[台本] ハーデンベルギアの花言葉
〇罹患者
男性
『影無病』という病を患ってしまった青年。
理知的に普段振舞っているが死ぬほど不安で最近は目の下のくまが凄い。
小町とは小学生からの幼馴染。
〇藤 小町(ふじ こまち)
女性
常に明るく、元気に喋る女性。
自身の異常性を理解しており、それを利用して立ち回るが、
性格がそもそも善性故に、日常に溶け込めている。
罹患者 ♂:
藤 小町 ♀:
↓この下から台本本編です。
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罹患者:異変に気付いたのは、いつからだったか。
それさえも認知の向こう側へと消えていった。
(罹患者、町を歩いている。)
罹患者:最初は、“俺の影が薄過ぎる”って思っていた。
けど、そんな生易しい状態じゃなかった。
(罹患者、向かってくる通行人にぶつかりそうになるのを避けていく。)
罹患者:皆が、俺の事を認識出来なくなっていく。
(罹患者、図書館へと入っていく。)
罹患者:俺の知り合いたちが、俺の事を徐々に忘れていっている。
間。
罹患者:「さて、ここまで聞いてどう思う。小町(こまち)君。」
小町:「どうって言われてもなぁ。」
(小町、鞄からハンバーガーを出す。)
罹患者:「おい。ここは図書館。図書館での飲食は禁止だぞ。」
小町:「それは失敬。」
(小町、ハンバーガーを鞄に戻す。)
小町:「君が徐々に忘れられているっていうのはどうやって分かったの?」
罹患者:「俺の知り合いである被験者10人と約2週間毎日、30分程思い出話をした。
幾つかの思い出話をローテーションさせていたにも関わらず、
10人中9人が、2週間後には思い出せなくなっていたし、俺への認識が鈍麻になっていったんだ。」
小町:「あー被験者の内の一人?あたし?」
罹患者:「イグザクトリー」
小町:「どーりで最近やけに話しかけてくるなぁーと思ってたんだよねぇ。」
罹患者:「何を言う。俺は元々、そこそこコマチ君に話しかけていただろう。」
小町:「あたしからの方が多かった気がするけどなー」
罹患者:「まあ、小学校来の幼馴染たる我々のどっちが先に話しかけてきたかで競われたら圧倒的にコマチ君だと思うが……」
小町:「まあ、そんな事は置いておいて、
君は今、そんな神隠し的な超常現象に遭ってるかもしれないっていうわけだね。」
罹患者:「ふむ。一概に、“超常現象”と片付けるのは違うかもしれない。」
小町:「というと?」
罹患者:「これは……」
間。
罹患者:「“病”の可能性がある。」
小町:「ほう。それはまた何故そう思ったの?
何か思い当たる症例とか病名があるの?」
罹患者:「…………いや、全くもってそんな事は無い。
無いのだが……なんだろうな。」
(罹患者、少し考える様に顎に手を添える。)
罹患者:「コマチ君は癌とかを患ったりした事は?」
小町:「無いよー
今の今まで健康優良児!多分これからもしばらくは健康優良児!
