Vengeance

エルフの国、エルフ城――

白い天蓋が薄闇に揺れている。赤褐色の斑点が無数に散らばった薄布で仕切られたベッドの上で、城主ラヴィアは身体を丸めて眠っていた。

絹糸のような長く美しい銀の髪がベッドの上に広がり、月の光を映して煌めいている。だが、まだ幼さの残る端正に整ったその顔は、その美しい容貌とは裏腹に、悪夢にうなされているかのごとく歪み、眉間には深いしわが刻まれている。


「............」

薔薇のつぼみのような愛らしい唇が微かに動く。かすれた声はエルフ語で母を呼んでいるようであった。

――またあの夢......。

夢の中で、ラヴィアは既に気づいていた。夢だとわかれば、あとは現実の目を開き、この身体を覚醒させるだけだ。しかし、ラヴィアの意に反して夢の中の自分の身体は恐怖で強ばり、全く思うように動かせなかった。

黒い大きな影が、輪になって母親のリエルを取り囲んでいる。影たちは嘲笑を浮かべ、その声は絶望の音としてラヴィアの耳に輪を成して響いた。

ラヴィアの目の前には、ぐったりと動かなくなったリエルの美しい肢体がある。

白い脚が大きく開かれ、その間に割って這入った黒い影たちは欲望を吐き出す。繰り返し、何度も何度も犯され、抵抗のたびに切り刻まれた身体は既に力を失っている。潰れた喉から辛うじて絞り出された声は、ラヴィアに逃げるように訴え続けていた。だが、夢の中の自分は動くことができない。突如城を襲った人間たちによって蹂躙され、

穢された母から目を逸らすことができない。不意に視界が真っ赤に染まり、同時に母の白い肢体が血で汚された。影たちは、事切れた母の手足を荒々しく折り、引きちぎり、貪るように食べ始めた。残虐極まりないその光景にラヴィアは絶叫した。

「ラヴィアサマ、ラヴィアサマ!」

ラヴィアを悪夢から現実に引き戻したのは、使役鴉の甲高い声だった。窓の隙間から飛び込んで来た黒い影は、鋭いくちばしで天蓋を引き裂き、大きな翼を広げたままラヴィアの頭上を飛び回った。
「ノルテ村、魔王サマ、ホロボシタ!」

悪夢の余韻を振り解くように頭を振り、ラヴィアは大きく溜息を吐きながら身体を起こした。そうして頬に残っていた涙を手の甲で乱雑に拭うと、ベッドの上で立ち上がり、おもむろに鴉の羽を掴んだ。


「魔王サマ、ツギ、ホロボ――ギャァ!?」

ノルテ村を魔王軍の食料調達部隊が滅ぼしたとの報告を告げていた鴉は、逃れようと藻掻いたが、それよりも早くラヴィアが具現させた氷の刃がその身体を貫く方が早かった。

「ギャァアアアアッ!」


「うるさい」

ラヴィアの手のひらから具現した無数の氷の刃が、鴉の身体を貫く。断末魔を上げた鴉は事切れてベッドの上に落ち、赤黒いしみがシーツの上に広がっていく。

「ラヴィア様、今の声は!?」

夜の静寂を破る断末魔を聞きつけて、城内の者たちが集まってくる。だが、ラヴィアは開かれた扉に向かうと、無言のまま氷の矢を放った。


「あぁあああああっ!」

何も知らない部下たちの悲鳴が上がる。だが、エルフ城であるにもかかわらず、駆けつけたのは異形の魔物たちであった。


「お止めください!」


「ラヴィア様がご乱心だ!」

ずんぐりとした小柄な体躯の魔物たちが、蜘蛛の子を散らすように引き下がっていく。再び一人になったラヴィアは、ベッドの上に散らばった無数の黒い羽根と使役鴉の死体を忌々しげに見つめ、手をかざした。


「......消えろ」

その声に反応するように具現した氷が、死体を包み込んで宙に浮かせる。氷に包まれた鴉の死体は宙に浮き、窓の外へ移動すると、粉々に砕け散った。

「......ああ、忌まわしい人間ども......。呪わしい我が記憶......」

天蓋を引き剥がし、長く伸びた氷の爪でベッドを切り裂きながらラヴィアが呪うような声を上げている。引き裂かれた羽毛が舞い散る寝室に差し込む青白い月明かりは、ラヴィアの凶行をただ静かに照らしている。

