第二章
Enchant
幽世《かくりよ》の森は、男の生まれ故郷であるノルテ村から、南西に下った先に静かに佇んでいる。
『入ってはいけない森』だと言い伝えられているその森は、人の手が入っておらず、近くに人家もない。ノルテ村からは徒歩で半日ほどの距離という知識はあったが、どれだけ歩いても彼方に見えるはずの森との距離は、一向に縮まらなかった。
気を抜くと死より恐ろしい残酷な光景が、脳裏に蘇る。白昼夢のように蘇る光景に悲鳴を上げそうになり、男は後悔の念に苛まれた。
死は免れたが、生きていることへの安堵や喜びはなかった。
生き残ってしまった後悔に、男は自分を強く責めてた。
恐ろしい心の傷に加え、極度の空腹と疲労が男の歩みを鈍らせている。その上、持ち慣れない剣と野営生活用のナイフを携えた男の足は幾度となくふらついた。
転げそうになるそのたびに、男は立ち止まって歯を食いしばり、鈍色の雲に覆われた空を仰いだ。
ふと風が動き、誘われるように振り返ると、雲間から微かに漏れた光が、ノルテ村の方角に天使の梯子を降ろしていた。
「……ああ......」
低く呟き、目許を擦って唇を引き結ぶ。なすすべなく命を奪われた村人たちの姿が再び脳裏を過り、男は神に祈る言葉をぶつぶつと呟いた。
「森へ......。あの森へ......」
自らを奮い立たせるように、南西の森を見据え、剣を引き摺りながら前へ前へと進んでいく。救い主を求め、森を目指すのは、誰一人守ることも出来ず、見殺しにしてしまった自らの罪を償うためだ。命を失う覚悟は、既にできていた。
西の空が燃えるような赤で照らされている。雲間から差し込んだ一瞬の夕陽に意識を取り戻した男は、森の入り口と思われる場所に佇んでいた。
いつのものかもわからない積み石が、森の入り口を示す門のように置かれている。苔むして緑に染まった積み石は、今にも崩れそうな危うい均衡を保っていた。
男はその場にのろのろと座り込み、着ていた服を探った。鍛冶工房で作業をするときに着ていた服で、ポケットの中にはちいさなパンがひとかけら入っていた。
『これ、あげる』
以前に食料を分け与えた幼子が、無邪気に差し出してくれたひとかけらだった。食べかけの乾いたパンには彼の歯形が残されており、表面には黴《かび》が生えている。
それを男はかじり、呑み込まずにひたすら噛み続けた。
パンの味を感じるまでには、長い時間が掛かった。何度も口の中を噛みながら、男はあの時パンをくれた幼子の顔を思い出した。だが、それはほんの一瞬で、彼の脳裏には、物言わぬ亡骸と化した者たちの姿ばかりが浮かんだ。ほんの僅かの間、村人たちを奮い立たせていた希望と仮初めの幸せに包まれた時間は、これ以上ないほど残虐な手段で蹂躙された。次に魔王軍による食料調達部隊が来るまでの間の、たったひと月だけの日々は、殺戮と破壊によって踏みにじられた。
気がつくと口内のパンは溶けて消え、辺りは夜になっていた。
狼の遠吠えがすぐ近くで聞こえている。ひとたび眠れば、そのまま死の淵へと誘われてしまいそうな夜だった。
夜気をはらんだ風が、強く吹き抜けていく。
鬱蒼《うっそう》と生い茂る木々の枝葉が、音を立ててざわめくなか、風で雲が晴れ、明るい月明かりが現れた。千切れ雲を透かすように照らす月を仰ぎ、男は自分が成すべきことに思いを馳せた。
――救い主様への手掛かりを。
命が尽きる前に、出来るだけのことをしたかった。なにも成すことができず、ただ一人生き残った意味を、そこに見出し続けていなければ、絶望に狂いそうになる。
男は火打ち石を使って火をおこし、枯れ草で種火を作ると、刃物の手入れ用油を染みこませた枯れ枝にまとわせて松明を作った。
積み石を目印に、ゆっくりと森へと入る。赤々とした松明の炎に照らされた森は、風が吹くたびにささやき合うようにざわめき、男を森の奥へ奥へと誘っているかのように揺れ動く。
木々の梢は遙か高くで影となって浮かび上がり、その向こうのまるい月に照らされている。獣道すらない、苔生した緑の大地は、入り組むように張られた木の根で隆起しており、夜露でしっとりと湿っている。
濃い緑の匂いが夜の森にゆったりと流れ、その中に微かな異臭が紛れていた。幽世の森は、その名の示すとおり、死の世界に繋がっているかのような奇妙な静けさをたたえている。それでも、時折聞こえる狼の遠吠えや、地鼠と思しき小動物が巣穴を出入りする気配を感じながら、男は真っ直ぐに道なき道を進んでいった。