体調崩したのは面倒だなぁって思った時くらい!」
罹患者:「それはとても良い事だな。
ふむ……であれば、なんと表現すれば良いか……
ほら、俺は前に肺癌を患ってた事があっただろう?」
小町:「高校の三年間ね。
無事に寛解(かんかい)して良かったよ。
当然といえば当然だけど、あまり学校には来れてなかったし、あたしもあまりお見舞いとか行けてなかったし。
あれから結構経ったけれど、それでもあの時を思い出しては、“あー良かったなぁー”って心の底から思うねー」
罹患者:「ありがとう。
……で、まあ。患ってる時ってなんか感覚的に分かるんだ。」
間。
小町:「似てるんだね、その感覚と。」
罹患者:「ああ……」
(罹患者、バン!と立ち上がる。)
罹患者:「これを!!!仮称『影無病(かげなしびょう)』とするッ!!!!」
小町:「ここ図書館だよ。静かに。」
罹患者:「これを……仮称『影無病(かげなしびょう)』とする……」
(罹患者、すすすと席に着く。)
小町:「『影無病』……さっきの話の“俺の影が薄過ぎるとか、そんな生易しい状態じゃなかった。”
ってところからのネーミングかな。」
罹患者:「そういうことだ。」
小町:「それで、君はこれからどうするの?」
罹患者:「そりゃ当然、治す為に尽力する。
具体的な案は一切無い。何せ、医療機関を頼る事も出来ないからな。」
小町:「なんで?」
罹患者:「仮称『影無病』を色んな病院で訴えたのだが、最終的には心療内科や精神科を勧められ、
更には新たな病院へ赴くと、俺の情報が回っていたらしく、同じ対応をされた。」
小町:「なんで???」
罹患者:「ふ……これが、『影無病』の恐ろしい所……
俺への認知が歪んでいるんだ……」
小町:「でも症状的には皆次第に君の事への認知が薄れるワケだし、そのうち……
あーデータで管理してるもんね。」
罹患者:「そう。だから医療機関は頼れなくなってしまった。」
小町:「ふむぅ……。」
罹患者:「だから自分の力でなんとかしなければならないのだ。」
小町:「大変が過ぎるなぁ。
何かあたしに出来る事とかある?」
罹患者:「ククク……」
小町:「?」
罹患者:「正に、今回コマチ君を呼んだ理由だよ。」
小町:「おお!あたしに出来る事がある、と!」
(罹患者、再び立ち上がり、早口でまくし立てる様に)
罹患者:「うむ!ただ引かないで欲しいし出来れば拒否しないでもらいたいし先んじて言っておくが他意や疚しいあれそれは無い下心の無い純粋で無垢な願いなので頼むから──」
小町:「大丈夫大丈夫!余程な事じゃない限りは力を貸すよー」
罹患者:「…………。」
(罹患者、座る。)
罹患者:「俺と一緒に居て欲しいのだ。」
小町:「え?」
罹患者:「先にも言ったが他意や疚しいあれそれは無い下心の無い純粋で無垢な願いというか、
俺なりにちゃんと考えた結果でのこの答えなんだ。」
小町:「うんうん。まずその過程というか、仮定を聞かせてもらおうかな。」
罹患者:「さっき、俺は実験をしたと言った。
その結果、俺の周りで、最も記憶や認知の欠如が少ないのがコマチ君なんだ。」
小町:「だからある種の抗体とか、何かしらの突破口があるかもしれない。
或いは症状の鈍化、遅延が出来るかもしれないって事?」
罹患者:「りりり理解が早過ぎる。一を聞いて三十くらい分かってくれている。
滅茶苦茶助かるつまる所そういう事だ。」
小町:「いいよ。それくらいならあたしにも出来そう。
それに、面白そう!」
罹患者:「助かる。」
小町:「じゃ、何個か決まりごとを用意しておこう。」
罹患者:「決まりごと?」
小町:「うん。『影無病』の経過観察を記録しようよ。
あたしが察するに、君と同じ病の人間も、症状の記録は録っていると思うんだ。」
罹患者:「そうだな。俺もそう考え、それっぽい記録を探した。
けど、見つからなかった。理由は不明だ。」
小町:「そうだろうね。
さっきの“データで管理”云々の話でこういう思考が過ぎった視線の動きが無かったから、
思いつかなかったか調べてもダメだったかの二択だと思った。」
罹患者:「なんかやけに頭回ってないか?」
小町:「あたしって頭回らないイメージ?」
罹患者:「いや、そういう意味じゃないが。」
小町:「幼馴染が大変なんだからいっぱい頭回しちゃうよー」(元気に笑う。)
罹患者:「……ありがとう。」
間。
罹患者:「さ!そうと決まればやれる事を!!!!!」
小町:「しー……!ここ図書館だよ……!」
罹患者:「やるぞー……!」(小声)
小町:「おー……!」(小声)
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~〇―1グランプリの会場~
罹患者:ここは、お笑い一武闘会会場。
小町:「なにこれ。」
罹患者:「どうもー!!患者と医者でーす!!」
小町:「なにこれ。」
罹患者:「どうしたんですかー?先生―?ずっと“なにこれ”言うてますけどもー!」
小町:「なんであたしたち、大舞台で漫才してるんですか?」(小声)
罹患者:「決まっているだろう。」(小声)
小町:「決まってるんだ。」(小声)
罹患者:「存在証明だ。漫才師として。」(小声)
小町:「え。大胆過ぎない?
