プログラム

2021年度 秋季研究発表会 プログラム

※時間を一部修正しました(2021/12/11)

13:00 開会

一般報告セッション(1)
13:10 第1報告| 堀 壮太/武蔵野のサウンドスケープ〜国木田独歩を「耳の証人」として〜
13:50 第2報告| 箕浦一哉・大門信也・兼古勝史/市民との協働によるサウンドスケープ調査―浜松市における波音調査の経験から

ショートトークセッション
14:30~15:00
第1報告| 兼古 勝史/波音・海鳴りの語るもの―基調音から考える風景リテラシー
第2報告| 吉田瞳/中世都市における「音のメディア性」はいかに論じうるか
第3報告| 大浦瑞樹/ミュージックサイレンにおける「平和」概念の再検討
質疑応答

15:00 休憩(10分)

一般報告セッション(2)
15:10 第3報告| 五十嵐美香/ご当地発車メロディにみる音楽と場所の結びつき―musical topophilia概念を手掛かりに
15:50 第4報告| 今田匡彦/ロゴスを超えて:サウンドスケープを基盤とした子どもたちのオンガク

16:30 休憩(10分)

16:40 総合討論

17:30 閉会

※一般報告は発表20分+質疑20分、ショート・トークは発表5分です。

報告要旨

一般報告

◇第1報告

武蔵野のサウンドスケープ〜国木田独歩を「耳の証人」として〜

堀壮太(青山学院大学)

 武蔵野の風景は明治時代と現在で大きく変化した。明治時代の渋谷や新宿などには林が存在し、自然環境、音環境共に豊富であった。しかし、現在は都市化によって自然は大幅に失われ、音環境の多様性は乏しくなっているのが現状である。
 また、サウンドスケープ研究においては、ある地域で聞かれた過去の音についての記述を含む文学作品などを「耳の証人」と呼ぶ。国木田独歩が1898年に発表した随筆作品「武蔵野」は、彼がその文章を記した日時や時期を特定できる、彼が実際に体験した環境とそれに対する全身感覚を用いた印象が細かく述べられている等の理由から「優れた耳の証人」であり、サウンドスケープ研究の資料として適していると言える。
 以上の問題意識と、研究の方法論に基づき、本研究は、国木田独歩「武蔵野」を手掛かり(即ち「耳の証人」)として、国木田独歩が把握していたサウンドスケープを読み取り、明治時代の「武蔵野の音」とそれを生み出した環境の実態を明らかにすることを目的とする。
 そのための研究方法としては、「武蔵野」を耳の証人とし、そのテキストから音に関する部分はもちろんのこと、その他に環境の構成要素となる部分について記載されている部分を抜き出していく。その場合、「個人、あるいは特定の社会がどのように知覚し、理解しているかに強調点の置かれた音の環境」というサウンドスケープの定義を踏まえ、音、または環境の構成要素が書かれている部分だけを抜き出すのではなく、それぞれの部分に対する背景や国木田独歩の持っている印象など、周辺要素の記載部分をも抜き出すという手法の構築を意識した。それらの情報を分析し、まとめることによって本研究の結論を提示する。
 そして最終的には、本研究を今後の武蔵野における音環境の多様化実現に向けての第一歩とするという、今後の研究計画についても言及していく。

キーワード:武蔵野、国木田独歩、サウンドスケープ


◇第2報告

市民との協働によるサウンドスケープ調査:浜松市における波音調査の経験から

箕浦一哉(山梨県立大学)、大門信也(関西大学)、兼古勝史(放送大学)