倒木の目立つ一角に辿り着くと、木々の間隔が空き、月明かりが森を照らした。いつかの嵐で倒れたらしき古木の太い幹は空洞で、男が通りがかると中から白い蛇が滑るように現れた。腹部が異様に膨らんだ蛇は、何かを呑み込んだ後なのだろう。男には構わず、また森の暗がりのなかへ姿を消した。
古木の影にもたれかかるようにして、誰かが座っているのが見えた。
「もし......」
相手は男が近づいても、全く反応を示さない。松明をかざしてみると、苔生した古木に寄りかかるその男の肩や頭にも、緑色の何かがこびりついているのが見えた。
恐らく生者でないことは、近づくまでもなく察することが出来た。どういう事情かはわからないが、ここで命を落とした者がいるのだ。
よろめくように数歩下がると、ごく浅い小川に足先が浸かった。
「......っ」
思わず叫びそうになるのを咄嗟に堪えて、小川から足を引き上げる。足許を照らそうと松明を近づけた男は、小川に浮かぶ白骨死体に息を呑んだ。
この場所は危険だ。
そう察して足早に離れる。再び鬱蒼とした木々の中に身を潜ませたところで、男はなにかにつまずいて転倒した。
松明が少し先の斜面を転がっていく。慌てて手を伸ばしてそれを引き留めた男は、支えにした手に走ったぶよぶよとした嫌な感触に呻いた。
血と肉の匂いが苔と土の匂いに混じっている。嘔気を覚えたが、みぞおちの辺りが痙攣しただけで何も吐くことはできなかった。
奥歯を食いしばり、唇を引き結びながら松明を拾いげ、そこに近づける。
男はすぐに、明かりを近づけたことを後悔した。腐りかけの人間の死体に、鼠が群がっていたのだ。
頭上に殺気を感じたのはその時だった。振り向こうとするよりも早く、背後に誰かが降り立つ気配がし、武器のようなものが背中に突きつけられる。
「動くな」
押し殺したような声がした。
「ここが、入ってはいけない森だとわかってるな?」
口早に問うその声はまだ幼く感じられる。十代半ばの少女だろうかと男は考えた。だが、何百年も生きるエルフという可能性もある。声だけでは判断がつかず、男は問うた。
「……あなたが賢者様か?俺は、フルヴィオ。ノルテ村の鍛冶職人だ。どうか話を――」
「ははははっ!」
訴えかける男の言葉を、少女の笑い声が一蹴した。
「あたしが賢者?そんなわけねぇだろ」
「え......?」
ひとしきり笑い、少女は男の背に武器のようなものをさらに押しつけた。
「けど、鍛冶職人か......。なるほど、良い武器を持ってるじゃないか」
少女は男の身の上を繰り返し、視線を巡らせたようだった。腰に提げた剣に手が伸びるのがわかり、男は慌てて鞘に施していた仕掛けを閉じた。 「寄越せ」
恐らく野盗であろう少女は、鞘を退いて揺さぶる。
「悪いが渡すわけにはいかない、この武器がなければ、俺は戦えない」
「鍛冶屋なら、いくらでも作れるだろ?」
男が拒絶すると、少女は苛立った声を上げた。
「工房を失った。もう作ることはできない」
「その話、信じるとでも思うか?」
少女が訝しげに問い返す。男は俯き、絞り出すような声で現況を紡いだ。
「......ノルテ村は、魔王軍の食料調達部隊に滅ぼされた」
「そうか。ノルテ村もか......」
男の声の震えから察したのか、少女はあっさりとその現実を認めた。
「知っているんだな?」 「食い物を拝借させてもらってたからな」
少女の言葉で、頻発していた衝突のことを思い出した。食べ物が不足し、餓死者が多く出ていた頃、度々盗みが起こり、村は疑心暗鬼となり、衝突が起きていたのだ。その時は、外部の犯行だとは夢にも思っていなかった。
「悪く思うなよ。あたしも生きるために必死なんだ」
罪悪感を覚えているのだろう。少女は口早に言い、男の剣の鞘を握る手を引っ込めた。まるで叱られた子供のように素直な反応に男は少しだけ安堵し、背に押しつけられたままの武器に意識を集中させた。
「過ぎたことをとやかく言うつもりはない。剣を収めてくれ」
「ん?これが剣だってわかるのか?」
「力の加減をしてくれている。ならば、剣だろう」
背に当たった武器の感じでは、刃物ではないか、あるいは刃物だとしても恐ろしく切れ味の悪そうな代物だ。
「はぁ、鍛冶屋ってのは、そんなことまでわかるんだな」
少女は感心したように言い、押し当てていた剣を僅かに退く。だがそれは、男の言葉に従ったのではなく、別の理由からだった。
「......何か来る」
がさがさと茂みが揺れる音を聞き取り、男が注意を促す。
「狼だよ。あいつらいつでも腹を空かしてるんだ」
少女はまだ男の背に剣を触れさせたままだ。まるでどちらを斬るか迷ってるかのように。
「剣を収めてくれ」 「お前の剣を寄越してくれたらな」 「俺の武器がなくなる」
