[台本] Alnair(あるないる)
・生明 晶(あざみ あきら)
女性、17歳
ハンドルネームは生明 晶(あざみ あきら)
役者を目指したい高校生。彼女の先輩の紹介により声劇の世界に入り、
アルナイルのことを切磋琢磨する相手として見ている。
声劇(せいげき)と読む。
芯の強い子。
・アルナイル
男性、19歳
基本的に皆には“アル”と呼ばれているが、晶はアルナイルとフルで呼んでいる。
社交的で誰に対しても明るく優しく接する。
どうやら声劇は長いらしい。
声劇(こえげき)と読む。
本名は“鶴羽 藍(つるわ あい)”。
・秋ノ麒 麟(あきのき りん)
男性、年齢不詳
晶の尊敬する役者でもあり、AKINOKIプロダクションの社長。
人前では基本的に人当たりの良い風を装っているが、
本来はシビアな思考をしており、甘い考えの人間を好いていない。
“秋ノ麒 麟”はあくまでも芸名。
晶に合わせて声劇(せいげき)と読む。
生明 昇暘と兼ね役。
・生明 昇暘(あざみ しょうよう)
男性、41歳
晶の父。
朗らかで融和な人で、晶の事を尊重している。
妻が早くに他界してしまったので男手一人で晶を育ててきた。
家事全般が好きな様で、
家に居る間、寝る時以外は家事している気がする、と晶は言う。
生明 晶 ♀:
◆アルナイル/鶴羽 藍 ♂:
♤秋ノ麒 麟/生明 昇暘♂:
↓これより下が台本本編です。
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晶:「……。」
(晶、アイスを食べながらテレビを見ている。)
♤秋ノ麒:『“輝くもの”とは、“そうあるべくしてそうなっている”ものだ。
どこに居たとしても、輝いている。』
晶:「…………。」
(晶、机に突っ伏しながらテレビを見ている。)
晶:今のは、私の好きな役者さんの言葉。
でも、聞く度に胸が締め付けられる。
(晶、立ち上がり、伸びをする。)
晶:「ふっ……ん~~~~~~~~~~……」
♤秋ノ麒:『だから……自分を信じてください。
自分を信じないことには、始まりません。
自分を信じないことには、輝く事はありません。』
晶:「…………。」
(晶、窓を開ける。)
♤秋ノ麒:『きっとあなたにもチャンスが──』
(晶、テレビの電源を消す。)
晶:「……。」
間。
晶:「“輝くもの”はどこに居たとしても、輝いてる……かぁ……」
(晶、窓の外を見る。そこには、青い海、青い空が広がっている。)
晶:宮崎県宮崎市、南東部の『青島(あおしま)』が見える戸建(こだて)。
私はここで生まれ、ここで生きてきた。
電車は無人で、SuicaやSUGOCAがまだ導入されていない。新幹線なんてものは当然ない。
テレビの放送局も未だに二つしか無くて、ケーブルテレビを引かなきゃまともに見れない。
晶:「…………こんなところにチャンスなんて転がってないって……。」
♤昇暘:「晶(あきら)~!」(遠くから。)
晶:「は~い?」
♤昇暘:「お昼ご飯、出来たよ~!
お皿出すの手伝って~!」
晶:「は~い!」
(晶、立ち上がりだらだらと部屋を出る。)
晶:こんな場所でも輝ける、というのなら。
私が“輝くもの”じゃない証左だ。
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~夜、晶の自室~
~劇中劇『七夕にて』~
(作家=晶、男=アルナイル、が天の川を眺めている。)
◆アルナイル:『“あ、そうだ。”』
晶:「“ん?どうしたの?”」
◆アルナイル:『“短冊にお願い事は書きました?”』
晶:「“あー……書いてないや。”」
◆アルナイル:『“そうですか。
では、……“』
(“男”、天の川を指差す。)
◆アルナイル:『“あの天の川、長い長い帯に見えませんか?
見えないのなら、そう見立てましょう。“』
晶:「“は、はい。”」
◆アルナイル:『“あれが……
アナタの短冊です。“』
晶:「“ふふ、ふふふ!ええ~でっかぁ~
でっかい上にあまりにも遠すぎてボクの筆じゃ届かないよ~“」
◆アルナイル:『“フフフ、それもそうですね。
では、あの大きな大きな短冊に向かって、思いましょうか。“思い描く”のです。“』
晶:「“上手いねー。
……星に願いを、かぁ……
あんなにでっかいと、沢山お願い、思い描けちゃうなぁ。“」
◆アルナイル:『“いいじゃないですかぁ。”』
晶:「“じゃあ……──”」
間。
晶:「“──皆の“未来(あす)”が今日よりももっと、素敵で良い日でありますように。”」
間。
◆アルナイル:『はい!カット~!』
晶:「おつかれさまー」
間。
晶:これは、通話系統のソフトやアプリと、誰かの書いた台本を使ってお芝居をする、“声劇(せいげき)”という遊び。
役者になりたい、と言っていた先輩に誘われて始めた遊び。
今、その先輩は声劇(せいげき)をしていないけれど。
◆アルナイル:『お疲れ様ですー
ご一緒してくださり感謝ですアキラさん。』
晶:「いえいえ、この台本一年に一回しか出来ないんでしょ。
この作者さんも中々に面倒臭い人ね。」
◆アルナイル:『まあまあ。拘りってのはそういうもんですよ。
……。
いやはや、出来て良かった。』
晶:「…………。
そんなに面白かったです?この台本。」
◆アルナイル:『うん、面白かったですよ。
物書きの業(ごう)。勝手に背負った罪。
独りよがりな思想……。
どれも、愛ゆえに。』
晶:「……。」
◆アルナイル:『そして、願い……かな。』
晶:「願い……か。」
◆アルナイル:『うん。“一日しか公開しない”。その一瞬しかチャンスが無い。
それでも、“見つけて欲しい”。
そんな感じの物語な気がする。』
晶:「…………。
自分でチャンスを制限してるのに、見つけて欲しいだなんて……
やっぱりこの作者さんは面倒臭い人。」
◆アルナイル:『ハハハ……。
でも、そういうものじゃないです?人間って。』
晶:「え?」
◆アルナイル:『輝くものって見つけられて欲しいなって思いますね。』
晶:「…………。」
(昇暘、遠くから。)
♤昇暘:「アキラ~夕飯出来たよ~!」
晶:「は~い!」(遠くに向けて)
(マイクに向かって。)
晶:「じゃあ、そういうことだから。」
◆アルナイル:『…………ちゃんとミュートしてくださいね……。』
晶:「別に貴方に聞かれるなら良いですよ。じゃ。」
◆アルナイル:『はーい、お疲れ様ですー
また劇しましょうねー』
(晶、通話を切る。)
晶:“声劇(せいげき)”には、基本的に誰か特定の“監督”も“演出家”も居ない。
だから、各々の役者が“監督”であり、“演出家”である。
