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研究活動について

1.はじめに

私の主たる研究テーマは持続可能な発展です。その原点は1990年代初めの学生時代での旅行中の体験にあります。タイ東北部のムクダハンという地方中心都市からメコンの渡し舟でラオス第2の都市サバナケットに入国した時のことです。タイ東北部はタイの中でも貧しい地域です。そこからラオス第2の都市に行くわけですからどのような都会が待っているのか,と渡し舟の上で思っていました。しかし,粗末な入国管理所を出ると道路も未舗装,車もほとんど走っていない小さな田舎町が待っていました。その町には1週間ほど滞在しましたが、驚いたのは,言葉や食べ物など同じ文化・習慣を共有するタイ東北部と比べて非常に(経済発展が)遅れている,ということでした。同じような人が社会を構成しているのに,経済発展の度合がどうしてこれほど違うのか。その理由を大学院に進学して研究してみたいと思いました。大学院では経済学を専攻し,持続可能な発展というテーマを踏まえ生産性の分析,集団の意思決定の分析にかかわる研究を行いました。その後,サステイナビリティ評価や教育,地域の持続性にかかわる学際研究,実践的研究を進めています。

2.大学院時代の研究:経済発展と集団の意思決定の研究

早稲田大学修士課程プログラムではアジア経済論を専攻し,開発経済学を学びました。修士論文「中国の農業生産性の分析」は経済発展における農業部門の重要性と新古典派経済学における生産性(総要素生産性)の役割に焦点を当てた実証研究で,農業部門の総要素生産性(Total Factor Productivity:TFP)を計測しその決定因を計量的に解明しました。その後,ミネソタ大学博士課程プログラムでは(タイ・ラオスでの経験に触発される形で)開発経済学と環境経済学を専攻,経済発展と環境問題をテーマに集団の意思決定についての理論的な研究を行いました(Uwasu, 2008)。具体的には,様々な環境・社会問題を構造的に表現する囚人のジレンマゲームについての動学的な解析です。従来,集団の意思決定にかかわる分析では非協力ゲームが用いられ,(囚人のジレンマゲームにおいては)非協力行動や協力行動が均衡として担保されるかどうかを表します。先行研究ではリファインメントと呼ばれる手法を用い,繰り返し意思決定が行われる環境で,割引率が低い場合,意思決定者間で互いの効用関数について未知な場合などに協力的な行動が均衡として成立することが明らかにされています。しかし,この手法は,協力解も非協力解も同時に存在する,という現実に起こっていること表現するだけで,どのような条件の下で協力解,もしくは非協力解に収束するのか明らかにしていません。そこで,私は均衡動学ゲームの理論(進化ゲーム理論とも呼ばれます)を応用し,異なる均衡に収束する条件を明らかにしようとしました。この研究では特に,各集団が異なるルールを持ち,さらにプレイヤーが集団を移動できるとき,どのように協力的な集団行動が発生するかを分析しました。背景にある問題として,地球温暖化問題を挙げることが出来ます。温暖化は世界中の国が直面する問題で,各国が温暖化ガス排出に対して異なる基準を持っています。しかも,多国籍企業などは国を超えて経済活動を行うことができます。そのような状況下で,企業はどのように行動するのか,そういった行動が各国による協力的な枠組み構築にどのような影響をあたえるのか?この研究は,このような問いに答えるための基礎的材料を提供するものであると考えます。また,理論的な結果について実験経済学の手法を用いて検証することも行いました。これら成果の一部はUwasu,2012などで発表をしています。

