[台本]反芻。
・藤 秦也(ふじ しんや)
男性、20歳
いつも何かを考え、言葉にしていいかどうか吟味し、ヒヨって何も言わない。
望栞に一目惚れしており、一緒に居たい、嫌われたくない一心で
恋心をなるべく表に出さないように振舞っているが、割とダダ漏れ。
小心者で引っ込み思案、だが裏を返せば人を傷つけたくない誠実で慎重、真面目な性格。
実は心の声がうるさすぎて作中から滅茶苦茶削られている。
・谷 望栞(たに みかん)
女性、20歳
“好き”が分からなかった女性。
初めて秦也に出会った時に、その真面目さ、言葉の端々から感じる誠実さと慎重さ、必死さに惹かれていた。
“食すことが愛の最大値”という先輩の考えに共感し、秦也に“食べられたい(愛されたい)”と常々思っている。
天真爛漫でフランクに振舞っている。実際はあまり自分の事を話すのは得意では無く、他者の言葉の機微に敏感でいつも不安。
けれど秦也に対しては勇気爆発している。
藤 秦也♂:
谷 望栞♀:
※こちらの台本はキスシーンが何度かあります。苦手な方はご注意下さいませ。
↓これより下が台本本編です。
───────────────────────────────────────
~大学、講義中~
秦也:「……。」
秦也:俺には好きな人が居る。
間。(秦也、横を向く。教室の反対側に居る望栞を見る。)
望栞:「……。」
間。
秦也:「……。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
秦也:二年前、大学入学初日。
秦也:「ハァ……!ハァ……!ハァ……!ハァ……!!」
(秦也、町中を走っている。)
秦也:「まさかッ、初日からこんなに走らされるとは……ッ!!」
秦也:入学式の会場が変わった旨の連絡が手違いで来ておらず、
大学で説明を受けて、走って会場に向かっていた。
秦也:「ハァ……!ハァ……!ハァ……!ハァ……!!」
間。(秦也、信号機で一旦停まる。)
秦也:「ハァ……ハァ……なんで……大学から駅までのバスとか……無いんだよ……!
時間は……ッハァ……これ……絶対遅刻だ……最悪……」
望栞:「やーほー」
間。(秦也、望栞の呼びかけが自分だとは思わず気にも留めない。)
望栞:「そこのお兄さーん」
秦也:「ハァ……ハァ……え……?」
(望栞、バイクを走らせて秦也の近くに寄る。)
望栞:「大丈夫?」
秦也:「い……いや……大丈夫じゃないです……」
望栞:「まー汗だくだもんねー
で、どしたの?」
秦也:「実は……ちょっと、大学の手違いで──」
望栞:「あー!!お兄さんも!!?」
秦也:「え……?」
望栞:「あれでしょ?入学式の会場変更になった連絡来なかったんでしょ?」
秦也:「あ……そ、そうです。」
望栞:「あたし達、災難だね~~~」
秦也:「え……て事は……」
望栞:「あたし達、同級生で、同じ状況みたい。
ったくー……大学の人らはもっとしっかりして欲しいよねー」
秦也:「ははは……
…………ホント……最悪だ……。」
(秦也、スマホで時間を確認する。望栞、そんな秦也の様子をジッと見る。)
望栞:「…………ま、そんな事はさておき、あたしのバイクに乗ってきなよ。」
秦也:「え、良いんですか。」
望栞:「良い良い!むしろここで置いていける程あたし、薄情になれないし。
えーっと……よっと……はい、ヘルメット。」
(望栞、シート下から出したヘルメットを秦也に渡す。)
秦也:「あ、ありがとうございます。」
望栞:「いいよいいよー
ささ、早く乗ってー」
秦也:「はい!」
(秦也、望栞のバイクに後ろに座る。)
望栞:「……。」
秦也:「……え?」
望栞:「ちゃんと掴んでないと危ないよ。
ほら、お腹のところ、手を回して。」
秦也:「あ……はい……」
(秦也、恐る恐る手を回す。)
望栞:「……。よし、アクセル全開で行くぜ!」
秦也:「あっ安全運転でお願いします……!」
◇