故に、彼の様に思考し、考察し、作品を自由に掘り下げ、自分の芝居を監督し、演出を付ける。
◇
(晶、食卓へ)
晶:「お、冷や汁。」
♤昇暘:「うん、今日いつにも増して暑かったからねぇ。
はい、焼き魚。」
晶:「んーありがとー
まだ梅雨真っ只中なのにねーいやはや、地球温暖化の影響かなー」
♤昇暘:「そうかもねぇ」
(晶と昇暘、席に座り、手を合わせる。。)
♤昇暘:「じゃあ、せーの。」
晶:「いただきまーす」
♤昇暘:「いただきます。」
間。
♤昇暘:「どう?」
晶:「うん。美味しいよー」
♤昇暘:「ん、良かった。」
間。
♤昇暘:「そういえば、AMU(あみゅ)行った?」
晶:「あみゅ?」
♤昇暘:「ほら、宮崎駅の近くになんか建ち始めてたじゃないか。デパートみたいなの。」
晶:「あ~~……
建ち始めたって、あそこ開いたの去年だよ。」
♤昇暘:「えぇ?そうだっけ?」
晶:「うん。開いたばっかりの時に行ったよ。
東急ハンズとか入ってた。」
♤昇暘:「おぉ~いいなぁ~
映画館とかもあるんでしょ?」
晶:「あるけど~……多分イオンで良い気がするなぁ。」
♤昇暘:「でも学校終わりにイオンは遠いし、あそこだったら行けるじゃん。」
晶:「行かないよ。
学校終わって映画って、そんな体力……」
♤昇暘:「アキラってなんか部活やってたっけ。」
晶:「えぇ?やってないけど。」
♤昇暘:「だったらそれくらいの体力あるでしょ。
あーあ、俺が若い頃にアミュがあったら毎日映画見てたろうなぁ。」
晶:「あははは……パパ、本当に映画好きだねぇ。
部活も映画研究部とかだった?」
♤昇暘:「俺の通ってた学校はどこもそんなんなかったからなぁ。
え?待って?今ってあんの?ウチの学校?」
晶:「あるよ~
去年だか一昨年だかに先輩が立ち上げたってさ。」
♤昇暘:「へぇ~~~!イイねぇ!!」
晶:「まあ……ウチって一応進学校だしで、そんなに力入ってないけどね。」
♤昇暘:「それはそれは……」
間。
♤昇暘:「勿体無いなぁ……。」
間。
晶:「…………。」
晶:やっぱり。
ここには“機会”が転がってない。
パパに限らず、ここの大人たちは新しいものに自分から触れない。
進学校だから、なのかもだけど、
皆、映画とか絵とか……お芝居とかの、“芸術”とかって言われるものに、そもそも積極的では無い。
◆アルナイル:『輝くものって見つけられて欲しいなって思いますね。』
間。(晶、食事の手が止まる。)
晶:「……。」
♤昇暘:「…………?」
晶:ここに、そんな事考えてる人なんて、多分居ないよ。
♤昇暘:「…………。」
間。
♤昇暘:「アキラ。」
晶:「ん、なに?」
♤昇暘:「アキラの将来の夢ってなに。」
晶:「え?」
♤昇暘:「もう高校二年生でしょぉ?
考えとかないと~高校時代あっという間だぞぉ。」
晶:「あー……そうねぇー……」
間。
晶:「どうしょっかなぁー……」
間。
晶:「進学か就職か……まあ、ウチの学校はほぼ進学一択みたいなもんだけど……
どこ行こっかなぁー……」
♤昇暘:「この間の期末試験、何位だった?」
晶:「29位。」
♤昇暘:「じゃあ、まあ、大体何処にでも行けるでしょ。」
晶:「ま。そうだと良いけど。」
♤昇暘:「……アキラは、趣味とか無いの。」
晶:「趣味、…………かぁ……」
♤昇暘:「…………ま、まだ若いんだし、いっぱい悩みなさい。
ごちそうさま。」
(昇暘、自分の皿を台所に持っていく。)
晶:「…………。」
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~晶の部屋~
◆アルナイル:『夢ですか?』
晶:「うん。アルナイルさんは、あるのかなぁって思いまして。」(椅子に身体を沈めている。)
◆アルナイル:『オレはデザイナーですねぇ。』
晶:「え。」
◆アルナイル:『ん?』
晶:「デザイナー?どうしてですか?」
◆アルナイル:『昔から絵を描くのが好きでして、
中学高校時代とかなんて架空会社を考えて、そこのロゴをデザインしてたりしてましたねー』
晶:「わ。なんか本格的そう。」
◆アルナイル:『ははは。
まあ、でも、やっぱ児戯(じぎ)でしたよ。そういう畑に入ってみたら。』
晶:「はたけ……?
え、待って。アルナイルさんって芸大ですよね?」
◆アルナイル:『そうですよ?』
晶:「学部ってデザインの方だったんですか!?てっきり演劇とかお芝居の方の学部かと……」
◆アルナイル:『一言も“演劇学部ですー”なんて言った事無いじゃないですか。
普通、“芸大”って聞いたら絵とか想像しないです?』
晶:「だってアルナイルさんお芝居めっちゃ上手じゃないですか。」
◆アルナイル:『あははは……ありがとうございます……
まあ、芝居は“声劇(こえげき)”が好きなだけなんで。』
晶:「そんな……勿体無い……。」
◆アルナイル:『そんな事は無いですよ。』
間。
◆アルナイル:『“贅言(ぜいげん)と声せども、劇場に貴賤無く”。』
晶:「え?」
◆アルナイル:『オレの好きな声劇(こえげき)台本からの抜粋です。その台本もう無いんですけど……』
晶:「……。」
◆アルナイル:『まあ、それは置いといて……言葉の意味は
“どんなに下らなくても、そこが劇場である事に違いは無い”
って事で、それこそ声劇(こえげき)という小さいものでも軽んじるのは違うんじゃないかって、』
間。
◆アルナイル:『オレは思いますね。』
晶:「……でも、やっぱりどうせだったら大きい舞台とか、凄いところでやれた方が良いじゃないですか。」
◆アルナイル:『まあ、アキラさんがそう言うのも、分かりますし、否定は出来ませんけどね。』
晶:「ふーん……」
間。
◆アルナイル:『で。』
晶:「ん?」
◆アルナイル:『アキラさんの夢は、なんですか。』
晶:「えぇ。」
◆アルナイル:『オレのを教えたんですから、教えてくれたって良いじゃないですか。』
晶:「んー……」
間。
晶:「ねえ、笑わない?」
◆アルナイル:『え……あ、笑わないと思いますけど。』
晶:「…………役者……。」
◆アルナイル:『…………ああ。』
晶:「“ああ”ってなんですか……!!」
◆アルナイル:『いえ、まあ、そうだろうなって思いまして。』
晶:「え、えぇ??」
◆アルナイル:『声劇(こえげき)やってるんですし、可能性はあるかな、と。』
晶:「でも貴方は違うじゃないですか!!」
◆アルナイル:『オレは……まあ、違いますけど。
多いですよ。声劇(こえげき)やってる人で役者、声優になりたい人。』
晶:「やっぱり?やっぱそうですよね?
