は粉骨にして、お墓に入れないことにもできるんだって。だからそうした。一応、旦那と話し合って決めたんだけど。おばあちゃんもお墓に入れたいと思わないと思うし」
ハルオ「そうか。いや、それでよかったと思うよ」
ユミ(声)「ごめんね。相談もしないで」
ハルオ「いや、俺こそ」
シロはしばらくハルオの袖を噛もうと、まとわりついていたが、追い払われて行ってしまう。
ユミ(声)「一度こっちに戻ってきたら? お母さんもういないんだし。うちの旦那も、本当にいい人だから会わせたいし」
× × ×
引き出しを開けるハルオ。
中には未開封の母からの手紙が、何通も入れてある。
触れようとするが、やめて、引き出しを閉める。
〇葬儀屋(昼・ハルオの夢)
棺桶の中に炎が燃えたぎっている。
妹や親戚、葬儀屋が六人がかりで、暴れる母のアケミ(56)を担ぎ、炎の中に投げ入れようとしている。
アケミ「いやー!」
ユ ミ「お母さん! 静かにしてて。みんなの迷惑になるでしょ」
アケミ「やめてー! ハルちゃん、ハルちゃんはどこ? 止めて!」
ハルオは棺桶の横で、地蔵のように棒立ちしている。
葬儀屋「いいですか?」
ユ ミ「はい、行きましょう。もう時間ですもんね?」
アケミ「やめて!(ハルオに気づき)ハルちゃん、止めて、ママまだ死にたくない」
アケミはハルオの腕をぎゅっと掴む。
ハルオの腕に爪が食い込み、血がにじむ。
ハルオは動こうとするが、体が動かない。
アケミ「ママよ。わからないの? あなたのママよ」
みんながアケミを炎に投げ入れる。
〇ハルオのアパート・中(深夜)
汗だくで目を覚ますハルオ。
シロがハルオの喉の上に乗っている。
ハルオが電気をつける。
ハルオ「(額に手を当てて)ヤバいな。シロ、どいて」
体温計と薬を持ってくる。
薬を飲むハルオ。
ハルオ「移るぞ。あっちで寝な」
シロはどかしても、また戻ってくる。
ハルオ「これ、どいてって」
シロをもう一度どかし、布団に潜り込むハルオ。
〇名古屋駅・改札前(数日後・午後)
改札から出てきたハルオを、ユミ(33)と、ユミの夫タケフミ(38)が迎える。
〇レストラン・中(午後)
落ち着いた雰囲気のレストラン。
窓側の席。
料理が運ばれてくる。
タケフミ「改めまして、お義兄さん」
ハルオ「母のこと、いろいろご迷惑おかけしました」
タケフミ「やめてくださいよ」
ユ ミ「この人、結婚してから四年も一緒に面倒見てくれたのよ、あのお母さんを。あんたが真面目な人じゃなくて本当よかったわ(笑)」
タケフミ「確かに、俺じゃなきゃ逃げてたかもね(笑)」
ハルオ、腕をさする。
ハルオ「…最後、どうだった?」
ユ ミ「静かだったよ」
ハルオ「静か?」
ユ ミ「怒鳴らなかった」
ハルオ、目を上げる。
ユ ミ「夜さ、私が台所に立ってるとね。後ろから、ごめんねって言ってくるの」
ハルオ「誰に?」
ユ ミ「知らない。私かもしれないし、お兄ちゃんかもしれない」
少し沈黙。
タケフミ、グラスを持ち上げる。
タケフミ「まあ、俺は嫌いじゃなかったですよ。いろいろあったけど」
ハルオ「…」
ユ ミ「家に押しかけては来なかったでしょ?」
ハルオ、うなずく。
ユ ミ「手紙、何度も書いてたよ。出すの迷ってたけど」
ハルオ、少し目線を落とす。
タケフミ「食べましょう。冷めますよ」
ユミとタケフミ、箸を取る。
ハルオ、料理を見つめたまま。
〇名古屋駅・改札前(夕方)
タケフミ「また来てくださいね」
ユ ミ「もう血がつながっているの、私たちだけなんだから」
ハルオは小さくうなずく。
〇ハルオのアパート・中(夜)
どさっとベッドに倒れるハルオ。
シロが鳴きながら、ハルオの胸の上に乗る。
ハルオ「(シロを撫でながら)お前は優しいな。お前だけだよ。こんな俺みたいなやつ、慰めてくれるのはさ」