望栞:「ふぅー着いたー!」
秦也:「時間も……セーフだ……!」
望栞:「いやー良かったねー
……あ、あたし──」
(望栞、ヘルメットを外す。)
望栞:「谷(たに)。谷 望栞(たに みかん)。」
秦也:「────。」
望栞:「……?どしたの?」
秦也:「あ、いえ。
……俺は、藤(ふじ)……秦也(しんや)。」
望栞:「うん、よろしくね。フジ君。
あ、入学式始まっちゃう!走ろ!」
秦也:「あ、うん!」
秦也:大学入学初日。俺は彼女に恋をした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~大学、講義後~
秦也:「……。」
望栞:「フジー」
秦也:「……えっ」
望栞:「講義終わったよ。
お昼、行こ。」
秦也:「あ、うん。」
~大学内カフェテリア~
(秦也と望栞、昼食をとっている。)
秦也:「……。」(食事している。)
望栞:「…………。」(秦也の事をジッと見ている。)
秦也:「……何?」
望栞:「ううん。それ、美味しい?」
秦也:「うん、美味しいよ。」
望栞:「一口ちょーだい。あたしのハンバーグ一口あげるからさ。」
秦也:「いいよ。はい。」
望栞:「ありがとー
じゃ、こっちも。はーい。」
間。
秦也:「…………。」
望栞:「なに?」
秦也:「いや、なに。」
望栞:「あーんだよ、あーん。」
秦也:「………………普通に渡せよ。」
望栞:「えー?」
(望栞、ハンバーグを更に秦也に近付ける。)
望栞:「あーん。」
秦也:「…………あむ。」
望栞:「ゆっくり、しっかり味わってよね。」
秦也:「……………………。」(ゆっくり、しっかり咀嚼する。)
間。(望栞、秦也の事を楽しそうに眺めている。)
秦也:「──。」(ごくん、と喉に通す。)
望栞:「ちゃんと食べた?」
秦也:「食べたよ。ほら。」
(秦也、口は一秒ほどだけ開けて見せる。)
秦也:「……美味しかった、ありがとう。」
望栞:「いえいえー
あーむっ。ん~~!フジの唐揚げも美味しい~この料理上手~」
(望栞、貰った唐揚げを半分残している。)
秦也:「……それは良かったよ。」
(秦也、少し投げやり気味に返答し、自分の昼食に目線を戻す。)
望栞:「ねえ、フジ。」
秦也:「んー?」
望栞:「午後どうする?研究室行く?」
秦也:「あー……どうしようかな……
今日何すんの?」
望栞:「“平行宇宙の有無、また入れ替わりについて”だってさ。」
秦也:「…………。
俺たちの研究室、そういうのじゃないよな。」
望栞:「そういうのじゃないね。
教授が“あの先輩”に説得……というか口車に乗せられたんだってさ。」
秦也:「ああ……また……」
望栞:「うん、また。」
秦也:「………………。」
間。(秦也、カフェテリアの外、青空を見る。)
秦也:「良い天気だし、海でも見に行こうかな。」
望栞:「イイじゃん。」
秦也:「…………。」
(秦也、“何か”を言おうとして言えずに居る。)
望栞:「…………どしたの?」
秦也:「別に?」
望栞:「ふーん?……あむっ」
秦也:「……ごちそうさま。じゃ、また明日。」
望栞:「ん~~」(口の中に物が入っている。)
(秦也、去る。)
間。
望栞:「…………。」
(望栞、秦也がくれた唐揚げの残りを箸で掴む。)
望栞:「──」(唐揚げを口に放り込む。)
間。(望栞、ゆっくり、じっくり、しっかりと味わう。)
望栞:「────」(ごくん、とゆっくり喉に通す。)
間。
望栞:「……ああー美味しいなー……フジの……ふふ……」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~大学から駅までの道中~
秦也:「……。」
秦也:本当は彼女に“一緒に海行かないか”と言おうとした。
秦也:「…………。」
秦也:けれどなんとなく、下心が出て、嫌われる気がした。だから、言葉を引っ込めてしまった……。
秦也:「……。はぁ~~~~~…………」