あの、アルナイルさんの知ってる人で、なった人っていますか?」
◆アルナイル:『まあ、いますよ。というか現役でやってるって人もいますし。』
晶:「おお……!」
◆アルナイル:『だから、アキラさんが目指すのも良いんじゃないですか。』
晶:「……えへへ。」
間。
晶:「…………でも。」
◆アルナイル:『ん?』
晶:「私は、なれないと思う。」
◆アルナイル:『どうしてです?』
晶:「だって、ほら。私、田舎暮らしじゃないですか。」
◆アルナイル:『……?』
晶:「……。差し支えなければ、アルナイルさんのご出身は?」
◆アルナイル:『神奈川ですよ。』
晶:「あー……」
◆アルナイル:『な、なんですか。』
晶:「なんでもないですよ……。」
間。
◆アルナイル:『……じゃあ、こっちに来れば良いじゃないですか。』
晶:「そんな簡単な話じゃないですよ。
そちらに行く旅費だってそうですし、無計画にそちらに行ったからって……」
◆アルナイル:『オーディション。』
晶:「……えぇ?」
◆アルナイル:『今から送る所のオーディション、書類、動画審査を通れば、
最終審査の旅費を負担してくれるらしいですよ。』
晶:「…………えぇ……?えぇ!?!?」
◆アルナイル:『びっくりした』
晶:「そ、そんな超好条件なオーディションあるワケ無いじゃないですか!!」
◆アルナイル:『ですが、事実、あるんです。ほら。』
(アルナイル、URLを送付する。)
晶:「…………。」
(晶、URLを開く。)
晶:「っ!!」
◆アルナイル:『……。』
晶:「AKINOKIプロダクション……。」
◆アルナイル:『おや、知ってそうな感じですね。』
晶:「え……まあ……はい。」
間。
晶:「……。
“輝くもの”とは、──」
♤秋ノ麒:『──“そうあるべくしてそうなっている”ものだ。
どこに居たとしても、輝いている。
だから……自分を信じてください。
自分を信じないことには、始まりません。
自分を信じないことには、輝く事はありません。
故に、チャンスに手を伸ばしてください。』
晶:「……。」
◆アルナイル:『……。
では、オレは寝るのでこれで。』
晶:「あ、お疲れ様です。」
◆アルナイル:『お疲れ様です。』
間。
◆アルナイル:『アキラさん。』
晶:「え、はい。」
◆アルナイル:『後は、貴方が夢に手を伸ばすかどうかですよ。』
晶:「…………。」
◆アルナイル:『では、改めてお疲れ様です。』
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~翌日~
(晶、畳の部屋で寝そべっている。)
晶:「…………。」
晶:“機会”が、転がってきた。
晶:「…………。」
晶:でも──
晶:「パパに限らず、ここの大人たちは新しいものに自分から触れない。」(呟くように)
晶:「皆、映画とか絵とか……お芝居とかの、“芸術”とかって言われるものに、
そもそも積極的では無い。」(呟くように)
間。
晶:「ましてや、私は……私の夢をパパに話してない。
唐突だ。パパからしたら、唐突になりたいって言い出したとしか思われない。」(呟くように)
晶:だからきっと、駄目だ。
♤昇暘:「アキラ~お昼出来たよ~」
間。
晶:「は~い。」
(晶、のそのそと上体を起こして立つ。)
晶:……いいや。
晶:「誰に言い訳してんの、私。」
(晶、拳を握る。)
晶:「“でも”じゃない。」
◇
(晶と昇暘、素麺を食べている。)
晶:「ズズズーーッ」(素麺を啜る。)
間。
晶:「美味しい。」
♤昇暘:「ん、良かった。」
間。
晶:「ねえ。」
♤昇暘:「んー?」
晶:「私、東京に行きたい。」
♤昇暘:「…………。
いいね。どこ大にするの。青学(あおがく)?それとも早稲田?
もしかして、東大?」
晶:「役者になりたい。」
間。
晶:「……役者になりたいの、私。」
♤昇暘:「……。」
間。(昇暘、箸を置く。)
♤昇暘:「役者って何の役者になりたいの。」
晶:「舞台役者。宝塚とかよりは劇団四季って感じ。」
♤昇暘:「大学は?」
晶:「大学にも通う。明治大。あそこの演劇凄く良かったし、学部はこれから考える。」
♤昇暘:「私立だね。学費は?生活費は?」
晶:「奨学金とバイト。負担をより減らす為にもっと勉強して特待生になって、特別給費奨学金を勝ち獲る。」
♤昇暘:「……。」(少し考える。)
♤昇暘:「役者になる為の入口は、大学のサークル?」
晶:「ううん。これ。」
(晶、昇暘にスマホを見せる。)
♤昇暘:「……『AKINOKIプロダクション主催“輝き発掘プロジェクト”』……。」
晶:「これに応募して、最終まで残って、選ばれてみせる。」
♤昇暘:「もしもダメだったら?」
晶:「また来年も受ける。」
♤昇暘:「…………。」
晶:「……。」
♤昇暘:「ふふ。いいよ。」
晶:「っ!!ありがとうございます!!!」
♤昇暘:「あははは、そんなに畏まらなくても。」
間。
♤昇暘:「にしても、アキラが役者かぁ。」
間。(昇暘、素麺を食べる。)
♤昇暘:「父さん知らなかったなぁ。
そういえば明治大の演劇っていつ見たの?」
晶:「中学の修学旅行。自由研修の時間が被ってて、友達に誘われて。」
♤昇暘:「へぇ~」
間。
晶:「……正直、駄目って言われると思った。」
♤昇暘:「えぇ?なんで?」
晶:「役者になるなんてパパに言うの初めてだし」
♤昇暘:「そうだね。けど、将来どうするか、ある程度は考えてるっぽいし、
特待だって、アキラなら取れると思うからね。」
晶:「……ありがとう。」
♤昇暘:「応援してるよ。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~晶の部屋~
晶:「──ということで、力を貸してください。」
◆アルナイル:『ということで?』
晶:「私、こういうちゃんとした書類とか書くだの動画審査がどうのとか、分からないので。
助けてください。アルナイルさん。」
◆アルナイル:『持ちかけたのオレだし、勿論協力出来る事はするけれど……オレで良いのかな。』
晶:「はい。是非とも、お芝居に関してもご教授を。」
◆アルナイル:『いやいや、それはオレじゃなくても……というか、むしろオレじゃない方が……』
晶:「アルナイルさん、声劇(せいげき)何年やってるんですっけ。」
◆アルナイル:『え?……あー……そろそろ10年、くらい?』
晶:「フゥン……」
◆アルナイル:『“フゥン……”って……いやいや!10年って言ったってただの下手の横好きですよ!?