「その辺の棒きれでも使えよ」 少女が冷淡な声を発したその刹那。
咆吼とともに茂みから躍り出た影が、二人に飛びかかった。
ふと差した月明かりが、狼の銀の毛を照らした。
「チッ!」
野盗の少女が舌打ちし、男を突き飛ばす。男はその場に倒れ、夜露で濡れた苔の上を転げた。狼に男を差し出すつもりだったようだが、逆効果だった。
狼は男の姿を見失ったようにそのすぐ傍を駆け抜けて行く。
「オォオッ!」
牙を剥き、咆吼を上げた狼の姿に男は跳ね起き、思わず叫んだ。
「避けろ!」
視線の先で、狼の突進を喰らった少女が体勢を崩す。あの錆びた剣をどうにか構えてい
るのが男の目には見えた。 雲間が途切れて、月が姿を見せる。
月明かりに照らされた少女が、錆びた剣で狼の牙を受け止めている姿が浮かび上がった。
「ウゥグルル......」
狼は唸りながら錆びた剣を噛んで激しく首を振り、少女の手からもぎ取る。丸腰になった少女は、地面を転げるようにして距離を取り、手近にあった木の棒を拾い上げたが、もう一頭の狼に押し倒された。 「っ!!」
少女は棒きれで戦おうとしているが、狼の牙はそれを噛み砕くだろう。その光景は容易に想像出来る。
「これを使え!」
男は迷わず、自分の持っていた剣を野盗の少女の元へ投げた。少女は木の棒を狼の口に突き立て、二頭の間を擦り抜けるようにして走ると、男の投げた剣を拾い上げ、背後から飛びかかった狼の胴部を薙いだ。
剣が月光を浴びて妖しく閃き、次の瞬間、狼の銀の毛が鮮血で染まった。
斬撃を受けて一頭が倒れると、もう一頭の狼が標的を男に変えた。
「……っ!」
ナイフでは歯が立たないと判断した男は、消えかかった松明を便りにあの死体の元へと駆けた。 「どうか、許してくれ......」
奥歯を噛みしめながら謝罪し、死体の肉をナイフで裂く。
「ほら、くれてやる!」
切り取った肉を投げると、狼は血肉の匂いに誘われて駆けていった。
「............」
死体から肉を切り取った手が、血と肉でべとべとに汚れている。酷く嫌な臭いから顔を背け、嘔気を抑えながら、男は手近にあった草葉に何度も擦りつけた。
夜露で濡れた葉は、血と緑の匂いを漂わせ、葉先の鋭い棘が男の手を傷つけた。
「......無事か?」 「ああ、どうにか」
少し動いただけで息が切れている。転倒したときに打ったのか、あばらの辺りが酷く痛んだ。忘れていた身体の痛みが死の予感を連れて戻ってくる。空腹も手伝い、まともに立っていられなくなった男は、蹌踉《よろ》めきながら木の幹にもたれ掛かった。「............」
少女が催促するように手を差し出している。どうにか狼から逃れることができたが、少女に剣を奪われるのは避けられないだろう。
――ここまでか......。
男は諦めの表情を浮かべた。
頭上で少女が大きな溜息を吐いた。
「ぼぅっとしてんじゃねぇ。行くぞ」
そう言って、少女は強引に男の腕を引いた。
「行く?どこへ?」
顔を上げて虚ろに問いかける。
「じきに群れがくる。その前に安全なところへ逃げんだよ」
少女が苛立ったような声を出し、男を促す。どういう風の吹き回しか、野盗の少女は自
分の隠れ家に男を案内すると言い出した。
「......その代わり、剣はもらうからな」
宿代ということなのだろう。少女がただ奪うだけではないとわかり、男は頷いた。剣があったところで、もう一度狼に襲われれば命の保証はない。安全なところに身を隠せるのならば、その方が有り難かった。
少女の隠れ家は、高い木の上にあった。想像以上にしっかりと造られた家の扉を開くと、温かな風が男の顔を撫でた。奥には暖炉があり、火が灯っているのが見えた。
「不思議な家だな。君が造ったのか?」
「そんな芸当、あたしにできるわけないだろ。誰の家かは知らないけど、今はあたしの家だ」
少女はぶっきらぼうに言い、入り口の水瓶の蓋を外して柄杓《ひしゃく》で水をすくった。柄杓にじかに口をつけ、喉を鳴らして飲む。ひとしきり喉を潤すと、少女は男に柄杓を譲り、水を勧めた。
「それも拭いとけよ」
擦り切れた服で作った雑巾を、木桶に張った水で濡らしたものを渡される。少女も同じもので、顔や腕についた血を拭っていた。
「なに見てんだよ」
「......いや、怪我がなくて良かった」
改めて怪我をしていないことがわかり、男は安堵の笑みを零す。少女は怪訝に眉をひそめ、不機嫌な声を上げた。 「あたしは、あんたを囮にしたんだぞ?」 「生きるためだろう?」