怒りに任せて部屋を荒らし回っていたラヴィアは、倒れて割れた鏡台を踏みつけ、そこに映る自らの姿をじっと見つめた。

ひび割れた鏡の中には、エルフ城の先代の主であるリエルの容貌を受け継いだラヴィアの姿が、映し出されている。

「魔王様はなぜ、この私に人間を滅ぼす命令をくださらないのか――」

忌むべき人間の蛮行の記憶で、自らのなかにある復讐の炎を燃え上がらせながらラヴィアは寝室の隅に座り込み、身体を丸めて膝の上に顔を伏せた。

「母と私を辱めた者たちが、誰であろうと構わない。全てを滅ぼしてしまえば良いだけのこと......」

それが魔王によって植え付けられた偽りの記憶であることを、知る由もなく、ラヴィアは憎悪の炎を募らせていった。


薄暗い闇に包まれた回廊がどこまでも続いている。フルヴィオとミーアは、幽世《かくりよ》の森から長く伸びるその回廊を、リナルドの案内で進んでいた。

二百年ぶりに幽世の森を出たというリナルドは、この回廊をエルフ城へ続く道と説明した。

「それにしても、変な感じだな。冷たくて、暗くて、リナルドが居なけりゃこんな道、通りたくねぇよ」

宙に浮かべた灯火の珠を標《しるべ》にしたリナルドと、その後ろに続くフルヴィオからやや離れた薄闇から、ミーアの苦笑が聞こえてくる。

「私がいなければ、この道はそもそも開かれぬ。ここは、この世でもあの世でもない空間じゃ」

怯えた様子のミーアを気遣ってか、リナルドが軽口を叩くような調子で言う。

「この世でもあの世でもない……?」

「そう。ここは魔法で開いた『閉じた空間』じゃ。見よ」

リナルドが閉じた空間と説明した回廊の外側に向け、灯火の珠を向かわせる。薄闇が晴れた向こう側には、深い霧に包まれたようなぼんやりとした空が広がっており、翼を持つ魔王軍の一隊が飛翔しているのが見えた。

「あいつら、あたしたちの姿が見えねぇのか......?」

すぐそばを横切っているにもかかわらず、魔物たちの視線は彼らには向けられない。警戒を露わにしたミーアの反応も、次第に落ち着いたものへと変わっていった。

「そのとおり。この回廊にいる限りは、姿も見えぬし声も聞こえぬ」

「......魔法というものは、便利だな......」

安全な場所を確保されているのだとわかり、フルヴィオも緊張を解く。呟きと同時に、脳裏に故郷のノルテ村での凄惨な出来事が蘇り、フルヴィオは深く息を吐いて目を閉じた。

あの時、この魔法を使える者が助けに来てくれたなら――。

人々が願ったのは、魔王軍を退ける救い主の姿だった。だが、この魔法で幽世の森へ逃げられたなら、あの惨劇のなかでも僅かな救いが得られたのかもしれない。だが、どれだけ考えを巡らせたところで、過去は変わらないのだと、すぐに首を横に振り、その考えを頭のなかから追い出した。

「......あたしらにとって安全な移動方法だってのはわかったけど、エルフの娘に会うなら、どこかでこの空間から出なきゃならねぇよな?」

ふと思いついたようなミーアの問いかけで、フルヴィオの思考は現実に引き戻された。

「水鏡で見たところ、小柄な人型魔族がエルフ城を取り巻いていた。安全に進めるのは城の近くまで――だが、短い時間なら、そなただけ結界の中に入れておくこともできる」

「い、いや、そういう意味で言ったんじゃねぇよ」

リナルドの提案をミーアは声を張り上げて否定した。

「......いい。怖いのは俺も同じだ、ミーア」

虚勢を張っていることに気づいたフルヴィオが、自らの心境をさらす。ミーアは驚いたようにフルヴィオを見、小走りで彼の隣に並んだ。

「まあ、どっちみち死ぬんなら、戦って死んだとかの方がマシだよな」

「同感だ。逃げるために生きながらえているわけではない」

ミーアの乾いた笑いにつられずに淡々と返し、その華奢な背を叩く。ミーアは、その覚悟を胸の内で繰り返すように、無言で何度か頷いた。

「......覚悟は結構だが、並の人間が魔物と戦うのは至難の業じゃ。出来れば戦闘は避けたいところじゃな」

リナルドの口ぶりは、暗に自分ならば魔物と戦えることを示している。覚悟はあれど、死を見据えなければならない自分たちとの差を感じ、フルヴィオは立ち止まった。

「……リナルド。あなたは俺たちとは別に動くべきではないだろうか?」

「いや、それだとあたしたちが困るだろ」

「そのとおりだ。だが、俺たちを助けることは、リナルドの足枷になる」

ミーアの反発にフルヴィオは淀みなく答える。今この時も、リナルドがいなければエルフ城へ向かうことすらままならないのだ。

「......買いかぶりすぎじゃ、フルヴィオ。どのみち老いた私一人ではなにも出来ぬ」

フルヴィオの言葉にリナルドは首を横に振った。

「無理に戦うことはない。倒すべきは魔王であり、魔王軍はその過程に立ちはだかる障壁に過ぎぬ。障壁は避けても通れる」

リナルドは立ち止まらずに、前へと進んでいく。ミーアがフルヴィオを追い越すと、唯一の明かりである灯火の珠が遠くなり、フルヴィオも立ち止まったままではいられなくなった。

「逃げるべき時は逃げる。第一に生きることを考えるべきじゃ。こうして三人で行動すれば、それだけ生存の可能性が上がる。私になにかあったその時には、ラヴィアへの謝罪を伝えて欲しい」