それに10年選手だったらKodama(こだま)さんの方が絶対良いでしょ。』
晶:「いや~~~~~Kodamaさんは……」
晶:「“えぇ?我々に演技指導をお願いしたい、ですか?くすくすくす、お可愛いこと”」(嫌味な感じに)
晶:「──って絶対に言ってからかってきますもん!!」
◆アルナイル:『そんなことは……!…………ある……かなぁ~~~……』
晶:「でしょうよ。」
◆アルナイル:『ん~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~…………
分かりました。乗りかかった船……というか、背中を押したのは、オレですしね。』
晶:「はい!よろしくお願いします!!」
間。
◆アルナイル:『とは、言ったものの……どう対策したものか……
書類と動画での審査……
書類はともかく、動画は……自己紹介、自己PR、指定の台詞から2パターンとナレーションを1パターン……』
晶:「はい。」(挙手する様に)
◆アルナイル:『ん、なんですー?』
晶:「自己紹介と自己PR、正直あんまり違いわかんないんですよね。」
◆アルナイル:『………………。あ~~~~……そっか。
自己紹介は簡潔な自分の情報を書いて……で、自己PRはポートフォリオを出す、とか普通無いですもんね。
そうですねー自己PRは実績や資格とか、“自分の強み”を書く部分ですね。
雰囲気的には、自己紹介は主観で、自己PRは客観的事実を書くと良いですかね。』
晶:「自分の強み。客観的事実。」
◆アルナイル:『例えばオレは今の大学に入る際の自己PRで、
“中学高校の6年間で美術部に所属し、デッサン教室にも三年間通っていました。”
“全国高等学校総合文化祭やデッサンコンクール等で計4つの賞を頂きました。”
って書きましたよ。』
晶:「あ~……」
間。
晶:「……演劇関係、なんて書けば良いんだろう。」
◆アルナイル:『……。』
晶:「……。」
◆アルナイル:『……どっかのワークショップ行ってみるとか?』
晶:「…………直近で宮崎にそういったワークショップ無いんですよ。」
◆アルナイル:『じゃあ、県外に行ってみるのは?
……ほら、福岡で来週あるみたいですよ。隣接県だと鹿児島でも。』
晶:「県外って、簡単に言ってくれますねぇ」
◆アルナイル:『え?電車とか使えば……』
(晶、藍にURLを送る。)
◆アルナイル:『ん、なんですかコレ?』
晶:「私の家から隣の県のワークショップがあるところまで、駅を使っての道のりです。」
◆アルナイル:『ね……ネットリテラシー……まあ、この際……
えーっと?
うお……片道、2時間半……まぁ、まあまあ大変ですけど、これくらいなr片道4800円!?!?』
晶:「そういうことです。
電車賃だけで往復9600円。生憎、今はまだ高校生でお金に余裕はありませんし、
電車やバスの本数も少ないので、日帰りも下手したらままならない可能性もあります。」
◆アルナイル:『Oh……』
(晶、藍、再び無言になり、各々調べて良い案を探す。)
晶:「スゥーーーーーーーーーーーーーーー……」
◆アルナイル:『……。』
晶:「……。」
◆アルナイル:『……あ、これ。良いんじゃないです?』
晶:「……?」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
晶:それから二週間ほど。
♤昇暘:「おかえり~」
晶:「ただいまー……」
♤昇暘:「最近帰り遅いねぇ。」
晶:「うん、まあ。」
♤昇暘:「学校忙しい感じ?」
晶:「ううんー
最近、学校終わりに映画館行ってるの。」
♤昇暘:「え!どうして?」
晶:「この間言ったオーディションのでさ、自己PRを書く欄があるんだけど、
私、本当にいままで何もしてこなかったから、
“映画いっぱい観てきました”って書く事にしたの。」
♤昇暘:「へぇ~~~……それって実績になるの?」
晶:「まあ、半々かなー……
でも、映画観て、原稿用紙に感想書いて、ってのをやってて、
その原稿用紙の原本或いは、コピーと一緒に送ろうかなーって思って……」
(晶、原稿用紙でパンパンの鞄を見せる。)
♤昇暘:「わあ……熱量攻撃だ……。」
晶:「ただ……まあ、提出してくださいって指定されたモノ以外を送るわけだから、実際良いのか悪いのか……」
♤昇暘:「やれる事をやるのが一番だよ。」
晶:「……えへへ……ありがとう。」
間。(晶、食卓の椅子に座り、机に突っ伏す。)
晶:「ふぅー……。
……映画を見たり、ネット上でだけど、演技して……それを聴き直して、
分からないなりにあーじゃないか、こーじゃないかって言うの……」
♤昇暘:「……。」
晶:「正直、楽しい。」
♤昇暘:「そう。良いね。」
間。
♤昇暘:「今日はとんかつだよ~」
晶:「わ~い。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
晶:1ヶ月後。東京にて。
◆藍:「ようこそ~東京~」
晶:「…………貴方が、アルナイル……?」
◆藍:「そうですよー初めまして、アルナイルこと、鶴羽 藍(つるわ あい)です。」
晶:「はじめまして、生明 晶(あざみ あきら)こと生明 晶です。」
◆藍:「わ、本当に本名だったんだ。」
晶:「そうですけど。
そんなのどうでもいいじゃないですか。
とりあえず、今日は案内してくれるということで、ありがとうございます。」
◆藍:「いえいえ。
何度も言いますけども、オーディションを持ち出したのはオレですからね。
……改めて、最終選考まで残ったのおめでとうございます。」
晶:「どうも。
ツルワさんのおかげです。ありがとうございます。」
◆藍:「貴女の実力ですよ。
さて、挨拶はそこそこに、行きましょうか。」
晶:「はい、案内してください。オーディション会場へ。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~『AKINOKIプロダクション』~
♤秋ノ麒:「初めまして、秋ノ麒 麟(あきのき りん)です。
本日はオーディションに来て下さり、ありがとうございます。」
晶:「……。」
◆藍:「……。」
晶:「ねぇ。」(小声)
◆藍:「ん?」(小声)
晶:「なんでツルワさんも会場の中居るんですか。」(小声)
◆藍:「そりゃオレもオーディション受けてるからですよ。」(小声)
晶:「え゛。」
◆藍:「まあ、せっかくですからね。」(小声)
晶:(……オーディションってこんな気軽に受かれるモノなの……?