問いかけて柄杓ですくった水を飲む。空腹のせいか、酷く甘く感じられ、喉を鳴らして何度も飲んだ。水を飲むうちに、あばらをはじめとした全身の痛みが取れ、疲労がやわらいだような感覚があった。 「水をありがとう。生き返ったような心地だ」
布で手許を拭い、細かな傷が付いた手を清める。柄杓で水をかけて血と汚れを流すと、手の痛みも気にならなくなった。
「......変なヤツ」
少女はそっぽを向き、暖炉の方へ歩いて行く。少女の行く先を目で追いながら、男は暖炉の傍にあるものに目を瞠った。
「......あれは......」
暖炉の傍には、幾つかの石が積んである。男の目には、それが砥石であることがすぐにわかった。 「なんだ、あれ?」
男の声に反応して、少女も疑問符を呟く。 「知らないのか?」
「なんかの道具だろ。それぐらいはわかる。そうじゃなくて、家を出たときにはなかったんだよ」
少女は口早に言い、道具を検めた。
「......油?食いもんじゃねぇよな?」
「......ああ、刃物用の手入れ油だ......」
渡された小瓶に書かれた自分の文字に、男は愕然と目を見開いた。砥石にも馴染みがある。間違いなく、男の工房にあったはずの道具が揃っていた。
「............」
「もしかして、これ、あんたのか?」
小瓶と砥石を手に取り、呆然としている男は、少女の問いかけで我に返った。
「あ、ああ......」
村は既に滅びている。あの村に立ち入るのは、野盗の少女とて容易ではないだろう。
それ以前に、少女は村に起きた悲劇を知らない。男の鍛冶道具が、ここにあるはずがないのだ。
――誰が?いったい、なんのために?
「この家、なんか変なんだよな」
呆然としている男の傍で、少女が明るい声で笑った。
「それでさ、相談なんだけど......あたしの剣、どうにかできないか?」
顔を上げた男に、少女がおずおずと声をかける。
「やってみよう」
慣れた道具を手に、男は二つ返事で承諾し、少女に水を頼んだ。
預かった錆びた剣の表面を、目の粗い砥石で根気よく表面を研ぎ、錆を落としていく。
徐々に細い砥石へと変え、空腹で手が震えたが、腕を噛みながら作業を続けた。
「......腹、減ってるよな?」
「......いや」
空腹ではあるが笑って否定した。肉を切り取ったあの感触が、まだ手に残っている。
それに少女の食料にも不安があった。近隣の村に盗みに入って暮らしている少女――アグリ村に続き、ノルテ村が滅びた今後は、その調達にも事欠くはずだ。
「そっか」
少女はそれ以上勧めることもなく、鍋に何か入れて、煮始める。鍋の中で水が沸騰する音がしはじめると、家の中を抜ける風に湯気が流れはじめた。
「......なんとかなりそうか?」
錆は少しずつ落ちてきている。 「ああ。良い剣だ」
「......あたしの手入れが悪くて、錆つかせちまったけな」
指先の感覚に集中しながら、錆を落として水で流し、布で拭きながらまた研いでいく。
「捨てずにいてくれてよかった」 「......よかった、か......」
少女は規則的に動かされる男の手許を、剣を研ぐ音を耳にしながらしばらく眺めていたが、ふと飽きたのか小さく欠伸をした。
「......あんた、休まなくていいのか?」 「......こうしている方が落ち着く」
少女の質問が止むと、剣を研ぐ音だけが続いた。
「あんた、本当に鍛冶屋だったんだな」
「なんだと思った?」
「あたしを追ってきた村のヤツだと思った」
少女の声からは棘が消え、穏やかな声に変わっている。その声が少し震えた。
「......どうしてこの森に?」 「村が......他人が嫌になって、逃げ込んだんだ」
少女が暖炉の方を向き、男に背を向けながら語り始める。
「この森には、人は滅多に入らない。都合がよかったんだ」
次の春で、十六か十七歳になるという少女は、自らの生い立ちを語り始めた。
「あんたはさ、これ見てどう思う?」
少女はそう訊ねながら、袖を二の腕までめくり、生まれつきあるという痣を見せた。黒い蝶のような紋様の不思議な痣は、少女の白い肌にくっきりと浮かび上がっていた。 「珍しい痣だな。とても綺麗だ」
男が答えると、少女は乾いた声を漏らして深く溜息を吐いた。
「あんた、変わってんなぁ。これ、村では魔女の印だって言われてたんだぜ」
「そんなふうには見えない」
きっぱりと男が否定すると、少女は安堵したように笑い、袖を下ろして痣を隠した。
「昔は、村で畑を耕して父さんと母さんと三人で暮らしてたんだ。それが、今はひとりぼっちさ」
少女は呟き、暖炉の脇に積まれた薪をひとつ取って火の中に放った。乾いた木の皮が爆ぜ、小さく火の粉が散る。 「どのくらいになる?」 「もう三年くらいかな?自分の歳もよくわかんなくなっちまった」