「……謝罪?」

生きるよう諭すリナルドの声に次第に悔恨の音が混じる。苦々しく紡ぎ出された言葉を、ミーアが繰り返した。

「そうだ。今になって、二年前のことを悔いておる。ラヴィアからの報せでリエルが死んだと告げられたとき、なぜ死んだのかを知ろうとはしなかった。不吉な予感があったにもかかわらず、自らの預言者としての勘を無視した」

「その時は、それが正しいと思ったんだろ?」

そばで聞いているだけで、その痛切な後悔が伝わってくる。ミーアは、戸惑いながらリナルドに問いかけた。

「ラヴィアは鳥を操り、私にしか理解出来ない魔法をかけて知らせてきた。それを、リエルの死を私以外には知られたくなかったからだと解釈した。偉大な城主の死は、すなわち魔王軍の侵攻の隙を作るからだ。だが、現実はどうだ......?」

リナルドの視線がフルヴィオへと向けられる。フルヴィオが答えられずに俯くと、足元に灯火の珠が動き、霧に包まれた外界を照らした。

回廊はいつの間にか、谷間の村の上へと伸びている。眼下に広がるのは、ノルテ村を彷彿とさせる悲惨な光景だ。魔王軍によって破壊の限りを尽くされた村々から黒煙が上がっている。そこにあるのは、死の気配だけだった。

「もうここにはエルフ族はおらぬ。人間とエルフ族の共存関係は、魔王軍によって奪われた」

眼下の光景がエルフの国のものであると、リナルドが告げている。十日以上休まずに歩き続けなければ辿り着けない領域に既に足を踏み入れていることに気づき、フルヴィオは驚愕に目を瞠った。

「......今、目の前のこの状況は、私が招いたとも言える......。リエルの死を知ってからの二年間、動かなかった……動こうとしなかった」

フルヴィオには見えないものが、リナルドの目には全て見透せているのだろう。再びその口から後悔の念が語られた。

「......賢者リナルドの考えは、常に正しかった」

村での言い伝えを思い返しながら紡ぎ、フルヴィオは顔を上げる。リナルドはフルヴィオの目を真っ直ぐに見返して、哀しげに眉を下げた。

「今となっては、そうとも言えぬ。魔王が復活したというのに預言は視えぬ。魔王を倒すための剣も失われた絶望の時代じゃ。だが、それでも希望はあると信じて静観を保った」

「なにも間違ってはいない。救い主様の預言はあった」

「だが、なにも起こらなかった」

首を振るリナルドの動きに合わせ、長い髭が重く揺れる。

「たとえ預言が視えなかったとしても、私は自ら動くべきだった。私は――」

「......はぁ、立派だなぁ......。勇者様と行動してると、そういう考えになるのか?」

その場の重い空気にそぐわぬ発言に、フルヴィオは思わず咎めるようにその名を呼んだが、ミーアは苛立ったように続けた。
「だってそうだろ?今起きていることはリナルドのせいじゃない。悪いのは魔王だ。それに、誰だって面倒事からは逃げたいもんだろ?」

「自らの身を本能的に守ろうとする力が働くからじゃ。恐怖はそのために備わっていると言っていい」

リナルドは同意を示した。その言葉を聞き、フルヴィオはやっとミーアの真意を掴んだ。

「けど、あんたはなにもしなかった。逃げなかったじゃないか。立派なもんだぜ」

「......ミーアの言う通りだ。逃げ続けることもできるのに、俺たちに力を貸してくれている」
「それは――」

リナルドが口を開いたが、フルヴィオは続く言葉を遮った。

「俺たちには特別な力はない。ただ、故郷の村を滅ぼされ、生きていくあても失われた今となっては、戦う以外に道がないからそうするだけだ。だが、あなたは違う」

「......同じじゃ。無為に時を過ごすことにもう意味はない。私にも戦うべき時が来た、それだけのことだ」

リナルドが苦笑を浮かべて宙を仰ぐ。灯火の珠が遙か先へと移動し、薄闇の終わりで止まった。

「……だが、フルヴィオ、ミーア......。そなたたちの言葉には、随分と救われる思いだ」

まるで扉を開いた先のように、半円状の穴がぽっかりとあいている。その先には、エルフ城を背に佇む小さな村の入り口があった。

「さあ、ここから先は外の世界。エルフ城に最も近い人間の村じゃ」

「......もう着いたのか......」

幽世の森を出たときには見えなかったエルフ城が、間近に迫っている。その周りには自分たちが生まれ育った人間の国――ロルンドールの豊かな水に囲まれた場所とは異なり、深い森と山々が幾つも幾つも連なっていた。


「申し訳ありませんが、お引き取りくだされ」

閉じた空間から村へと移動した一行を、長老と名乗る老人が拒絶した。長老を守るように立つ二人の老いた門衛が、槍を天に向けて立て、フルヴィオらの村への立ち入りを阻んでいる。村の人々が、その様子を家の陰に隠れるようにして様子を窺っている様子から、誰一人彼らの到着を歓迎していないことが言葉にせずとも理解できた。