でもまあ、結局私だって別にお芝居習ってきた人間じゃないし……)
♤秋ノ麒:「書類の方にも書いていただきましたが、改めて、本人の口から演技の経験を教えてもらいましょう。
では一番、貴方から。」
間。
♤秋ノ麒:「高校演劇三年間、良いですねぇ。」
晶:(えぇ?)
♤秋ノ麒:「ほう、実際に舞台に。
ああ!2.5次元の?あれ見に行きましたよ!
本当に良い舞台でしたねぇ!!」
晶:(それ私も知ってるやつ……!)
◆藍:「あはは……皆凄いねぇ……」(小声)
晶:「もしかしてツルワさんもなんかやってたりするの……!?」(小声)
◆藍:「え?声劇(こえげき)かな。」(小声)
晶:「こえげきって……!……くっ!何かやっておけば……!」(小声)
♤秋ノ麒:「七番……の、方はいらっしゃらないので次、八番。生明 晶(あざみ あきら)さん」
晶:「はっはいっ!」
♤秋ノ麒:「貴女の演技経験は?」
晶:「え……えっとぉ……」
♤秋ノ麒:「……。」
◆藍:「……。」
晶:「スゥーーーーーーーーーーーーーーー……」
♤秋ノ麒:「別に無いなら無いで良いんですよ。」
晶:「あー……」
(晶、チラっと藍の方を向く。)
◆藍:「?」
晶:(日和るな私!
私は何故今ここに立つ!私は何を今示すべきか!私は何に手を伸ばすか!
全ては今!その先へ駆ける為だろ!私!!)
晶:「私は、声劇(せいげき)をしてきました。」
♤秋ノ麒:「……。」
晶:「まだ1年経つか経たないかくらいですが、
それでも、多くの作品に触れ、様々な他者の思想・体験を知りました。
声劇(せいげき)を通して、より演技の世界に興味を示し、今に至っています。」
◆藍:「……ふふ」
♤秋ノ麒:「あー……せいげき、ね。」
晶:「……?」
♤秋ノ麒:「1年、ね。
その中で実際に板上(ばんじょう)には?」
晶:「え?」
♤秋ノ麒:「演劇とか朗読会とかで舞台の上に立った事は?」
晶:「い、いえ、ないです。」
♤秋ノ麒:「演劇系のワークショップに参加した事は?」
晶:「ない……です。」
♤秋ノ麒:「やっぱり、そっか……。」
(麟、左腕で右肘を支え、顎に手を置き考える様な仕草をする。)
晶:(……えぇ……?
そ、そんな訝しまれる……?
こんなの提出した書類にも書いてた事じゃん……
てか私にだけ時間割き過ぎじゃない???)
♤秋ノ麒:「実はさ。
“声劇(せいげき)のみで役者を目指す人”って、そういう人ばかりなんですよね。」
◆藍:「……。」
♤秋ノ麒:「“多くの作品に触れ、様々な他者の思想・体験を知りました。”って言ったけれど、
どんな作品をやったの?」
晶:「え。」
♤秋ノ麒:「シェイクスピア?オスカー・ワイルド?近松 門左衛門(ちかまつ もんざえもん)?三島 由紀夫(みしま ゆきお)?」
晶:「いえ……どれも……」
♤秋ノ麒:「誰かの名前も出せないのかい。」
晶:(言ったって分からないでしょ!?)
♤秋ノ麒:「先にあげた著名人では無くとも、誰か出せないんですか?
決して無名なアマチュア作家を悪いとは思っておりません。
……ただ……“声劇(せいげき)の脚本”は拙く未熟なものが多いと感じます。」
晶:「……。」
♤秋ノ麒:「本当に、“より演技の世界に興味を示し”たのであれば、今こうして役者を志したのであれば、
何故この世界のものに触れようとしていないのですか?」
晶:「それは──」
♤秋ノ麒:「貴女が自力で動こうとしなかったからです。」
晶:「──ッ」
♤秋ノ麒:「声劇(せいげき)というコンテンツから役者を目指す人が出てきてから約十数年。
入口が声劇(せいげき)なのは構いません。
むしろ、そういうインターネット文化から生まれ、
手軽に芝居に触れる機会が増え、実際に目指そうと思える事に対して好感さえ持ちます。」
(麟、晶の目を真っ直ぐ見る。)
♤秋ノ麒:「ですが、その手軽さ故に、勘違いしてしまう。
画面の前から動かずに、各々が好き勝手に作品を脚色し、それを“演出”と勘違いする。
本当は、誰の思想も体験も自分の中に生きていないのに。」
晶:「そんな事は!!」
♤秋ノ麒:「なら何故いままで動かなかった。」
晶:「ッ」
♤秋ノ麒:「貴女の言う“様々な思想・体験”を知ったのに、
何故自分の手の届く範囲でしか手を伸ばさなかった?」
晶:「私は……」
♤秋ノ麒:「声劇(せいげき)は、“ごっこ遊び”は、些か演技経験と言うには浅い。」
晶:「……。」
◆藍:「すいませーん。」
間。
晶:「……ツルワさん……?」
♤秋ノ麒:「……なんですか。」
◆藍:「彼女、手を伸ばしてるじゃないですか。」
♤秋ノ麒:「……。」
◆藍:「だから、ここにいるんじゃないですか?
九州の宮崎というところから遠路はるばる、ここ東京へ。」
♤秋ノ麒:「これまでの話をしているのですよ。」
◆藍:「これからを紡ごうとしているのに?」
♤秋ノ麒:「……。」
◆藍:「……。
あはは、そんな険しい顔しないでください。
勿論、アキノキさんの言う事は分かります。
要は“遅い”。要は“受動的だ”。要は“未熟だ”。
そうおっしゃりたいのですよね?」
晶:「……。」
◆藍:「そんなの、ここにいる受験者みんなに言える事ですし、
それに、“声劇(こえげき)の脚本”は未熟である。ええ、分かりますとも。
ですがそれは、他のアマチュア作家の未熟さとどう違うのですか?」
♤秋ノ麒:「その違いが分からないのがまずいんです。」
◆藍:「その違いを教えて欲しいと言っているんですが?」
♤秋ノ麒:「……。」
◆藍:「……。」
晶:「……。」
晶:(わ……私をよそにバチり始めた……!!
バチバチ過ぎて涙引いたんですけど!!)
