親密な異性間関係の構築と維持を支える認知神経機構の包括的解明
他の大半の哺乳類の動物とは異なり、我々ヒトは数少ない「一夫一妻制 (monogamy)」を示す種であるとされます。恋愛関係は最も親密な対人関係の一つとして、社会心理学分野では早くから研究対象となっていました。一方、関係の構築と維持を支えている認知・神経機構 (どのように情報が処理されているか)については、多くの問題が残されていると考えています。
私の研究では認知科学の立場から、そうした機構を包括的に説明することを目指しています。特に、これまで知見が蓄積されてきた様々な認知機能 (注意、記憶、言語、ヒューリスティクスなど)との関連の中で、我々ヒトの恋愛行動に関わる意思決定が、どのようにして遂行されるかを明らかにします。こうした問題に対し、主に機能的磁気共鳴画像法 (functional magnetic resonance imaging, fMRI)を用いた心理実験を通して取り組んでいます。
Ueda et al. (2017, Social Neuroscience)では、ヒト社会で普遍的に見られる「略奪愛 (mate poaching)」の個人差を支える神経基盤を明らかにしました。略奪愛傾向の個人差に関与する性格特性は、社会心理学研究ではすでに調査されていた一方で、その生理的基盤についての報告は限られていました。
fMRIスキャン中の評定課題の結果から、「すでに交際している恋人がいる異性」に対する選好の低下が見られない個人では、意思決定時の眼窩前頭皮質 (orbitofrontal cortex, OFC)の活動が相対的に高いことが示されました。OFCは価値判断において重要な役割を果たす脳領域であるとともに、リスク選好傾向の個人差との関与が指摘されています。
Ueda et al. (2017, Cognitive, Affective, and Behavioral Neuroscience)では、一夫一妻的関係を脅かす、婚外の関係 (extra-pair relationship)の抑制機構に関する研究を行いました。これまでの複数の認知心理学研究では、能動的な抑制機構が、恋人以外の異性に対する関心を抑制する上で不可欠であるとされてきました。一方で幾つかの研究では、そうした機構がなくとも、交際関係にある個人では、婚外の関係に対する自動的な回避行動が見られるとされてきました。この研究では、これら2つの対立する仮説の調停を目指し、潜在的連合課題 (implicit association test, IAT)と呼ばれる課題と、fMRIを用いた自己制御に関わる脳活動データを組み合わせたところ、浮気相手となる異性がそれほど魅力的でない場合には、従来の仮説と一貫し、能動的抑制が伴えば抑制に成功する一方、浮気相手となる異性が魅力的な場合には、さらに自動的抑制も必要となることが示唆されました。これら能動的・自動的抑制機構の関係性は、実験室実験の行動データだけでなく、個人の実生活における交際関係の期間も予測することが示されました。すなわちこれらの機構の関与は文脈依存的なものであり、その両者がヒトの一夫一妻的関係を相互作用しながら支えている可能性が示唆されました。また、のちの研究から、これら2つの機構の関係性が、交際関係の段階に応じて変動すること−具体的には「熱愛」が弱まる長期的な関係においてはじめて、能動的な抑制機構が浮気欲求の抑制に関与することが示唆されました (Ueda et al., 2018, Experimental Brain Research)。
今後はさらに、経頭蓋直流刺激法 (transcranial direct-current stimulation, tDCS)を用いた脳と行動の因果関係や、計算論的神経科学手法を用いた行動の生起メカニズムについても検討していく予定です。
ヒトの「社会性」全般への関心
恋愛行動に限らず、ヒトの社会性に関わる心理学・神経科学研究に広く関心を持っており、いくつかの共同研究プロジェクトに参加しています。詳しくは「業績」ページをご覧ください。
思考のフレームワークを提供する
上記のような検討は、それまでに得られていなかった知識を我々にもたらすと同時に、新たな「思考のフレームワーク」も提供されることになると考えています。このようなツールは、いま現在、あるいは未来に我々人類が直面することになる地球規模の問題–それはしばしば、人々の多様な価値観を理解し合い、調和していくことが求められます–の解決において欠かせないものになると考えています。
このような社会的要請にも絶えず目を向け、さまざまなアウトリーチ活動にも積極的に参加することで、研究者としてより良い社会の実現に貢献することに努めています。