InSAR大気伝播遅延誤差を補正する手法の開発
これまでの研究紹介で触れてきた通り、InSARにおける大気伝搬遅延効果はまだ研究がそれほど進んでおらず、地殻変動研究のための補正手法開発という観点でもまだまだ研究が必要です(過去20年以上取り組まれてきましたが、いまだ解決していません)。本研究室では他機関の研究者とも連携しながら、数値気象モデル(例えばKinoshita et al. (2013, J. Geodesy))や衛星観測データなど使えるものは使って、InSAR大気伝搬遅延の補正手法確立を目指して研究しています。最近ではGNSSによって得られる大気遅延情報を基にしたInSAR大気遅延補正モデルを開発し、その有効性を示しました(Kinoshita 2022, IEEE TGRS)。
また最近ではSAR時系列解析における変位シグナルの検出精度向上と客観化を目指し、異常検知手法によるシグナル抽出を目指した研究も行っています。
高精度InSAR時系列解析による中央構造線における地震間変位の検出
すでに10年にわたる観測データアーカイブが利用可能なALOS-2の高分解能・高干渉度SARデータを用いて、中央構造線断層帯における地震間変位の検出に取り組んでいます。中央構造線における地震間変位はそもそも非常に小さい(年間数mm)と考えられており、標準的なInSAR時系列解析では検出が困難です。本研究では上述の大気遅延補正手法に加え、プレート回転運動による影響の補正、2011年東北地方太平洋沖地震での余効変動の補正など種々の補正を適用することでGNSS観測と遜色ない観測精度を実現しました。今後も観測データの追加や解析手法の改善、変位モデリング手法の高度化などを通じて中央構造線を含む南海トラフエリアの断層運動解明を目指しています。
Fig. 1 Kinoshita et al. (2013, GRL)
左はInSAR画像
右は同時刻における降水レーダーの降水強度分布
SAR干渉法(InSAR)で捉えた集中豪雨時の水蒸気分布 -2008年西濃豪雨を例として-
InSARは2時期のSAR観測データを用いて標高や地表面変位などを抽出できる技術として、今では自然科学研究のみならず防災、工学など幅広く利用されています。マイクロ波の位相を用いるInSARは、地球大気の影響により位相の値が変化する電波伝播遅延効果の影響を受け、これが地表面変位観測において誤差源として知られています。ただし見方を変えると、もし地表面変位やその他要因の影響が無いことが明らかなInSAR画像を用意できれば、そのデータに含まれる位相変化は大気(特に対流圏中の水蒸気)の空間的不均質を表していると考えることができ、新しい気象センサーとして活用できるポテンシャルを持っています。
2008年9月初旬に中部日本で発生した集中豪雨(西濃豪雨と呼ばれています)の最中にJAXAが運用していたALOS(だいち)/PALSARによる緊急観測が実施されました。この研究ではこの緊急観測データに対してInSAR解析を実施し、集中豪雨の最中にある水蒸気場の様子をInSARでは世界で初めて捉えることに成功しました(Fig. 1)。また、sub-kilometerスケールの非静力学数値気象シミュレーションを実施し、InSARで捉えた局所遅延シグナル(図中のA)を再現することに成功しました。
山岳風下波をScanSAR InSARで検出
上記の研究では集中豪雨を研究対象としましたが、今度は気象条件が揃った時に山の尾根から風下方向に向かって伝搬していく山岳風下波をInSARで捉えた事例です。この研究では、2019年10月現在も運用中のALOS-2/PALSAR-2が広域観測可能なScanSARモードという観測モードで得られたSARデータをInSAR解析に用いています。対象は北海道と東北で生じた山岳風下波の2例で、いずれの事例も静止衛星の可視画像に山岳風下波に伴う雲列が見えており、InSARでも同様のものが見えた結果となっています。特筆すべき点の一つ目は、これまで山岳風下波の空間分布を捉えるには衛星可視画像の雲列を見る他なかった(他には定点観測のラジオゾンデやLiDARなど)ものが、水蒸気の空間的不均質を見ることで捉えられることを明らかにした点です。二つ目はInSARにおいて山岳風下波がどのような振幅・形状で現れるかの事例を示し、また数値気象モデルによる再現実験でそれなりに再現可能であることを示したことで、InSARを地表面変位研究に用いる際の補正可能性の道筋を示したことです。
Fig. 2 Kinoshita et al. (2017, EPS)
InSARによるスロー地震時の微小地表面変位の検出