(秦也、傍の電柱に身を預ける。)
秦也:「俺の意気地なし……」
望栞:「何してんの?」
秦也:「うわああああああッ!!!!」
(秦也、飛び退く。)
望栞:「わぁ……びっくりした……」
(望栞、バイクを手押ししている。)
望栞:「どうかしたの?」
秦也:「い……いやっ、別に……
それより、タニこそどうしたんだよ。」
望栞:「あたしも海行こうと思って。
一緒に行こ。」
秦也:「………………はぁー……」(自分の顔を手で覆う。)
望栞:「えぇ?どうしたの?」
秦也:「なんでもない……。」
望栞:「……。
ねえ、フジが運転してよ。あたしのバイク貸すからさ。」
秦也:「え……」
望栞:「免許取ったんでしょ?しかもわざわざ二輪免許も。
せっかくならたまに運転しとこうよ。」
秦也:「スゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……」
間。(秦也、天を仰ぐ。)
秦也:「まあ良いでしょう……」
望栞:「いえい。
はい、ヘルメット。」
秦也:「ん。」(ヘルメットを受け取る。)
間。(秦也、バイクに跨る。望栞、その後ろに乗る。)
秦也:「……離すなよ。」
望栞:「はいはい。」(秦也の後ろから手を回す。)
秦也:「あと……事故って死んでも恨むなよ……。」
望栞:「えぇ?」(笑いながら)
秦也:「俺、免許取ってから一年以上運転してないから……」
望栞:「ぷふっ!あはははは!!」
秦也:「笑い事じゃないぞ!!!」
望栞:「あはは!はいはいっ!」
(望栞、秦也に更に密着する。)
望栞:「事故って死ぬのは嫌だから安全運転でねっ」
秦也:「……よし……行くぞ……!!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
秦也:「ふぅー……着いたー……!」
望栞:「ん~~~~!風が気持ちいい~!」
秦也:「…………。」
望栞:「疲れた?」
秦也:「まあ……うん……」
望栞:「そーだよねー
じゃ、木陰で休も。」
間。(秦也と望栞、木陰に移動する。)
秦也:「はぁー……」
望栞:「……ごめんね。」
秦也:「いや、大丈夫……。」
間。(望栞、海を眺める。)
望栞:「……まだ寒いね。」
秦也:「まだ二月だからな。」
望栞:「誰もいないね。」
秦也:「シーズンじゃないもんな。」
望栞:「……はい。」
秦也:「……あ?」
(秦也、俯いていた顔を上げて望栞の方を見る。)
秦也:「チョコレート……?」
望栞:「うん、きもち楽になるよ。」
(秦也、望栞から板チョコを受け取る。)
秦也:「ありがと……」
間。(秦也、板チョコの紙を破る。)
秦也:「ぁー……むっ……」
(パキっとチョコレートが鳴る。)
望栞:「………………。」
(望栞、秦也の事をジっと見ている。)
秦也:「……何?」
望栞:「おいしい?」
秦也:「美味しいよ。
あー……食い掛けだけど、返そうか。」
望栞:「ううん、大丈夫。全部フジが食べて。」
秦也:「あぁ……うん。」
間。(秦也、チョコレートをゆっくり食べ、すべて食べる。)
秦也:「ありがとうタニ。美味しかった。」
望栞:「良かった。元気出た?」
秦也:「うん。」
望栞:「じゃーあ~……浜辺歩こ。」
◇
望栞:「そういえば、君をあたしのバイクに乗せたの、入学式以来だね。
あの時はあたしが運転してたけど。」
秦也:「……懐かしいな。」
間。
秦也:あの時、俺は彼女に恋をした。
あの数奇な出会いのお陰で、今も彼女との関係が続いている。
望栞:「奇跡だね。」
間。
秦也:「……え?」
望栞:「あたし達、性格も趣味も考えも何もかも、全然違う二人なのに、あの時から君の隣に居る。」
秦也:「………………云うても、二年しか経ってないよ。」
望栞:「それでもだよ。」
間。(望栞、立ち止まる。それに釣られて秦也も立ち止まる。)
望栞:「それでも、奇跡だと思う。」
間。
秦也:「………………あぁ……そう……」
