八山気功の開発者である八山元(中国名 張永祥)がいたころの中国には、幾千もの気功の流派があった。その気功の流派は、内容、目的に応じて「医療保健功」「武術健身功」「宗教修行功」の3つと、それらに分類されない「諸家実用功」に大きく分類され、「医療保健功」はさらに、本人が病気になりにくい身体を作るための気功である「養生功」と、すでに病気になった人の気を整えて健康にする気功である「医療臨床功」に分類された。若き頃の八山元は様々な気功の達人に会い、学び、修練し、それらを吸収していった。そして、気功の診療所を開いた八山元は、病に苦しむ患者達と出会い、治していく過程で医療臨床功に磨きをかけていった。
また、八山元はそれまで別々に存在していた、道家の秘術で診断のための気功である「千里診脈」と、治療のための気功を統合することにより、遠くの人を気功で治療する「萬里正脈」すなわち遠隔気功を開発した。
すなわち、八山気功とは、人々を健康にするという目的のもと、さまざまな気功からエッセンスを抽出し、臨床件数を重ねることにより統合された、八山元独自の特別な医療臨床功である。
八山元は中国にいる頃、緑内障や網膜剥離症、脳出血、火傷など様々な病を気功を用いてよい結果に導き、また癌を治せる気功師として有名になった。
そんな中、故 田中角栄 元首相の治療のため日本に招かれ、1986年に来日。様々な事情により田中氏の治療は残念ながら実現することはなかったが、滞在期間中、副作用の無い気功治療で多くの難病患者を回復へと導いた。
この評判が広がり、日本医科大学から客員研究員、中国気功専門医として招かれた。勤務の傍ら、様々な大学からの依頼により気功を科学的に解明する研究に協力した。
また、特に手術が難しいとされる、脳幹の腫瘍も消失させることに成功するなど着実に実績を上げていき、現在も気功普及のため国内外を問わず勢力的に活動し続けている。