シロはハルオの上で背中を擦り付けて回り、足を踏み外してベッドから落ちる。
微笑んで、シロをベッドの上に戻してやるハルオ。
〇コンビニ・中(一か月後・午後)
ハルオがビニール袋を持って店を出ようとすると、正面からミキコが入ってくる。
二人、目が合う。
ぎこちなく会釈する二人。
ミキコ「先日は、…どうも、助かりました」
ハルオ「いえ、その後、ワンちゃんは?」
ミキコ「元気です。あの日だけ、どうしちゃったんだろう」
ハルオ、袋を持ちかえる。
ミキコ「この辺りなんですか?」
ハルオ「…そうですね。あの坂の下あたりで」
ミキコ「わ、近いですね」
ハルオ、小さくうなずく。
ミキコ「わたし、今度お会いできたら、なにか馳走できたらと思ってて」
ハルオ、視線が泳ぐ。
ミキコ「お昼、もう済ませました?」
ハルオ「(後ずさりながら)いえ、でも、お構いなく」
ミキコ「カレーとか嫌いですか?」
ハルオ「いや、…好きです」
ミキコ、嬉しそうに笑う。
〇カフェ・中(午後)
本棚に囲まれた小さなカフェ。
ミキコ「ここ、好きなんです」
ハルオ「落ち着きますね」
少し間。
ミキコ「猫ちゃん、なんていうんですか?」
ハルオ「名前ですか? シロです」
ミキコ「かわいい」
ハルオ「雪の日に、いつの間にか居ついただけなんで」
ミキコ「だけ?」
ハルオ「(照れ笑いして)…変ですか?」
ミキコ「(首を振って)面白い言い方だなって思って」
二人、軽く笑う。
× × ×
レジに伝票を持っていく二人。
ハルオ「安藤さん、僕が…」
ミキコ「ミキコでいいですよ。(微笑んで)今回はこの前のお礼なんで私が」
ハルオ「じゃ、(少しためらって)ミキコさん。お言葉に甘えて」
レジで支払いをするミキコ。
〇カフェ・外(夕方)
坂の上にあるワンルームマンションを指さすミキコ。
ミキコ「あそこです」
ハルオ「僕は坂を下って、右の方に少し行ったとこです」
ミキコ「じゃあ、本当にご近所さんですね! またお茶しましょう」
ハルオ「そうですね。次は僕におごらせてください」
ミキコ「(笑)ありがとうございます。分かりました」
別々の方向に歩き出す二人。
少し歩いたところで、同時に振り返る。
目が合うが、ハルオは目線を外す。
〇ハルオのアパート・中(夜)
ハルオはコートをソファに置き、ベッドに寝転がる。ぼーっと天井を見つめている。
シロがコートのところにやってきて、執拗に匂いを嗅ぎだす。
そしてコートを引っかき回し始める。
ハルオ「おい! シロ! やめなさい」
一瞬止まるも、また引っかき始めるシロ。
ハルオ「これ!」
ハルオはコートを別の部屋に移し、電気を消す。
〇ハルオのアパート・中(翌日・朝)
ハルオ「シロ?」
ハルオ、部屋や庭を探すが、シロが見当たらない。
ハルオ「おい、シロ?」
〇コンビニ・中(数日後・午後)
迷い猫の張り紙をプリントアウトしているハルオ。
〇カフェ(午後)
曇った空模様。
ミキコと来たカフェを訪れるハルオ。
ハルオ「あの、すみません」
迷い猫の張り紙を差し出すハルオ。
× × ×
店員の女性が張り紙を入口のドアに貼り付けている。
ハルオ「すみません。助かります」
店 員「心配ですよね。これで見つかったこともあるので貼っておきましょう。いなくなったのは?」
ハルオ「もう一週間と、…一日」
〇ハルオのアパート・外(夕方)
粉雪が降り始めている。
〇ハルオのアパート・中(夕方)
ソファに座って、棚の上にある空っぽの猫用ベッドを見つめているハルオ。
急に立ち上がると、コートを着て外へ出て行く。
〇カフェ・外(夕方)
傘を差したミキコが、立ち止まって、シロの迷い猫の張り紙を見ている。
〇河原(夕方)
河原に下りていくハルオ。
猫が隠れていそうな茂みを探す。
すると、向こう側からミキコが、同じように猫を探しながらやってくる。