♤秋ノ麒:「……君は?」
◆藍:「受験番号九番。鶴羽 藍(つるわ あい)です。
彼女と同じく、演劇経験は声劇(こえげき)のみです。」
♤秋ノ麒:「こえ……ああ……だから、彼女の肩を持ったんですか。」
◆藍:「それもありますが、素直に声劇(こえげき)を貶されている気がしてならなかったので。」
♤秋ノ麒:「声劇(せいげき)は悪いとは思わないが、それを扱う人間を、特に声劇(せいげき)の役者を評価に値しないと言っているだけです。」
◆藍:「何が違うんです。
声劇(こえげき)に限らず、お芝居とは、演じる人間、作る人間、観る人間があってこそです。」
♤秋ノ麒:「その基準に立っていない人ばかりだと言っているんです。
現実では無く、簡易な仮想の板上(ばんじょう)でしか立とうとしない人間を、認めようと思いません。」
◆藍:「ですが、現実でも仮想でも、板上(ばんじょう)は板上(ばんじょう)です。
劇場に貴賤はありません。」
♤秋ノ麒:「口だけは一丁前ですね。」
◆藍:「いいえ。口も、思想も、体験も、芝居も未熟です。
ですから、ここに居るんですよ。」
♤秋ノ麒:「……。」
◆藍:「……。」
晶:「……。」
♤秋ノ麒:「良いでしょう。
では、演技審査に移りましょう。」
(麟、藍から離れ皆の前に立つ。)
晶:「……だ、大丈夫ですか。」(小声)
◆藍:「や……やっちゃいましたねぇ~~~~……」(小声)
晶:「……えぇ?」
◆藍:「つい……つい口が出てしまい……
ああ~……あんな滅茶苦茶でぐちゃぐちゃで生意気な事……
印象最悪だろうなぁ~……」(小声)
晶:「スゥーーーーーーーーーーーーーーー……」
間。
◆藍:「謝らないでくださいね。」
晶:「え。」
◆藍:「カッとなって口出ししたのはアレですが、全部本音ですから。
……なので、お芝居で挽回しましょう。」
晶:「……はい!」
♤秋ノ麒:「演技審査は、練習スタジオの方へ移動して頂き、三人でグループを組んで実際に演技をしてもらいます。
事前に配られた10分のシナリオをやって頂き、総合的に評価します。
組み分けは、受験番号一番から三番をA、四番から六番をB、七番から九番をCとします。」
(麟、晶と藍を見る。)
♤秋ノ麒:「C班は七番の方が欠席の為、代わりに私が入ります。」
晶:「え。」
◆藍:「スゥーーーーーーーーーーーーーーー……」
♤秋ノ麒:「ツルワさん、アザミさん、よろしくお願いします。」
晶:&◆藍:「「よ……よろしくお願いします……」」
◇
晶:私たちに配られたシナリオ。
タイトルは、『イザエルのエウアンゲリオン』。
作者は“くれないとお”……ん?……まあいいや。
登場人物は三人。
イザエル、エヴァ、“救世のヒト”。
◆藍:オレが何事にも動じず笑みを絶やさない選民イザエル。
アザミさんが純粋無垢で悪の無い真っ直ぐなエヴァ。
アキノキさんが憂い、悲しみ、人間に負の感情を向ける“救世のヒト”。
♤秋ノ麒:世界観で言うと、私たちの世界で紀元前が終わる前後くらい。
内容としては“救世のヒト”が人間から神へと至る物語、至ってしまう物語。
一見、良い話に思えるが、その実、人間たちの欲により、“救世のヒト”を人間扱いしない為の物語。
その悪性を目の当たりにした三人の物語。
間。
(晶たち以外の受験者が演技をしている。)
晶:「……。」(固唾を呑む。)
◆藍:「……。」(演技している受験者を真剣な目で見ている。)
晶:初めて、素人の人の芝居を見た。感想としては、玉石混交(ぎょくせきこんこう)。
上手い人はとにかく上手い。用意された小道具の扱いも手馴れていて違和が無い。
下手……というかこういった動く演技に慣れていない人は、私でも見て分かる。
……そして、私は……。
……っ。
……私は多分、後者だ。
晶:「っ。」(藍の方を向く。)
◆藍:「……。」(演技している受験者を真剣な目で見ている。)
晶:アルナイルさんは……ツルワさんはどうなんだろう。
彼は今、何を考えているんだろう。
◆アルナイル:『いやいや!10年って言ったってただの下手の横好きですよ!?』
晶:そう言っていた彼は、今、私と同じ不安を抱えているのだろうか。
……いいや、そんなワケない。
だから、私も──
♤秋ノ麒:「はい。」(パン、と手を一回叩く。)
晶:「っ!」
♤秋ノ麒:「B班そこまで。お疲れ様でした。
では、次はC班。準備をしましょう。」
◆藍:「はい。」
晶:「は、はい……!」
間。(晶と藍、前に出る。)
晶:「…………。」
◆藍:「……ん。」
(藍、晶の方を見る。)
◆藍:「不安ですか、アザミさん。」
晶:「えっ」
間。
晶:「そりゃ……まあ……」
◆藍:「オレもです。」
晶:「え……!」
◆藍:「こんな体験、初めてですからね。」
晶:「……。」
◆藍:「ですが、初めてとは言え、一度もやったことがない事ばかりじゃない。」
(藍、舞台となる場所を見る。)
◆藍:「台本があり、配役が決まり、演出は指定されずに自分で考える。」
間。
◆藍:「そして、舞台がある。」
(藍、晶の方を見る。)
◆藍:「声劇(こえげき)で培ったこれまでは、“無”ではありません。」
◆藍:「さ、行きましょう。」(やらかく笑みを浮かべる。)
晶:「……!」
♤秋ノ麒:「!」
◆藍:「──」(真剣な顔で舞台へ)
晶:「……。」
晶:嗚呼。この人は──
間。
(晶と藍と麟、それぞれに立ち位置に立つ。)
♤秋ノ麒:「では、キューを出します。
台本は見ながらで構いません。」
間。
♤秋ノ麒:「3」
◆藍:「……。」
♤秋ノ麒:「2」
晶:「……。」
♤秋ノ麒:「1」
~劇中劇「イザエルによるエウアンゲリオン」~
♤秋ノ麒:「“何が選民だッ!!何が神だッ!!
私を利用し、己(おの)が悦(えつ)の為に他者を蔑むなどッ!!!”」
(“救世のヒト”、激しい怒りを飛ばす。)
晶:「ッ!?」
◆藍:「“……。”」
♤秋ノ麒:「“私を神とッ、人間では無いと断ずるのであればこちらにも考えがあるッ!!
私がッ!神がッ!!貴様ら選民とやらを駆逐してやろうッ!!!”」
晶:「──ッ」(固唾を呑む。)
晶:想定していたよりも圧のある激。
それでも現実味、覇気ある激しい怒り。これが舞台の上。
♤秋ノ麒:「“……。”」
晶:「ッ!!」(自分の台詞の番だという事を思い出し慌てる。)
晶:「ま……“待って!待ってよお兄さん!!
