電通大に着任してから取り組んでいる研究テーマは下記の三つです。
坂野昌人のこれまでの研究業績はこちら。
二次元結晶を重ねて拓く、新物質・新現象
物質を構成する一つ一つの原子の組み合わせや並び方を設計し、望みの性質を示す物質を創りだすことは、物性物理学の究極的な目標の一つです。その実現に向けた舞台となるのが、原子数個分の厚さしかない「二次元結晶」です。物質の種類や層数、重ねる順序、隣り合う層のねじれ角を選ぶことで、自然界の結晶にはない構造を組み立てることができます。その膨大な組み合わせの中には、もとの物質にはなかった性質や、未知の量子現象を生み出す可能性が広がっています。
私たちはグラフェンや遷移金属ダイカルコゲナイドなどの二次元結晶を組み合わせて新たな人工積層体を創製しています。さらに、空気中では扱いにくい物質にも研究を広げるため、窒素雰囲気や高真空中で原子層を剥離・積層する装置の開発に取り組んでいます。作製した微小試料は、マイクロ/ナノ角度分解光電子分光(ARPES)を用いてその電子構造を調べます。積層による対称性の変化や層間の相互作用が、電子のバンド構造やスピンにどのように現れるかを直接観測し、新しい物性が生まれる仕組みに迫ります。
二次元結晶のうち、原子層半導体は、次世代の電界効果トランジスタ(FET)のチャネル材料として半導体技術のロードマップにも位置づけられています。私たちは、そのような未来の電子材料としての可能性も見据えながら、既知の機能の改良にとどまらない、新しい物質と現象の発見を目指しています。物質を「つくる」ことと電子を「観る」ことを一体的に進め、原子層の組み合わせから、まだ知られていない物理を引き出していきます。
量子光 × 外部光電効果の新領域
光を物質に当てると電子が真空中へ飛び出す「外部光電効果」は、光電子分光の基礎となる現象です。従来の光電子分光では、主に光の波長・強度・偏光を利用して、物質中の電子状態を調べてきました。これに対し、光子の数や光子どうしの量子相関にまで注目すると、電子の放出を捉える新しい視点が生まれます。実際に、照射する光の光子数の統計的な性質が、放出される電子の数の分布に反映されることも示されています。
私たちは、スクイーズド真空場、量子もつれ光子対、光子数状態などの「量子光」を用い、外部光電効果の新しい側面を探る研究を立ち上げています。光の量子的な性質は、放出される電子の数・エネルギー・運動量・スピンに、どのように現れるのでしょうか。また、光子と光電子の間に量子相関を生み出し、制御することはできるのでしょうか。電子を放出しやすい試料の作製、量子光を導く光学系の構築、光子と光電子を一つずつ検出して対応づける相関計測など、実験手法そのものの開発から取り組みます。
光と電子の量子状態を結びつけることは、将来の量子情報処理や新しい量子計測につながる可能性をもっています。私たちが目指すのは、外部光電効果を通じた光から電子への量子情報の受け渡しや、光を用いた電子の量子状態制御の原理を明らかにすることです。物質を「観る」ために発展してきた光電子分光を、量子状態を「つなぐ・操る」ための手法へと広げ、量子光学と物性物理学の境界に新しい研究領域を切り拓いていきます。
電気をよく通すもの、磁石になるもの、温度を下げると超伝導を示すものなど、物質の性質はさまざまです。その違いを生み出す鍵を握るのが、結晶の中の電子の振る舞いです。私たちは、超伝導体やトポロジカル物質をはじめとする多彩な結晶を対象に、その性質を特徴づける電子構造を調べています。原子の種類や並び方、電子どうしの相互作用によって、なぜ異なる物性が現れるのか。電子の状態を直接観測することで、その仕組みに迫ります。
中心となる実験手法は、物質に光を当て、飛び出す電子を調べる「角度分解光電子分光(ARPES)」です。NanoTerasu、SPring-8、KEKのフォトンファクトリー、HiSORなどの国内の放射光施設や他大学のARPES装置を共同利用させていただき、電子のエネルギー・運動量・スピンを詳しく測定します。光の波長を変える、わずかなエネルギーの違いを見分ける、スピンを区別するといった、それぞれの装置の特徴を生かした測定を組み合わせ、物性の背後にある電子構造を多角的に捉えます。試料作製や理論計算を専門とする研究者とも連携し、実験で見つかった特徴を手がかりに、物性を生み出す仕組みを考えます。
物質の性質を電子のレベルから理解することは、これまでにない機能をもつ材料を見いだすための出発点でもあります。未来の電子材料につながる可能性も見据えながら、既知の現象の理解にとどまらず、まだ知られていない電子の振る舞いや、新しい物性の発見を目指しています。