大人気の漫才師さんは影が薄いとは対極の存在だとは思うけどさ。」(小声)
罹患者:「もう全部理解してくれてる。話が早過ぎる。」
(罹患者、スーツは着ていないがスーツの襟元をピッと正す。)
罹患者:「さ、俺たちの舞台が待ってる。」
小町:「舞台にはもう立ってるよ。」
罹患者:「では行くぞ!ショートコント!!」
小町:「漫才じゃないの?!」
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罹患者:「……くっ!」
小町:「0点だったね。」
罹患者:「これが…………!『影無病』の力……!!」
小町:「ううん。シンプルにつまんなかったよ。
ていうか何なの“患者と医者”ってコンビ名。」
罹患者:「でもほら!見てみろ!この写真!!そしてこの写真!これも!!!
どれも!俺が見切れるしピントがズレてる!!」
小町:「あたしは普通に写ってるのにね。
……二人で並んでるのに君だけピントズレてるの、器用だね。」
罹患者:「恐ろしや……!!」
小町:「よしよし」
罹患者:「……次だ!!」
小町:「おー!」
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罹患者:「もぅマヂ無理。」
小町:「彼氏と別れたのかな?」
罹患者:「ちょぉ大好きだったのに
ゥチのことゎもぅどぉでもぃぃんだって。
どぉせゥチゎ遊ばれてたってコト。」
小町:「ストップストップ。」
罹患者:「どうしたのだ。」
小町:「ヌルっとカッター出さないで。」
罹患者:「何故だ。動作は流動的である方が良いだろ。」
小町:「そういう問題じゃないよね。
説明しなくてももう分かるよ。
メンヘラね?自己承認欲求ね?これもまた影薄いから対極だね?
でも実際にリスカしようとしないで。」
罹患者:「ふむ。」
間。
罹患者:「愛ってのゎ。。
アルファベットでエッチの後にあるの。。」
小町:「なに?なんで急におもしろコピペ挟んだの?」
罹患者:「なんとなく。」
小町:「それで、どうやって効いてるかどうか、確認するの?」
罹患者:「…………。」
小町:「……。」
罹患者:「……。」
小町:「頭抱えないで。」
罹患者:「しかし、先日の漫才師を目指す方向性よりはやりやすいじゃないか。」
小町:「そもそも先日どういう因果であんな大舞台に立てたのか甚だ疑問だけれど、確かにやり易いかもね。
だけどさ、こんな方法は良くないよ。」
罹患者:「何故そう思う。」
小町:「健康になる為に不健康な事するのってあたしはあまり良いとは思わないな。」
罹患者:「だが……」
小町:「ショック療法的なノリで自分の身体傷付けようとしない。」
罹患者:「はい。」
小町:「じゃあ別の方法、行こう!」
罹患者:「おー!」
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罹患者:「どうだこれは!!」
小町:「ダメだったねぇ。」
◇
罹患者:「ならこれは!!」
小町:「危険が危ない!!」
◇
小町:「こういうのはどう!」
罹患者:「俺の貞操が!!」
◇
小町:「じゃあこうだ!!」
罹患者:「俺の道徳心が軋む!!」
◇
罹患者:「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」
小町:「倫理観が死んじゃった!!!」
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罹患者:「……………………。」
小町:「色々やったねー」
罹患者:「……………………。」