貴方がしたかった事ってこんな事じゃないでしょ!?“」
晶:「──っ」
晶:アキノキさんに引っ張られて声が揺れてしまった。芝居がブレてしまった。
嗚呼。痛感した。分かっていたつもりでいたのに、痛感した。
私は井の中の蛙だ。
◆藍:「“うん、私は良いと思うよ、青年。”」
晶:「“イザエル様!!”」
◆藍:「“選ぶのは私たちじゃない。
私たちは飽くまでも、『選ばれる』側であって、『選ぶ』側では無い。
私たちは常に、その決定、結果を大いに考察し、他者と議論し合う。
そして、彼は『選んだ』んだ。それで良いじゃないか。”」
晶:「“そんな……!イザエル様はお兄さんを罪人(つみびと)にする気なの!?”」
◆藍:「“罪人(つみびと)だなんて、彼はもう人間じゃない。
だから、いくら人間を殺したって『罪人(つみびと)』になんかにならないさ。”」
♤秋ノ麒:「“選民イザエル。”」
◆藍:「“お。もしや私からかい。
良いとも。ひと思いにやっておくれ。”」
♤秋ノ麒:「“違う。お前がこれから起こる出来事を書き記せ。”」
◆藍:「“ほう。”」
♤秋ノ麒:「“神による民族浄化だ。
稚拙で愚か。だのに己を選民だと驕り高ぶる人間共を粛清し、世界をより良くする。
これは、神が人類へと贈る福音、『エウアンゲリオン』だ。”」
◆藍:「“なるほど。承りました。神の御心のままに。”」
♤秋ノ麒:「“では──…………エヴァ……何をしている。”」
(“エヴァ”、短刀を構えている。)
晶:「“い……行かせない……。”」
♤秋ノ麒:「“……。”」
間。(“救世のヒト”、ゆっくりと“エヴァ”の元まで歩く。)
♤秋ノ麒:「“その小さな刃で、私を止めようと言うのか。”」
晶:「“やっぱり駄目だよ!人殺しなんて!!
どんな理由があっても人が人を殺すなんて!!”」
♤秋ノ麒:「“人ではない。神だ。”」
晶:「“貴方は人!!!誰かがどう思うかじゃなくて自分がどうしたいかでしょ!?”」
♤秋ノ麒:「“ああ。だから私が選民を殺すと決めたのだ。”」
晶:「“そんな……ッ”」
◆藍:「“エヴァ、君が言った通り、『君がどう思うかじゃなくて彼がどうしたいか』でしょ?”」
晶:「“……ッ”」
◆藍:「“さて、青年。質問なのだが、私たちを根絶やしにした後、君は何をするんだい。”」
♤秋ノ麒:「“決まっている。世界の統治、運営だ。”」
◆藍:「“そう。”」
晶:置いていかれている。
それぞれにスポットライトが当たっている筈なのに、私だけがズレてしまっている。
私にスポットライトが当たっている時、観客の視線はアキノキさんかツルワさんの方に向いているんだ。
晶:「……くっ……」
(“救世のヒト”、板上から降りる。)
◆藍:「“ああ、行ってしまわれた。”」
晶:「……。」
◆藍:「“……。世界の統治、運営……か。”」
晶:「…………。」
間。
♤秋ノ麒:「……。」
♤秋ノ麒:エヴァの台詞が来ない。
案の定、八番は板上(ばんじょう)に居ながら芝居を辞めてしまったか。リトライも望めそうにない。
◆藍:「……。」
♤秋ノ麒:九番は、まあ、よくやった。
だが、流石にこの状況、舞台は死んだ。この場の誰もがそれを察している。
八番、君は知らなすぎた。外に出ない事の弊害を、自分から動かない事の危うさを、自分たちが他者よりも未熟である事を痛感しただろう。
今回のが良い経験として、今後の肥やしになればと祈っている。
♤秋ノ麒:「あー……C班。スト──」(手を叩こうとする。)
◆藍:「“君はどうしたーい?”」
間。(“イザエル”、藍の方を見る。)
晶:「…………え?」
◆藍:「“『誰かがどう思うかじゃなくて自分がどうしたいか』。
エヴァ、君が言った言葉だ。
彼がどう思おうが、君はどうしたい。”」
♤秋ノ麒:「…………。」(手を下ろし、腕を組む。)
晶:「ッ?」
晶:(えっ……アドリブ……?
何……?私、何を言えば……はっ、そもそも、シーンそこそこ飛んでる……!
わ、私……!やっちゃったんだ……!どうしよう……!どうしよう……っ!!)
晶:「あ……えっ……」
間。(藍、晶の元までゆっくりと歩く。)
◆藍:「“何、急いているワケでは無いよ。
ゆっくり……ゆっくり考えると良い。”」
♤秋ノ麒:「……。」
◆藍:「大丈夫。」(小声で)
晶:「あ……ごめ──」
◆藍:「オレたちはまだ舞台の上。」(小声で)
晶:「──ッ」
◆藍:「まだ幕は降りていない。」(小声で)
晶:「……。」
◆藍:「だから、お芝居を楽しも。」(小声で)
晶:「っ!」
◆藍:「“さあ、前を向いて。”」
晶:「……。」(一瞬、藍の手に触れ、前を向く。)
◆藍:「“君は選民じゃない。まだ『選ぶ側』でも『選ばれる側』でもない。
エヴァ。君は何を思い、何をしたい。”」
♤秋ノ麒:「……ッ」
♤秋ノ麒:強引だが、流れを戻した。そして──
◆藍:「ッ」(強い眼差しを見せる。)
♤秋ノ麒:八番と、舞台を生き返らせた。
彼は、観客の視点どころか思考さえも縛り、“舞台の死”を無かった事にしてみせた。
…………やはり彼は──
晶:「“私はッ!!”」
♤秋ノ麒:「っ」
間。(“エヴァ”、力強く宣言する。)
晶:「“私は誰が何と言おうと!彼が何と思おうと!
彼を神とは認めない!人間として、私と一緒にいて欲しい!!
その為なら私は──”」
間。
◆藍:「“承知した。”」
(“イザエル”、中央に立つ。)
◆藍:「“一つの現世界と四つの新世界の滅びの先、そして更なる新世界を越えた先にて、
彼はこれからの罪を問われ、贖う為の旅に出るだろう。
そしてその最後に、良き報せがある事を私は切に願うッ!!“」
晶:「……。」
晶:嗚呼。
♤秋ノ麒:『“輝くもの”とは、“そうあるべくしてそうなっている”ものだ。
どこに居たとしても、輝いている。』
晶:本当だ。とても、眩しいなぁ。
(“イザエル”、両手を広げる。)
◆藍:「“これは、神ではなく人類と約束し、人類ではなく神に知らせる為のエウアンゲリオン!!
