昭和58年(1983年)9月南釜山RCが創立25周年を迎えられました。当クラブより香月孝会長を団長とし、10名程が訪韓し創立25周年記念式典に参加しました。また記念事業は佐賀RCとの共同事業で釜山市立博物館に大型博物館案内板を寄贈しました。この年、年次大会で佐賀RCはガバナー奨励賞、財団寄付優秀クラブの表彰を受けました。
昭和60年(1985年)最大の業績は、公益信託佐賀ロータリークラブ奨学基金の設立であります。従来は、故小川潜会員を中心に会員有志の方々が資金を拠出して佐賀RC奨学資金として運営されていたものを、クラブの正式の奨学基金として設立されたのであります。ニコニコ箱の基金より1,000万円を奨学基金として公益信託に拠出し誕生したものです。同年6月には井田圓之ガバナーの年次大会のホストクラブとして佐賀市民会館で国際ロータリー第274地区年次大会を担当しました。
昭和61年(1986年)6月第274地区第5回ローターアクト年次大会が佐賀ローターアクトクラブがホストクラブとして担当開催しました。会場は川上の龍登園でした。
昭和62年(1987年)4月第10回オリエンテーリングが金立いこいの広場で開催されました。出席者は多数でありましたが10年間続いた行事として見直しの意見が出て次年度は検討することになりました。
昭和63年(1988年)6月に市内4RC青少年奉仕委員会合同でオリエンテーリングを中止しキャンプ用テントを寄贈しました。9月南釜山RC創立30周年記念式典が行われ当クラブより会員・家族26名が参加し共同事業として釜山地区の目の不自由な人の施設へ盲人用タイプライター19台を寄贈しました。
平成元年(1989年)3月佐賀RCがホストで第2分区のインターシティーミーティングが医師会メディカルセンターで開催されました。テーマは「クラブ奉仕活動について」で、熱心な討議が行われました。また同月第1回アジアロータリー親善会議が台北市で開催され、当クラブより野中萬太郎会員、内田衍会員が出席されました。同年4月に内田衍会員が1990~91年度第274地区のガバナーノミニーに選出されました。また5月には大韓民国のソウルで国際大会が開催され当クラブより会員・家族合わせて16名が参加されました。10月にはガバナーノミニー事務所が内田記念病院内に開設され、ガバナー就任に向けて本格的な準備がスタートしました。11月ロータリー財団月間にちなんで全会員が1人10ドルの寄付を行いました。また同月佐賀市内の4RCと牛津・神埼RCの6クラブ合同で「4つのテスト」のテレホンカードを作成配布しました。
平成2年(1990年)3月内田衍ガバナーノミニーご夫妻はフォートワースで開催された国際会議に出席されました。帰国後4月に会長エレクト研修セミナーを開催され当クラブがホストを務めました。また5月には地区協議会を当クラブのホストで市内の増田会館パル21で開催しました。6月に入ってインターアクト指導者講習会を佐賀清和高等学校にて開催されました。同月内田衍ガバナーノミニーご夫妻はポートランドで開催された第81回国際ロータリー年次大会に出席されました。帰国して7月より国際ロータリー第274地区ガバナーに就任されました。7月10日鹿島RCをスタートに公式訪問も始まりました。同月イラン地震援助金として1人当たり1,000円を拠出しました。11月には南釜山ロータリークラブ会員の方々が姉妹クラブの友情で年次大会に出席して内田ガバナーをはげます目的で来日されました。その方々の歓迎会を増田会館パル21で開催しました。また年次大会の為にRI会長が派遣されたM・A・T・カパラスRI会長代理夫妻の歓迎会をホテルニューオータニ佐賀で274地区クラブ会長・幹事夫妻、パストガバナーのご出席のものとで盛大に行われました。11月9日より3日間の日程で「自然とロマンが薫るはがくれの里」のキャッチフレーズのもとに1990~91年国際ロータリー第274地区年次大会が当クラブのホスト(コ・ホストは佐賀西RC・佐賀北RC・佐賀南RC)で開催され、約2,000人のロータリアンと家族に参加戴きました。
平成4年(1992年)5月には地区大会を記念して市内松原川沿いに植樹を行いました。また6月には夢咲公園にクロガネモチの植樹も行いました。青少年委員会では中学体育連盟に4本の優勝旗を寄贈しました。
平成5年(1993年)2月27日、ホテルニューオータニ佐賀にて佐賀RC創立40周年記念式典が空閑清高会長のもとで盛大に且つ厳粛に行われました。記念事業として南釜山RC(尹千守会長)と共同で佐賀市に車輌を2台寄贈しました。(1台は車椅子ごと身障者や高齢者を移動できるミニハンディキャブ、もう1台は独居老人を訪問看護するヘルパーさん用の軽自動車です。)