少女は少し笑って、明るい茶色の毛が絡んだ頭を掻いた。
「......両親は、どうしたんだ?」
「魔王が復活して父さんは徴兵された。畑も取り上げられて、母さんはあたしを食わせようようと、遠くの街まで出て、娼婦になって必死に働いてた」
少女が膝を抱き寄せ、声を震わせる。話の先に絶望しかないことは、男にもわかっていた。
「......まあ、あたしの母さんだから、わかるだろ?若くて綺麗な女ってわけでもないからさ。ろくでもない男の相手ばっかしてたら、病気になっちまった。その病気が酷いもんでさ。血とか膿が溜まった水ぶくれが体中に出来て、鼻が腐って落ちたかと思ったら、死んじまった」 「......そうか......」
壮絶な死を想像し、男は心の中で少女の母の魂の平穏を願った。魔王の復活さえなければ、少女は今も村で父母と三人で暮らしていたはずだ。
「父さんは帰って来ない。魔王軍で奴隷にされてるなら、もう死んでいる可能性も高いしな。それに戻ったところで、あたしがいたら村では暮らしていけない」
服の上から両腕の痣を隠すように、少女が二の腕を手のひらで包み込む。
「あたしのこの痣、魔女の印だって村の人はみんな言う。あたしが本当に魔女だったら、母さんの病気を治してやれたんだけどなぁ......」
村を出なければならないほどの迫害を受けた少女は、そう言いながら困ったような顔で笑って見せた。男は少女の強さに胸を押さえ、なにか言おうと唇を動かしたがその前に少女が話を再開した。 「......まあ、ここに来て良かったよ」
「どうしてそう思う?」
男が訊ねると、少女は火かき棒で暖炉の薪を弄りながら静かに答えた。
「森にいる間に、あたしの生まれた村は、魔王軍に襲われたんだ。あんたが見たのは、襲撃から命からがら逃げ出したヤツらだよ」
「......そうか......」
少女の話で、全てが符号した。賢者を訪ねて森に入った者が居る――その証言が村に流れた時点で、最後の日は近づいていたのだ。
「この森が、入ってはいけないと言い伝えられててよかったよ。ここにいれば、安全だからな」
暖炉の中の燃えさしや灰を避けた少女が、新しい薪を積みながら安堵の笑みを零す。だが、ふと思い出したように声を上げ、男を振り返った。
「......あ、でも、あんたのとこの村も滅ぼされたんだな」
「ああ」
「そっか......。参ったな......」
少女は、近隣の村に盗みに入り、食料を手に入れて生きている。
だが、その調達先である近隣の村は全て滅びてしまったのだ。
暖炉の火が赤々と燃え、吊り下げられた鍋の底を包み込んでいる。
「で、あんたはなんでこの森にきたんだ?」
鍋に水を足しながら、少女が聞く。その目は、鍋の中に注がれている。焦げ付かせないように丁寧に中身を混ぜる少女の手許を見ながら、男は口を開いた。
「幽世の森に住む賢者様に会うためだ。......なにか知っているか?」
「賢者様か......。うん、確かに誰か住んでると思うよ。ここも、そいつのものかもな」
少女は男の問いかけに、家を見回しながらふと納得したように答えた。
「会ったことはないのか?」
「森の奥に湧き水の泉があるんだ。その近くに家がある。あたしが知ってるのは、それだけだ」
「それだけわかれば十分だ」
思わぬところで手掛かりを得られ、男はいつの間にか止まっていた手を再び動かしはじ
めた。少女もそれに気づいた様子で、しばらくの間、黙ったまま男の手許を見つめていた。
剣の表面にこびりついていた錆は落ち、暖炉の温かな光を反射して鈍く光っている。
「それで、賢者様とやらに会ってなにするつもりだ?」
「救い主様の手掛かりを得たい」
「救い主様、ねぇ......」
少女は溜息を吐いた。
「本当はそんなヤツ、いないんじゃないか?」
誰もが救世主を待ち望んでいるのに、状況は悪くなるばかり。救い主に希望を見出すことが間違っていると言いたげな表情だった。
「現れないものを待つ時間は過ぎた。探さなければ」
「なんで、そんな面倒くさいことするんだよ」
「たった一人生き残った自分には、もうそれぐらいしかすることがないんだ」
目を見つめて問われ、男は少女の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。少女は目を瞬き、それから困ったように小首を傾げた。
「......罪滅ぼしみたいなもんか?」
「そう。贖罪のつもりだ。ただ死ぬよりは、有意義に死にたい。......なにを成すとも思えないが」
