講演題目:私と関数微分方程式
講演概要:本講演では1970年後半から2000年前半において日本における関数微分方程式の進展状況を人物を中心にお話し(ただし、の主観による)、その時代における私の研究について述べます。さらに現在、静岡大の宮崎先生、ソウル大の金道漢先生との delay feedback controlに関する共同研究の結果についてお話します。
講演題目:遅延微分方程式の数値解法概観
講演概要:遅延微分方程式の数値解法の要点を,離散変数法を中心として紹介し,その特性や評価を概説する.そのため、区間接続法によって常微分方程式の初期値問題の系列に分解し,対応する常微分方程式に Runge-Kutta 法を適用する.離散変数法の評価基準として,収束性と安定性を論ずる.
講演題目:時間遅れのある微分方程式の周期解の話題--黎明期の研究--
講演概要:負のフィードバック効果を入れた微分方程式モデルにおいて,フィードバックに時間遅れが入ると平衡状態に不安定化が起こり振動する現象が知られている.非線形項によってはカオティックな挙動を示すこともある.1970年代に様々な種類の時間遅れ微分方程式について周期解の存在を示す色々なアプローチが試みられた.特に,Banach空間の不動点定理やHopf分岐の研究が進んだ.その結果,1980年前後には,かなりの成果が得られたが,本質的に難しい問題は後世に残された.今回の講演では,当時の試みについて,自身の研究と関わりのあった研究や,現時点で振り返っても意義のあると思われる成果について紹介する.遅れのある方程式の研究に何か知見を与えることができれば幸いである.
講演題目:時間遅れフィードバックによるゆらぎの拡散制御
講演概要:一般の時間遅れは力学系に不安定性をもたらすが、時間遅れを伴う特定のフィードバック構造は、非線形決定論的システムの不規則な揺らぎを制御し、カオスダイナミクスを安定な周期状態へ制御することが可能である。本発表では、決定論的な力学的振る舞いの代わりに確率過程、すなわちランダムウォークを考え、その拡散現象をカオス系に対する時間遅れフィードバック制御で検討する。1次元Wiener過程の数値シミュレーションの結果、拡散係数は遅れ時間の増加とともに減少し、特にpower-law decayを示すことがわかった。 この拡散抑制を確率時間遅れ微分方程式など用いて解析した。また、この抑制が実用で観察できるかどうかを、数個の粒子を持つ分子動力学モデルに時間遅れフィードバックを適用することで数値的に確認した。
講演題目:時間遅れを考慮した偏微分方程式の解析手法について
講演概要:偏微分方程式や時間遅れを考慮した常微分方程式に用いられる統一的な解析手法はあまり知られておらず,それぞれ独立した解析手法によって解析を行うのが主流である.その理由の一つが線形問題に対応する特性方程式の違いであり,特性方程式の根の性質を探るためにそれぞれの方程式に適した解析手法が必要となるからであろう.したがって,時間遅れを考慮した偏微分方程式を解析するためには,個々の性質の違いにも対応できるような汎用的な手法を用いる必要があり,適用できる解析手法は限られてくる.このような背景のもと,本講演では時間遅れを考慮した粘性Burgers方程式を例に挙げエネルギー法を用いた解析手法を紹介し,時間遅れの効果が時間大域解の存在や漸近安定性にどのように影響を及ぼすかについて考察を行う.
講演題目:免疫保持期間と拡散を含む Kermack-McKendrick モデルにおける進行波解の存在
講演概要:本講演では,有限の免疫保持期間と,個体の空間的拡散を考慮したある Kermack-McKendrick モデル(SIR感染症モデル)を考える.特性曲線法により,モデルは反応方程式と連続型差分方程式の組である時間遅れ系に書き換えられる.本研究では,モデルの進行波解の存在について調べた.基本再生産数R0と最小速度c*を導出し,R0 > 1ならば,任意の c > c* に対して速度が c の進行波解が存在することを示した.一方で,R0 < 1 ならば,任意の c > 0 に対して速度が c の進行波解は存在しないことを示した. 証明は,優解と劣解の構成,不動点問題への帰着,不動点定理の利用および境界条件の成立の確認からなる.特に,先行研究では進行波解の単調性が示されており,証明にも利用されていたが,本研究のモデルでは免疫保持期間による時間遅れの影響により進行波解の単調性は保証されないことがわかった.
