プログラム

2020年度 春季研究発表会 プログラム

13:00 開会

13:10 一般報告(発表20分+質疑15分+予備5分)

第1報告|兼古 勝史・箕浦 一哉・土田 義郎/日常風景としてのサイン音 ―浜松市のミュージックサイレンに対する住民意識―

第2報告|石橋 幹己/戦前の東京におけるサウンドスケープ・デザイン ―都市美協会の騒音問題に対する取り組み―

第3報告|坂東 晴妃/自然環境モデルを用いたサウンドスケープの美的評価

総合討論

15:40 休憩

15:55 ショートトーク(発表5分)

第1報告|宮本 一行/比叡山中にて実施したサウンド・パフォーマンスの紹介

第2報告|田中 直子/サウンドスケープ・ワークショップの意義と課題

第3報告|柳沢英輔/『ベトナムの大地にゴングが響く』の紹介

質疑応答

16:40 閉会

報告要旨

一般報告

◇第1報告

日常風景としてのサイン音――浜松市のミュージックサイレンに対する住民意識――

兼古 勝史(放送大学)、箕浦一哉(山梨県立大学)、土田義郎(金沢工業大学)

 音楽時報「ミュージックサイレン」は、静岡県浜松市に本拠を置く楽器製造販売会社の工場用の時報として戦後になってから設置されたものである。しかし工場建屋の取り壊しに伴って2018年12月28日に運用終了となり、現在は企業内の倉庫にて保管されている。このミュージックサイレンは、時報であると同時に音楽の街浜松のシンボルとして、市民・近隣住民に戦後68年にわたり親しまれてきた。

 日本サウンドスケープ協会共同研究プロジェクトでは、2018年8月より、ミュージックサイレンに関する調査を継続してきた。同サイレンの運用終了から約1年の節目を迎えつつあった2019年11月に、近隣エリアである同市中区中沢町自治会の協力を得て、近接地区の住民への質問紙の全戸配付による「ミュージックサイレンの思い出」という意識調査を実施した。本報告はミュージックサイレンの音に日常的に接していたと考えられる近接地区住民への調査の回答を集計するとともに、特に自由記述の文章の内容に着目して整理し、考察したものである。

 そこから見えてくるのは、長期にわたり地域の日常風景の中に存在していたサイン音と住民との関わりの一端であり、日常生活の中に鳴り続けてきた音の突然の消失という出来事を前にした人々の反応である。ここから地域における日常風景としてのサイン音の意味を考えたい。

キーワード:ミュージックサイレン、サイン音、日常風景、浜松、住民意識


◇第2報告

戦前の東京におけるサウンドスケープ・デザイン―都市美協会の騒音問題に対する取り組み―

石橋 幹己(国立劇場)

 本稿は、1920~30年代の東京における騒音対策をサウンドスケープ・デザインの視座から見直し、都市の騒音対策がどのように実践されたのか歴史的に検証するものである。音規制や音響のデザインではなくサウンドスケープ・デザインという概念に立脚することにより、人と音の関係性を調査研究や保全運動といった視点から考察を深めたい。

 なおここでは、サウンドスケープ・デザインの都市を審美的にみる「作品」観と、社会問題に対する意識を高めその改善を図ろうとする「環境倫理」観に着目している。芸術的な感性で評価した「作品」と人間の生活を保全する「環境倫理」が、戦前の東京で都市美運動と関わり騒音問題を解決していく中にも見て取ることできる。

 1920~30年代、騒音が社会問題と広く議論された。多くの市民は騒音に悩み苦しみ、産業交通が発達する都市の生活環境を改善するような声も聞かれた。そのため、高田実・佐藤武夫・有本邦太郎といった科学者が、それぞれ個別に都市問題に関心を抱き、騒音調査を始めていった。彼らは騒音を改善しようとする「環境倫理」を持っていたが、具体的な保全活動に展開することには至らなかった。

 この頃関東大震災を契機とし、都市美運動が盛んであった。建築物や街衢道路、広告物などを規制することにより、美観の保護が要求された。都市美は従来、都市を一つの芸術作品と捉え視覚的な要素の強い運動であったが、総合的な美が強調されるなかでしばしば都市の音も話題に上った。加えて、海外の潮流を受けながら「美」の対象が衛生や福祉といった人間生活に広がり、都市の社会問題が積極的に議論されるようになると、都市美において騒音対策が大きな柱となった。