少女に遭わなければ、狼に食い殺されていたことだろう。自分の甘さを自嘲した男につられたように、少女も苦笑を浮かべた。
「そう思えるだけ、あたしよりもマシな生き方だよ」
少女の慰めの言葉に幾分か救われた思いで、男は額に浮かんだ汗を拭った。暖炉の火はさほど大きくもない。それなのに、家を照らし、暖を与えている。冬に差し掛かるこの季節に、温かさを感じて汗ばむのはいつ振りのことだろうか。男はそこまで思考を巡らせて
から、少女の剣に視線を落とした。
この身体が動くうちに、少女の剣を研ぎ終わらなければならない。なにかを成す前に、目の前の約束を果たすべきだと思い直した。
「......一つ頼みたいことがある」
「賢者様の家に案内しろ、とかか?」
剣を研ぎながら、少女に切り出す。少女は男の頼みを言い当てた。
「ああ。無理にとは言わないが」
「けど、本当に住んでるかどうかはわかんないぞ」
「でも、この森の中には確かにいるのだろう?」
「......まあな」
男が問い返すと、少女は少し迷って頷いた。
「どうしてそう思うのか、教えてくれるか?」
「例えばさ、入り口にあった水瓶の水なんだけど、あれ、水瓶の中から勝手に水が湧いてくるんだよ。嘘だと思うなら、行って見てみてくれ」
「いや、嘘だとは思わない」
夢のような話だが、夢だとは思わなかった。あの水を飲んでから、身体に温かな血が巡り、消えかけていた生命の火が肉体に再び宿ったような感覚がある。
「こんな話、信じるのか?なんでだ?」
「......多分、この砥石のせいだ」
自分の身体のことを話そうとして止め、少女の目にも見えるもので男は説明した。
「あぁ、これもなんでこんなところにあったんだろうな。降って湧いたみたいにさ」
「俺がここに来ることを、知っていたみたいだ」
不思議そうに砥石を眺める少女に、男は苦笑を浮かべて呟いた。
「なんだって?」 「これは、俺の工房にあったものなんだ」
「......はぁ、そういうわけか......」
男の答えに少女は納得したように息を吐き、暖炉にかけた鍋をかき混ぜる作業に戻った。
「じゃあ、やっぱり、あの家に住んでるんだろうな」 「会ったことはないんだな」
「あたしは、人と関わりたくなくてここにいるんだ。当たり前だろ」
少女はぶっきらぼうに応えると、暖炉のそばに重ねてあった木の椀を取り、鍋の中身をすくって入れた。
「さ、煮えたぜ。あんたも食えよ」
少女が差し出したのは、木の実を潰したどろどろのスープだった。男は有り難くスープを飲み、久し振りに腹を満たした。
少女は、食べ終わってすぐに暖炉の前で丸まって目を閉じてた。そのまま男が剣を研ぐ様子を眺めていたが、いつの間にか寝息を立てていた。
暖炉の火は小さくなり、優しく少女の寝顔を照らしている。
少女の武器を研ぎ終わる頃には夜は更け、梟の鳴き声が微かに響くだけになった。
男は磨いた刀身に映る自分の顔を見た。その顔は、自分が思っている以上に満たされて
いた手を動かし仕事に集中したことで、少しだけ自分を取り戻せたような感覚があった。
もう眠るのは怖くなかった。横になった男は、すぐに意識を手放した。
夢も見ずに眠り、朝を迎えた。
男は深い安堵に包まれて目覚めた。休息は心身を幾分か回復させ、命がまだあることが、有り難いと思えるほどには、男の心を安定させた。
少女はまだ眠っている。暖炉の火は薪もないのにまだ小さな火を宿していた。
暖炉に薪を足し、入り口の水瓶に向かうと、瓶の縁から溢れんばかりの水が湧いていた。喉を潤し、顔を洗い、服の袖で濡れた顔を拭う。ふと光が差して顔を上げると、夜が明けて間もない森の柔らかな木漏れ日が、光の筋を幾つも落としているのが見えた。
木々の間を、鳥たちが囀りながら飛び交っている。夜の森が醸し出していた不穏な空気は、陽の光によって払拭され、男の目の前には長閑な朝の光景が広がっている。
男は頬を緩め、柄杓の水でもう一度喉を潤した。冷たく澄んだ水は、喉を通ると不思議と温かく身体を満たして行く。
この水が全身を潤し、乾きを癒やして染み渡っている――。
そうした感覚を覚える不思議な水だった。
「フルヴィオ!」
目が覚めたのか、部屋の方から少女の悲鳴のような声が上がった。
「見てくれ!剣がこんなきれいになって!お前、凄いな!」
男が研いだ剣を前に無邪気に顔を綻ばせる少女は、やっと年相応に見えた。
「これなら、以前よりもよく斬れるだろう」
「ああ、間違いない」
興奮した様子で少女が剣を眺めている。男には、少女がまるで鏡に映った自分の姿を楽しんでいるようにも見えた。
「これで完成か?」
「ああ」