 本発表では、静岡県浜松市内において市民との協働によって実施しているサウンドスケープ調査について、その経緯・状況を報告するとともに、参加した市民へのインタビュー調査結果を報告する。本調査は、〈音の風景〉に関する社会的な「記憶」に注目して人びとと環境との関係性を検討しようとするものである。このために報告者らは、浜松市篠原地区で活動する郷土史グループ「浜風会」に協力を申し入れ、同会メンバー有志が波音の観測・録音を実施することになった。参加したメンバーは、それぞれの決めた場所・時間で環境音を聴取し、波音の聞こえを記録シートに記入した。うち3名は研究者から貸与された録音機を用いて録音をおこなった。波音の記録は2020年12月から、録音は2021年7月から開始し、2021年11月現在継続中である。その状況は浜風会の定例会で共有されるとともに、報告者らとも機会を設けて情報共有・意見交換をおこなった。また報告者らは、参加した市民のうち主要メンバーである4名を対象として、2021年10月にインタビュー調査を実施した。これらのインタビューおよび他の機会のコミュニケーションを通じて以下の知見が得られた。この調査プロジェクトに参加した市民は、日常のなかでふだん意識しない波音の存在を再確認し、音環境への気づきを得るとともに、「前浜」と呼ばれる身近な海浜環境との関わりを再認識していた。また、複数の参加者が、調査地点を変えながら聞こえや録音の変化を確認するなど、個々の関心に基づいた探究を実施しており、地域住民の音環境への主体的な関与が引き出されていた。これらの結果から、市民と協働したサウンドスケープ調査が、市民・研究者の双方にとって意義のある実践となっていることを確認することができた。

キーワード:市民、協働、波音、波小僧、浜松


◇第3報告

ご当地発車メロディにみる音楽と場所の結びつき:musical topophilia 概念を手掛かりに

五十嵐美香(お茶の水女子大学)

 本発表では、Leonieke Bolderman 2020 Contemporary music tourism: a theory of musical topophilia におけるミュージカル・トポフィリアの概念を用いて、ご当地発車メロディにみる音楽と場所の結びつきについて検討を行う。
 ミュージカル・トポフィリアは、「人々、場所/場面、そして音楽の間の情緒的な結びつき」、「特定のジャンル・ミュージシャン・音楽活動との関連づけに基づく場所への愛着」と定義される(Bolderman 2020: 19;54)。この概念は、イーフー・トゥアンによるトポフィリア概念に基づき、ミュージック・ツーリズムという近年展開されつつある新領域に理論的基盤を提供する目的で提唱された。
 はじめに、この概念について、①4種に分類される要素(A:音、B:テクストとイメージ、C:ミュージシャン、D:音楽が生産される場所)を介して生じる音楽と場所との関連づけ、②その過程における感情的・情緒的な側面、の2点に着眼し概観する。
 次に、この概念を手掛かりとして、ご当地発車メロディについて検討する。ご当地発車メロディとは、「使用楽曲と使用駅あるいは駅周辺地域が何らかの方法で関連づけられる発車メロディ」(五十嵐 2020: 83)であり、1980年代に登場し現在も全国各地で展開される。
 まず、新聞記事を中心とした調査・分析に基づいて(五十嵐2020)にて既述した、ご当地発車メロディに対する地域性の付与の5つの分類(人物・楽器・楽曲の種類・曲名/歌詞、聴取経験)と、上述①の“仲介mediation”プロセスとの一致について示す。これにより、ミュージカル・トポフィリアが、現代日本での音楽の使用実践の中に既に包摂されているプロセス・構造であることを示す。
 また、②情緒的側面について、ご当地発車メロディの具体的事例の検討・整理を行う。メロディと地域との結びつきは、地元地域共同体の象徴、聖地巡礼型の観光コンテンツ、地元スポーツチームの応援などのパターンが存在しており、これに応じて多様な感情喚起が生じうることを示す。
 最終的に、以上に示した2つの段階をふまえ、ご当地発車メロディの公共性について検討する。鉄道駅という不特定多数の人々が移動・通過する場に存在する公共性が、上述の2つの段階、すなわち仲介要素による土地との関連づけと、感情喚起との間に位置づけられるものであることを示す。"

キーワード:発車メロディ、場所、ミュージカル・トポフィリア、観光、公共性


◇第4報告

ロゴスを超えて:サウンドスケープを基盤とした子どもたちのオンガク

今田匡彦(弘前大学)