3.サステイナビリティ評価と制度・政策の研究,サステイナビリティ教育の研究

2006年に大阪大学サステイナビリティ・サイエンス研究機構に特任助教として着任してからは,サステイナビリティをテーマとした学際研究・実践研究に軸を移しました。一つは,社会経済・環境・資源と異なる領域の状態を総合的に評価する研究です。具体的には異なる領域の現象を統合的に評価する手法開発の研究(Uwasu, 2008;Hara et al, 2010など),応用研究として中国の省や都市を事例に,時系列変化や空間や指標間の関係性を解析したものなどがあります(Zhan et al. 2010; Zhang et al. 2010など)。国レベルのサステイナビリティ評価としては,経済学分野における弱い持続性指標の一つであるGenuine savings(GS) についての研究があります。経済の生産基盤として様々な人工物や自然環境,人など様々な資本がありますが,その資本のフローについての解析を行ったのがUwasu・Yabar (2010)です。GSは理論的帰結としては単年度のパフォーマンスがその後の発展経路の進路を決定する指標(GSの値が正であれば,持続的発展経路に乗っかっている)となりうるのですが,現実の指標の値は正と負をまたいで大きく変化します。この論文では,各国のGSを動学的な視点から評価し,その背後にある制度の役割や人口動態の影響を明らかにしました。

評価研究の別のテーマとして,エネルギー・産業システムや環境政策の評価方法の構築とその応用研究を行っています。例えばエネルギーシステムを取り扱ったUwasu/Kobayashi/Hara (2014),セメント産業を取り扱った Uwasu/Yabar/Hara(2014)など生産や消費のメカニズムやシステムを解析する研究が主になります。一例とし,日本の家電リサイクル法を評価した研究を紹介したいと思います(Uwasu et al.(2012) in Environmental Development)。この論文では日本で施行されている家電リサイクル法の多面的評価を行いました。現在の家電リサイクルの方法は後払い方式を採用していますが,他にも前払い方式やデポジット方式などがあります。この研究では,これら異なる方法が,定められたリサイクル率を達成するのに必要なコストについて経済学分野の部分均衡モデルを基にした評価手法を構築し,コストや環境負荷,技術の側面から分析しました。分析の結果,コストや不法投棄の観点から現行の方式には問題があり,長期的にはデポジット制などの方式に転換する方が良い,という結論を導き出しました。(その障壁についても本論文では議論をしています)。

サステイナビリティにかかわるもう一つの研究テーマが教育です。問題解決志向を強く打ち出す環境学やサステイナビリティ・サイエンスにおいて,人材育成は長期的ではありますが不可欠な問題解決の手段です。したがって,サステイナビリティを実現するうえでどのように人材育成を行うのかという問いは重要な研究課題です。私は幸いにも大阪大学で大学院レベルの副専攻的な環境・サステイナビリティ教育の立ち上げとその運営に携わってきました。その中で,教育の獲得能力やそれに対応するカリキュラムの設計,コア科目のデザインなどを行うために,文献調査や調査を通じたサステイナビリティ教育の研究を行うことができました。Uwasu et al. (2010) および上須・下田(2010)では大阪大学のサステイナビリティ教育プログラムの理念やカリキュラムの紹介を通じて,教育法やそれに対応する科目の設計方法および制度上の障壁などプラクティカルな面について論じました。Nakagawa, Uwasu, Tanaka (2011 in United Nations University Press)では世界の環境・サステイナビリティ教育の現状を踏まえ,サステイナビリティ教育における教育理念や育成すべき人材像をより詳細に議論しています。また,これまでに,北米(アリゾナ州立大学,カリフォルニア大学サンタバーバラ,ブリティッシュコロンビア大学),ヨーロッパ(オランダ自由大学,サセックス大学,チャルマーズ工科大学,ルンド大学,アアルト大学)の環境・サステイナビリティにかかわる有力プログラムの担当者へのヒアリング調査を実施しました。その成果は学術論文や総説で発表しています(例えば、Kishita、Uwasu e al. 2018 in Sustainability Science)。これら教育研究の成果を社会に発信・還元するべく国内外様々な場所・機会で(海外の大学でのセミナーや教員会合,中学校の授業,サイエンスカフェなど)アウトリーチ活動も行ってきました。

また、問題解決志向型の研究として,日本およびアジアの農村地域を対象とした実践型のフィールド研究を始めています。2015年にはアジア農村社会学会世界大会(ラオス)では「アジアの農村社会の未来」というテーマで企画セッションを実施し,事例研究の共有や研究枠組みの議論を行いました(Uwasu et al., 2015; Fuchigami et al. 2014)。次の話にもつながりますが、これまでの十津川村や高島などでのプロジェクト成果については論文や報告書などで発表しています(Uwasu et al 2018, 上須 2020, Uwasu et al. 2021)。