男は頷き、剣を持ち上げて少女から遠ざけた。
「おい、何すんだよ」
「俺にも剣が必要だ。これと俺の剣を交換してくれ」
「............」
少女が頬を膨らませ、不満そうに男を見上げている。
「それとも、俺がこっちをもらうか?」
「返すよ。返せばいいんだろ」
少女は渋々といった様子で、男に剣を付き返した。
「ありがとう。助かる」
「別にお前のためじゃない」
唇を尖らせる少女は、男から受け取った剣の柄を胸に抱えるようにそっと抱いた。
「大事な剣なんだな」
「......この剣は、父さんが遺してくれた護身用のものだからな。形見みたいなもんなんだよ」
ボロボロになっても捨てられなかったのはそのためなのだ。事情がわかると同時に、男はこの剣を任されたことに奇妙な縁を感じた。男の剣もまた、生まれてくるはずだった我が子を守るために、男が心を込めて鍛造したものだったからだ。
「大事にしたかったのに、手入れの仕方がわかんなくて......」
剣を研いでいてわかったが、少女は恐らく人を斬ったことがない。追い剥ぎや盗人はしているが、少女には彼女なりの良心が働いていることを男は感じ取っていた。事実、狼や小型の魔物などとは何度か戦っているらしき痕跡が、刃こぼれした剣から窺い知れた。そうしないと森では縄張りを守れないことは、男にもわかった。
「とにかく助かった。あんたに礼をする」
「礼?」
男が問い返すと、少女はもつれた髪を掻きながら、口早に言った。
「賢者様のところに案内するついでに、護衛についてやるよ」
少女は、得意気な顔で試すように男を見つめて続けた。
「あんた、あたしより弱いだろ?」
少女の言う通りだった。鍛冶屋である男は剣の手入れには長けていても、それを振るって戦えるだけの腕はない。
少女の申し出を、男は有り難く受け容れた。
岩の間から染み出るように湧いた水が、足許を濡らしている。
鬱蒼と茂る木々が開け、碧く澄んだ空から眩い光が降り注ぐ場所に、男と少女は佇んでいた。
「綺麗だろ。この先に泉があるんだ。だから森がひらけて見える」
少女が慣れた足取りで、濡れた苔の上を進んでいく。折り重なった倒木を跨ぎ、泉へと向かう少女の足許では、陽の光を受けた光蘚《ヒカリゴケ》が淡い翠玉のような光を放っている。少女に続いて倒木を乗り越えると、滾々《こんこん》と水の湧き出る泉の畔に辿り着いた。
木々の間から差し込んだ光が、水面を神秘的な碧色に照らしている。泉の周りには水を求めて小動物や鳥たちが集い、美しい花々が陽の光を浴びてかぐわしく咲き誇っている。風もなく穏やかなその場所で、花がゆったりと揺れ動くのは、花蜜を吸う蝶の仕業で、蒼く鮮やかな翅《はね》をそよがせるように動かし、花から花へと移りゆく姿が見えた。
だが、賢者の家と思しきものはどれだけ目を凝らしたところで見えてこない。小人であるドワーフを想定して視線を下げても、家や小屋らしきものは全く見当たらなかった。
「本当に、この場所なのか?」
「あたしが言うんだから、間違いないよ」
男の問いかけに少女は八重歯を見せて笑い、自信ありげに泉の畔をなぞるように進んでいく。
「ここにはちょっとした仕掛けがあるんだ。そこに立ってみな」
そう言われるまま、少女の示した平らな岩の上に立つと、なんの前触れもなく、突如として目の前に家が現れた。
「家だ......」
呟く男の顔を覗き込み、少女が満足げに頷く。
「あたしの言うとおりだろ?さっ、このまま真っ直ぐ進むぜ」
そうして少女は、賢者が住まう家へと男を案内した。
円錐形の屋根を冠した風変わりな家は、泉の畔にこぢんまりと佇んでいた。少女は丸みを帯びた扉の前に立ち、取り付けられた金属製と思しきノッカーを使って二度叩いた。
「さて、どうなるか......」
ノッカーから手を離し、少女が半歩下がる。応える声の代わりに、扉が音もなく内側から開かれた。
「............」
少女が目を丸くして、男を振り返る。男はそれに頷いたが、中に入るべきか否かを迷い、腰に携えた剣の柄に手を添えた。
「恐れることはない。入りなさい」
男と少女を促すように、しわがれた声が紡ぐ。まるでここに来ることをわかっていたかのような響きを持ったその声に、男は少女と目を合わせ、家の扉をくぐった。
家に入るとすぐに、微かに甘い香草の匂いが男の鼻孔をくすぐった。その匂いは、暖炉の方からゆったりと漂っていた。
暖炉の前に置かれた安楽椅子が揺れており、そこに三角帽子を目深に被った何者かが座しているのが見えた。
「私は、預言者リナルド」