 R.マリー・シェーファーは,オンガクとコトバの誕生の奇蹟を有史以前のサウンドスケープに見出す。無垢な体験として曖昧な境界しか持ちえなかったこの2つの奇蹟は,やがてロゴスによる価値の概念により,形式と内容に分断される(Sontag, 1990)。この分断が起きた際,勝者となったのは,内容を司るコトバから言語へと変容を遂げた所謂ロゴスである。ロゴスが価値づけたのは,視覚を中心とした「風景:landscape」であり,ロゴスによって放置された形式としての音空間は,それ故,20世紀になりシェーファーが”soundscape”という造語を創生するまで「存在」しなかった。シェーファーによるサウンドスケープ思想は,言語による内容を切り詰め,そのものとしての形式の艶,その透明に立ち返ることで芸術の再構築を説いたスーザン・ソンタグによる〈反解釈〉と親和性を持つ。
 20世紀を迎え,ロゴスと共に展開されてきた「西洋クラシック音楽」は,ロゴスの外側に存在した非西洋の音響文化に着目した。クロード・ドビュッシー以降の西洋音楽は,基盤となる調性システムの限界から,例えばバリ島のガムランなどを流用することにより,新たなシステムの構築を目論んだ。「音楽」に「雑音」を導入したエリック・サティ,未来派を標榜し「雑音」を「音楽」としたルイジ・ルッソロ,禅や易経により「雑音」に「音楽」的時間軸を宛がったジョン・ケージ,自然の印象を作品に取り込もうとした武満徹など,無定形な音環境に霊感を得た作曲家は多く存在する。しかし,ロゴスを顚倒させ,音風景をエクリチュールとして作品の中に封じ込めた彼らと,音環境にロゴスの外側の魔術性を見出そうとしたシェーファーは,その音楽への立ち合い方において一線を画す。ある瞬間,共時的に生起するサウンドスケープそのものを聴き,更にデザインしようとしたシェーファーの重要性を特徴づけるのは,音楽教育,つまり子どもたちへの視線である。17のゴールから構成されるSDGs(Sustainable Development Goals)が2015年に国連サミットで採択された際の最も重要な提言の一つが”No one will be left behind”(誰も取り残さない)である。国連がSDGsを提唱する以前から,シェーファーは既に〈誰も取り残さない〉ためのオンガクの創生を子どもたちに委ねていた。
 以上を踏まえ,本発表では2021年10月に行われた弘前大学教育学部附属特別支援学校,小学校,中学校の子どもたちの協働による授業「今ある音を見つけ,新しい音風景をつくろう」を基盤としたアクション・リサーチを通して,今後のオンガクの再構築について検討する。

キーワード:ロゴス、サウンドスケープ、音楽教育、SDGs、価値


ショートトークセッション

○第1報告

波音・海鳴りの語るもの:基調音から考える風景リテラシー

兼古 勝史(放送大学)

 「東日本大震災の際、津波の音が聞こえなかった」という話を聞くが本当だろうか? 三陸の津波被害とテレビ報道のノンフィクション小説を執筆中の知人の作家から相談を受けたことが、本研究のきっかけだった。明治~昭和の三陸地方の大津波だけでなく、各地各時代で様々な津波の前兆音の記録や伝承が残されている。また、遠州灘の「浪小僧」、鹿島の七不思議の「波の音」をはじめ、「磯鳴り」や「海鳴き」「鳴り聞き」の存在など、かつての沿岸地域には波音、海鳴りを聴く観天望気の文化が各地にあった。こうしたいわば海辺の基調音としての波音を聴く生活文化の伝承について、風景リテラシーの観点から考察する。

キーワード:波音、海鳴り、基調音、防災文化、風景リテラシー


○第2報告

中世都市における「音のメディア性」はいかに論じうるか

吉田瞳(京都大学)

 中近世ドイツ史では昨今、主に都市史の文脈にて「中世的公共性」が論じられている。この公共性論の下位トピックは様々だが、そのなかには鐘や管楽器、声など「音」のメディア性に注目するものもある。本ショート・トークでは「中世的公共性」や、それと関連する「音」関係の研究をごく簡単に紹介する。歴史学において「音のメディア性」をいかに論じうるか、専門を異とする多様な立場からコメントをいただきたい。

キーワード:中近世ドイツ、公共性、音の歴史学


○第3報告

ミュージックサイレンにおける「平和」概念の再検討

大浦瑞樹(所属なし)

 本発表はミュージックサイレンにおける「平和」概念の再検討を目的とする。一般にサイレン忌避の裏側として、ミュージックサイレンは平和の表徴として認識されることが多かった。本発表はその認識に対して再検討を行う。

キーワード:ミュージックサイレン、モーターサイレン