味噌天神の鳥居再建を紹介した際,ササの葉との関連を紹介した.ササは,味噌に限らずいろいろな食品の包装や飾り付けに用いられ防腐作用があるとされてきた.一般的には,揮発性微量化合物(総称 フィトンチッド,phytoncide)とフェノール性化合物が有効成分とみなされている.
防腐作用を科学的に調べた研究を探していたら,林産試の研究報告を紹介した資料(林産試だより)が公開されていた.林産試とは,林産工業に関する試験研究等を行うために設置された地方独立行政法人北海道立総合研究機構の試験研究機関であり,北海道内に大量に繁茂するササの有効利用に関する研究を手掛けている.
林産試の研究者の方から味噌天神のササの写真を見て,ササというよりは細い竹ではないかとのご指摘をいただいた.言われてみれば,北海道以外では,細い竹もササというので紛らわしい.竹は北海道のような寒冷地では育たないが,ササは寒冷地でも育ち,明確な区別があるらしい.七夕の「ささのはさらさら」は「たけのはさらさら」とすべきかもしれない.
「林産試だより」の記事はクマイザサについてである.読者の問い合わせに応えるかたちの「ササの葉の防腐効果と成分について」という記事である.記事によると,新鮮なササの葉には防腐効果が認められるが,古くなると効果が消失すると記されている.研究では,酢酸やプロピオン酸などの有機 酸とともに,グアヤコールやフェノールなどのフェ ノール性化合物が主成分であり,両者が相乗的に働くという話を紹介しながら,揮発性成分の中にも抗菌性を有する化合物が含まれる可能性を明らかにしている.すなわち,葉の鮮度が落ちると急激に防腐効果が減少するのは,揮発性成分の揮散によると推論している.
クマイザサの葉の エーテル抽出物から同定された化合物は,青葉アルコール,青葉アルデヒドおよび8種のテルペン類である.資料には構造式が書かれていないので,ウエブ上に公開されているPubChem (アメリカ国立衛生研究所 (NIH) 下の国立医学図書館 (NLM) に属する国立生物工学情報センター (NCBI))等の化合物情報サイトで調べてみた.いずれもイソプレン則で説明できるジテルペン(オシメンのみ)およびセスキテルペン類である.化合物によっては二重結合の配置による幾何異性体が存在する.なお,PubChem で薬理作用が記載されているのはカリオフィレンだけである.
カリオフィレン以外は聞き慣れない名称の化合物である.β-カリオフィレンは,ハッカ油,チョウジ,ブラックペッパー,オレガノ等にも含まれていて,合成,反応,薬理作用の面から注目されてきた.抗炎症作用や鎮痛作用を有し,カンナビノイド受容体タイプ2(CB2)の選択的アゴニストであることが知られている.
孟宗竹については,独立行政法人 森林総合研究所,大学,ベンチャー企業等数多くの成分研究,特許,商品化の紹介がある.
追記 林産試の資料には「エリクセン」と記載されているが,該当する構造を見つけ出すことができなかった. そこで,林産試に問い合わせた結果,英名は elixene であり,J-Global - 科学技術振興機構,日本化学物質辞書Webでは「エリキセン」と書かれている.
生合成されたテルペンは,さらに別の酵素によって酸素極性基を有するテルペノイドへと変換されていく.その際,二重結合しか存在しないため,さらなる反応ではπ電子が重要な役目を果たすはずである.事実,βーカリオフィレンはクロロ酢酸存在下容易に水和反応を起し,アルコール類を与えることが知られている.また,カチオン中間体の転位,および歪を有する四員環の開裂を伴う炭素骨格の変化が起こることが明らかにされている.参考のために,PM6分子軌道計算で得られた最高被占軌道や最低空軌道のエネルギーレベルは以下の通りである.詳細は別の機会にしたい.
オシメン (Ocimene) Cis-β-Ocimene Hf = 10.60 KCAL HOMO LUMO energies (EV) = -9.063 1.174 ジエン構造
Trans-β-Ocimene Hf = 10.98 KCAL HOMO LUMO energies (EV) = -9.094 0.893
βーボルボネン (β-Bourbonene) HOMO LUMO energies (EV) = -9.431 1.493 含歪四員環
γーカジネン(Cadinene) HOMO LUMO energies (EV) = -9.097 1.490
βーカリオフィレン(Caryophyllene) HOMO LUMO energies (EV) = -8.923 1.458 含歪四員環
αーグアイエン(Guaiene) HOMO LUMO energies (EV) = -8.740 1.398
γーグルジュネン(Gurjunene) HOMO LUMO energies (EV) = -9.101 1.380
ゲルマクレンーD(Germacrene D) HOMO LUMO energies (EV) = -8.691 1.155 ジエン構造
エリキセン(Elixene) HOMO LUMO energies (EV) = -8.796 1.385
PM6 計算構造(左から右へ表の順番)
参考資料
ササの葉の防腐効果と成分について [林産試だより. 2006年 (11月)],国会図書館デジタルコレクションからもPDF版ダウンロード可能
カリオフィレンのクロロ酢酸類による水和反応(日本化学会誌)