小町:「でも、多分良くなる兆し無かったねー」
罹患者:「……………………。」
間。
罹患者:「ついに、両親が俺を認識出来なくなった。」
小町:「……そっか。」
罹患者:「俺はもう駄目かもしれん。」
小町:「そうかもね。」
罹患者:「……。」
間。
罹患者:「なあ、コマチ君。」
小町:「なにー?」
罹患者:「なんだか、他人事じゃないか。」
小町:「他人事だからね。」
間。
罹患者:「……そうか。」
間。
罹患者:「これも、『影無病』の影響か。」
小町:「そうかな。あたしの元々の性質だと思うよ?」
罹患者:「はははは!そうだな!……そうだな……」
間。
小町:「ねえ。」
罹患者:「……。」
小町:「諦める?」
罹患者:「…………そうだな。思いつく限りの事はやった。体力も大分落ちてきた。
……もう、どうしようもないのかもな。
きっと、皆から認識されなくなって、独りで死ぬんだ……。」
小町:「そっか。」
間。(小町、罹患者と自分自身の腕に手錠を掛ける。)
罹患者:「へ?」
小町:「うふふ!」
罹患者:「え?え?なになに?なんで手錠?なんで手錠持ってんの?なんで俺とコマチ君の腕に手錠掛けたの?」
小町:「認知だとかなんだとか関係ない事しようよ!」
罹患者:「は?????」
小町:「諦めるんでしょ?」
罹患者:「…………ああ。」
小町:「だったら!あたしが君から離れない様にする!」
罹患者:「ど、どどどどど、どういうこと?」
小町:「……君はさ、あたしは君の事を忘れてないって思ってるでしょ。」
罹患者:「え、ああ、だって、皆みたいに会話の齟齬とか無いし、視線もしっかり合ってるし。」
小町:「それはね。これのおかげなの。」
罹患者:「……ビデオカメラ。」
小町:「そ。いままで君と一緒にやってきた事を毎日見てるの。」
罹患者:「え……?」
小町:「あたしもね。君の事をしっかり認識出来てなくなりつつあるの。
ふと気が付いた瞬間に、君の事を忘れている事に気付くんだ。
だから、毎朝起きて叩き込んでる。
映像の中心に居ると思われる君の挙動を逐一観察して、
あたしと対話する時の君の立ち位置の癖や、目線の送り方とか。」
罹患者:「…………え?」
小町:「でも、そろそろ限界だから。
強制的に繋がる事にしたの。」
罹患者:「……飛躍しすぎだな。」
小町:「そうかな?」
罹患者:「そうだろ。
……けど、ありがとう。」
小町:「ううん。幼馴染が大変なんだからいっぱい飛躍しちゃうよー」(元気に笑う。)
間。
小町:「えい!」(鍵を遠くへ投げる)
罹患者:「え?!」
小町:「この手錠唯一の鍵は無くなったよ。
これで、君が独りで死んじゃう事は無いね!」
罹患者:「ははは。」
小町:「さささ!何がしたい?何処に行きたい?」
罹患者:「……そうだなぁ。」
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~パチスロ屋~
罹患者:「ぷはー……」
小町:「……。」
罹患者:「…………。」
小町:「それで来る場所がパチンコ屋さんなの?」
罹患者:「パチスロ屋だ。」
小町:「なんで?」
罹患者:「一度も行った事無かったんだ、パチスロ屋。」
小町:「へぇー……」
罹患者:「俺、自分で言うのもなんだけど、真面目に生きてきたから、
賭け事なんて一切した事なかったし、まともに遊んだりした事無かったんだ。」
小町:「……へぇ……。」
罹患者:「こういうのって、親が厳しいとか、なんかそういうのがあるもんだと思うけれど、
俺の父さん、バリバリにパチスロ大好きで、家でさえテレビで見てるくらいでさ。