この研究はまだ論文になる前の現在進行形の研究のためWebページで公表できる図はありませんが、スロー地震に伴う微小振幅の地表面変位をInSARで検出しました。従来の理解では地震といえば地殻内部にある断層面(プレート境界も)が蓄積された歪みを解放するためにすべりを生じ、その際に地震波という形で蓄積されたエネルギーを解放する現象という理解でした。ところがスロー地震(Slow Slip Event; SSE)は通常の地震現象と異なり、断層面はすべって最終的にMw 6から7に達するものの地震波を放出しません。SSEのすべりは通常数日から1年程度であると言われており、通常の地震に比べて非常に低速ですべっていきます。SSEは多くの場合プレート境界上の断層面で生じており、これを陸域で観測しようとする場合は地表面変位にして最大で数cm程度かそれ以下であることがほとんどです。そのため現状でスロー地震シグナルを観測するには、高精度な地表面変位観測が可能なGNSS(GPSもこれに含まれる)や地中に埋めて傾斜の変化を図る傾斜計などに限られていました。一方、GNSSと同様に地表面変位を観測できるInSARでは、プレート境界上で生じるスロー地震の観測事例はあるにはありますが限られています(本研究室教員の認識では2006年メキシコ・Guerreroでのスロー地震のみ)。その理由はスロー地震の地表面変位シグナルが1, 2cm程度と非常に小さいことで、上述の大気伝搬遅延が大きな誤差源となって地表面変位シグナルを隠してしまうからです。この研究ではそのような微小変位シグナルに対し、数値気象モデルによる大気伝搬遅延補正と、多数のSARデータを用いて地表面変位を高精度に抽出可能なSAR時系列解析という手法を組み合わせ、SSEに伴う地表面変位シグナルの検出を行いました。
Fig. 3 InSAR大気観測の概念図(上図)と、GNSSとの比較の例(下図)。
InSAR水蒸気観測データを数値気象モデルへデータ同化
InSARにおいて地表面変位などの変動要因と大気水蒸気による影響を分離できれば、InSARによる大気水蒸気の高分解能マッピングが可能になります。この研究ではそのInSAR水蒸気情報を用いて、天気予報などで使用されている数値気象モデルに取り込む(データ同化する)ことにより、降水などの再現性・予測精度を向上できるかについて研究しています。
データ同化には観測・モデル双方の誤差情報が不可欠です。本研究では始めにJAXAのL-Band SARであるALOS-2データを用いて、L-band SARの水蒸気(正確には可降水量、Precipitable Water Vapor)の観測精度を評価しました(Matsuzawa and Kinoshita, 2021 Remote Sensing)。その際、L-Band SARで深刻な影響を及ぼす電離層擾乱の影響に対しては、Split Spectrum法という補正手法により取り除いています。
今後の研究では実際にデータ同化を実施し、InSARデータの気象シミュレーションへの有用性について評価を行う予定です。
本研究ではInSARだけではなくSAR強度情報や偏波情報も駆使して、発災直後の土砂災害被害状況の迅速な把握を目的にその手法開発を行なっています。土砂災害に対しての研究はSARでも数多くされてきていますが、検出精度、汎用性、迅速性、災害対応現場での実用性など多くの課題が残っていることも事実です。本研究ではこれらの課題に対して取り組み、実用性の高い手法開発を研究しています。
Fig. 4はSentinel-1衛星のSARデータを使用して推定した土砂移動箇所の推定結果です。機械学習や深層学習の技術も活用して、発災後迅速に適用可能でかつ高精度な手法の開発を目指しています。
Fig. 4 土砂災害箇所の検出例。上図が検証用データ、下図がSARによる推定結果。
InSARによる世界のメガシティでの地盤沈下関連リスクの評価
2014年に打ち上げられたSentinel-1を始めとして、open&freeなSARデータは今後ますます増加していくことが期待されています。本研究ではそのような豊富なSARデータを時系列解析することで、大都市における地盤沈下を高精度に検出、リスク評価へ活用するための研究をしています。
InSAR時系列解析による地すべりモニタリング
年数cm程度のゆっくり変位が進む地すべりは、最終的に土砂崩落に至る危険性があり、その実態の解明およびモニタリング技術の開発が必要不可欠です。InSARは地すべりモニタリングにおいて期待されている技術のひとつではあるものの、まだまだ研究の途上にあります。当研究室でも地すべり現象に対する研究を進めており、将来的には防災に役立つような成果をあげるべく研究しています。
能登半島北東部で2020年末から活発化した地震活動に伴う地殻変動のInSAR時系列解析による解析と令和6年能登半島地震での余効変動
2020年の末頃から能登半島の北東部において、地震活動の活発化が確認されています。地震活発化と同時期より、GNSS観測により地殻変動が生じていることも確認されました。ただし能登半島北東部にあるGNSS観測点は数点しか存在せず、地殻変動の空間分布について十分に把握できているとは言えません。そこで本研究では空間分解能に優れるInSAR時系列解析を用いて、能登半島で生じている地殻変動の検出を行いました。左の図はSentinel-1のInSAR時系列解析により得られた地殻変動速度の図で、最大2cm/year程度の地殻変動が半島北東部で生じている様子が確認できます。
また2024年1月1日に発生した令和6年能登半島地震に対して、その後に生じている余効変動、特に余効すべり(afterslip)の検出を目的として、InSAR解析および粘弾性緩和のモデリングを行っています。
衛星観測を活用した社会工学研究への応用
筑波大学社会工学類の教員と協力して、SARをはじめとする衛星観測データの社会工学研究への応用に挑戦しています。潜在的な研究テーマは多岐にわたると思われますので、良いアイディアがある方はぜひお声がけください。