「......賢者リナルド様といえ、この村に一歩たりとも入れることは出来ませぬ。人間を庇護していたエルフの国は、今や魔王軍の手に落ち、ここはその支配下にあります故――」

その顔に痛々しい暴力の跡の残る長老は、欠けて不揃いな歯を示し、数歩後ろに下がった。村と外との境界線に当たる門はひしゃげて、最早その役割を果たしてはいなかったが、リナルドもフルヴィオらに目で合図し、境界の外へと出た。

「では、せめてここで少しだけ話を」

「......二年前に魔王軍の襲撃がございました。エルフ城のエルフたちは勇敢に戦ったものの、敗北し、以来このような状態に......」

リナルドの問いかけの意図を汲んでか、老人が掠れた声で現状を語る。老人の証言によれば、魔王軍に敗北したエルフは男女問わずに辱めを受けたのちに、残虐な方法で殺され、あるいは連れ去られた。

「人間の力は取るに足りぬ。容姿もエルフ族に比べれば遙かに劣る。労力と食料として残されたが、もうこの村に残るのは先のない老人のみ......」

老人はそこで言葉を切り、白く濁った目でリナルドとフルヴィオ、そしてミーアを順に見つめた。

「我々が出来ることはなにもありませぬ。二年前よりこの地は、人間のものでもエルフのものでもなくなりました」

二年前というのは、リエルが命を落としたまさにその頃だ。リナルドは老人の視線を受けたまま、深く溜息を吐き、顎髭に手を押し当ててうめいた。


「......リナルド......」


「やはりそうだった......。それしかあり得なかった......」

悔しさを滲ませるリナルドの強く噛みしめた唇から、血が滲んでいる。

「リエルは、魔王軍に殺された」

「エルフ城の主、リエル様は立派に戦われた。それ故、多くの者の前で残虐な辱めを受け、娘のラヴィア様も――」


「......もうよい」

老人の証言を遮り、リナルドは激しく首を横に振った。

「過去は全て視えた。ラヴィアを救わなければならぬ」

「......これだけわかれば、引き返すわけにはいかないな」

リナルドの言葉にフルヴィオも頷いた。

「しかし、いくら賢者リナルド様と救い主様とて、たった三人でエルフ城に挑むのは――」

「俺は救い主ではない。故郷を魔王軍に滅ぼされた、ただの男だ」

「あたしも、まあ似たようなもんだな」

フルヴィオが否定すると、ミーアも誤解を避けようとそれに続いた。

「............」

二人を見つめる長老の眼差しは、命が惜しくないのかと訴えているかのようだ。だが、言葉にはしなかった。


「村に入れないのならば、直接城へ向かう以外に道はないな」

「無謀だ。今からでも引き返すのだ。もうどうにもならん」

積み重なった絶望でかすれた声が、諦めを諭す。だが、リナルドは頷かなかった。

「この村のことを案じているのならば、良い考えがある」

そう言いながらリナルドは、手のひらを足元にかざした。小石が一つ引き寄せられるように浮き上がり、彼の手のひらに乗った。


「見ておれ」

リナルドが唇を動かすと同時に、透明な膜が張るように空気が揺らぎ、手のひらの上に乗っているはずの小石が薄くなって見えなくなった。


「......小石が......消えた?」

驚くミーアに手を出すように促し、リナルドは手のひらを逆さにする。

「わっ!」

ミーアが驚きの声を上げ、自分の手のひらを反対の手で叩いた。

「見えねぇのにある!」

「透過の魔法じゃ。これと同じ結界を村に施そう。効果は数日ほどじゃが、魔王軍の目を欺くことができる」


「......ここを離れろと仰るのか......?」

リナルドの魔法と、ミーアの反応を見つめていた長老が苦く顔を歪めて問う。

「可能ならばその方がいい。食料が尽きれば俺たちの利用価値はなくなる。俺の村とこいつの村が辿った道を、この村も進むだけだ」

村を離れる意思がない、あるいは既になにもかもを諦めているかのような長老の口ぶりに、フルヴィオはさらに起こる最悪の未来を口にする。長老は力なく頭を振り、大きく息を吐いた。
「......わかっておる。だが、行くあてもない」

「幽世《かくりよ》の森へ」リナルドが静かに告げると、遠巻きに様子を窺っていた村の老人たちの間に、ざわめきが起こった。

「数日は歩き続けなければ、辿り着かない場所……。老いたこの身体にはとても――」

「我々が通ってきた閉じた空間を抜ければ、そう遠くはない」

リナルドが法衣をひるがえすと、透きとおった氷のような階段が露わになった。鈍色の雲から差し込む僅かな光を受けて淡くきらめく階段は、空に続き、その先には三人が通ってきた回廊の入り口が見えた。

