プログラム

《指揮》遠藤宏幸

第1部

エンジェルズゲートの日の出

P.スパーク

2000年に米国陸軍野戦軍楽隊とその指揮者ファインリー・ハミルトン大佐の委嘱で作曲された曲です。スパークは、日の出と日没はグランド・キャニオンの一番素晴らしい時で、中でもエンジェルズ・ゲートから見る北側の岩壁の眺めをこの曲で描いてみたいと考えたそうです。

初めの部分は、クラリネットやオーボエによる鳥の声が聞こえてきます。次第に太陽が昇って岩壁を照らし始める様子が金管のファンファーレによって描写され、中間部は快活なテンポで沢山の観光バスが谷の南側へ到着して、観光も曲も終わりに向かいます。最後は夕べの鐘が鳴って、この美しいグランド・キャニオンがまた危険な場所である事を思い起こさせる…そんなただ美しいだけでは無いグランド・キャニオンの姿を描いていて、スパークの感性やば!と思う一曲です。

グランド・キャニオンの壮大な景観は、実際に見てみないと説明できないそうで、写真で見たことあるだけでは鼻で笑われそうです。

今から現地へ向かうのはちょっと厳しいですが、演奏では遠くから聞こえる美しく澄んだ鳥の鳴き声や、岩壁を真っ直ぐ照らす力強い日の光のような音色で、これから始まる演奏会とルロウの明るい未来を願って、1曲目にお送りします。

セレブレイト

清水大輔

この曲は2002年の9月に上野の森ブラスのチューバ奏者である杉山淳氏が企画する『自由演奏会』で初演されました。清水大輔さん曰く「自由演奏会で1日でみんなが集まって楽しく吹けるような曲なら祝典っぽい曲がいい」という事から作曲されたそうです。

冒頭からキラキラ金の紙吹雪(木管楽器の連符)が全開で始まり、スウェアリンジェンやバーンズに影響を受けた早いー遅いー早い、の三部形式で進行します。早い箇所はキャッチーなメロディと、吹奏楽好きなら一度は憧れる美味しい裏メロディのわかりやすい曲調が魅力です。中間部のテンポはゆったりしているものの、明るい調性でこれまでのことを懐かしみつつも前向きに進む音楽となっていて、まさに節目を迎える今回の定期演奏会のお祝いの曲にぴったりです。

風がきらめくとき

 2024年度 全日本吹奏楽コンクール課題曲

近藤礼隆

2024年度全日本吹奏楽コンクールの課題曲です。楽譜のタイトルの下には「Vernal Breezes」と英題が記されており、"春の風"などと和訳できます。作曲家の伊藤康英氏との対談動画では、"青春の息遣いたち"とも訳せると解説されていて、この曲の中で吹く風が、爽やかだが強いエネルギーを持っているのではないかと想像させます。

また課題曲にしては珍しく(?)、終始穏やかなテンポ感で進み、歌心が最大の課題となっている曲です。1つの音から分岐して和音を構成していくメインフレーズは、音楽が進みたいという方へ吹く風(息遣い)や、響かせたい場面での音の丁寧さが要求されますが、演奏するバンドの特色も出やすく、聴き比べをしても楽しめそうです。コートはもう要らないかな?くらいの季節に肌を撫ぜて吹く風、新しい環境への挑戦を後押しするかのようにブワッと吹く風。どんな風がきらめいているか、自由に情景を描きながらお聴きください。

交響詩「鯨と海」

阿部勇一

この曲はグラールウインドオーケストラの委嘱により作曲、令和4年6月に川崎市で行われた第41回定期演奏会にて初演されました。タイトル通り、母なる海とそこに暮らす地球上最大の生物「鯨」をテーマにし、一緒に旅をするように想像を膨らませた曲です。

鯨の種類は、季節によって海を広く周遊する生態を持つザトウクジラでしょうか。平均体長は12~14m、平均体重は25~30tにもなる大型種で、歌のように聞こえる声をだすことから、「歌うクジラ」と言われています。

冒頭から、暗く冷たい海の中で見え隠れしている様子と、一瞬の静寂ののち、想像をはるかに超えた巨大な姿が現れるという描写に、とても圧巻されます。フルートのソロで始まるのは、鯨と人間の古い歴史の物語。古風なメロディが様々な楽器で歌い繋がれていき、まるで長い海の旅路を表しているようです。中間部では、暖かい海で繁殖を迎え、子供の誕生を祝う賛歌が奏でられます。太陽の光を受けてキラキラ輝く海の景色と、生命の神秘が音となって降り注ぐようで、心が震えます。エンディングでは、これまでの旅を回想しながら、心躍るリズムにのせて力強く華々しい「命の歌」で締めくくられます。