講演題目:大自由度力学系の縮約理論:流体構造連成問題からの考察
講演概要:自然および人工システムにおける複雑な現象はしばしば大自由度力学系としてモデリングされ,そのモデルに基づいて数理解析が遂行される.一方で,あるクラスの大自由度力学系については無限次元力学系に解釈し直すことで数理解析の見通しを改善することが可能であり,さらにはそこから現象に本質的な低次元力学系を抽出する試みも近年発展しつつある.その文脈においては,時間遅れ項の導入についても,大自由度力学系のモデリングにおいて,数理解析の見通しを改善するための一手法として捉えることもできるだろう.本発表では流体構造連成問題の解析などを題材に,複雑な力学系から低次元力学系に縮約する例を示すとともに,包括的な視点で解析的な見通しの良さや計算コスト,実用面での制約などについての議論を行う.
講演題目:スパイク信号から神経ネットワークを推定する
講演概要:計測技術の進展により、脳内の多数のニューロン (神経細胞) のスパイク信号を長時間計測できるようになりつつある。計測された信号を解析することにより、直接計測できない神経細胞間のつながり (神経ネットワーク) を推定できることが期待される。このような考え自体は50年以上前から提案されていたが、周囲の神経細胞や大きく変動する外部信号の影響も加わって現象が複雑であり、信頼性の高い推定結果は得られていなかった。講演では、スパイク信号から神経ネットワークを高精度に推定するデータ解析技術を紹介する。特に、スパイク信号間の相互相関を点過程によりモデル化する手法 GLMCCや畳み込みニューラルネットを用いた手法 CONNECT を紹介したい。開発したWebアプリ、プログラム (python) はウェブ上で公開している (https://s-shinomoto.com/CONNECT/)。
講演題目:脳の認識のダイナミクスと時間遅れ
講演概要:本講演では,生物の神経系による外界の認識において時間遅れダイナミクスが重要な役割を担う例を示し,その理論・定量化法を紹介する.例えばサルの第一次視覚野では,視覚刺激提示後約30msで順方向結合由来の初期応答が生じ,約100ms後に高次野からのフィードバック回路を介したより遅いダイナミクスの時間遅れ変調が現れる.この時間遅れ変調は刺激の文脈や注意に依存し,低次の特徴抽出に留まらない脳の高次脳機能を担っている.感覚体験の報告は初期応答ではなく,この時間遅れ変調と相関する.ベイズ推論に基づく認識の理論では,刺激入力と自発的活動が統合され認識に至る過程を観測と事前知識の統合として記述し,外界への適応の結果として事前知識が調節されると考える.本講演では時間遅れを伴う動的な情報統合によってベイズ推論を実現する神経ダイナミクスが情報論的なエンジンを構成することを紹介する(ニューラルエンジン).これにより時間遅れの変調を定量化する手法を紹介する.