4.これからの研究:包摂的な制度

近代社会の礎の一つである民主主義の歴史を見ると,社会の意思決定の仕組みがより包括的(Inclusive)になっていることがわかります。貴族や王族など権力者だけで行っていた政治の場面に,一般階級の男性が,女性が,そしてマイノリティと呼ばれる人たちが参加できるようになりました。また,環境問題への取り組みにマイノリティやNPO/NGOなどそれまで排除されていた利害関係者が参加するようになりつつあります。しかし,現代社会が抱える深刻な課題についてはどうでしょう。気候変動や財政の問題など経済や政治の意思決定は現在のみならず将来世代に影響しますが,肝心の利害関係者である将来世代の声が(基本的には)含まれません。将来世代の意見を反映させるような工夫,仕組みが必要でないか,というのが私のこれからの研究における問題認識です。

私が考える研究テーマは大きく二つあります。一つは,これまで排除されてきたと考えられる市民をエンパワーするための研究、包摂的な社会のデザインを行うです。例えば、現在の社会システムの中で排除されている大きな集団として将来世代が考えられます。政治哲学者のジョン・ロールズは正義に基づく判断を行うためには個人が持つあらゆる属性や役割,利害関係を白紙に戻す(つまり,無知のヴェールをかぶる)必要がある,と考えました 。ロールズの考えを援用し,フューチャー・デザインでは,将来世代の声を代弁するために「将来世代のキャップ=帽子」をかぶることが考えられます。私はこれまでに共同研究者と,仮想的な討議実験を大学や行政組織の中で行い,将来世代になりきるロールプレイや議論の組み立てが集団の意思決定プロセスやその結果にどのような影響を与えるのかについて検証してきました。例えば,私たちは集団の意思決定において将来世代の代表者が(少数勢力として)入るだけで将来世代の便益を考慮する確率が高まることを経済学実験によって観察しています。また,電源構成などを選択する議論を行った場合,社会ビジョン(どのような社会を構築したいのか)を併せて議論することで,電源構成の選択や環境問題に対する認識や議論のプロセスが変わることも見出しています(Uwasu et al., (2015) Uwasu et al. (2018), Kuroda et al. (2021))。このような検証を積み重ねていくことで将来世代の声を創りだす方法論(例えば,熟議や合意形成の方法論)を提案したいと考えています (関連研究として共孝支援ツールの開発を目的とした研究は熊澤,上須ら(2012),Kumazawa et al. (2013)などにまとめています)。

第二の課題は,現代社会の意思決定の場面にどのように制度として組み込むのか,を実践的に検証することです。これについては,行政組織の政策形成過程の中に将来世代の声が反映される(将来世代が現代世代と交渉する)仕組みについての政治学・行政学的研究が不可欠ですが,私は地域の持続性に資するフィールド研究を通じてこの課題に取り組みたいと考えています。具体的には奈良県十津川村と滋賀県高島市を,海外では中国雲南省南部(プーアル市,ハニ族・イ族自治区)を研究対象地域とし,将来ビジョンの構築とそのための実践を行う計画です。このフィールド研究の柱は3つあります。一つ目は地域の資源の存在と地域社会との関係性とその歴史的変遷を経済学的・科学的に評価することです。二つ目は評価された資源を可視化し、利害関係者間でその情報や認識を共有するしくみを作ることです。最後の柱は、これらを地域資源に対する共有認識を土台とし,地域社会のビジョン策定や政策含意の提案を行うことです。この一連の研究を遂行するために,経済学のみならず工学,環境学,社会学,歴史学,人類学など様々な分野の専門家と研究ネットワークを作ってきました。また,奈良県十津川村および滋賀県高島市の行政担当者やプーアル大学・紅河学院大学の研究者,住民,NPOなどとのネットワークも構築しています。これら実践的取組として,国内外における研究・教育を進めていきたいと考えています。