間。
秦也:彼女の顔を見られない。
俺は、どんな顔をしているだろうか。
彼女の思いは、言葉は、とても嬉しかった。でも、この気持ちを表に出して良いのだろうか。
秦也:「……。」(望栞の方を見る。)
(秦也、望栞がこちらの顔を覗き込もうとしていてびっくりする。)
秦也:「──ッ」
望栞:「……っふふ。」
秦也:「……な──なに……?」
望栞:「フジがどんな顔しているのか気になって。」
秦也:「……っ、うわっ!」(動揺で体勢を崩して後ろに倒れる。)
望栞:「きゃっ!」
(望栞、体勢を崩した秦也に引っ張られて倒れる。)
秦也:「いっててて……タニ、すまな──」
望栞:「……。」
秦也:「……っ、ち、近い……。」
望栞:「ねえ、フジ。」
秦也:「…………な、何……。」
間。
望栞:「あたし達、もう子供じゃないんだよ。」
間。
望栞:「君の……フジのあたしへの気持ち、勘違いじゃないよね。」
秦也:「……………………それはっ……どういう……」
望栞:「……全部あたしの口から言わせる気なの?」(少しだけ寂しそうに眉を顰める。)
秦也:「…………っ。」
望栞:「…………じゃあ……言葉にしなくて良いから、行動で示してよ。」
秦也:「!」
間。
望栞:「……。」
秦也:「……。」
望栞:「……。」
秦也:「……。」
望栞:「……。」
秦也:「……っ。」
望栞:「ぁ──」
(望栞、秦也に抱き寄せられる。)
秦也:「……っ」(望栞にキスをする。)
望栞:「──んっ」
間。
(秦也、口を離す。)
望栞:「────。」
秦也:「はぁ…………はぁ…………」
望栞:「……嬉しい。」
秦也:「……っ」
望栞:「あたしも──」
(望栞、秦也に抱き着く。)
秦也:「っ!」
間。
秦也:「た……タニ──」
望栞:「ねえ、シンヤ。」
秦也:「っ……な、なに……。」
望栞:「あたしね。」
間。(望栞、秦也に顔を近づけて耳元で囁く。)
望栞:「君に食べられたいの、物理的に。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~翌日、大学、講義中~
秦也:「……。」
秦也:俺は昨日、彼女と付き合うことになった。
間。(秦也、横を向く。教室の反対側に居る望栞を見る。)
望栞:「……。」
間。(望栞、秦也の視線に気が付く。)
望栞:「……ふふ。」(手を振る。)
間。
秦也:「……!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~回想~
望栞:『あたしね。』
間。(望栞、秦也に顔を近づけて耳元で囁く。)
望栞:『君に食べられたいの、物理的に。』
間。
秦也:「……え?」
望栞:「……。
あたしの先輩にね、“食す事が愛の最大値”って言っていた人がいるの。
“愛するが故に食す。愛するモノが己の血となる事こそが、愛情表現”だって。」
秦也:「……タニ……急に何言ってるんだ……?」
望栞:「あたしね、先輩のその考え方、凄く納得したの。
“好きだから食べられる”んだって、嫌いなモノを好きになる為に頑張って“食べる”んだって。
嗚呼、凄く、筋が一本通ってるなって。」
秦也:「…………。」
望栞:「……でもね、あたしは“食べる”よりも、“食べられたい”の。君に。」
秦也:「何……言ってんの……。」
望栞:「あたしの愛情表現だよ。シンヤが、あたしにキスしてくれたのと同じ。」
秦也:「…………。」
望栞:「…………急にこんな事言われても困るよね。」
(望栞、秦也から離れようとする。)
秦也:「──あっ、いやっ」
(秦也、望栞の腕を掴む。)
望栞:「……。」
秦也:「……っ」
望栞:「……食べるのは、きっと“まだ”無理だと思うから──」
(望栞、秦也の口元に自分の指を置く。)
望栞:「あたしの事を噛んで。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~大学、講義後~