驚いた表情のハルオ。
× × ×
河原で話している二人。
雪はやんでいる。
ハルオ「探してもらっていただなんて…」
ミキコ「シロちゃんって書いてたから、多分ハルオさんの猫だろうと思って」
ハルオ「僕の猫というか、…あいつが勝手に住み着いただけなんです」
ミキコ「でも心配なんですよね? わたしもココに救われてるから、分かります」
溜息をつくハルオ。
ハルオ「…恥ずかしながら、少し情が移ってしまったみたいでして。もう一週間も戻ってきてないから。(手をさすり)こんなに寒くなきゃ」
ミキコ「優しいんですね。ハルオさんが優しいの、きっと分かってて、シロちゃんハルオさんちに住み着いたんでしょうね」
ハルオ「優しくしたつもりで、いつも失敗するんです」
ミキコは真剣なまなざしで、ハルオを見つめる。
ミキコ「戻ってきますよ。戻ってきますって。もう少しだけ探しましょう。(カイロを渡し)これ使ってください」
河原の茂みを探しながら歩いていくミキコ。
その後ろ姿を見つめるハルオ。
粉雪がまたパラパラ舞い落ち始める。
〇停車中のバス・中(夕方・ハルオの夢・白黒)
バスの運転手席の前で、ハルオ(5)がアケミのスカートを掴みながら立っている。
見上げると、運転手がハルオに向かって怒っている。具体的に何を言っているかは聞こえない。
後ろに並んでいる男も怒っている。
アケミは運転手を怒鳴り散らし、しゃがみ込むと、ハルオを強く抱きしめる。
アケミの温かい胸の中で、ほっとして、泣き始める。
アケミの抱きしめる力が強くなり、苦しい表情になるハルオ。
しかし何も言うことができない。
〇ハルオのアパート・中(翌日・朝)
しばらく動けず、天井を見つめるハルオ。
窓の外で何かが動いた気配を感じ、起き上がる。
窓を開けると、シロが外に置いていた餌を夢中で食べている。
ハルオ「シロ…」
驚かせないように、そっとシロを見守る。
餌を食べ終えると、顔を上げて、しばらくハルオを見つめるシロ。
それからニャンと短く鳴いて、ゆっくり近づき、おしりをハルオに膝にくっつける。
〇コンビニ・中(数日後・午後)
ミキコが店先で待っている。
ハルオがやってくる。
ハルオ「ごめんなさい。あれまだ…(スマホを見る)」
ミキコ「まだ時間じゃないですよね。そわそわして早く着いちゃいました」
〇ハルオのアパート・中(午後)
ハルオがミキコを招き入れる。
ハルオ「どうぞ」
ミキコ「失礼します」
中の様子を伺いながら、ゆっくり入ってくるミキコ。
ブーツを脱いでいると、シロが玄関に歩いてくる。
ミキコ「わ、シロちゃんだ! はじめまして」
シロはミキコを軽蔑したような目で見て、ぷいっと居間に入り、棚の上に登ってしまう。
苦笑するハルオ。
ミキコ「初めてですもんね」
二人は和気あいあいと、居間に入っていく。
ミキコを棚の上から、じろりと見るシロ。
× × ×
紅茶をちゃぶ台に置くハルオ。
棚の上のシロは、じっとミキコを見ている。
ミキコは立って、距離を保ちながらシロを見ている。
ミキコ「本当に真っ白なんですね」
ハルオ「珍しいですよね。シロ、降りて来いって。怖がるなよ」
ミキコ「ごめんなさい。私、圧強すぎですよね。(シロに)ごめんね、お姉ちゃん怖いよね」
ハルオ「いえいえ、こいつが慎重過ぎるんです」
シロの尻尾がぴくりと動く。
ミキコと目が合う。
一瞬、空気が張り詰める。
ミキコ「…?」
その瞬間、シロがミキコに飛びかかる。
ミキコ「きゃっ!」
ミキコ、よろめく。
顔を押さえて屈みこむ。
静まり返る部屋。
ハルオ「…大丈夫ですか?」
ミキコはうずくまって動かない。
ハルオ「シロ!」
ミキコの指の間から血がにじんでいる。
ハルオの呼吸が荒くなる。
ハルオ「…ごめんなさい」
ハルオは思わず手を伸ばすが、触れる前に引っ込める。