…………なんでこういう事してこなかったんだろう……。」
小町:「別に良いと思うんだけどなぁ。
しんみり空気作る様な場所じゃないと思うんだけどなぁ。
騒音凄いし、向かい側の方キュインキュインキュイイイン!!って鳴ってるけどなぁ。」
罹患者:「だからさ、一度くらいは……な。」
小町:「……そっか。」
罹患者:「でも飽きたな。」
小町:「早過ぎる。」
罹患者:「何も分かんないし。」
小町:「急だからね。」
罹患者:「上の数字とか見ても何も分かんないし。」
小町:「急だからね。」
罹患者:「ここに座ってたおじさん、座ってすぐどっか行ったし。」
小町:「一発で分かるくらいの外れ台だったのかなぁ。」
罹患者:「幾ら溶かしたんだろう。」
小町:「悲しいねぇ。」
罹患者:「スゥーーーーーーーーーーーーーーーーー……出るか。」
小町:「うん。」
罹患者:「次は!!────」
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~カラオケ屋~
罹患者:「私の~~~~~お墓の前で~~~~~~~~~泣かないでください~~~~~~~~~~~~~~~~」
小町:「ヒューヒュー!!」
罹患者:「『千の風になって』でヒューヒュー!って合いの手はおかしいと思うな。」
小町:「そうかな?ビュービュー!の方が良かった?」
罹患者:「風だからかな?そもそも『千の風になって』で合いの手入れてくる人初めてだな。」
小町:「あたしも初めてしたー!」
罹患者:「それにしても手錠で繋げられながら歌うの難しいな。」
小町:「仕方が無いよ。片手が使えない様なもんだもん。
とりあえず、あたしが左利きで良かったって今は思ってるよ。」
罹患者:「……二人共右利きだったら危うくどちらかの利き腕を封じられる所だったんだな。」
小町:「そう!現状の場合は両方の利き腕が封じられる所だった!!」
罹患者:「うう……怖気が走る。」
小町:「まあまあ!せっかくカラオケ来たんだし、デュエット曲歌おうよー」
罹患者:「良いだろう!」
間。(罹患者、デンモクを弄る。)
罹患者:「歌うか!」
(罹患者、立ち上がる。)
小町:「うおおっ」
罹患者:「నాటు నాటు(ナートゥ・ナートゥ)!!」
小町:「ななななんてぇ????」
罹患者:「ナートゥをご存知か?」
小町:「知らないんだけど?????」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
罹患者:あれから、数ヶ月が経った。
色んな所に行った。色んな事をやった。
彼女と、コマチ君と。ひとりじゃなくて、ふたりで。
小町:「いやぁ~~~~朝の浜辺!初めて来たな~~~~~!!」
罹患者:「…………。」
(罹患者、もう歩くのもやっとで喋る元気も無い。小町、とてもゆっくりと歩く。)
小町:「なぁんで来たんだっけ?
……まあ、予定ボードに書いてあったし、良いか!」
罹患者:これはコマチ君が提案してくれた事だった。
次第に俺の事を認識出来なくなっていくギリギリのコマチ君が、
予定ボードに俺のやりたい事を書くように。
小町:「あのボードに書いた事は、ぜった~~~~い!って書いてるからねぇー」
罹患者:コマチ君は自分の行動を逐一縛っていった。
朝、起きたら必ずビデオカメラを起動して、俺の事を観る。
毎日、毎日、毎日、毎日。
どんどん記録が増えていく。それに合わせて起きる時間を早くする。
小町:「…………ん?アラーム鳴ってる……。もうこんな時間か。」
(小町、スマホを確認する。)
小町:「“『影無病』の考察をしよう”……?
カゲナシビョウ???