さあ、幕は上がった!君たちの旅路の無事を私は祈ろうッ!!”」
(“イザエル”、両手をパンと叩く。)
間。
♤秋ノ麒:「はい!カットー!!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
晶:あれから、半月。
~宮崎~
晶:「……。」
(晶、アイスを食べながらテレビを見ている。)
♤秋ノ麒:『“輝くもの”とは、“そうあるべくしてそうなっている”ものだ。
どこに居たとしても、輝いている。』
晶:「…………。」
(晶、机に突っ伏しながらテレビを見ている。)
晶:今のは、私の好きな役者さんの言葉。
でも、聞く度に胸が締め付けられる。
(晶、立ち上がり、伸びをする。)
晶:「ふっ……ん~~~~~~~~~~……」
♤秋ノ麒:『だから……自分を信じてください。
自分を信じないことには、始まりません。
自分を信じないことには、輝く事はありません。』
晶:「…………。」
(晶、窓を開ける。)
♤秋ノ麒:『きっとあなたにもチャンスが──』
(晶、テレビの電源を消す。)
晶:「……もう暑すぎ~」
♤昇暘:「アキラ~!」(遠くから。)
晶:「は~い?」
♤昇暘:「お昼ご飯、出来たよ~!
お皿出すの手伝って~!」
晶:「は~い!」
(晶、立ち上がりだらだらと部屋を出る。)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~食卓~
晶:「お、チキン南蛮。」
♤昇暘:「うん。アキラの大好物~」
晶:「へへへ~
あ、そういえば東京行った時に、チキン南蛮あったから食べたんだけどさー
チキン南蛮じゃなくて唐揚げの上に甘酢かけただけのやつだったの。
ひどくなーい?」
♤昇暘:「あーまあ、あるあるだねぇ。」
(晶と昇暘、席に座り、手を合わせる。)
♤昇暘:「じゃあ、せーの。」
晶:「いただきまーす」
♤昇暘:「いただきます。」
間。
♤昇暘:「どう?」
晶:「うん。美味しいよー」
♤昇暘:「ん、良かった。」
晶:「パパの作るチキン南蛮は最高だよー」
間。
♤昇暘:「…………そういえば、封筒届いてたけど、どうだった?」
晶:「ん?あー……」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~東京某所~
◆藍:「どうしてアザミさんを落としたんですか。」
♤秋ノ麒:「…………。」
◆藍:「……。」
♤秋ノ麒:「まず、何か頼みなさい。
あ、すまない。注文を。」
(店員が二人の所へ。)
♤秋ノ麒:「私は、“ストジェビューなブレンドコーヒー”を。」
◆藍:「…………オレも同じので。」
♤秋ノ麒:「注文は以上で。はい。」
間。(店員去る。)
♤秋ノ麒:「八番は審査の結果、基準に達していなかった、それだけです。」
◆藍:「…………。」
♤秋ノ麒:「それより、アイ君。君は審査の結果、合格だったのに、何故、封書を返信しないんですか。」
◆藍:「オーディション受けた手前且つアキノキさんには申し訳ないですけど。
生憎、役者志望じゃないので。」
♤秋ノ麒:「えぇ????」
◆藍:「オレがなりたいのはデザイナーです。」
♤秋ノ麒:「…………二足の草鞋とか……」
◆藍:「予定はございません。」
♤秋ノ麒:「くッ!!」
◆藍:「…………オレより絶対アザミさんの方が……」
間。(藍、不貞腐れている。)
♤秋ノ麒:「……ああ、私も彼女は何か持っていると感じましたよ。」
◆藍:「だったら──」
♤秋ノ麒:「時期尚早(じきしょうそう)です。」
◆藍:「……。」
♤秋ノ麒:「今回のオーディション。彼女に報せたのは、アイ君、君ですよね。」
◆藍:「……はい。」
♤秋ノ麒:「彼女は、どうやら前から私を……AKINOKIプロを知っていました。
が、君が報せるまで彼女は知らなかったんじゃないですか。」
◆藍:「……。」
♤秋ノ麒:「……その様ですね。
環境の所為、それもあるでしょう。
ですが、そもそも彼女自身が自分で行動していなかった事は事実です。」
◆藍:「でもっ、それは…………、……っ。」
♤秋ノ麒:「仕方の無い事ですよ。
これまではもう変わりません。
ですが、君が以前言っていた通り、これからを紡ぐのです。
紡ごうとしていると、信じています。」
◆藍:「……。」
♤秋ノ麒:「彼女は、そうですね……もっと他人を頼る力を鍛えるべきだ。
今回、君を頼った様に、親や学校の先生や友達、同級生。
一人で出来る幅など高が知れています。
……なので、アイ君さえ良ければ、彼女に君を頼らせて欲しい。」
間。(麟、深々と頭を下げる。)
♤秋ノ麒:「役者のオーディションに寄越してくれる環境ならば、決して劣悪では無いだろうが、それでもやはり、きっかけは大事だ。
そのきっかけになってくれ。」
間。
◆藍:「勿論です。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~食卓~
晶:「ま、大分大ポカしたから、仕方ないかなー」
♤昇暘:「そっかぁ……」
間。
♤昇暘:「来年も受けるの?」
晶:「勿論。そういう話だったからね。
それに──」
間。(晶、箸を置く。)
晶:「悔しかったし!」
♤昇暘:「……そっか。」(優しく微笑む。)
晶:「うん!
だから、来年もよろしくお願い致します!」
♤昇暘:「勿論。父さんはいつだってアキラの力になるよ。」
晶:「ありがとう……!」
(晶、手を合わせる。)
晶:「じゃ、ごちそうさま!」
(晶、台所に食器を持っていく。)
♤昇暘:「はぁい、お粗末さまでした。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~晶の部屋~
晶:「アルナイルさん!」
◆アルナイル:『はい、お疲れ様です。』
晶:「さあさあ劇しましょう!」
◆アルナイル:『はいーしましょうねー
……今日はテンション高いですね。』
晶:「ええ、やっとこさ燃え尽き症候群から解放されてやる気に溢れてます!」
◆アルナイル:『それはそれは。』
晶:「あ、11月に東京行くんだけど、その時に演劇見に行くから一緒に観ませんか?」
◆アルナイル:『良いですよ~』
間。
◆アルナイル:『……元気になって良かったです。』
晶:「……私は、“輝くもの”じゃありませんでした。
私はそうあるべくしてそうなってないし、どこででも輝ける人ではありません。」
◆アルナイル:『……。』
晶:「ならば、自分で動かないと。」
◆アルナイル:『ふふふっ、そうですねぇー
さて、その為にも……どの台本やりますー?』
晶:「んー……じゃあ──」
晶:「これで!!」
───────────────────────────────────────
END