講演題目:多重遅延系のモード選択則と管楽器モデル
講演概要:多重遅延系の振る舞いは極めて複雑で、パラメーターの取り方で様々なモードが発振する。この講演では、1変数1階微分の2重遅延系において、パラメーターを動かしたときに安定固定点が分岐で不安定化し、振動モードが発振する場合を考える。発振するモードの次数は、遅延時間の比や遅延強度の変化に対し極めて敏感に変化するが、モードの次数を遅延時間の比の関数として見ると明確なモード選択則があることがわかる。この講演では、遅延強度を変化させた時にモード選択則がどのように変化するかについて議論する。特に、短い遅延が負の強度を持つ場合は、別のモード選択則が発現することを示す。管楽器は、多重遅延系の良い例である。歌口と開口端の間の音波の往復が長い遅延を作り、歌口と音孔の間の往復が短い遅延を作り出す。複数の音孔を開けた場合は、多重遅延系と見做せる。クラリネットには、レジスターホールと呼ばれる3倍音(1オクターブと5度)高い音を出すのに使われる音孔があるが、2重遅延系のモード選択則によりその機能が説明可能である。
講演題目:共鳴振動ダイナミクスを示す遅れ微分方程式
講演概要:ここでは、新しいタイプの共振振動ダイナミクスを示す遅れ微分方程式を提案する。この式では遅延がゼロから漸近的に大きくなるにつれて、振動的な過渡的ダイナミクスが現れたり消えたりする。遅延を適切に調整することで、ダイナミクスで特定の周波数での振動が強調されていることを示すパワースペクトルのピークが観測される。この共鳴的な振る舞いは、遅れパラメータを増加させると振動が持続したり、より複雑なダイナミクスを引き起こすという一般的な振る舞いとは対照的である。
講演題目:Fiedler-望月のRegulatory Networkの構造理論の時間遅れ系への拡張
講演概要:遺伝子制御ネットワークのような複雑な調節関係を表した Regulatory Network と呼ばれる微分方程式系のダイナミクスについて考察する。Fiedler-望月らの論文(JDDE 2013)は Regulatory Network のネットワーク構造のみから、その上の漸近的なダイナミクスを決めるdetermining nodes setを同定できることを示した。この理論を Regulatory Network が時間遅れを含む場合に拡張する。遅れの無い Regulatory Network の場合には、1次元の1階線形方程式の解を定数変化法を用いて指数的減衰評価をすることで,解の漸近挙動が決定できた。しかし時間遅れを含む場合には定数変化法では直接的には指数減衰評価が得られない。そこで、Yorkeの結果(1968)と時間遅れを含む線形方程式の基本解の指数評価を組み合わせることで,同様な解析を可能にした。
講演題目:遅延Duffing方程式の結合系の完全同期解に対する精度保証付き数値計算
講演概要:遅延Duffing方程式は、脳の皮質視床の脳波のモデルとして現れる。小谷らによる先行研究では、2つの脳波の同期の様子を捉え、3つの同期解が存在することが示されている。脳波は、普段は同期しているが、てんかん等の疾患により同期が崩れる場合があることが知られている。我々は、2つの脳波の同期解に対して精度保証付き数値計算を行うことで、脳波の同期の仕組みを解明することを期待している。本研究では、脳波のモデルである遅延Duffing方程式を2つ用いた弱い結合系を考え、精度保証付き数値計算によって、上の3つの同期解のうち位相が完全に一致する完全同期解の数値検証を行った結果について報告する。具体的には、結合系に対する同期周期解のフーリエ係数に対して、零点探索問題を定式化し、点列空間におけるNewton-Kantorovich型定理の成立を数値検証する。
講演題目:Stability switches in a linear differential equation with two delays
講演概要:2つの時間遅れをもつスカラー線形微分方程式の漸近安定性について考える。よく知られているように、自励系の場合、零解が漸近安定であるための必要十分条件は、付随する特性方程式のすべての根が負の実部をもつことである。特性方程式の根の分布は、1つの時間遅れよりも複数の時間遅れの方が複雑になる。実際、ある条件の下で、時間遅れのパラメータを増加させると、零解が安定から不安定、さらに安定へと有限回変化し、最終的に不安定になる現象が生じる。このような現象は安定スイッチと呼ばれ、Cooke & Grossman (JMAA, 1982) の論文を皮切りに種々の結果が報告されている。しかし、スイッチの際の時間遅れの閾値が明確に求められず、安定スイッチ現象が見逃されている論文も多い。本研究では、方程式の係数が正の数の下で考察された Yan & Shi (JDDE, 2017) の結果を拡張し、実数係数における漸近安定性に関する具体的な必要十分条件を得ることができたので報告する。