「私が残してきたものを自由に使うといい。この村に住む数十人程度ならば、幽世の森で過ごせるはずだ」

「......そこまで視えておりましたか......」

長老が歯のない口を開けて笑い、不格好に曲がった腕を持ち上げる。その合図に、村のあちこちで様子を窺っていた老人たちが、村の入り口に集まってきた。

「ならばこの老いぼれどもが、せめて安らかな死を迎えるそのときまで、お力を借りると致しましょう」

長老の承諾を得て、リナルドは村に向けてゆっくりと両手をかざした。その手のひらから放たれた白い光は、大きな円を描いて村を包み込んだかと思うと、その中に不思議な紋様を幾つも浮かび上がらせた。


「村が......消えていく......」

老人たちが口々に呟く目の前で、村が忽然と姿を消す。

「さあ、これで村はもう見えぬ。あとはこの回廊へ入り、幽世の森へ向かうがいい」

リナルドに促され、村人たちが移動を始める。透明な階段を上った老人たちが一人、二人と回廊へと入ると、その姿はフルヴィオたちからも見えなくなった。

「リナルド様、お二方、どうかご無事で……」

「我々のことは良い、それよりも急ぐことだ」

最後に残った長老を急かし、リナルドが上空を示す。そこには黒い点のようなものが幾つも浮かんでおり、真っ直ぐに彼らの元へと向かって来ていた。

「もう気づかれたってわけか。魔物は目ざといな」


「だが、閉じた空間には入れぬ」

リナルドが宙にかざした手に、いつのまにか魔法の杖が収まっている。

「戦えるか、ミーア?」
「あんまやりたくねぇけど、やるしかないな」

剣を構えるフルヴィオの隣でミーアは軽口を叩いたが、その動作は素早く、既に剣を抜いていた。


「あんたが蘇らせてくれた父さんの剣、切れ味を試させてもらおうか」

「ああ、きっと驚く」

自らを奮い立たせるように笑うミーアに合わせ、フルヴィオも無理に笑う。漆黒の羽を持った魔物の一団は、もう目前に迫っていた。


地上に降り立った五体の魔物が、歪な形状をした棍棒《こんぼう》を構えて周囲を見回している。人間に近いずんぐりと太った姿をした魔物たちを従えているのは、漆黒の羽をまとったラヴィアだった。
「ラヴィア」

エルフにあるはずのない、魔物の羽をまとうラヴィアを見上げ、リナルドが念じるように呼びかける。リナルドのその声が届いたのか否か、ラヴィアは一層強く漆黒の羽をはばたかせた。
「これは、どういうことじゃ?なぜ魔物を従えておる?」

全てを視ているはずのリナルドが、敢えて疑問符を口にしている。ラヴィアは怒りの形相で背の羽に手をかざした。


「避けろ!」

いち早く反応したのは、ミーアだった。ラヴィアの背の羽根が鋭く尖り、三人に向けて放たれる。


「魔王様に盾突く愚かな人間共よ。滅せよ!」

羽根の攻撃を避ける三人を、火炎が追撃する。リナルドはそれを氷の盾を打ち立てて、跳ね返した。


「ほう。並の人間ではないようだな」

「この顔を忘れたか、リエルの娘ラヴィア。……私じゃ、リナルドじゃ」

「......母様の名を気安く呼ぶな」

リナルドの訴えにもリエルの表情は変わらない。忌むべき対象として蔑視する視線が憎悪の炎を伴って、三人に向けられていた。

「リエルとは、勇者アズゴルドと共に戦った仲間じゃ。賢者リナルドの名をなぜ忘れている?」

「……リナ......ルド......?」

リナルドの語りかけにラヴィアが僅かに反応する。たどたどしく紡がれたリナルドの名は、必死になにかを思い出そうとしているかのように見えた。

「ラヴィア様、人間、滅ぼす」

だが、ラヴィアの後ろに控えている魔物たちが棍棒を振り上げながら威嚇を始めると、再びその目に憎悪の炎が宿った。

「母様を殺した人間は許さない。それに味方する者は、誰であろうと敵とみなす」

首飾りの黒い宝石からどす黒い靄が出て、ラヴィアの頭を包み込んでいく。ラヴィアの目つきが変わり、白くしなやかな手がまがまがしい火炎を伴ってリナルドに向けられた。

「どうやら、やるしかないようじゃな」

リナルドが杖を構え、不思議な響きの言葉を唱える。次の瞬間、三人の周囲を囲むように分厚い氷の壁が出現した。


「無駄なあがきを」

ラヴィアが手を振り上げ、火炎を放つ。火炎は氷の壁をぐるりと巻き込むと、荒々しく燃えさかった。


「さて、あまり時間がない。どう戦うべきかをそなたらに教える」

リナルドがそう話す間にも、氷の壁はじりじりと溶けていく。

「敵は魔物五体とラヴィアだ。ラヴィアには、まるで歯が立たないが、魔物たちは俺に任せてくれ」


「俺たち、だろ?あたしもちゃんと勘定に入れてくれよ」

フルヴィオの提案にミーアが口を挟む。フルヴィオが頷くと、リナルドが杖を地面に突き刺し、その場に片膝をついた。

「......それでは、素早さと力を二人に授けよう。これでなんとか凌いでほしい」

祈るような静かな呟きが、氷の壁の中を反響している。その一瞬だけ、壁の外の炎や魔物の乱暴な罵りが消えた。


「おお......?なんか、腕に力が入るぞ。足も自分の足じゃないみたいに軽い!」

淡い光に包まれたミーアが、驚嘆しながら飛び跳ねている。その跳躍力は常人のものとは桁違いに高く、フルヴィオの背を軽々と追い越した。

「実は死を覚悟していたが、そうならずに済みそうだ」

ミーアと同じ力を与えられたフルヴィオは、同時に自分の中の不安や恐れが消えていることに気がついていた。魔物とはいえ、自分たちよりも体格の劣る魔物ならば、自らが研ぎ澄ませた剣で倒すことができるだろう。