先ほどのしわがれた声が名乗り、安楽椅子が滑るように向きを変えた。腰かけていたのは老紳士だった。目深に被った帽子を取ると、エルフ族の血を思わせる尖った耳が見えた。
「リナルド?あの御伽噺の?」
少女が驚きの声を上げる。預言者あるいは賢者リナルドの名は、子供達が好む御伽噺の語り部として知られている。老紳士は、夕陽のような色の三角帽子を被り直し、同じ色の法衣をゆったりと翻して立ち上がった。
「幽世の森へようこそ」
音もなく扉が閉まった。
「フルヴィオ、そしてミーア」
名を呼ばれ、男と少女は揃って頭を垂れた。目の前の老紳士こそ、二百年前に魔王を倒した英雄の一団の一人、賢者リナルドその人なのだという確信が、男の胸を震わせた。
「......やっぱり、あたしのことを知ってたんだな」
「ここは、入ってはいけないと伝えられる森。わざわざ移り住んだあなたを、放っておくわけにもいかない」
ミーアと呼ばれた少女はリナルドの応えに、不器用に微笑んだ。
「......ありがとな。追い出さないでいてくれて」
「大したことではない」
リナルドは頭を振り、少女の頭に手を翳すような仕草をする。それから唇を動かしてなにか唱えた後、男の方へと視線を移した。
「......ノルテ村のフルヴィオ、そなたがここに来た目的はなんだ?」
「救い主様の手掛かりを探しに。賢者であるあなたならば、何か知っているはずだと」
男――フルヴィオの応えに、リナルドは微笑んで頷き、再び安楽イスに身体を預けた。
「......もう二百年も前のことになる。その救い主の名は勇者アズゴルドといった――勇敢な男じゃった。我々とともに魔王軍に挑み、当時の魔王を封印するために、命を投げ出した」
ひとたび魔王が倒されると、新たな魔王が生まれる。その輪廻を終わらせるため、二百年前の救い主は、『封印』という手段をとったのだ。
昔を語るような静かな声音だった。フルヴィオとミーアはその声に相槌を打つことも出来ずに耳を傾けた。
「その封印が破られたのが、五年前――。蘇った魔王は、勇者アズゴルドの姿をしていた......」
リナルドの口から恐るべき事実が語られる。虚空に浮かび上がった魔王の姿を見た人間は数あれど、それが勇者アズゴルドの姿であるとは誰にもわからなかったのだ。
「勇者アズゴルド......」
多くの人間はその名だけを、国の統治者は絵画に残されたその顔を知っている。だが、勇者アズゴルドその人を知るのは、長命の種族の中でも限られた者だけだ。
「救い主の神託から半年が経とうとしておる。私がこの森に来て、二百年。最早封印は破られた。他の人間が巻き添えになることを避ける日々はもう終わりじゃ」
「......では、やはりあなたが救い主様なのですか?」
フルヴィオの問いかけに、リナルドは苦笑を浮かべて首を横に振った。
「救い主の神託はあれど、その姿が私には見えぬ」
「じゃあ、あの神託ってのは嘘っぱちか?」
ミーアが声を震わせて訊ねた。リナルドはそれを否定も肯定もしなかった。
「ただ、わからないというだけ。それではなにを判断することも出来ぬ。だが、かつての仲間たちに手掛かりを求めれば、新たな救い主に辿り着くことができるかもしれん」
「二百年前の......?もう亡くなっているのでは?」
「エルフ族リエルの娘がおる。リエルは私たちの仲間じゃった。私はハーフエルフゆえ、かように衰えておるが、エルフには二百年は大した年月ではない」
リナルドは帽子の隙間に手を遣り、エルフの血を色濃く受け継ぐ耳を示しながら微笑んだ。
「このところの魔王軍の行いに深く心を痛めていた。かといって、老いた私一人ではなにもできぬ。だが、フルヴィオ。そなたの訪問で、待つだけではだめなのだと悟った。私も共に行こう」
フルヴィオと目を合わせ、リナルドが安楽椅子から立ち上がる。いつの間にか彼の手には古びた木の杖が具現し、しっかりと握られていた。
「......どこへ?」
「まずは南の山脈に挟まれたエルフ城に残るエルフの娘を訪ねる。彼女の母親リエルは、残念ながら亡くなったが、娘のラヴィアはまだ生きているはずじゃ」
リナルドの応えに、ミーアが片手を挙げて跳ねた。
「あ......あたしも行く!」
「ミーア」
森を出ることは予測していたが、ミーアがその選択を採ったことにフルヴィオは驚きの声を上げた。
「この辺の村はもうなくなっちゃったし、あたしの剣の手入れをするヤツも必要だからさ」
「フルヴィオ、ついていってもいいだろ?」
「決まりじゃな」
フルヴィオが頷く前に、リナルドがその答えを予見したように頷く。リナルドの案内で、フルヴィオとミーアは幽世の森を出、エルフ城へと旅立った。