秦也:「……。」
望栞:「シンヤー」
秦也:「……えっ」
望栞:「講義終わったよ。
お昼、行こ。」(微笑む。)
秦也:「……あっ、うん……。」
~大学内空き教室~
秦也:「こんな教室あったんだ……」
望栞:「いつものカフェテリアでも良かったんだけど、今日はシンヤと二人きりになりたかったから。」
秦也:「…………。」(緊張で強ばっている。)
望栞:「さ、お昼食べよ。あたし、シンヤにお弁当作ってきたんだ。」
秦也:「あ……うん。」
間。
(秦也と望栞、昼食をとっている。)
秦也:「……。」(食事している。)
望栞:「美味しい?」
秦也:「うん、美味しいよ。」
望栞:「ふふっ、良かった。
ちゃんと料理するの、久しぶりだったから。」
間。(望栞、包帯を巻いた自分の手を摩る。)
望栞:「……えへへ……。」
秦也:「…………。」
望栞:「なに?」
秦也:「いや……」
望栞:「…………。
大丈夫、お弁当にあたしの血とか入ってないよ。
この包帯は…………分かってるでしょ?」
秦也:「……っ、ごめん。」
望栞:「何謝ってんの?」
(望栞、包帯を巻いた方の手を強く握って嬉しそうにする。)
望栞:「凄く、嬉しかったよ。」
秦也:「……。」
(望栞、昨日の事を思い出す。)
望栞:「あんなに強く噛んでくれるなんて思わなかった……
ふふ……肉が潰されていく感覚……骨が軋む音……!皮膚が食い千切られるかと思った……」
秦也:「っ」
望栞:「凄く痛かった……痛すぎて電気が身体中走ったのかと思った……
頭がチカチカして、凄くぼーっとした……」(妖しく微笑む。)
秦也:「…………。」
秦也:俺は彼女が、谷 望栞(たに みかん)が好きだ。愛している。
間。(秦也、望栞の顔に触れる。)
望栞:「──ぁ…………何……?シンヤ……」
秦也:「…………。」
秦也:「──っ」(望栞にキスをする)
望栞:「んっ」
間。
(秦也、口を離す。)
望栞:「──っん……はぁ…………はぁ…………シンヤ……」
秦也:「…………。」
秦也:けれど、彼女が愛しているのは、“俺”なのだろうか。
(望栞、秦也の口元を手で触れる。)
望栞:「キスも良いけどっ……それより……あたしを食べてっ……噛んでっ……」
秦也:彼女が愛しているのは、“先輩の考え”なんじゃないか?
望栞:「…………シンヤ……?」
秦也:それでも。それでも俺は彼女が好きだから──
秦也:「────」(大きく口を開ける。)
秦也:彼女の言った通りに、俺は彼女に縋るんだ。
望栞:「────いッ──!!!!!」
(秦也、望栞の人差し指に思いっきり噛み付く。)
望栞:「──あッ!!!あああッ!!!!!!」
秦也:「…………ッ!!!」
望栞:「く……ッ!!!!うううううッ!!!!!!」
秦也:「……。」
間。
秦也:本当に、俺はこれで良いのか?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
望栞:あたしは愛とか、“好き”とか分からなかった。
だけど────あの時。
望栞:「えー?入学式の会場が変更??
そんなお知らせ来てないんですけど。え?手違い?
……そうですか。」
間。
望栞:二年前、大学入学初日。
入学式の会場が変わった旨の連絡が手違いで来ておらず、
何もかもどうでも良くなって帰路に就いていた。
望栞:「ま……初日の授業出れば良いでしょ
入学式なんて──」
秦也:「ハァ……!ハァ……!ハァ……!ハァ……!!」
(秦也、望栞の横を横切る。)
望栞:「え?」
望栞:あたしの横を、背広を着た君が通り過ぎる。
秦也:「ハァ……!ハァ……!ハァ……!ハァ……!!」
間。(秦也、信号機で一旦停まる。)
秦也:「ハァ……ハァ……」
望栞:察するに、あたしと同じ状況なんだと思った。
なんでこんな事に必死になれるんだろうって気になった。
秦也:「なんで……大学から駅までのバスとか……無いんだよ……!