2

This Cruel Moon

J.マッキー

この曲は交響曲「ワインダーク・シー」の第2楽章「儚い永遠の糸」の中間部を改作したものです。

交響曲「ワインダーク・シー」は古代ギリシャの吟遊詩人ホメーロスの詩『オデュッセイア』を題材にしています。紀元前8世紀ごろに書かれたもので、ギリシャ神話の英雄オデュッセウスが、トロイア戦争からの帰途に体験した10余年の漂流と、不在中に王妃に言い寄った男たちへの報復を描く冒険物語。第2楽章「儚い永遠の糸(Immortal thread, so weak)」は、永遠の命を持つ女神カリュプソーが、オデュッセウスへの叶わない愛の儚さを歌う楽章です。カリュプソーは、たった一人で暮らす島へ漂着したオデュッセウスに一目惚れをし、手厚い看護をし、愛情を注ぎ、七年の間共に暮らしました。さらには愛を記録として残すため、はた織り機を使ってタペストリーを編むことが日課でした。一方オデュッセウスは故郷への思いを捨てきれず、ある日、妻と息子の元へ戻りたいと言い出します。やがてカリュプソーは、彼の帰郷のために船を用意し、タペストリーの糸をほどき船の帆に作り替えて送り出します。カリュプソーの見送りにも、海に出た彼はもう振り返らない。永遠の命を持つ女神は、悲しみと絶望感の中、またたった一人島に残されてしまいます。

恐らくマッキーはこの楽章をかなり気に入っている様子で、第2楽章単体で曲が成り立つように再構成したのが今回演奏する「This Cruel Moon」です。

カリュプソーの切なくやりきれない気持ちを歌うソロクラリネットから始まります。彼を送り出さなければならない。行って欲しくなんかない、ずっと一緒にいたい。でもこの気持ちは叶わない。タペストリーを織っていたあの頃を思い返すように、はた織り機のシャトルが行き来し、そしてその糸が絡み合うかのように曲は進行します。無情にも船は出航し、カリュプソーは想いの丈を叫びますが、もう届くことはありません。打ち寄せる波と、愛の記憶が静かに響き渡り、残酷なまでに美しい月だけが残っている。そんな情景を思い浮かべながらお聴きください。

宇宙の音楽

P.スパーク

英語表記は「Music of the Spheres」であり、多くは”天球の音楽”と訳されます。”天球”とは星々が運行すると考えられた、地球を中心とする球体のことです。古代ギリシャの数学者ピタゴラスは、地球上で物体が移動するときに音を発することから、天球で移動する大きな惑星たちも音を立てて動いているはずだとし、惑星から奏でられる和声で宇宙空間は満たされており、音楽を研究することで宇宙のすべてを解き明かせると考えました。この考えが”天球の音楽”と呼ばれています。

さて「宇宙の音楽」は、“宇宙の起源”と“果てなき宇宙の深淵”について、作曲者スパーク本人が純粋に心惹かれたことを反映した作品です。7つのブロック(『t=0』、「ビッグバン』、『孤独な惑星』、『小惑星帯と流星群』、『天球の音楽』、『ハルモニア』、『未知なるもの』)に分かれ、宇宙を連想させるような様々なサウンド、メロディが奏でられます。

はじまりと創造 ―――

冒頭は、『 t = 0 』を喚起するホルンのソロで幕を開けます。 “ t = 0 ” とは、「宇宙の誕生(ビッグバン)の瞬間 t には、時間・熱量・素粒子・重力・磁力・元素などすべてのものが無(ゼロ)であった」という、いま最も多くの科学者達がほぼ確信している考えを表わしています。そしてこのソロのあとに、時間が生まれ宇宙が拡がってゆく “ビッグバンその後” の描写が続きます。この曲の難易度を上げている、幅広い音域と連符によって爆発的に広がる響きは、多くの人がイメージする宇宙誕生を描いているのでしょう。

奇蹟の星、地球 ―――

『孤独な惑星』…地球についての黙想録です。太陽系内の他のどの星にも起こらなかった奇蹟とも言える偶然が、地球の進化を “命を育む惑星” として導いてきました。第一部で演奏する「鯨と海」では、この地球の生命の讃歌を奏でます。孤独な地球、けれどそこでしか起き得なかった生命という奇蹟が、2つの曲でどう描かれているのか、といった点で聴くのも面白いかもしれません。続いてのセクションは地球の外側へ。今でこそ技術は進み、私たちは宇宙空間に『小惑星帯と流星群』が至る所に存在していることを知っています。それらは危険性の選択の余地なく、地球へ頻繁に迫ってくる、その情景が描写されています。

宇宙への憧憬 ―――

1961年に初めて人類は宇宙へ行き、現在も様々な方面から研究が進められていますが、古代ギリシャでは、文頭で説明した『天球の音楽』という思想が主流でした。当時、肉眼で観測できた6つの星(水、金、地、月、火、木の六つとされた)から発される音が“天球の音楽” を紡ぎ奏でている(ただし普通の人間には一切聞こえず、ピタゴラスだけがその調べを聴くことができた)と考えられていたため、6つの音を『天球の音楽』および『ハルモニア』のセクションの土台を構築する主題として使われています。ピタゴラスにはどのように聞こえていたのか、手を伸ばすだけでしか計れない宇宙をどのように見ていたのかを、この曲を通して想像すると、とてもロマンがあります。

未知なるもの ―――

そして、宇宙の『未知なるもの』への問いを内に秘めながら、壮大なエンディングへと向かいます。人類が開発を推し進めてきた大宇宙への飽くなき探究は、将来にさらなる文明の発展をもたらすのか、それとも破滅の時を暗示するものか…。聞き応えたっぷりの1曲、様々な視点の宇宙を、是非お楽しみください。