 そこに騒音調査に取り組んだ高田実、佐藤武夫、有本邦太郎が都市美運動に参加するようになり、都市全体を「作品」として思い描く都市美運動において「環境倫理」に根差した騒音の保全運動が展開した。

キーワード:キーワード:サウンドスケープ・デザイン、騒音、都市、作品、環境倫理


◇第3報告

自然環境モデルを用いたサウンドスケープの美的評価

坂東 晴妃(大阪大学大学院)

 音楽は美学理論に基づいた批評が可能であるのに対し、自然音や環境音は、批評を可能にする明確な理論が存在しないと指摘されることが多い。それゆえ、環境デザインにおいて視覚的な整備は優先的におこなわれてきた一方で、聴覚に関わるデザインは、評価基準の曖昧さを理由にしばしば混乱を招いている。騒音規制という観点に限れば、音環境を整備する数量化可能な基準は存在する。しかし、音の美的な価値評価においては、客観的な指標を確立することが困難であり、主観による個人的な好みが顕著に反映されてしまうと考えられてきた。本発表では、数量化して評価することのできないサウンドスケープの美的価値に、客観的な美的評価の基準を確立する——すなわち、サウンドスケープの美的判断に規範性を与える——ための条件を、アレン・カールソンが提唱した自然鑑賞理論である「自然環境モデル」を手がかりに検討する。

 カールソンは、哲学的分野として確立された環境美学の立役者の一人である。彼が1977年に発表した論稿「景観美の量的測定の可能性について」では、量的な客観性に基づいた自然の美的判断の問題点を挙げるとともに、質的な客観性に基づいて美的判断をおこなう「環境批評家」の必要性を論じた。さらに、1979年の論稿「鑑賞と自然環境」では自然環境モデルを提唱し、鑑賞に際して自然についての常識的/科学的知識を媒介することが適切な自然鑑賞を実現すると強調した。

 カールソンの自然環境モデルは、自然を芸術や風景画であるかのように鑑賞することを批判し、視覚や聴覚に限定した自然鑑賞が不適切であることを指摘する。聴覚を契機に五感を再統合して風景を捉えることがサウンドスケープの理念であるならば、自然環境モデルとは、自然についての「知識」を契機に五感を介した風景の再統合を目指すものであると理解できるだろう。カールソンの自然鑑賞理論を援用することで、サウンドスケープの美的評価に美学理論を提示することが、本研究の目的である。

キーワード:自然環境の音、美的判断、環境美学、アレン・カールソン、環境批評


ショート・トーク

◇第1報告

宮本 一行(秋田公立美術大学大学院)

比叡山中にて実施したサウンド・パフォーマンスの紹介

 本発表では、滋賀県大津市山中町に位置する共同アトリエ「山中スープレックス」に滞在し、比叡山中にて取り組んだサウンド・パフォーマンスについて紹介する。本実践は、筆者が演奏するバストロンボーンの音響が環境の反応の触媒となることで、人間と環境の相互的作用によって作り出された音楽的表現である。その聴取を通じて、現地の音環境を理解するための「准環境」としての提示を試みるものである。今回は、本実践の一部について、映像記録を用いて報告する。

キーワード:准環境、音楽的聴取、音響的身体


◇第2報告

田中 直子(つながりSoundscape-Art)

サウンドスケープ・ワークショップの意義と課題

 感受と発見、想起の体験を触発するサウンドスケープ・ワークショップは、まちや地域のアイデンティティを掘り起こし、個人レベルでは、心とからだを統合したホリスティックな身体性の回復、また自己との出会い直しにもつながること、さらには自然や環境との親和性が高い日本的感性をクローズアップするものとして意義深いものであることが、その実践から明らかになってきた。一方、三蜜を避ける新生活様式の時代に即したワークショップ手法の新たな開発が目下の課題である。

キーワード:ワークショップ ホリスティックな身体性の回復 環境・自然 日本的感性


◇第3報告

柳沢英輔(同志社大学)

『ベトナムの大地にゴングが響く』の紹介

 本発表では、発表者が2019年11月に上梓した『ベトナムの大地にゴングが響く』(灯光舎)の内容について紹介する。本書は、発表者が2006年から2018年にかけて調査を行った、ベトナム中部高原のゴング文化の研究内容をまとめたものである。ベトナムのゴング音楽に興味を持ったきっかけ、調査助手との出会い、ゴング文化の諸側面について簡単に説明する。

キーワード:ベトナム、ゴング、音響・映像メディア