サラシア

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薬学を修めていると,いろいろ聞かれることがある.今回はサラシアに関する質問である.インドやスリランカの王侯貴族がサラシアの幹で作られたコップに水を入れ,食事の時にその水を飲んで健康を維持したと伝えられている.サラシアに関しては,近畿大学薬学部がシンポジュームを開催するなど,研究を先導していたことを記憶してい平成20年頃,サラシアに含まれるサラシノールとコタラノールは食後血糖上昇抑制薬“アカルボース”と同等の効果を 示すことが明らかになり,サラシノールやコタラ ノールをモデルにした抗糖尿病薬の創製を目指す動きがあった.

サラシアの有効成分

     サラシアの幹や根に含まれている有効成分についての化学的証明がなされたのは20世紀末になってからである.成分としては,サラシノール,コタラノール,ジテルペン,トリテルペン (kotalagenin),マンギフェリン,カテキン類,タンニン類などのポリフェノールの存在が確認されている.主有効成分であるサラシノール,コタラノールの構造については紆余曲折があったようだ.主成分は分子内塩形成によるスピロ体の構造を有しており,構造化学的に珍しい化合物であるため,以下紹介したい.

サラシノール                   コタラノール

アカルボース(医療用医薬品)

サラシノールの構造(1997, X線解析)

結晶構造が,ケンブリッジ結晶データベース(CCDC174565, 2002年登録)に登録されている.分子内塩を形成し,分子の周囲は水酸基と酸素原子に覆われたスピロ体である.

CCDC 174565

コタラノールの構造(2D-NMR解析)

X線解析されたsalacinolと類似の構造を有していることがNMR解析(HMBC, COSY, NOE)により明らかにされた.NMRの相関データを投稿論文より引用させてもらった.

コタラノール誘導体の構造(2D-NMR解析)

2008年にサラシノールやコタラノールよりも生理活性が強い化合物として13員環を有する化合物を単離したと報告されたが,コタラノールのメタンスルフォン酸塩であると訂正された.

初期構造(2008年7月)

                                                                      訂正構造(2008年12月)


以上のように,主要な有効成分は明らかにされているが,現時点では製薬会社の数社が抽出物を特定保健用食品として販売している段階である.抽出エキスの有効性に関しては,情報を収集している以下のサイトを紹介しておきたい

国立研究開発研究法人  医薬基盤・健康・栄養研究所 「健康食品」の安全性・有効性情報

サラシア、サラシア・オブロンガ、サラシア・キネンシス、サラシア・レティキュラータ、コタラヒム、コタラヒムブツ

特定保健用食品として市販されているのは,抽出エキスの粉末であるため,その安全性について検討した研究論文を調べてみたが,以下の資料では急性毒性や変異原性は認められていない.

ニシキギ科植物サラシア幹抽出エキスの安全性, 食衛誌, 40.3.198(1999), 下田博司*1 藤村高志*2 牧野浩平*2 吉島賢一*2 内藤 一嘉*2 井保田尋美*2 三 輪 芳 久*2

サラシア属植物エキス粉末の安全性確認と 免疫機能に対する作用の解明(博士論文)

サラシア由来サラシノールを主成分とした機能性表示食品 ...

厚生労働省eJIMの情報(サラシアで検索)

健康診断の血液検査で血糖値が正常範囲を少し超えると要注意ということで,治療指針にそって,第一選択薬が処方される.わが国の糖尿病患者は,厚生省調査によれば糖尿病が強く疑われる人は690万人可能性のある人を含めると1,370万人と推計されている.平成29年度(2017)の国民医療費は43兆710億円で,前年度より2.2%の増加という結果であった.人口一人当たりの国民医療費は33万9,900円,前年度に比べ2.4%増加した.

    このような状況を反映して,糖の吸収を穏やかにする特定保健用食品のコマーシャルもにぎやかである.特定保健用食品としては,2022年時点で54種の商品が登録されているが,大別すると以下の6種であり,その大半は食物繊維 (難消化性デキストリン)    である.

○食物繊維 (難消化性デキストリン)    茶,飲料水,粉末清涼飲料,フリーズドライ品(スープ,粥,みそ汁,お吸いもの),緑茶飲料, 粉末スープ,  豆腐, 食パン, 炭酸飲料

○グァバ葉ポリフェノール   清涼飲料水

○難消化性再結晶アミロース パン

○小麦アルブミン (小麦たんぱく質)   粉末スープ

○L-アラビノース   砂糖代替品

○サラシア  錠菓,牛丼の具

かかりつけの内科医と話をした結論としては,高血糖症は飽食の時代ならではの病,腹八分が最良の良薬とのことである.


資料

特定保健用食品機能性表示食品の相違点

特定保健用食品は,健康の維持増進に役立つことが科学的根拠に基づいて認められ,「食後血糖値の上昇がゆるやかになる」などの表示が許可されている食品である.表示されている効果や安全性については国が審査を行い,食品ごとに消費者庁長官が許可している.

機能性表示食品は,事業者の責任において,科学的根拠に基づいた機能性を表示した食品である.販売前に安全性及び機能性の根拠に関する情報などが消費者庁長官へ届け出られたものであるが,特定保健用食品とは異なり,消費者庁長官の個別の許可を受けたものではない.

参考論文

1) スリランカ産天然薬物 “Kotala himbutu”(Saltrciareticutnta )の抗糖尿病作用成分:新奇なチオ糖スルホニウム硫酸分子内塩構造を有するα・グルコシダーゼ阻害成分SalacinolおよびKotalanolの搆造 

天然有機化合物討論会講演要旨集40 巻 (1998)

2)Kotalanol, a Potent α-Glucosidase Inhibitor with Thiosugar Sulfonium Sulfate Structure, from Antidiabetic Ayurvedic Medicine Salacia reticulata, Chem. Pharm. Bull., 46(8) , 1339-1340(1998). M. YOSHIKAWA, T. MURAKAMI, K. YASHIRO, H. MATSUDA.

3) Absolute Stereostructure of Potent α-Glucosidase Inhibitor, Salacinol, with Unique Thiosugar Sulfonium Sulfate Inner Salt Structure from Salacia reticulata, Bioorganic & Medicinal Chemistry,  10(5), 1547-1554(2002),  M. Yoshikawa, T. Morikawa, H. Matsuda, G. Tanabe, O. Muraoka

4) 吉川雅之, 「薬用食物の糖尿病予防成分 医食同源の観点から」『化学と生物』 40巻 3号 2002年 p.172-178, 日本農芸化学会

5) α-Glucosidase Inhibitor from Kothala-himbutu (Salacia reticulata WIGHT), J. Nat. Prod. 2008, 71, 6, 981–984S. Ozaki, H. Oe, S. Kitamura. 13員環化合物として提案.

6) On the structure of the bioactive constituent from ayurvedic medicine Salacia reticulata: revision of the literature, Tetrahedron Letters. 49(51), 7315-7317(2008). O. Muraoka, W. Xie, G.Tanabe, M. F. A. Amera, T. Minematsu, M. Yoshikawa. 13員環構造の訂正論文.

(2023.10.7)

マンギフェリン