「……リナルド、魔法とは不思議な力だな。脅威にも希望にもなる」

「ああ、そうじゃ。願わくば希望でありたいものじゃな」

リナルドが苦笑を浮かべ、氷の壁を見遣る。火炎が解かれたかと思うと、魔物たちが棍棒で薄くなった壁を割って侵入を始めた。


「頼んだぞ。フルヴィオ、ミーア」

リナルドが音もなく宙に浮かび上がり、ラヴィアとの距離を一気に詰める。

「じゃあ、とっととやるか!」

間合いを取るべく下がったミーアを、魔物たちが真っ直ぐに狙ってくる。

「やっぱそう来ると思ったぜ!」

ミーアは十分に彼らを引きつけてから、父の形見の剣を真横に薙《な》いだ。次の瞬間、魔物の腕が棍棒を持ったまま吹き飛び、血飛沫が上がった。

「よそ見してる場合じゃねぇぜ!」

なにが起きたか理解出来ていない様子の魔物の胴に、ミーアが次の一撃を叩き込む。腕を失った魔物は、防御もままならずに横倒しになった。

「離れろ、離れろ!」


「殺せ、殺せ!」

倒れた魔物の胴から、おびただしい量の血と臓物が零れている。その上で地団駄を踏みながら、残る四体の魔物が呪うような声を上げて襲いかかってきた。


「フルヴィオ!」

標的がフルヴィオに移されたことに気づいたミーアが声を上げる。だが、フルヴィオは落ち着いて剣を振るった。一体目の首を刺突するように狙い、棍棒の一撃を避けながら二体目の身体を薙ぐ。フルヴィオの剣はそれだけで魔物の肉を切り裂き、その戦力を削いだ。

「よくもよくもォ!」

後方に控えていた魔物が鎖鎌を振り回しながら、距離を取る。間合いに入らなければ斬り付けることのできない剣を警戒しての攻撃であり、防御のようだ。

だが、フルヴィオは予備のナイフを抜き去ると、鎖鎌の間を難なく通してその頭部に突き刺した。素早さを授けられたことで、魔物たちの動きが鈍く見える。そして、自分自身は驚くほどの速さで攻撃に移ることが出来ている。

鎖鎌を持つ魔物は、なにが起きたのか理解出来ない様子でよろめき、自らが振るっていた鎖鎌に巻き付かれるようにして倒れた。


「......なんだ?思ったより呆気なかったな」

残る一体を倒したミーアが、剣についた血を払いながら首を傾げている。魔物を全員倒したとはいえ、その表情には安堵というよりも不安が浮かんでいた。

「いや、まだだ......」

恐らくミーアが感じている違和感と同じものに寒気を覚えながら、フルヴィオは上空を仰いだ。いつの間にか鈍色の雲に支配されていた空から、突然黒い稲妻のような光が降ってきたかと思うと、地面に倒れている魔物らに命中した。

光を受けた魔物が立ち上がり、各々に武器を持ってふらふらと動き始める。欠損した身体はそのままで、既に死している目は白く濁り、口からはごぼごぼと泡のような血を垂れ流している。
「うぇっ、気持ち悪ぃ!」

「……これも魔法か......」

真っ直ぐに向かってくる魔物に剣を振るうと、あっさりとその場に倒れた。だが、すぐに何事もなかったかのように起き上がった。腕を斬り落としても、頭を切り落としても、何度でも魔物は復活し、執拗に襲いかかってくる。
「キリがないな......」

ミーアと背中合わせになりながら、襲ってくる魔物を倒し続ける。操り人形のように動く屍は、四肢が失われると、今度はうごめく塊となって、二人を追い続けはじめた。

「......あのさ、フルヴィオ」

ミーアが視線を寄越しながら、弱々しく声をかけてくる。

「あたし、嫌なことに気づいちまったんだけどさ……。これ、リナルドの魔法が解けたら、あたしたちどうなるんだ?」

ミーアの言わんとしていることに気づき、フルヴィオはぞっと背を震わせた。蘇り続ける魔物を相手に、息も上がり、剣を振るう腕も重くなってきている。

「......リナルドは......」

首を巡らせ、リナルドの様子を探る。リナルドは少し離れたところで、ラヴィアと戦っていた。互いに炎や雷を打ち合い、あるいは防御しながら、目まぐるしい攻防が続けられている。