……ああーいつも朝見てるあれかー」
罹患者:これも、彼女が習慣化した事の一つ。
俺との会話も出来なくなってからも、俺という存在を忘れない為の策、だそうだ。
小町:「察するに、“影が薄いどころではない”って所から『影無病』なんだろうね。
まあ、実際の所は分からないけれど。
じゃあこれってなんなの?って考えたら、やっぱあれなのかな。
“伝承の現象化”とでも言おうか。
火や雷、或いは呪い、それらは全部人間の理知外の物だったけれど、
神様や悪魔の物だったけれど──」
罹患者:──“今では人間の理知内の現象だ。”
コマチ君は、かつて俺が出した考察を更に深く掘り下げてくれている。
“伝承の現象化”。今回で言うと、“神隠し”を理知内に捉えた、と表現していた。
小町:「ま。全然寛解(かんかい)さえ出来ていない状態だから、まだ理知内に捉えられたとは言えないけどね。
それはともかく。じゃあ“忘れられる”という病に対して、どう対処すれば良いのかって言われたらそりゃもう──」
間。
小町:「──“忘れられたくない”って気持ちで戦うしか無いよね。」
罹患者:「………………。」
罹患者:そうだ。
俺は、コマチ君に忘れられたくなかった。
この病を患ったと自覚してから、真っ先に思い浮かんだ事だった。
……だから──
小町:「行動あるのみだよねー。
とりあえず、自分の事を忘れて欲しくない人に継ぎ足し継ぎ足しで自分の存在をアピールするの。
それが、自身から出来る、自身のみで出来る対処法かな?
でも症状が悪化すると身体の動きも鈍くなっていくのか……
うんうん、理にかなってるね。本当に“忘れられる”事に特化した病だ。」
罹患者:ああ。本当にそう思う。
自身の存在証明をしようにも、身体が動かないし、思考も鈍麻になっていく。
自発的な行動こそが対処法なのに、それを阻害されていく。
とても絶望した。
小町:「まるであたしのお兄ちゃんみたいになっちゃうんだ!
でも最近のお兄ちゃんは彼女が出来てから前よりも自発的に動けてるかな??
ま、もしもあたしが『影無病』になったら素直に諦めるね!」
罹患者:「…………。」
小町:「諦めて好きなことをする!!!」
間。(小町、上を見上げる。)
小町:「……きっと、周りの人たちもそうなんだろうなぁ。」
罹患者:「……。」
小町:「自分の両親やお兄ちゃんとかをさ、友達とかをさ、幼馴染とか、とにかく好きな人の事を忘れていくなんて、
想像しただけで肺が凍っちゃうよ。」
罹患者:「…………!」
(罹患者、いつもニコニコしている小町の真剣な顔にびっくりする。)
小町:「わたしだったら普通じゃいられない。
なんとかしたいって凄く思う。だって忘れたくないもん。悲しいもん。
……そういう気持ちも、どんどん無くなっていく。
想像しただけで胸が締め付けられるよ。」
間。
罹患者:……嗚呼。
俺……本当に、良かった……
間。
罹患者:コマチ君に忘れられたくない一心で声を掛けて本当に良かった。
無茶な屁理屈を言って、それを受け入れられて本当に良かった。
間。
罹患者:君の事を好きになって、本当に良かった。
小町:「それでも、どうにもならないってなったら、あたしはどーするかなー」
罹患者:君は色んな無茶苦茶をしてくれたよ。
その無茶苦茶のおかげで、俺は独りじゃなかった。
小町:「ハッピーエンドかバッドエンドかってさ、結局決めるのは当人だからさ。
んー……せめて、明るい最期に、悪くない人生だったって思ってもらえる様に全力を尽くそう!
そこまでするって事はきっと、あたしはその人の事────」
罹患者:「うん。」
間。
罹患者:「いい、じんせい、だった。」
間。
罹患者:「ありがとう。」
間。(罹患者、消える。)
小町:「ぁ────────。」
(小町、右腕に微かにあった重さを感じなくなり、立ち止まる。)
間。(小町、立ち尽くしていたが、その場にしゃがみ込む。)
小町:「……………………。」
間。(小町、顔を手で覆いながら立ち上がる。)
小町:「…………。」
間。(小町、顔をふるふると振って、笑顔で後ろを振り返る。)
小町:「あーあ!あたしの楽しい初恋!終わっちゃったみたい!!」
───────────────────────────────────────
END