時間は……ッハァ……これ……絶対遅刻だ……最悪……」
望栞:「やーほー」
望栞:だから君に声を掛けた。
望栞:「そこのお兄さーん」
秦也:「ハァ……ハァ……え……?」
望栞:必死な君を見ていると、なんだか胸が高鳴った。
もしかして、これが“好き”って事なのかな。
望栞:「…………ま、そんな事はさておき、あたしのバイクに乗ってきなよ。」
秦也:「え、良いんですか。」
望栞:「良い良い!むしろここで置いていける程あたし、薄情になれないし。
えーっと……よっと……はい、ヘルメット。」
(望栞、シート下から出したヘルメットを秦也に渡す。)
秦也:「あ、ありがとうございます。」
望栞:「いいよいいよー
ささ、早く乗ってー」
秦也:「はい!」
(秦也、望栞のバイクに後ろに座る。)
望栞:けれど、あたしは愛とか、“好き”とか分からなかったから、確信出来なかった。
望栞:「……。」
秦也:「……え?」
望栞:「ちゃんと掴んでないと危ないよ。
ほら、お腹のところ、手を回して。」
秦也:「あ……はい……」
(秦也、恐る恐る手を回す。)
望栞:「……。」
望栞:ドキドキする。
望栞:「よし、アクセル全開で行くぜ!」
秦也:「あっ安全運転でお願いします……!」
間。
望栞:それからしばらくして、“食す事が愛の最大値”、“愛するが故に食す。愛するモノが己の血となる事こそが、愛情表現”。
この考えに触れた。この考えに納得した。
~大学、講義中~
望栞:「……。」
間。(望栞、横を向く。教室の反対側に居る秦也を見る。)
秦也:「……。」
望栞:想像する。
秦也:「……。」
望栞:君を食べる。
間。
望栞:君に食べられる。
間。
望栞:「…………嗚呼……。」
望栞:確信した。あたしは、君が……フジが好きだ。
望栞:「……。」(高揚で口角が上がる口元を隠す。)
望栞:君に食べられたい。
間。
望栞:それから、君を以前よりも意識する様になった。
間。
望栞:反芻する。
~大学内カフェテリア~
(秦也と望栞、昼食をとっている。)
秦也:「……。」(食事している。)
望栞:「…………。」(秦也の事をジッと見ている。)
秦也:「……何?」
望栞:「ううん。それ、美味しい?」
秦也:「うん、美味しいよ。」
望栞:羨ましいな。
間。
望栞:反芻する。
~浜辺の木陰~
(秦也、俯いていた顔を上げて望栞の方を見る。)
秦也:「チョコレート……?」
望栞:「うん、きもち楽になるよ。」
(秦也、望栞から板チョコを受け取る。)
秦也:「ありがと……」
間。(秦也、板チョコの紙を破る。)
秦也:「ぁー……むっ……」
(パキっとチョコレートが鳴る。)
望栞:「………………。」
(望栞、秦也の事をジっと見ている。)
秦也:「……何?」
望栞:「おいしい?」
秦也:「美味しいよ。」
望栞:羨ましいな。愛されていて。
間。
望栞:反芻する。
~浜辺~
望栞:「ぁ──」
(望栞、秦也に抱き寄せられる。)
秦也:「……っ」(望栞にキスをする。)
望栞:「──んっ」
間。
(秦也、口を離す。)
望栞:「────。」
秦也:「はぁ…………はぁ…………」
望栞:「……嬉しい。」
秦也:「……っ」
望栞:「あたしも──」
望栞:君に愛されたい。
(望栞、秦也に抱き着く。)
秦也:「っ!」
間。
秦也:「た……タニ──」
望栞:「ねえ、シンヤ。」
秦也:「っ……な、なに……。」
望栞:「あたしね。」
間。(望栞、秦也に顔を近づけて耳元で囁く。)
望栞:「君に食べられたいの、物理的に。」
間。
望栞:やっと、あたしの愛を伝えられた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~数日後、浜辺~
秦也:タニと付き合い始めてから、一週間以上経った。
望栞:「シーンヤっ!」
秦也:「……。」
(秦也、望栞の方を見る。望栞、水際で遊んでいる。)
望栞:「海冷たいねー!」
秦也:「まだ二月だからなー」
望栞:「誰もいなーい!あたし達で二人占めー!」
秦也:「シーズンじゃないからなー」
間。
秦也:以前よりも、日に日に彼女が可愛いと感じる。日に日に彼女の事が好きになる。
望栞:「あはは……!あははは……!」