「あっちはあっちで大変そうだな。勝てると思うか?」

「......違うぞ、ミーア。勝たないといけないんだ、俺たちは」

そう言い、フルヴィオは魔物を寄せ集めたような異形の塊に剣を突き立てて二つに切り裂く。最早原形を留めていない異形の塊は、ぐねぐねとうごめき、臓物を触手のように動かし続けている。だが、復活の兆しは幾分か鈍くなりはじめていた。

「さて、こいつが元に戻る前に、なんとかしな――」

ミーアの呟きを耳に、とどめとばかりに念入りに魔物の塊を切り刻んでいたフルヴィオが頷きかけたその時。


「――――!」

甲高い悲鳴が上がったかと思うと、吹き飛ばされたラヴィアが目の前に転がってきた。

「......よくも、よくもよくも......このような醜態をさらさせてくれたな......」

目の前のフルヴィオとミーアには目もくれず、ラヴィアが呪うような声でぶつぶつと呟いている。二人には聞き取れなかったが、どうやらエルフ語で怒りの言葉を発しているようだ。

「......目を覚ましてくれ、ラヴィア。リエルはこのような戦いを望んではいない。私とて、そなたを傷つけたくない」

ラヴィアに負けず劣らず負傷したリナルドが、ゆっくりと距離を詰めてくる。ラヴィアは歯噛みしながら起き上がり、リナルドに構えた両の手を向けた。

「……なぜ母様の名を呼ぶ?」

「リエルは私の仲間だ。そなたの目を覚まさせることを、きっと望んでいる」

「......なにを言って......。う、うぁ......」

淡々と諭すようなリナルドの言葉に、ラヴィアの表情に戸惑いが浮かぶ。だが、その戸惑いは、すぐに首飾りの宝石から立ち上った黒い靄によって怒りの表情に変えられた。

「......ミーア。あの首飾りを盗めるか?どうもあれが、ラヴィアをおかしくしている気がする」

「ああ、あの黒い靄が出てるやつだな」

声をひそめるフルヴィオに、ミーアが魔物が手放した鎖鎌を片脚で引っかけて持ち上げながら頷く。

「気がついていたか、なら話は早い――」

「そういう盗みなら得意だぜ!」

フルヴィオが頼む前に、ミーアが飛び出す。

「ミーア!」

フルヴィオより早く声を上げたのは、リナルドだった。リナルドが放った光が、ミーアの身体に触れて弾け、その速度を上げる。

「わざわざ始末されにきたのか?」

「そんな訳ないだろ!」

ミーアの斬撃を避けながら、ラヴィアが冷徹な声を向ける。放たれた火炎を身を翻してかわしたミーアは、背に隠し持っていた鎖鎌を振るった。


「な......」

ラヴィアが反射的に身を引き、首飾りの長い鎖が彼女の身体から離れて宙に浮く。

「もらった!」

ミーアは器用に鎖鎌を操ると、首飾りの輪に鎖鎌の先を引っかけて引きちぎった。

首飾りが地面に落ち、リナルドの雷撃がすかさず宝石を破壊した。

「あぁあああああっ!」

ラヴィアが絶叫を上げ、頭を抱えて苦しみ出す。黒い靄が叫ぶラヴィアの口から溢れ出し、霧散したかと思うと、ラヴィアの身体がその場に力なく崩れた。


「ラヴィア!」

リナルドが倒れたラヴィアに駆け寄り、抱き起こす。

「リナルド!」


「......大丈夫だ。もう害はない」

警戒を露わに叫んだフルヴィオに、リナルドは穏やかな表情で首を横に振った。忌まわしい異形と成り果てた魔物たちもただの屍に戻り、血の泡となって地面に赤黒いしみを作っていく。