ハルオ「僕がちゃんと…」
言葉が続かない。
ミキコ「大丈夫です」
ハンドバッグから素早くハンカチを取り出し、顔に当てるミキコ。
手が少し震えている。
ハルオ「大丈夫じゃない。顔だし。跡残ったら…」
ミキコ「大丈夫ですから」
ハルオ、シロを見る。
ミキコ「(立ち上がり)今日は帰ります」
玄関へ向かうミキコ。
ハルオ「待って。僕が病院に…」
ミキコ「大丈夫です」
ミキコがブーツを履いてる間、ハルオは立ち尽くしている。
ミキコは黙って出ていく。
沈黙。
ハルオ、居間に戻り、シロを見る。
シロは部屋の隅で、毛繕いをしている。
ハルオ、ゆっくり棚に近づき、猫用ベッドを静かに床に落とす。
シロは一瞬びくつき、居間から出ていく。
〇パン工場・中(翌日・午後)
シールを貼り終わったパンのトレイ。
ため息をつくハルオ。
両手で持ち、運んでいく。
〇ハルオのアパート・中(夜)
ハルオが帰ってくる。
シロはいない。
窓がほんの少しだけ開いている。
縁側に出て、庭の奥の塀を見るハルオ。
辺りは静まり返っている。
〇公園・中(数日後・早朝)
ハルオが、木の茂みを時々見ながら歩いている。
朝日が顔を出す。
〇コンビニ・外(朝)
買ったコーヒーを店先で飲むハルオ。
何度かスマホを見るが結局しまう。
その時、コンビニの前を歩いていくミキコの姿が目に入る。
ハルオ、一瞬目をそらすが、また戻す。
ハルオ「ミキコさん」
ミキコ、立ち止まる。
顔の傷は薄くなっているものの、まだ消えていない。
会釈するハルオ。
〇公園・中(朝)
ベンチに座っている二人。
ミキコ「傷、消えるみたいです。専門医に診てもらいました」
ハルオ「(思わず大きく息を吐き)…よかった」
少し間。
ハルオ「顔に傷をつけてしまうなんて、最低ですよね」
ミキコ「違いますよ」
ハルオ、首を振る。
ミキコ「シロちゃん、元気ですか?」
ハルオ「また出て行きました」
ミキコ「ハルオさんは?」
ハルオ「えっ?」
ミキコ「それでいいんですか?」
長い間。
ハルオ「…よくないですね」
ミキコ、ハルオの横顔を見つめる。
ミキコ「よかった」
ミキコ、視線を落とし、少し考える。
ミキコ「私、少しだけ、この街を離れようと思っていて」
ハルオ「(表情がわずかに止まり)そうですか…」
ミキコ「でも、急がなくていいのかもって、今思いました」
二人とも、遠くを見つめる。
ハルオ「もう少し、この街にいてくれませんか?」
ミキコ、少し驚く。
ミキコ「考えてみます」
二人、並んで座ったまま。
朝日が強くなる。
〇路上(朝)
アパートに向かって歩いていくハルオ。
安堵したように、少し微笑む。
ふと道路の反対側を見る。
車が通り過ぎると、道路を横断する。
道路の脇に車にひかれて死んでいるシロがいる。
立ち尽くすハルオ。
車や通行人が通り過ぎるが、動けず立ち尽くす。
ようやくシロの死体を抱え、じっと見つめる。
〇ハルオのアパート・中(朝)
シロを抱えて帰ってきたハルオ。
居間を通り越し、縁側に腰かける。
膝にはシロが、お腹を上にして死んでいる。
涙が音もなく流れてきて、止まらなくなる。
〇ハルオのアパート・中(午後)
縁側で、母の手紙を開封するハルオ。
真剣なまなざしで読み始める。
読み終わると、きれいに手紙を折ってしまう。
そして日に照らされた庭の光をじっと見つめる。
傍らには、バスタオルにくるまれたシロ。
〇ハルオのアパート・中(夕方)
ハルオは縁側に猫用ベッドを持ってきて、シロを入れる。
〇河原(夕方)
誰もいない河原に、シロを抱えて降りてくるハルオ。
夕暮れの陽に照らされた川を見つめる。
川の流れが見える大きな木の下に行く。
リュックから折りたたみスコップを取り出し、黙々と土を掘り始める。
傍らには猫用ベッドの中で安らかに眠っているシロがいる。
(終)