秦也:「…………。」(楽しそうな望栞を見ている。)
間。
秦也:「……タニも、そう思ってくれてるかな。」(呟くように。)
望栞:「えー?なにー?」
秦也:「なんでもなーい。」
望栞:「……?」
(望栞、秦也の傍に行く。)
秦也:「どうした、タニ?」
望栞:「向こう岸まで歩こ。」
秦也:「ん、ああ。」
(秦也、向こう岸へと歩き出す。望栞、立ち止まっている。)
望栞:「…………。」
秦也:「……え、どうしたんだよタニ。
あっちまで歩くんだろ?」
望栞:「手繋いで行こうよ。
ほら、手出して。」
(望栞、手を差し出す。)
秦也:「あ……ああ。」
(秦也、望栞と手を繋ぐ。)
望栞:「へへへ……!」
(秦也と望栞、歩き出す。)
秦也:「…………ぁ。」
望栞:「んー?」
秦也:タニの手、親指の付け根の所、俺が噛んで付けた痕がある。
秦也:「………………いや、なんでもない。」
望栞:「……。」
(望栞、正面を向く。)
望栞:「ねえ、シンヤはあたしのこと好き?」
秦也:「え……好き。大好きだ。」
望栞:「本当に?」
秦也:「本当に。」
(秦也、繋いでいる手に目を落とす。)
秦也:「…………タニは──」
間。
秦也:「……。」
望栞:「んー?」
秦也:「いや、なんでもない。」
望栞:「…………そう?」
(望栞、正面を向いたまま歩き続ける。)
望栞:「……シンヤはさ、優しいよね。」
秦也:「なんだよ薮から棒に。」
望栞:「ううん、ずっとそう思ってた。急な事じゃないよ。」
秦也:「……。」
望栞:「………………シンヤはさ、あたしを噛んだりするの、嫌?」
間。
望栞:「…………ははは……まあ、嫌……だよね──」
秦也:「嫌じゃない。」
(秦也、望栞をグイっと引っ張り、抱き寄せる。)
望栞:「──っ、え……?」
秦也:「……嫌じゃない。嫌じゃないよ、ミカン。」
望栞:「っ!」
秦也:「……お前の先輩の、“食す事が愛の最大値”とか、
“愛するが故に食す”云々ってのはまだよく分かんないけれど……」
(秦也、望栞の首筋に顔を近付ける。)
望栞:「し、シンヤ……?どうし──ぁ……っ!」
秦也:「……。」
(秦也、望栞の首筋を噛む。)
望栞:「ぅっ……!……いっ──!」
間。
(秦也、口を離す。)
望栞:「────。」
秦也:「……。」
(秦也、望栞の首筋に出来た噛んだ痕を触る。)
望栞:「しっ……シンヤ……?」
秦也:「ミカンに、ミカンの身体に俺の歯型が残ってるの……
なんだか、マーキングしてるって感じがする……そう、さっき思った。」
望栞:「……っ」
秦也:「ミカン。」
望栞:「な、なに……?」
秦也:「俺……色々ごちゃごちゃ考えてたんだけど、全部、意味の無い言い訳だって気が付いた。」
望栞:「……。」
秦也:「俺はミカンが好きだ。愛してる。
他の誰にも渡したくない。ずっと俺の事を見ていて欲しい。俺のモノにしたい。」
望栞:「──っ!」
秦也:「──って……思っ……た……」
望栞:「…………ぷふっ!あはははは!!」
秦也:「なっ!笑い事じゃないぞ!!!」
望栞:「あはは!あはははは!!」
秦也:「い……いやっ、格好付かない感じになった自覚はあるけど……!
ほ、ほら……“誰にも渡したくない”とか“モノ”とかって、
なんか凄く身勝手だし、なんか……凄く…………さ……!」
望栞:「あはは!はいはいっ!
もー……本当に色々ごちゃごちゃ考えてたんだねー」
秦也:「…………。」
望栞:「でもねーシンヤ?
あたしはそれくらい、強気に求めてきて欲しい。
……嬉しいよ、シンヤ。」
秦也:「……ん。」
望栞:「……でも、察するに…………ううん、これはあたしが悪かったかも。」
秦也:「?」
望栞:「シーンヤっ」
(望栞、秦也の首に手を回し、顔を引き寄せる。)
秦也:「ぅおっ、な、なにっ」
望栞:「……っ」(秦也にキスをする。)
秦也:「──っ!」
間。(長めにキスをする。)
(望栞、口を離す。)
秦也:「────。」
望栞:「──あたし、シンヤの事、大大大好きだよ。」
秦也:「ッ!!」
秦也:俺には、食べてしまいたいくらい好きな人が居る。
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END