「やはり、これが元凶だったか」

フルヴィオの呟きに、ミーアが真ん中の宝石が割れた首飾りを爪先で蹴りながら頷く。

「……まったく、無茶をする......」

「あたしは絶対できるってわかってたけどな」

呆れ顔のリナルドに、ミーアは鼻先を擦って得意気に笑った。


「全てを……全てを思い出した......」

短い眠りの後、目を覚ますと同時にラヴィアが呟いた。正気に戻った彼女の顔にはこれまでとは違った怒りと落胆に混じり、深い悲しみが滲んでいる。

「もう城には帰らない。私も共に行こう。母を殺し、自分や仲間を操った魔王を討つ」

「……力を貸してくれるか、ラヴィア」

決意を聞き、リナルドがその目を見つめて問う。

「私の方こそ、お前の――賢者リナルドの力が必要だ」

身体を起こすラヴィアは、差し出されたリナルドの手を断り、しっかりとした足取りで立ち上がった。

「......そこの人間たちにも礼を言う。もしかして、救い主か?」

「いや、違う。ただの人間だ」

「あたしも」

頭を振るフルヴィオに合わせて、ミーアも肩をすくめる。

「そうか……。では、魔王と戦える実力があるのは、リナルドだけか......」

「私も老いた。以前のようには戦えぬ。今の実力は、ラヴィアの方が上じゃ」

その言葉が謙遜ではないことを、察してか、ラヴィアはなにも言わなかった。代わりに口を開いたのはミーアだった。

「じゃあ、ラヴィアがいればかなり心強いな。魔法をかけてもらえれば、あたしたちでも多少は戦えるし」

「いや、それでは魔王を倒すことはできない」

首を横に振るラヴィアは、エルフ城を我が物顔で歩く魔物を忌まわしく見つめている。

「救い主がいなければダメなのか?俺たちではなにも――」

「そうは言っておらん。ただ、魔法では魔王を傷つけることは出来ても、殺すことも滅ぼすこともできぬ。他の武器とて同じ。救い主がいようといまいと、それは変わらぬ」

「......つまり、どういうことなんだ?」

話が呑み込めていないミーアが、結論を急かす。

「魔王を倒すためには、特別な剣を用いなければならぬのだ。……過去にルクシアやアズゴルドが使っていたその剣は、最初に魔王が出現した時に、人間とエルフ、ドワーフ、そしてドラゴンが協力して作り、代々魔王を討伐するために受け継がれて来たものじゃった」

「......ってことは、その剣を見つけなきゃならないってことか?」

ミーアの問いかけに、リナルドは目を閉じて首を横に振った。

「その剣は、二百年前に失われた。アズゴルドが魔王に剣を突き刺し、その身とともに岩漿《マグマ》に飛び込んだのじゃ」

「魔王を倒すには再度、剣を鍛造する必要がある......そういうことか?」

鍛冶屋であるフルヴィオが、その結論を導き出すのは早かった。リナルドが頷くと、ラヴィアも首を縦に振って同意を示した。

「鍛造には、エルフの魔力を込めた鉱石とドワーフの加工技術、ドラゴンの炎が必要となる。つまり、各種族が共通の敵を倒すため、世界はいま一度ひとつになる必要がある」

「緑鉱石に魔力を込める役は、私にやらせてくれ。このまま共に、ドワーフの地を目指す」

鍛造に用いられる金属と緑鉱石と呼ばれる魔力に反応する鉱石は、いずれもドワーフの地にある。ラヴィアの申し出に、リナルドは長い髭を揺らして、大きく頷いた。

「そう言ってくれると思っておったぞ、ラヴィア。エルフ族の中で最も優れた魔力の持ち主であるお主以外に、適任はおらぬ。すぐにでも、ドワーフの国へと向かおう」

リナルドの言葉は、鉱石を用意する間に、過去の鍛造技術を得なければならないことを示している。二百年という間の平和がもたらした空白は、人間にとって大きく、他の種族においても決して小さくはない。人間の国以外では、どれだけの変化があっただろうかと思いを巡らせながら、フルヴィオは口を開いた。

「ドワーフの国は、無事なのか?もし無事ならば、戦力になってもらえないだろうか?」

「それは望めん。ドワーフという種族は、良い武具や貴金属を作ることにしか興味がない。そもそも、戦わずに済むのならばその方が良いと誰もが思っておる。......人間、エルフと続いて次に狙われるのがドワーフとドラゴンの国であることは自明だが、今すぐというわけではない。自ら早める必要もない」

リナルドの言葉は、冷たいようでいて非常に現実的なものだった。既に侵略されている人間とは、立場も考え方も異なるドワーフは、自らの利にならなければ力を貸すような相手ではないのだろう。


「……ならば、その技術を教わり、俺が作ることは可能か?」

「……確か、お主の鍛冶道具は、ドワーフのものじゃったな」

「その通りだ。俺の先祖がドワーフから技術を教わった時に、持ち帰ってきたものを受け継いでいる」

フルヴィオの言葉に、リナルドが目を細めて空間に手をかざす。一陣の風が吹いたかと思うと、フルヴィオの目の前に彼の道具が入った古びた袋が現れた。

「あたしの剣を研いでくれたあれか!じゃあ、腕も良かったが、道具も良かったんだな」

ミーアが感心したように飛び跳ね、フルヴィオの背を叩く。フルヴィオは道具を手に取り、胸に抱き締めた。

「......ドワーフが鍛冶道具を渡すとは、並大抵の腕ではないな。子孫とはいえ、確かな技術を持っていると見える」

やや離れたところに転がる魔物の死体を魔法の光で照らしながら、ラヴィアが低く呟く。鋭く細められたその目は、無数の斬撃の痕を見極めている。

「とはいえ、ドワーフの技術には到底及ばないが、その心意気は良い。救い主ではないにせよ、ただの人間というわけではないな。そこの女も」

「ミーアだ。こっちはフルヴィオ」

ラヴィアの視線を受けたミーアが、胸を張って名を名乗る。

「エルフ城の城主、誇り高きリエルの娘、ラヴィアだ。エルフ族の誇りと名誉にかけて、この世界を救う手助けをする。......私の望みはただひとつ、魔王への復讐だ」

ラヴィアはそう宣言すると、美しい銀糸の髪を後方にはねのけた。