飲んだくれサル仮説・酔ったさる仮説(drunken monkey hypothesis)という仮説をご存知でしょうか?なんともキャッチーなネーミングですが、この仮説は現在の私たちヒトが酒を好んで摂取するのは、私たちヒトと非ヒト霊長類の共通祖先において果実食に適応した結果からではないかというものです。酒の主成分であるエタノールは発酵した果実にも含まれており、このような果実食への適応に伴ってエタノールへの選好性やエタノール代謝への適応が進化したのではないかという仮説です。
私はこの仮説の検証として、エタノール代謝にも関与するアルコール脱水素化酵素であるADH遺伝子の構成を霊長類や霊長類と近縁な哺乳類(ヒヨケザル・ツパイ)のゲノム配列を使って調べました。2022年当時公開されていたゲノムを使って調べたところ、Class I ADH遺伝子の構成が過去に判明していた以上に霊長類で多様であることが示唆されました。また、果実食傾向の低い霊長類の遺伝子が偽遺伝子化していたり、遺伝子数が少なかったりしており、Class I ADH遺伝子の進化が食性と関連している可能性が示唆されました。
私たちヒトは声を聞いた時に、発声者が見えなくとも誰が話したかどの程度の年齢のヒトかある程度識別できると思います。では、サルにおいてはどうなのでしょうか?私は野生ニホンザルの音声に対し、個体識別がどの程度可能なのか、また年齢クラス(高齢か若齢か)の識別が可能なのかという問いに機械学習によるアプローチで取り組んでいます。
このように機械学習を用いてどの個体が発声しているか識別できることで
ニホンザルのどの個体間で鳴き交わされているのかという音声ネットワークの解明
音声を用いた標識再捕法の開発
が可能になると考えています。
音声をもとに高齢個体の音声(右上)か若齢個体の音声(右下)かを識別する概念図
実際には波形(左)をスペクトログラムに変換したものを分類機に識別させている
群れという単語を聞くと、集団としてまとまった動きをする魚や鳥の群れを思い浮かべるヒトが多いのではないでしょうか?私が研究対象としているニホンザルはこのようないわゆる群れのイメージとは少し離れています。毛づくろいの時は多くの個体が集まりますが、採食や移動の時には凝集性(群れのまとまり)が低くなり、他の個体が見えなくなることが多々あります。このように時には目視できなくなるものの、ニホンザルは群れとしてある程度群れとしてまとまっており、音声が凝集性の維持に寄与していると考えられています。さまざまな証拠から音声が凝集性の維持に重要そうな結果は示唆されているのですが、まだ分かっていないことが多いのも現状です。
私は屋久島のニホンザルを追跡し音声や凝集性に関するデータを集め解析することで、音声が本当に凝集性を維持することに寄与しているのか、その検証に取り組んでいます。
オトナメス1個体で採食をしている状況。周囲には目視できる個体がいなかったが、この後、他の群れのメンバーと合流した。
博士課程からはマレーシア・ボルネオ・サバ州のセピロクで調査を行うことを考えています。この調査地はオランウータンのリハビリテーションセンターとして有名ですが、オランウータンの餌目当てにミナミブタオザルとカニクイザルという2種のマカク(ニホンザルの仲間)も集まることが知られています。興味深いことに、この2種の交雑個体と見られる個体が多数目撃されています。しかし、交雑がどの程度生じているのか、餌場を利用する群れがどのような行動圏であるのかなど基礎的な情報が不足しているのが現状です。
私は、この2種間で行われる行動の直接観察や糞DNAを用いた解析などを行うことで、2種間の交雑メカニズムを明らかにしていきたいと考えています。
ブタオザル(右の尻尾の短いサル)とカニクイザル(左の尻尾の長いサル)が遭遇した状況。
この時は敵対的な交渉が見られた。